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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第133話 『偽りの町で』



「……何だと? ここの『四天王』の一人が、てめえと同じ吸血鬼だった?」


 ニックも耳を疑うほどの驚愕の事実を、ナイトは語っていた。


「あァ、オルガンティア……偶然にも知ってる奴だったしなァ」


「そうなると、『四天王』については面倒くせえ仮説が浮かんできやがるが」


 オルガンティアという吸血鬼の話をして表情の曇るナイトを無視して、走りながらニックは顎に手をやる。

 ――聞いているホープとしても、予想できることだ。


「下手すると『四天王』は、全員が人外かもしれねえな」


「……一応、ここは『亜人禁制』ってことにはなってるけどね」


 さすがにニックも忘れていないだろうが、ホープは念のため忠告した。

 すると彼は頷き、


「プレストンのことだ。種族差別のイザコザを起こさねえためと言い訳して、事実を歪めて住民を騙してる可能性はある」


 捕まっていた間に完全にプレストンへの不信感を募らせたニックは、もはや悩むこともせず結論に飛びついていた。


「おい、俺ァ他の四天王をまだ見てねェ。だがてめェらはローブ姿だけでも見たんだろ? 変な特徴ァ無かったのかよ」


「ああ……」


 珍しくナイトが冷静なコメントを寄越したので、ニックとホープはぼんやりとした記憶をどうにか掘り起こし始める――



◇ ◇ ◇



「ふん♪ ふふん♪ ふふ〜ん……♪」


 民家の屋根の上にて、陽気に鼻歌を歌いながら弓矢を構える一人の人物。

 ローブで真実を隠す、四天王の女――名をフローラと言うのだが。


 彼女の人並み外れた視力が捉えたのは一羽の鳥。


 町の上空を飛びながら、どうやら小さなガトリングガンをぶっ放し、プレストンの兵士たちに銃弾の雨を浴びせているようだ。

 ただの鳥ではない。敵の作った兵器だろう。


「ま、何でもいっか。撃ち落とすのみ!」


 一発だけ射る。

 すると矢は寸分違わずロボット鳥の首を貫き、ロボット鳥は煙を噴き出しながら急降下していった。


 フローラの異常な視力と狙撃の正確さは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いなのだ。


「あとの問題は、無差別に火炎瓶投げまくってる反逆者たちの列車ね。線路的には中央本部に突っ込むみたいだけど」


 独り言を発しながら、フローラは次の標的を定め始める。

 そこに、強風が吹いた。


「きゃあ」


 顔を隠していたローブが外れ、真相が露わになる。

 近くに誰もいなくて良かった。


 なぜなら――彼女の耳が明らかに尖っているから。


 フローラは『エルフ』なのだ。

 森で生きる種族のため、身体能力や五感が人間よりも研ぎ澄まされており、大抵のエルフは植物や動物を味方につける特殊能力を持っている。


 姿こそ耳以外は人間そっくりだが、エルフは立派な亜人。立派な人外である。



◇ ◇ ◇



「おい、お前ら隠れろ!」


 列車の上にて。

 どう考えても最年長な中年の小太り男カスパルが、三人の若者たちに指示を出す。


「え? 何で!?」

「とりあえず隠れるけど……」


 ゼンとミロは隠れながらも、カスパルの指示に疑問を持つ。

 今、近くには敵はいない。せっかく火炎瓶の投げ方が板についてきたのに――


「バカ野郎! 姿は見えねぇがそろそろフローラが狙ってくる頃合いだろ、こっからは隠れながら瓶を投げるんだ!」


「……!」


「警戒を怠るな、シリウスも言ってたが『四天王』は間違いなく人間じゃねぇぞ。俺たち普通の人間が狙われてみろ――もはや数秒の命だ」


 人間にとっては厳しすぎるこの戦いを、カスパルは満月の浮かぶ空を仰いで憂いていた。



◇ ◇ ◇



「クソぉ! 撃ち落とされた! 腹立つ!」


 一方、ここはキャンピングカーの中。

 町に突入してからというもの、コールの運転により時々プレストンの兵士を轢いたりしながら町中を走行中である。

 後ろのカーテンの裏で、カーラがバタバタと暴れているのを聞いたコールは、


「だいじょぶー? 撃ち落とされたってー?」


「そうだよ、畜生が! おれの渾身の発明『ダイナミックメタル鳥』が撃ち落とされたんだ!」


「……ほー」


「近くにそんなことできる敵はいなかった、とんでもないスナイパーが居やがるぞ!」


 ワイルドな喋り方をするカーラと、軽く対等に喋るコール。

 しかしコールがどうしても言及したかったのは、


「……悪いけどさー、アンタのネーミングセンスの酷さにツッコませてもらってもいいー?」


「あんだとてめぇ!?」



◇ ◇ ◇



 ――バイク部隊を避けながら、歩兵を倒しつつ進む四つの影。

 レイ、ジル、ドラク、そしてリザードマンのダリルは、町を走っていた。


「いやしかし、レイっちがあそこまで強ぇとは驚いた……ジルが『頭数足りないよー、えーん』とかクソほどネガティブな泣き言吐き散らしてたけど、それを馬鹿にできるくらいすげぇ威力だったぜ!」


 魔法の応用によりメーティナという敵を殺したレイを、ドラクが褒めちぎる。

 その際かなり巻き添えをくらったジルは、ドラクの腹に軽くパンチを入れた。


 褒めてもらったレイだが、


「嬉しいけど、気を抜いちゃダメよドラク! ここは戦場。敵も山ほどいるんだからね」


「……そ、そうだな……」


 腹を押さえながらドラクが頷くと――突然、後ろのダリルが彼の背中を掴む。


「おうっ!?」


「どらく、止マッテ! 何カ降ッテクル!」


「降ってくるだぁ!?」


 足を止めたダリルとドラク、先行したが後から気づいて足を止めたレイとジル。

 二組の間に――巨大な影が本当に落ちてきた。土埃が巻き上がり、声だけが聞こえてくる。



「他ノ四天王ハ、モウ『ぱーてぃー』ニ参加シツツアルラシイ……俺モ入レテモラオウジャネェカ」



 野太すぎる声が、横柄な態度で喋る。


 土埃が消える。そこには巨躯をローブで隠す謎の人物が立っていた。

 本当に上から落ちてきた。どこからか跳んできたかのようだった。現実離れした身体能力、それに異常な体の大きさからして、およそ人間だとは思えない。



「何ダ、弱ソウナ人間ニ……オイオイ、りざーどまんイルジャネェカヨ!」


「……お、おいらノコト? 君ハ、イヤ君モ、ヒョットシテ……?」



 その反応。そしてダリルと同じような声質。

 誰もがローブの男の正体について一つの予想ができてきた中、男はローブを外し、投げ捨てた。



「ソウサ。俺ノ名ハ『あくろがるど』。コノ町ノ四天王ガ一角ヲ担ウ、りざーどまんダ!」



 アクロガルド――そう名乗った。

 ダリルと同じ二足歩行のトカゲにしか見えないその正体は、人外であるリザードマン。

 彼は茶色の鱗に包まれたその巨体と尻尾を揺らしながら、いきなりドラクに拳を振ろうとし、


「どらく危ナイ!」


「うぉ!」


 それを避けさせようとダリルはドラクを突き飛ばし、


「グワァァッ!」


 ダリルが顔面にアクロガルドの豪快なパンチをくらい、大きく吹き飛んだ。


「に、肉の盾ーっ!!」


 心配してるのか茶化してるのかわからないドラクの声に良い気分はしないものの、ヨロヨロと立ち上がりながらダリルは叫んだ。


「れい、じる! おいらノコトハ気ニセズ、先ニ行ッテクレ! ドウニカスルカラ!」


「……わ、わかったわ! 頑張ってねダリル、ついでにドラクも!」

「ん。先に行く」


「え!? おい俺のことは心配してくれよ!」


 いつの間にかダリルとセットで置いてけぼりにされてしまったドラクが愚痴るが、



「……おいおいアクロガルドさんよ。リザードマンが『亜人禁制の町』って所で堂々と喋るじゃねぇか」


「ソ、ソソソ、ソウダヨ! 話ガ違ウジャナイカ!」



 いつでも口だけは強気なドラクと、女の子の前でだけ格好つけた形の怖がりなダリルとの、対照的な文句がアクロガルドに降りかかる。

 だが彼は動揺も見せず、茶色の鱗に包まれた腕を回し、



「ソノ通リ……ココハ『亜人禁制』。ツマリ、オ前タチノヨウニ俺ノ正体ヲ知ッタ奴ァ、生キテチャイケネェッテワケダ」


「反吐が出る理論だな、やっちまえ肉の盾!」

「怖イヨォォ! 無理無理! ドウシヨウ!」



 アクロガルドは、マフィアが被ってそうな帽子を頭に乗せつつファイティングポーズをとる。

 だが頼りないコンビはどちらも戦う気が無いのであった……



◇ ◇ ◇



 ニックは『アクロガルド』と呼ばれていた四天王の巨体と、鎧のように硬かった体を思い出す。

 恐らく四天王は全員が亜人なのだろう、ホープもナイトもそう考えることにした。


「ったく……」


 この町は嘘にまみれた、偽りの町だ。

 元部下であるプレストンが嘘ばかりついていることにニックは舌打ちし、大きく口を開いた。




「おい!! てめえら!!!」




 そして叫ぶ。

 今の部下――ではなく、仲間たちに届くよう願って。




「仮にもこの俺『ニック・スタムフォード』の仲間を名乗るのなら!! この町で命を落とすんじゃねえぞ!!! もう誰も死ぬな!!!」




 どんなに大きな声で叫んでも、町じゅうに散らばっている仲間たちに届くわけがないと、わかっていながら懲りずに叫ぶ。




「こんな嘘だらけの町で!! プレストンとかいうクズ野郎に!! ――負けんじゃねえぞお!!!」




 これ以上誰も死ぬな、殺されるな――それがニックのたった一つの願いだった。


 他の仲間たちには届かないだろう。


 でも、ホープとナイトは、彼の叫ぶ姿を、リーダーとして仲間を心配している姿を――目に焼き付けていた。



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