第131話 『家族の絆』
町の人々が民家を焼く業火や、爆発音や銃声に気づき、逃げ惑う中――建物の影で銃を構えて警戒する一人の兵士がいる。
彼が警戒しているのは大通りだけ。背後から忍び寄る者には気づかず――
「っ!」
否、間一髪で気づいて振り向き銃をぶっ放す。が、相手は姿勢を低くしており当たることはなく、
「ぬああ!」
「ぐぅえっ」
――隠密に失敗したニック・スタムフォードは、お世辞にもスマートとは言えぬ力技で敵兵の首に手を回し、力任せに背後に回り、首を絞め始める。
苦しむ兵士はライフルの引き金を強く握り、どこへともなく乱射する。
「暴れんじゃあ……ねえよ……っ」
ゴキッ。
鈍い音がして、兵士は崩れ落ちるようにその場に倒れる。もう動くことはなかった。
兵士の銃とナイフを奪い取る。
囚われた際に武器は全て没収されたニックだったが、こうして武器を得るのだった。
「エンは生きていたのか」
「おォ」
「だがベドベ――あの占い男が殺されちまったと……その報復もあって、てめえら攻めてきたわけか」
「そうだ」
敵兵が銃を乱射するのを見越して隠れさせておいたナイトとホープに、ニックは現状の再確認。
まさか自分が捕まっている間に――知らぬ間に、仲間を一人失っていたなんて。
「プレストンの野郎……俺が約束を果たせなかったとはいえ、いくらなんでもやり過ぎだ」
覚悟を固めなければならない。元部下の命を、ニックはこの手で――
握った拳を凝視してから、ニックは前を向く。
「にしても銃声や爆音はわかるが、建物があっちこっち燃えてやがるのはどういうこった?」
爆音と言っても、まだ数発分しか聞こえていない。なのに燃えている家は既に数え切れないほどある。
よく見ると、燃える家は全て『線路』に沿っているような――
「……シリウスたちの仕業だろう」
「あ?」
答えたのは、一緒に地下牢から解放されたイーサン・グリーンだった。
「シリウスたちは言うなればプレストンの反乱因子。ずっと『列車』に乗って腐った町を燃やしつつ、プレストンの首を取って新しい町を作り上げる計画をしてた」
「あァ? 戦いに関係ねェ住民もいるんだろ? それにどうせここに住みてェなら燃やす必要もねェだろ、アホなのか」
ナイトが正論を言うが、
「ああ、その通り。俺も説得したが聞いてもらえなかった。たぶん、復讐心に支配されておかしくなってるんだろう」
イーサンはそれを肯定するだけ。いくらこちらが肯定しても、シリウスたちにはわからないのだから、どうしようもないのだ。
「……だからさ、俺は……この日が来るのが恐ろしかった!」
イーサンは頭を抱える。涙までは流さないものの、瞳を潤ませて。
「プレストンのことも恐ろしいが……一番嫌なのは、娘と妻がこの戦火の中に放り込まれることだから……!」
体を震わすイーサン。
――ホープにはその様子がどうしても滑稽に見えてしまうのだが、やはり『親』『家族』という存在に触れたことが無いからなのだろう。
「出しておいてもらって悪いが、俺は家族を迎えに行くよ!」
「おい。住んでる家に行くのか? もう避難している住民は多いが、入れ違いにならねえか?」
「その時はその時だ! 皆さんありがとう。プレストンやシリウスと戦うんなら、健闘を祈るよ!」
手を振り、イーサンは駆け足で自分の家に向かっていった。
背中を見届けたホープたちは知らないのだが――彼はすぐに壁にぶち当たることになる。
「……ん? おっと、食料泥棒のイーサン・グリーンじゃないか。どうやって這い上がってきたんだい?」
「に、ニードヘル……!」
偶然。
本当に偶然でしかないのだが、走り出してすぐにニードヘル・ギアーズと邂逅してしまったのだ。
◇ ◇ ◇
「ふぉ〜〜〜〜っ!!! た〜〜のし〜〜ですね〜〜〜!!!」
「おい! 叫ぶな蹴り娘! 敵が集まってきちまうだろうが!」
走行中のとあるバイクの上。後ろに座っているメロンは両手を上げてはしゃいでいて。
前で必死に運転しているリチャードソンは、能天気すぎる彼女に冷や汗をかく。
なんと二人は、敵のバイク部隊から一台のバイクを横取りしたのだった。
もちろん他のバイク部隊員とすれ違ったりすれば一瞬でバレる。
「誰だあいつら! 乗っ取られてんじゃねぇか!」
「邪魔だ、撃て撃て!」
だがそうやって標的にされれば、メロンもリチャードソンも黙っていない。
「邪魔なのは〜……あなた方ですね〜!!」
「失礼するぜぃ!」
「うぉっ!?」
「ギャア!」
走るバイクの上で二人同時に、器用に射撃して相手を寄せつけないのだ。
しばらく走っていると、広い場所に出る。するとそこには線路が敷かれており、
「わ〜リチャードソン見てください〜! 列車が走ってますよ〜、かっくい〜!」
「こんな所に列車だぁ? 屋根に誰かいねぇか?」
「あ、本当ですね〜。四人くらい乗ってますね〜」
メロンが目の上で手を水平にして列車を見ていると、確かに四つの人影が確認できた。
その中の一人がこちらに向かって何か、動いたような気がして――
「まずいっ、掴まれ!!」
「うわ〜!?」
メロンがリチャードソンの背中にしがみついたと同時、バイクが列車から離れるように大きく横に曲がる。
その瞬間、元々通るはずだった場所に火柱が上がった。
「え、え〜!? 何なんです〜!?」
「――火炎瓶! 燃えてる家をチラホラ見かけはしたが……奴らが原因だったようだ!」
「列車の上から投げて回ってるんですね〜……って、何かおかしくないですか? ここあの人たちの町でしょうに〜」
「ん? そういやぁそうだな……」
疑問は積もるものの、とりあえず炎を避けられて一安心の二人。
だが今度は横から別のバイク部隊が追いかけてくる。
「お前らのバイクじゃねぇだろ! 返せコラ!」
「うお〜!?」
バン! バン!
拳銃による射撃。姿勢を低くしてどうにか躱したメロンが反撃しようとすると、
「ん? 何か飛んでき――ぎぃやぁぁぁ!! 熱い! 熱い! あづぁぁぁぁ!?!?」
列車から投げられた火炎瓶がそのライダーに直撃、彼は火達磨になって転げ落ちた。
――やはりあの列車の上の者たちは様子がおかしい。バイク部隊とは味方のはず。自分たちの町を燃やし、堂々と仲間割れまでしている。
「どうなってんだ!? 敵も味方も一緒くたにしちまってんのか?」
「う〜ん……あ、ちょっと止まってください!」
「ん!?」
メロンにバシバシと背中を叩かれ、リチャードソンは急ブレーキ。
列車も進み続けているからここはもう火炎瓶の届かない範囲だが、戦場に変わりはない。いったい彼女はどうしたのか?
しかしメロンの見ている方向は、列車もバイク部隊も、中央本部も関係無い、意味不明な方向。
「ど、どうした? 何かいたのか?」
リチャードソンは恐恐と問うてみるが、
「ん〜。いましたね」
「何が?」
「言うなれば〜……因縁の相手ってやつですかね〜」
それだけ答えたメロンはピョンっとバイクから降りて走っていってしまう。
一人残されたリチャードソンは、しばらく呆然と彼女を見ていた。
「ロブロ……見つけましたよ〜!」
バイクを辞めて己の足で走るメロンは、そう呟いた。単なる独り言だ。
――ロブロ。鉄兜のようなものを被った男。最初にこの町で会った時、彼はプレストンから『最強の用心棒』として紹介されていた。
結果、銃の引き金も引けない腰抜けだったようだが。
なぜそんな男に、メロンが執着するのか。そんなのは簡単な話で、
『ロブロ……でしたっけ〜? それ以上変な動きしたら撃ちますよ〜。彼は殺させません』
彼がホープに銃を向けた時、メロンはそう言った。ロブロは動きまくっていたが、状況的に撃てなかったのだ。
つまり――まだ、約束が果たされていないのだ。
「私、絶対に約束を守る女なんですよね〜!」
貼り付いたようなテンプレ笑顔の裏に、暗く深く熱い、情熱を携えて。
彼女は全力で走っている。
◇ ◇ ◇
町の至るところから、炎が上がる。それに比例して、あちこちから悲鳴も上がる。爆音と銃声が連鎖していく。
『漆黒』と『静寂』に包まれるはずの夜が、『赤』と『喧騒』に染まっていく。
――二階の寝室で、夫のいない不安を抱えて娘のサナと一緒に寝ようとしていたニコルは窓を見て、
「なぜ急に……町が戦場に……?」
理解が、追いつかない。不安がっているところをサナに見せるわけにはいかない。
でも、いきなりこんなことになって、ろくに戦えもしないニコルたちはどうすればいいのか。
「ママ……? ここにいてもいいの? にげるの? 町の外に?」
「外は危険よ……でも、中まで危険になったのなら……どちらか選ぶしかないのかしら」
「ねぇ、パパは?」
「っ!!」
そうだ。イーサンを置き去りにして勝手に判断して良いわけがない。
そんなことをしたら、彼と一生離れ離れになってしまう。サナが、もう父親に会えなくなってしまう。
「じゃあ、サナ! パパを探しに行きましょ!」
どうせ町の中も外も危険。サナを家で留守番させるのも安全ではない。
だったら母娘二人で離れず、一緒にイーサンを探そう。ニコルはそう考えた。
「さ、一階へ! 上着と必要な物だけ持っていってね」
「はーい」
怖いだろうけど、サナはまだ元気があった。それは良いことだ。
勢いよく階段を下りていったサナを、ニコルも追いかける。と、
「ママ! お客さんみたいだよ!」
サナはもう一階に着き、ニコルはまだ階段の途中。そこでそんな台詞が聞こえてきたのだ。
「お客……?」
こんな時に?
まさか、この『戦争』でプレストンの敵となっている勢力が、侵入してきた?
それは大変だ。
ニコルは祈り、階段を駆け下りる。
頼む。サナ、下手なことをしないでくれと。
一階に着く。
外から蹴破られたのかドアが開け放たれていて、少し熱の混じっているものの夜の涼しい風が吹き抜けてきて、カーテンが大きく揺れる。
「ほらママ、あそこ! 男のひとー!」
サナの指差す先。
開け放たれたドアの向こう、人影がある。
一歩、二歩と家に入ってきて靴音を鳴らす男。
「やぁどうも、お邪魔するよ。今日は良い夜だね。少し騒がしいけど」
細身で、中性的な顔と声。長くも短くもない藍色の髪の毛。
そんな男は頭に乗せたシルクハットを手に取り、お辞儀する。
「ま、どんな夜でもお腹は空くし、喉も乾くよね。そうだよね?」
病的なほど色白の肌、口元に確かな二本の牙、腰には一本の刀。
「キミたちの血――ボクにちょうだい。良いでしょ?」
捕食対象を前にして、吸血鬼ヴィクター・ガチェスは微笑んだ。




