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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
146/239

第135話 『人ならざる者』



 跳び上がった『狼の獣人』が、



「"ウルフ・ラリアーーーット"!!」


「あごぁ!?」



 細くも逞しい野生の腕で、突っ込んでくるバイク部隊の首を刈り取るように攻撃。

 ティボルトの友人にして狼の獣人――ウルフェルは、多方から飛び交ってくる銃弾を躱しながら再跳躍し、


「おぉう、りゃあぁッ!!」


「べが!」

「うぁ!」


 ノコノコとバイクで突っ込んでくる獲物どもを一人ずつ確実に、爪で切り裂いていく。

 さらに、


「ガルァッ!」


「ぎゃあぁあ!」


 銃で狙ってきていた歩兵の喉元に噛みつき、その肉を引き千切って絶命させた。


 不味い肉を吐き捨てたウルフェルは、すぐに異変に気づく。

 何かが飛んでくる、と。


「ガラハハ! その匂いティボルトだな、オレ様の俊足をナメんじゃねぇぜ!」


「うぉぉぉっ」


 どういう理由かは知らないが、普通の人間であるティボルトが空から落ちてきた。

 当たりどころが悪ければ死んでしまう。ウルフェルは猛ダッシュし、


「ほいキャッチ! ガラハハハ!」


「あ、お、おう……助かったぜコラ……」


 ティボルトの小さくはない体を、跳び上がって片腕で捕まえた。

 怪我は無いか、何があったのか。それを聞こうとしたウルフェルだが、


「助けてもらっといて悪ぃが、俺は行かなきゃいけない所……会わなきゃいけない奴がいるんだコラ……!」


「あん? おい、どこ行くティボルト!?」


 具体的なことは何も説明せず、ティボルトはウルフェルから逃げるように走り出す。

 困惑しながら、その背中を追うウルフェルだが、


「ついてきてもいいが、お前は手ぇ出すなよオラ!」


「はぁ?」


 ウルフェルの顔も見ずに言ってくるティボルトの台詞に、ますます戸惑うばかりだった。


 ――そして、彼の向かう方には。



「あ……あれ、って……」


「……ええ。ティボルトよね」



 一直線に走ってくる男を指差しながら驚くジルと、それに答えるレイがいた。


「死んだんじゃ、なかったの?」


「……死んだと思ってたわ。でも確かに、死ぬ瞬間は見てない。あの状況からどうやって生き残ったのかしら……」


「……!」


 ジルも話だけは聞いていた。

 ティボルトが――魔導鬼のレイに、犬の獣人フーゼスに、何をしたのか。

 彼が殺されたと聞き安心していたが、それは今崩れ去った。


 そして――杖を強く握りしめるレイを見て、形容し難い感情が湧く。


「レイ、どうするつもり?」


「今のあたしたちが打倒すべき敵は、あいつじゃない……でも」


「でも?」


「やっぱりケジメはつけなきゃね」


 この大きな戦場に、醜い泥沼の小競り合いのようなものを持ち込むのは仲間たちに申し訳無い。


 けれど、ティボルトがこちらに向かってきている以上は放置できない。

 またあの男を野放しにして、また仲間を失ったり傷付けられたりしたら……もう耐えられないではないか。


 だが当然、自分自身の復讐のため、ということもあるからこそ、


「ジル。ごめんなさい、別行動にしてくれないかしら」


 ジルを巻き込んで、一緒に戦うということはできない。


「何で? 私も、協力する」


「……その気持ちは心強いし、本当はそうしてほしいんだけどね」


「だったら……」


「でも、ダメなの。あたしは人外――だから人間にはできない気味の悪いこと、えげつないこと、いっぱいできる」


「っ……?」


「さっきメーティナって女の子を殺したけど、見たでしょ? 人間をあんなに惨たらしく爆死させたり、人外は割と簡単にできちゃうの」


 人間が相手の人間を爆発させるには、基本は重かったり巨大な兵器を用いたりしなければならない。

 小型の爆弾でもタイミングや投げ方などがある。


 だが、魔導鬼は杖一本でそれをやってのけてしまう。無能なレイの場合でも杖と小道具があればできてしまったのだ。

 思い返せばナイトやヴィクターなども片手間のように人を斬り殺すことができる。


 残念なことに、どう考えても人間と人外には『違い』がある。



「……あたしはこれから、ティボルトを殺すわ。命を奪う。本気よ」


「!」



 殺そうとしているのは、仮にも元仲間の男。

 レイの表情は仮面で隠れているはずなのに、ジルにはその怒りが、憎しみが伝わっているようで、少し萎縮しているようだった。


「あんたが見る必要は無い……っていうか、見せたいものじゃないから。ここで別れてくれる? 終わったら、また合流しましょ」


「……ん、わかった。他の所、行く」


「ありがと」


 快く頷いてくれたジルは、少し走った先で立ち止まり、振り返る。

 優しい眼差しで、


「油断、禁物。頑張って」


「ええ!」


 忠告と応援。

 それにサムズアップを返し、レイは走ってくる復讐相手の方へ向き直る。



「これまで散々、みんなの手を借りて、困らせてきた……」



 まだ距離の離れているティボルトには聞こえないくらいの音量で呟く。



「そんなあたしが、あんたを一人で仕留めてやるわ。そこに意味があるの……!」



 仮面を整え、杖を構え、満月の下で勝利を誓う魔導鬼。


「ウォーウ……ウォウッ、ウォウーッ……!」


 走るティボルトの後方から、狼の遠吠えのような声が聞こえるのも耳に入らない。

 それほど真剣なのだ。


 彼女は――知らない。


 ティボルト一人を倒すだけだったはずの彼女が、とんでもない強者たちと連戦するハメになることを――レイはまだ知らなかった。



◇ ◇ ◇



「ッ、ダリャアアア――――ッ!!」


「…………」


 雄叫びに込められた魂。熱意。


 その熱意をフルに乗せて、力任せにブン回される巨大な両刃斧。

 しかし、


「何ダ、コノ情ケナイ攻撃ハ……」


 斜めに、縦に、横に、また斜めに振り回される斧を、いとも簡単に避けていく相手。


 ――臆病なリザードマンのダリルが目を瞑りながら振り回す刃など、屈強なリザードマンのアクロガルドにはそれこそ目を瞑ってでも避けられるクソ攻撃だった。


 ダリルは目を開けないから状況がよくわかっておらず、


「オリャオリャオリャ! オリャオリャ!」


 内心『勝てる気がする!』とか思いながら全力で斧を振っている。

 実際は真逆もいいところなのだが。


 最後に、


「ドォリャァァァ!!」


 豪快に地面を抉る縦振りを繰り出し、ようやく目を開ける。

 当然そこに敵の姿は無く、


「……オ前、フザケテンノカ?」


「ゴフオォッ!?」


 すぐ右に移動していたアクロガルドから、脇腹に強烈なパンチを食らう。

 ダリルが痛みに片膝をつくと、いつの間にか背後に移動していたアクロガルドが、


「ムンッ!」


「エ?」


 両手でダリルの尻尾を掴み、


「喰ラエェェェ!」


「マ、待ッテ……アギャガァァァ!?」


 尻尾を力強く引っ張りダリルの巨体を宙に浮かし、そのままダリルの背中を地面に叩きつける。

 今まで経験したこともない痛みに涙目――というかもう泣いているダリルだが、


「オラッ!」


「ボフェー!?」


 今度は振り回されて腹を地面に強打。


「ウラッ!」


「グアァア!!」


 さらに振り回されて背中を地面に強打。


「ヤ……バイ……死ヌワ、コレ……」


 四天王アクロガルドとの力の差は歴然――もう、為す術もない。


「お、おい肉の盾!? 何を押されてんだよ、お前がやられちまったらオレしかもういねぇんだが!? そんなの絶望なんだが!?」


 ドラクの声。

 心配しているのか、単に自分が傷付くことを恐れているのかわからない彼の言葉も、ダリルの意識とともに薄れていく――


「人間。人間メ……鬱陶シイ存在ダ! コノ前会ッタ『りーぜんと』ノ人間ニ、俺ノ防御ヲ破ラレカケタンダヨナ!」


「……エ……?」


「シカモ俺ノ拳ヲ耐エ、死ナズニ生還シヤガッタ! ダカラ俺ハ今、人間ヘノ怒リガ頂点に達シテンダヨォ!」


 突然叫びだしたアクロガルドが、ダリルの尻尾から手を離し消えてしまった。

 嫌な予感がしたダリルは、人間であるドラクの方を見る。と、


「根絶ヤシダ、人間メェェェ!!」


「は!? うわぁぁ!!」


 一瞬でドラクの背後に立ったアクロガルドが、彼の脳天に拳を振りかざし、



「危ナァイッ! ――――ブゴオォ!!」



 間一髪でドラクを突き飛ばして間に入ったダリルの、飛び込んだその背中に拳が突き刺さる。

 腹から地面に叩きつけられ、すぐには立てないダリル。だが、


「どらく! ココニイチャ駄目ダ、他ノ所デ戦ッテクレ!」


「は!? 何で今さら!」


「今、君ガ食ラッテタラ死ンデタダロ……デモおいらハ大丈夫。ソリャ痛イケド、何発食ラッテモ体ガ弾ケルコトハナイ!」


「そ、そうだけどよ……」


 これもまた、人間と人外の『違い』だ。


 ただの人間のドラクがアクロガルドのパンチを受ければ、一撃で木っ端微塵もあり得る。

 アクロガルドの言ったように、ニックほど頑丈な人間でなければ耐えることさえできない。


 ダリルはもちろん、このまま戦ってもアクロガルドに勝つことはできないだろう。

 しかし、


「絶対勝テナイケド……あくろがるどヲ放ットクワケニハイカナイ! ダカラ、おいらガココデ止メル!」


「時間稼ぎってことか……いや、でもそれ仲間の誰を待つんだよ? ヴィクターは頼りになんねぇし、他にも四天王はいるから、ナイトも来れねぇかもしれねぇぞ!」


「ワカッテル……」


 ドラクの言い分は完全に正論だ。こちらは戦力が足りていない。


「デモ……仕方無イカラ、ヤルヨ。イツマデデモ、待チ続ケル……!」


「バカ野郎お前、ダリル……!」


「君ニハデキナクテ、デモおいらニハデキルコトダカラ……」


 くしくもダリルにとって一番輝ける場所は、どうやらここらしい。


「ドウォッ! グウッ……君ハ、別ノ場所ヘ! サァ行ッテ!」


 今まさにアクロガルドの蹴りを腹にブチ込まれながら、ダリルは叫んだ。

 その思いを汲むしかないドラクは、走り出す。


「王道的な逆転勝利パターン、期待してるぜダリル! 先に行く!」


「ダカラ勝テナイッテバ……! ゲフ!」


 腹ばいになっているダリルの頭を、アクロガルドが容赦なく踏む。

 彼は牙を見せながらニヤけ、洒落たハットを指で整え、


「人間ヲ逃ガシテヤルノハ癪ダガ、マァ、オ前ノ男気ニ免ジテヤルゼ……ソノ代ワリ、オ前ニハ地獄ヲ見セテヤラァ!!」


「モウ……嫌ダヨォ……帰リタイヨォ……」


 守る対象もいなくなり、とうとう孤独な戦いへと突入したダリルは、思う存分泣きじゃくって愚痴をこぼす。


 ――近くの建物の影から、二人のリザードマンを見ている者がいるとは知らずに。



◆ ◆ ◆



 一人になったジルは、今襲いかかってきた一人の兵士の首に斧を突き立てて殺害した。

 力無く倒れる兵士。そして斧から滴る血。


「残酷さ、なら……人間も、人外も、同じ……」


 差別などは特にしたことがないジルだが、レイの発言でもっと意識してしまう。

 人外を恐れ、弾圧したがる人間。そんな人間に怒りを燃やす人外。


 結局のところ、ほとんど変わらないような気がする。

 それがジルの考えだった。


 だが――『力』に関してのみ言えば、そんなことはない。

 人間が人外と真っ向から戦って勝つのは、非常に難しい。これは事実なのだから。



「お……綺麗な女だ。これは俺にもわかる。あんた、よく他の奴から『綺麗だ』って言われるだろ?」


「……え?」



 後ろから声を掛けられたジルが振り向くと、そこには一人の男。

 赤色をベースとした長めのソフトモヒカンのような形に、不揃いに銀色が点在する髪。



「でも残念。あんたは人間だし、恐らくナイトさんの新たな仲間だろう……残念だ」



 男は、病的なほど白い肌をし、喋る口元には二本の牙が伸びている。

 吸血鬼だ。



「その……あなたの周りの、死体は?」


「あぁこれ……俺は四天王って呼ばれてるんだが、姿を見られると厄介なんだ。反乱因子も勿論だが、俺を見た味方の兵士も片付けなきゃならなくて」


「四天……王……」


「そうだ。四天王のオルガンティア」


「……何で、私が人間だと、残念?」



 気に掛かる、オルガンティアの発言。

 ジルが人間だろうと人外だろうと、敵なら殺すのだから残念も何もないはずだ。


 するとオルガンティアは「あー」と短く言って、翼を広げてから答えた。



「ちょっと小腹が減ってきた……見た目の美しい人間ってのは血――」



 喋っている途中なのに、オルガンティアは地を蹴って一瞬でジルの目の前に現れた。



「――が美味い傾向にあるんだ」


「っ!!」



 二つの鞘から、二本の剣を抜きながら。



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