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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第11話 『やっちまった』



 いったい何が悲しくて、知らない奴らのために働かなくてはならないのだろう。

 不満も疑問も尽きないが、とりあえず何もわからない現時点では、言うことを聞いているしかない。


 男たちに言われた通りに、ホープは灰色のツナギに着替える。

 カビたパンは何とか完食したものの、けっきょく水はもらえずじまい。喉は潤わないままだ。


「おーし、準備できたな? 採掘場に行くぞ」


 檻の扉が開かれ、入ってきた男がホープに緩い手錠をかけて、移動を促してくる。『採掘場』というのがホープにはよくわからない。地下と言っていたが何を目的に、何を採掘するのだろう。

 そんな疑問が表情に出てしまっていたらしく、


「……何だぁその顔は!? 不満を持つのは厳禁だぜ、おら来い!」


「がっ……ぅ……!」


 激昂した男がホープの髪の毛やら服やらを乱雑に掴んで、檻の外へ投げ出す。


「いいか、ガキ!? これ以上痛い目を見たくなかったらルールを守れ! 俺たちに逆らわねぇこと、そして休まず働くことだ! 最近入ってくんの、威勢だけは一丁前なザコばっかなんだよ……色々懸かってんだ、頼むぜ?」


 頬の傷に無理やり絆創膏のような物を貼られ、もう傷付けられるのがうんざりなホープは大人しく男について歩いた。

 いくつもの空っぽの牢屋の横を過ぎ、扉を開いた先で――日の光と『エドワーズ作業場』に迎えられた。



◇ ◇ ◇



 時間的に今は昼頃のようだ。

 歩いているこの土地は、作業場という割に、


「静かなとこだな……」


 四方をフェンスに囲まれたこの場所は、『無音』と表現しても納得がいくくらいに閑静であった。

 何人かの男が歩いているが、労働者ではなさそうだ。灰色ツナギの姿は一人も見えない。


 目を引くのは先程までホープが収監されていた監獄、それと中心にそびえる大きくて立派な建物。


 他には、塔のようになっていて高い位置にある、そんな()が一つ見える。

 何なのかわからないが、無機質なあの白い箱からは異様な雰囲気を感じてならない。

 その箱へつながる梯子も地面から伸びているし、中に人がいそうで不気味だ。


 それにしても静かすぎる。響くのは、前を歩く男とホープが乾いた砂を踏みしめる音のみ。


「あ。言うの忘れてたぜ、採掘場行く前にちょっと寄るとこがある。ちゃんとついてこい」


「…………」


 採掘場でこれからとんでもない肉体労働をするのが目に見えているのに、まだ他にやることがあるらしい。

 心の準備が瓦解してしまう前に採掘場に行きたいものだ。


 何故なら、ホープにはとあるアイデアが浮かんでいるから。


 鞭だ。

 ホープの目の前で、ガラスコップを砕き割ったあの鞭。男は「サボったらこうだ!」と言いながら振るっていた。

 鉄のような硬度のあの鞭ならば、芋虫並みの弱さを誇るホープの体を、一撃で破壊して人生を終わらせてくれるのではないかと期待している。

 要するにアイデアとは、わざと労働をサボって鞭を打ってもらい死ぬ、という相変わらずの自殺計画であった。懲りない男だ。


 ――ホープの自殺には一応のポリシーがある。『苦しまず一撃で』、かつ『なるべく誰にも見つからず迷惑もかけない』ように死ぬ。

 これが他者への思いやりに溢れているか、我欲に満ちているか、それはどんなに議論してもわからない話。


 鞭で殺してもらったら、その殺した男に迷惑がかかるのでは? この点はホープも熟考したが、それはないだろう。

 あの鞭には平然と血が付着していたし、男たちは人を殴るのに躊躇がこれっぽっちもない。



 ――間違いない。彼らは人を殺したことがあるだろう。それも、一度や二度ではなく。



 他にも労働者はたくさんいるらしいし、殺された人数もそれに比例して多くなるはず。

 ホープ一人殺したところで罪悪感が沸くはずがない。悲しんでいる姿が想像できない。だから、彼らを利用させてもらうのだ。


「まぁ、本当は殴り返してやりたいけど……」


 自分たち以外の人間を『労働力』と称するあの姿勢には共感できない。当たり前のように乱暴を働いてくるし、ホープはここの連中が既に大嫌いだ。

 だが、やり返すだけの力は自分にはない。選択肢は『死をもって戦線離脱』のみ。


「労働力が減ったってことで、少しは奴らにダメージあるかもしれないし……」


「――あんだってぇ?」


「えっ!?」


 思わず身を引く。気づけば目の前に、長身の男がいる。耳に手を当て、ホープの言葉を聞こうとしていたらしい。


「おいおいおいおい何言ってんだかわからねぇが、俺の前で独り言か!? すげぇなぁお前、大した根性してるぜ新人くぅん!」


「だ、誰……?」


「すっすいませんエドワードさん!」


 ニタニタと笑う、細身で長身の男――エドワードは、台詞とは裏腹に、かなり高圧的な態度でホープの前に立ちはだかる。

 ホープを案内してた男がペコペコしている現状、そして『エドワーズ作業場』という名前から想像できる。エドワードはここのボスなのだろう。


「このクソガキ、気弱そうな顔して結構生意気なとこあるんです! で、でも新入りがあんたに挨拶しねぇのはダメだろうと……」


「ぎゃはははっ!! そうかそうか生意気かぁ!」


 部下を咎めることもせず豪快に笑うボス。部下には優しいタイプだろうか。

 男らしい茶髪と渋い顎髭をたくわえたその男は、見定めるような視線を向けながらホープにゆっくりと近づいてくる。


「生意気、ねぇ……」


 190センチを優に超える大男が、おもむろに近づいてくる。

 その間にエドワードの目に宿った殺気は、全身に寒気が走りそうなくらい恐ろしかった。


「……ぅぐっ!?」


 歩みを止めたエドワードはホープの首を片手で掴み、締め上げ、そのまま持ち上げてしまった。彼は、ニタニタ笑ったままだ。


「あ……!? がっ、あ!」


 なんて握力。苦しい、苦しい。気道がほぼ完全に塞がれ、口も鼻も機能を果たせない。抵抗したくて足をバタつかせるも、どこにも当たらずイライラしてくる。手にも手錠があるからエドワードの手を振り払おうにも思うように動かない。

 とにかくもう、息が……


「軽いなぁお前。弱いなぁお前。なのに生意気ときたか。ぎゃははっ、笑えるぜ! 見せてもらおうじゃねぇか、どこまで強気でいられるかを……よぉ!!」


「ぶはっ……!」


 エドワードのもう片方の手で顔を殴られ、ホープは真下の地面へ力なく落ちる。


「げほっ……うぇっほ……」


 殴られた際に脳が揺れ、視界がはっきりとしない――だが見える。エドワードの後ろから迫っているスケルトンが。

 食え。食うんだスケルトン。その男に食らいつけ。



 ――ガシャン。



 忘れてた。ここは四方を囲まれている場所だった。エドワードのすぐ後ろには、外界との境界線として網状のフェンスが立っているのだ。


「んん?」


「キ"ヤァ……アァ"……」


「でけぇ声出しすぎちまったか? 実はついさっき酒が切れてよぉ、腹立ってたんだよ。何人か部下も()っちまってな。巻き込んじまって、すまんねぇ新人くん……おいお前、処理しろ」


「へ、へい!」


 フェンスにしがみつくスケルトンは、命令された男に棒か何かで額を突かれて倒れた。これでは、まさしく一体たりとも介入できないだろう。


「ほら見ろ。このように、外からスケルトンの助けは来ないぜぇ。ちなみにフェンスからこっちも、弱めの光源をたくさん置いてあってなぁ、スケルトンが沸かないようにしてんだ……期待するのはやめときな新人くん」


 場内は基本静か。仮に一体か二体フェンスに寄ってきたって奴らは登れない、先のように棒で突かれて終わり。


 あちこちに光があるのなら、夜でも奴らは地中から現れない。

 強い光なら大きな群れに感づかれる可能性もあるが、光をある程度弱く設定してあるならば、心配はないだろう――抜かりがない。

 まさかとは思うが、この知能の低そうなエドワードが、全て考案したのだろうか。


「あと、逃げ出すのも無理だ。見張り台を見ただろ?」


「あの白い箱……?」


「そうそう、それだ。あそこから常に逃亡者を監視してるのさ。逃げようとすりゃすぐに見つかり、もぉっとキツいことになる」


 やはり、あの高い位置にあった箱の中には人がいたようだ。見えなかったが、小さな隙間でも空いていたのだろう。


「ま、労働者として頑張れよってことだ、新人くん。んじゃあな……あぁっと酒がねぇんだった……おいお前、どっかの村とか町から酒を調達してこいよ、さっさとしろぉ!!」


「へいっ、すいません! ガキを採掘場に連れてったらすぐに!」


 エドワードは鬼神の形相で部下を怒鳴り飛ばしてから、元々ホープが来る前に入っていた小屋に戻った。

 彼が扉を開けたところを、ホープは興味本位で覗いてみると、


「うわ……!」


 凄惨。血だらけの死体が見えて、入っていくエドワードに怯えている男も何人か見えた。

 彼は「酒が切れてやっちまった」と言っていたが、本当に八つ当たりで部下を殺してしまったらしい。

 部下に優しいタイプとは無縁の男のようだ。

 

 ――ゆっくりと扉が閉まった後、小屋の中からいくつかの悲鳴が響いた。


「早く、誰かおれを一発で殺して……」


 ホープは、じわり、じわりと少しずつ、この場所が怖くなってきていた。



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