第134話 『列車襲撃と再会』
いやぁ、今回はナイトのアクションが思ったよりカッコよかったと思います。
少しずつ筆が乗ってきたような。
「……ところでナイト、おれたちどこに向かって走ってるの? ずっとニックについてきてるけど」
ホープは何も考えず、銃で敵を攻撃しながら走るニックの背中を追っていたが、ようやく目的地に疑問を持った。
聞かれたナイトは呆れ顔で、
「あァ? 知らねェのかよてめェ……しょうがねェ奴だな……あのなァ……これはだなァ……あの、なァ……」
「君も知らないのか……」
知ってると嘘をつこうとしたナイトに、逆にホープが呆れてしまう。そんな結果になった。
背中越しに二人のやり取りを聞いていたニックはクソデカため息を吐き、
「プレストンがいるかもしれねえ『中央本部』とやらに向かってんだよ……意味もわからず俺についてくるだけって、猿かよてめえら」
「「……!」」
「これが指示待ち人間って奴か……一人は吸血鬼だが、最近の若者はどいつもこいつも……」
「「……っ!!」」
ニックのストレートな煽り文句に、若者二人は同時に『カッチーン』ときていた。
ホープは悪口には耐性があるが、今は常時ブチ切れているし、大嫌いなニックから言われたこともあり無性に腹が立つ。
普段は相容れないホープとナイトだが、今の反応がそっくりだとか、そういうことには気づかない。
走り続けていた三人の視界に、目的の中央本部が見えてくると――バイク部隊の一人が正面から突っ込んでくる。
「「「っ!」」」
ライダーによる銃撃を、ナイトは左に、ニックとホープは右に跳んで躱す。
ニックがライフルで応戦しようとするが、
「うおぉっ!」
「……ああ?」
その前にホープがマチェテを投げた。クルクルと回るマチェテは奇跡的に、
「があぁあっ!」
ライダーの肩に突き刺さり、バイクから引きずり落とす。
バイクの方はスピードそのままに横の建物に突っ込んでいき、派手に爆発が起きた。
「やるじゃねェか、青髪!」
「……まぁ偶然なんだけど」
褒めてくれたナイトに小声で事実を隠しながら、ホープは殺したライダーからマチェテを抜き取る。
一方ナイトは、
「『中央本部』とやらが燃えてやがんなァ。これもシリウスたちの仕業か、余計なことを……ん?」
もう少し走り続けると、
「何だありゃァ!」
燃え始める中央本部の裏手にはゆっくりと進む列車の姿があり、それが建物に突っ込もうとしている。
よく見ると、列車から火炎瓶が止めどなく投げ込まれているのがわかった。
◇ ◇ ◇
「バカ野郎! ゼン、キーゾ、隠れながら戦えと言っただろうが!」
「もうここまで来たんだ、どうせ突っ込む前に降りるんだから大丈夫だぜカスパルさん!」
「万が一にも邪魔されたらいけませんから、バイク部隊も僕の弓で葬ってから降りましょう!」
――カスパルという男の聞き覚えのある声と、その他大勢の聞いたこともない声を聞きながら、ナイトは列車の屋根に上がった。
そこは列車の一番前の車両で、
「な!? あいつ誰だ!?」
「どこから登ってきたんだ!?」
火炎瓶を投げようとしていたゼンと、弓矢を構えるキーゾという二人にナイトはいきなり見つかり、
「おい、あんな奴さっきまでいたか!? どっから現れた!」
「また見たことない奴だ!」
「敵だろ、まとめて撃ち落とすまでだぜ!」
なんとその車両のちょうど両サイドには、それぞれ数台のバイク部隊が。
列車の上の者たちと、バイクを前後へ走らせながら交戦中だったらしいが全く気づかなかった。
列車はすぐにでも燃える中央本部に突っ込みそうであり、しかも敵に囲まれた厄介な状況だが、
「……上等だ、かかって来やがれェ!」
「んじゃ遠慮なくっ!」
平常心を保っているナイトが宣戦布告すると、言葉通り無遠慮にゼンが火炎瓶を投擲。
軽く放物線を描き、ナイトの顔めがけて飛んでくる。
「撃て撃て!」
「蜂の巣にしちまえぇ!」
周囲のバイク部隊も、なぜか全員がナイトに向けて銃を構えてくるのは吸血鬼だとバレているからだろうか。
――どちらにせよ、
「ふっ」
ナイトは花びらのように軽く跳び、瓶が割れないぐらい弱いサマーソルトキックで火炎瓶をさらに高く打ち上げる。
列車の屋根に着地後、間髪入れず今度は高くジャンプ。
直後、ナイトの遥か下をバイク部隊たちの銃弾が飛び交った。
「うぉ、あいつ人間じゃねぇのかよ!」
銃弾を避けたゼンが目を見開いて驚いているのを見下ろしながら、ナイトは空中で刀を抜く。
――目の前には、回転を続ける火炎瓶。
「燃えろォォ!!」
頭上まで振り上げた刀を――わざと力を分散させるようにして――真っ直ぐ振り下ろした。
すると火炎瓶は一刀両断とはならず、粉々に砕け散る。破片はそれぞれ炎を生み出し、
「え――――うあああぁぁあ!!」
「「ぎゃあぁ熱いぃいぁあ!」」
「ぁぐわぁぁぁっ!」
阿鼻叫喚。
まるでしだれ桜のように散る炎たちが、ゼンを、キーゾを、周囲のバイク部隊たちを包み込む。
見事に襲ってきた敵は全員が火達磨になり、形勢はナイトのみに傾く。
「っ――ぜあァァ!」
ナイトは自分の刀まで燃えてしまっていることに気づきながらも、そのまま急降下。
炎に包まれて悶えるゼンの体を、上から下まで縦に斬り裂いた。
「ゼンっ!! ……ミロ無事か、お前は逃げろ!」
同志の死に、ニ両目の上にいるカスパルが喉を潰す勢いで叫んだ。
しかしナイトは止まらない。着地直後の低い姿勢を維持して列車の屋根を駆け抜け、
「く、来るなっクソぉぉぉ」
「しゃあァッ!!」
燃える刀で斬り上げると、カスパルが咄嗟にガードに使った左腕を吹っ飛ばす。
刃が高熱のためか止血効果があったらしく、返り血はほとんど無かった。
「うぐ……」
あまりの痛みによろけたカスパルは、足を踏み外して列車から落ちていった。
彼の姿が失くなった後方にはまだ燃えている影が一つあり、
「あつい、あづ、い……カスパ……ルさん……?」
確かキーゾとか呼ばれていた男は、炎に体を包まれながらも弓矢を手離さない。
その眼光を、弓矢を、ナイトに向けて、
「お、おま……ふざけ、ふざけやがっ……」
「悪ィが」
「まだだ……まだ、おわるわけ、には」
「悪ィが、もう終わってる」
「はっ? ――――あ」
キーゾが事実に気づいた瞬間には、彼の首は宙を舞っていた。
ナイトは背後にいる――彼はナイトの残像を睨んでいたに過ぎず、既に首を飛ばされていたのだ。
何だかんだで三両目まで進んできたナイト。
炎に焼かれてバタバタと倒れていったり、爆発したりするバイクたちを横目にしながら、
「よくも、やってくれたわね……!」
四両目に立つ、恐らくミロと呼ばれていた女と目を合わせる。
彼女は震える手で木製バットを構えた。
「小太りのジジイは、てめェに『逃げろ』と言ってたようだが……?」
「う、うっさい! 逃げるわけないでしょ!」
瞳の潤んでいるミロ。
ナイトが試しに一歩前へ出てみると、
「ひっ……!」
ミロは腑抜けた声を出し、しかも一歩後ろへ下がってしまった。
呆れるナイトは刀を大きく一振りして火を消し、鞘へと納刀。
「特別に見逃してやらァ。今すぐ町の外へ逃げりゃァいい」
「……は!? 何言って……」
ミロがまだ何か言おうとしている最中、ナイトは人影を見つける。
彼女の後ろで、列車の屋根に手を掛けて登ってくる者。
そいつは登り切ってすぐにミロに迫り、
「っ!!」
脅威に気づいたミロがバットで防御の構えを取ったものの、
「――んなチャチなバットで、俺のを防げるわけねぇだろコラッ!!」
「がふ」
凶悪な見た目をした釘バットに一撃で粉砕され、流れでミロ自身も脳天を打たれ、あっけなく屠られてしまった。
男はナイトにも目を向け、
「まだ敵いるなオラ!」
「っ」
再び抜刀したナイトは、正面から迫る釘バットを軽く受け止める。
相手は人間。やはり純粋なパワー勝負では話にならないのだ。
が、
「てめェ……死んだんじゃねェのか」
「っ……まさか……てめぇらもここにいるとは知らなかったぜコラ……」
短く会話してから素早く後退したその男は、ナイトの知った顔であった。
いや、ナイトだけじゃない。グループの仲間ならほとんどが知っている。
「……ティボルト、なぜ生きてる?」
レイからは、ヴィクターに首を斬られてスケルトンたちに食われたと聞いている。
全員がその認識をしていたのに、彼は今、ナイトの目の前にいる。
「まぁ……俺だって死ぬかと思ったぜオラ。だが色々あって命を拾ったんだコノヤロー」
確かに、ティボルトの首には治療した痕跡がある。嘘ではないようだ。
「それァわかった。じゃァ、なぜてめェはここにいるんだ?」
「……何で、だろうな。よくわからんぜオラ。……たぶん俺がバカだからだろコラ」
「へェ……何にせよ、俺のやることァ決まりだ」
ティボルトが首を傾げる。
ナイトは刀を納めずに歩き出し、そして、
「今度こそ――てめェの息の根を止める」
走り出す。
――ティボルトは魔導鬼を無差別に嫌ってレイを殺そうとした男。
それだけならまだしも、仲間のフーゼスを秘密裏に殺害してスケルトンに食わせたというのだ。
「うおぉ!?」
憎悪を孕んだ刀の一振りを、ティボルトは仰け反って避ける。
焦った様子で口を開き、
「ちょ、ちょっと待ってくれオラ! 今攻撃を仕掛けたのは悪かった、俺の目的はお前らとたぶん同じ、プレストンを殺すことだ! 少しの間でも力を合わせて――」
「……『今攻撃を仕掛けたのは悪かった』だァ? てめェの謝るところァそこか!?」
「うぐぉっ」
一瞬で懐に侵入したナイトは、片手でティボルトの首を絞め、宙に浮かす。
ティボルトも片手で、首を絞めてくるナイトの手を外そうとし、もう片手は釘バットを持ったまま。
釘バットをいつでも振れる、ナイトにとっては危険な状態なのだが――どうもティボルトにはその気が無いらしい。
「てめェは仲間殺しという大罪を犯しながら……まだ俺たちと助け合える気でいんのか?」
「ぐ……ぇ……そんなわけねぇ……だろ……言ってみただけだ……コラ……」
「仮面女が――レイが、てめェが起こした色んなトラブルのせいで、どこまで壊れたか知ってるかァ!?」
「……っ!」
ティボルトは苦しさからか眉間に皺を寄せ、片目を瞑る。
そして、重い口を開いた。
「……やってくれ。ナイト」
「あ?」
その一言は、今までのティボルトを思わせない、ナイトが困惑する一言だった。
首の絞まりが緩み、彼は続ける。
「想像はできる。俺が、グループにどれだけの苦痛をもたらしたか……あの魔導鬼の女に、どれだけの恐怖を与えたか……今はわかる」
「っ……?」
「俺は悪いことをしちまった。とんでもないことをやらかした。償いたくても償いきれねぇ」
「…………」
「だからナイト、てめぇに審判を任せる。どうやって殺すのか、殺さず苦しめ続けるのか……好きにしてくれていい。俺が決めることじゃねぇと思うから」
ティボルトはどこか晴れやかな顔で両腕を広げ、全身の力を抜き、自分の運命をナイトに委ねた。
演技かもしれない、普通はそう思う。ナイトも警戒は緩めていない。
だが、どうにも、嘘をついているようには――
「……いた」
「……え?」
ナイトが無関係の方向を見て『いた』と突然呟いたことに、ティボルトは目を細めた。
彼が疑問を口に出す前に、ナイトは先手を取る。
「ティボルト、どうやら俺にはてめェの審判をする資格は無ェ。別の奴に裁かれてこい」
「は?」
「レイ・シャーロット――あいつがてめェを地獄に落とすんだから」
彼女の名前を聞いて青ざめたティボルトに有無を言わせず、ナイトは彼女を見つけた方向にティボルトを投げ飛ばした。
列車から投げるなんて落ちどころが悪いと死んでしまうかもしれないが、その時はその時だ。
ナイトも飛び降りると、誰も乗客のいなくなった列車は、燃える中央本部へと激突していった――




