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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第132話 『悪人と悪人』



 ――吸血鬼だ。

 ニコルがそれだけを理解した瞬間、玄関にあった彼の姿は消え、


「え? ……わっ、痛い! 痛いっ!」


「サナ!?」


 最愛の娘の背後に、高速で移動した吸血鬼はサナの腕を強く掴んで持ち上げる。

 痛みにサナは泣き叫んだ。


「幼子の血はねぇ、美味しいことが多いんだよ。ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒ!」


「やだ、痛い、やだぁっ! ママぁ!!」


 不気味な声で笑う吸血鬼だが、ニコルはそれを気味悪がっている場合ではない。

 駆け出し、


「その子から離れろ化け物! 吸うなら、私の血をあげるから!」


 吸血鬼の腕を掴み、前後に揺する。

 しかし全く効果は無く、


「そういうの面白くないから。邪魔しないでほしいな」


「あうっ!」


「ママ!?」


 吸血鬼から頬を平手打ちされ、ニコルはあっけなく倒れる。

 たかが平手打ちだが、人間からされるのと吸血鬼からされるのとでは威力は桁違いなのだ。


「うぐっ……ここは『亜人禁制の町』なの! あなたが来る場所じゃない!!」


 イカレた吸血鬼に何を言っても無駄かもしれないが、力で解決できないのなら何か言うしかない。

 でなければ、サナが血を吸われて殺されてしまうのだから。


「眠たいこと言わないでよ。亜人ってのは人外のことだろ? ボクからするとこの町の『亜人禁制』ってのは見かけ倒しだね」


「え? どういう意味!?」


「ボクらがここに来る前から、この町には人外の匂いが漂ってたよ」


 あっけらかんと吸血鬼は言う。嘘をついてるように見えなくもないが、


「そんな……嘘! 実際にこの町の中で、亜人なんか見たことない!」


 何ヶ月か暮らしていて一度だって見たことが無い。なのに亜人がいるなんて。そんなことあり得ない。

 だが吸血鬼は興味を失ったようにサナの方へ向き直り、


「うん、どうでもいい。面白くもないし。非常にどうでもいいね。キミが嘘だと思うなら勝手に思ってれば? ボクは血を吸いたいだけだから」


 サナの首を狙い、大きく口を開ける。

 何をされるのかよくわかっていないサナは、目を潤ませながらもどこか呆然としている。


「え、なに、やだ……ママ、ママ!」


 子供らしいサラサラの髪の毛を吸血鬼に撫でられ、サナは嫌悪を感じるのか助けを求める。

 そして、牙が、首元に迫る――



「ママ――――っ!!!」


「やめて!! お願いします!!」



 もうダメだと思った。それでもニコルは吸血鬼の足にしがみついて懇願した。

 でも、もう、遅い、何もかも遅い――



「……?」



 時が止まったように感じたニコルは、震えながら吸血鬼を見上げる。

 すると吸血鬼の腰に、ローブを着た人物が蹴りを入れているではないか。


「ご……う……っ?」


 蹴りの衝撃で、体をくの字に曲げた吸血鬼は吹っ飛んでいく。理解の追いついていない表情のまま。

 ものすごい勢いだ。壁をぶち破り、外まで飛んでいってしまった。


 ローブの人物は滑らかに着地する。そしてサナとニコルの無事を確認する。



「――んん、とりま間に合ったっしょ! 吸血鬼とはかなり手強い相手っしょ! キツいね」


「その声……チャド様!?」



 チャド――彼は四天王の一人。

 素顔も、どんな鍛え方をしたのかも誰も知らないが、スピードで彼に敵う人間はいない。


「大正解、チャドでーす☆ というわけで、あの化け物は俺に任せて、二人は逃げるっしょ!」


「はい……しかし、いったいどこに逃げれば?」


「あーっと俺の考えてない質問キター! とりま壁の外だけど、できるだけ町に近い所っしょ! それ以外は思いつかな――」


 お調子者で有名なチャドが相変わらず楽しげに喋っていると、


「……逃げる……? そんなの……ボクが許可するとでも……思ってるのかな……?」


 突き破った壁から、再び吸血鬼が家の中に入ってくる。落ちていたシルクハットを頭に乗せながら、ゆらゆらとこちらへ歩いてくる。


「さっきの蹴り、けっこう助走つけといたし、かなり効いてるっしょ! 喋りも途切れ途切れで疲れてるみたいっしょ!」


「……あ?」


「俺に勝てそうもないっしょ! だったら今なら降参認めてやるっしょ!」


「冗談……言わないでほしいな」


 元気なチャドとは対照的に、吸血鬼は震えた声で話しながら刀を抜き始める。

 刃の輝きにサナとニコルの背筋が凍る中、


「ボクはヴィクター・ガチェスだよ……? あんなゴミみたいな蹴りは効かない。ボクは今、怒っているだけなんだよね……」


「怒ってる? 何に怒ってるのかわからんっしょ!」


 肩をすくめて挑発するチャド。ヴィクターはそれに答えるように、



「――大して強くもないくせに、ボクに無駄に一撃入れてきたキミに怒り心頭なんだよ!」



 完全に刀を抜いたヴィクターが、神速と呼ぶに相応しいスピードで突っ込んでくる。

 チャドも戦闘態勢に入り、



 ガキィン――ッ!!



 刀の初撃を受け止めて、本格的に戦闘が始まる。


「あぁぁぁぁ!!」


 目にも留まらぬ神速で繰り出されまくる、ヴィクターの乱れ斬り。

 それを、


「ほいほいほいっ、よっ、はっ! ほいしょ、よいしょ、ほいほい!」


 チャドは飛んだり跳ねたりで避けたり、ローブの下に隠した武器で受け流したり。

 完全に渡り合っている。吸血鬼に、人間であるはずのチャドが。


「す、すごい……!」


 何だかわからないがチャドの強さに感服してしまうニコル。彼女の袖をサナが引っ張る。


「ママ、だめ! にげなきゃ!」


「あっ! そうね、逃げま――」


「だからさぁ、キミたちが逃げることはボクが許さないって言っただろ?」


「「っ!!」」


 突如こちらに方向転換してきたヴィクターが、刀をニコルの首に向かって振ろうとするのだが、


「ぐえっ」


 後ろからチャドに襟を掴まれ、


「罪の無い住民に近寄るんじゃないっしょ、不埒者がぁぁぁい!!」


「うぅおっ――!?」


 力強く後方に投げ飛ばされ、ヴィクターは情けない声を上げながらまた壁に激突。

 家の中に充満する埃を斬り伏せ、彼はすぐに出てきた。


「まただ……今度はボクを投げ飛ばしたな!」


「そうっしょ!」


「もう、もう絶対に許さない……ここがキミの墓場だ、その体バラバラに斬り刻んでやる!」


「できるかなー☆」


 いちいち軽いノリで答えてくるチャドに、



「キミはよく冷静でいられるね……そこの人間たち、気づかないの? ボクは吸血鬼だけど、ここまで吸血鬼と戦える人間がいると思うかい?」


「……!?」



 問われたニコル。もちろん、おかしいと思っている。四天王であるチャドが強いのはわかっていたが、これはあまりにも強すぎる。

 人間業じゃない。そう断言できよう。


 先程、ヴィクターが言っていたことを思い出す。


『ボクらがここに来る前から、この町には人外の匂いが漂ってたよ』


 嘘だと、妄言だと、こちらを動揺させるための罠だと、そう思っていた。

 そう思いたかった。だって、もしそれが事実ならば、町の住民たちは――



「そうさ! キミたちは騙されてたんだよ、プレストンとかいうリーダーにね!」


「っ!」


「ボクが証明してやるよ!」



 ニコルの気持ちを完璧に読んでいるヴィクターは、またしても瞬間移動ばりのスピードで走り、



「うおっ!? 背後取られたっしょ!」


「――でぇぇいッ!!」


「なぁっ!」



 チャドの背後に現れ、チャドが振り向いた瞬間に居合い斬りのごとくすり抜け、また彼の背後に立っている形に。

 ヴィクターが静かに納刀すると、



「ぎゃあっ!?」



 チャドの肩から血が噴き出し、ついでにローブが全てバラバラに斬り刻まれてしまった。

 幸いチャド自身にほとんど怪我は無いようだが、



「あ……!?」


「チャド……様……?」



 サナとニコルは驚愕の事実を目の当たりにしてしまい、まばたきも、呼吸も忘れていた。

 ローブを失ったチャドの真の姿が露わになったから。



「あー、バレちゃったっしょ……プレストン様に面目が立たんっしょ……」



 素肌が露出しているはずの顔、手、足、そして腹には、黒い斑点が点在する金色の()()がある。

 頭には猫のような耳、口元にも猫のようなヒゲ。手には鋭い爪。腰の方には細長い尻尾。


 そう。彼の正体は、



「俺の名はチャド……『チーターの獣人』っしょ!」



 彼自身が白状した。


 チーター。最高速度は時速100キロをも超えるという、最速の哺乳類。

 それが二足歩行の人型となり、戦闘用に肉体を鍛え抜いたものと考えればいいだろう。


 何度でも言うが、ここは『亜人禁制の町』だったはずである。

 もう何を言ったらいいのかわからないニコルとサナだが、二人に対してチャドは辛辣だった。


「見られたからには仕方無いっしょ……お前たち二人は今ここで処分するっしょ!」


「はい!?」


「だってだって、ここは『亜人禁制の町』っしょ! だったら亜人は居ちゃいけないっしょ!」


「え、いや、でもそれって……」


 突然、チャドの言い分が意味不明になってくる。

 どう考えてもおかしいその理論には、言い返せないほど頭のおかしいオチがついた。



「『亜人がいた』って報告しちゃいそうな奴は……消すっきゃないっしょ!」


「っ!?」


「そうやってこの町の平和は守られているっしょ! 俺たちゃ『四天王』、この町の守護神じゃぁぁい!」


「きゃぁぁっ!!」



 飛び出したチャドの鋭い爪が、サナとニコルに迫る。

 その爪は吸血鬼の刀の攻撃を何回でも受け止められるほど、頑丈で強力なのだ。


 一撃でも食らったら、人間は八つ裂きにされて、



 ガキィンッ――!!



 間に入ったのは、まさかの吸血鬼ヴィクターとその刀だった。

 しかし彼はどうやら人間を守ったつもりは無いらしく楽しそうに舌なめずりし、


「キミの相手はボクだろ? 久々に骨のある奴との戦いなんだよね、ヒヒヒ!」


「邪魔っしょ!」


「ボクはこいつらの血を吸う楽しみを後に取っておくよ……だったらキミも、こいつらを始末する仕事を後に取っておいてもらわないと釣り合わないよね?」


「ああクソ、もういいっしょ! 順番変更、母娘はお前をぶち殺してからっしょ!」


「いいねぇ! ヒヒヒヒッ!」


 ――その瞬間、二人は消えた。


 いや消えたのではない。


 もはや人間の目では追えないほどの、チーターと吸血鬼の異常な脚力。

 そして高速の剣戟が迸る、異次元の戦いが始まってしまった。



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