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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第126話 『想定外』



 言っていた通り、プレストンが支配する『亜人禁制の町』までほとんど丸一日かかった。

 出発したのは昨日の会合が終わってすぐの夜。到着した今もまた、日が暮れているのである。


 一度はホープたちもくぐった大きな木の門が見える、茂みの中に二人は隠れる。

 息を潜めているのだ。なぜなら、


「……着いたのァいいが、ゼェ、ゼェ……見張りがいるんだったなァ」


 走り通しでさすがに疲れたらしく、ナイトが呼吸を整えながら呟く。

 門の両サイドの壁上にはそれぞれ見張りがおり、連射できる銃を構えている。


「もう、おれたちを見れば撃ってくるだろうね」


 これは無策での突撃はリスクが大きすぎるだろう、とホープも言葉を返す。

 背中にしがみついていただけのホープには、疲れた感覚も無い。


「見張りのことォ忘れちまうとは……俺も冷静さを失っちまってんのか……?」


「ニックが捕まってるから?」


「……いいや、違う……と思いてェが……否定する自信も無ェな」


 もしそれが本当なら、と、あまりにも脆い『自分』という存在に頭を抱えるナイト。


(彼も大変だな……)


 見た目と実力に反比例して豆腐メンタルなその吸血鬼に、無感情気味のホープですら同情して呆れた目線を向けていると、



「――やぁキミたち。こんな所で良からぬ相談かな、ボクも混ぜてほしいんだけど?」


「「ッ!!」」



 揃って門を見ていたホープとナイトは、背後からの声に揃って振り返り。

 揃って、マチェテと刀の切っ先を突きつけた。


「っ……てめェかよ」


 ナイトもホープも武器を下ろす――そこにいたのは吸血鬼ヴィクター・ガチェスだったから。

 味方とは呼べずとも、まぁ敵ではない。


「何だい、息ピッタリじゃないか。ナイト、いつからボクじゃなくてホープが相棒になったのかな?」


「馬鹿言うな。てめェもこいつも相棒なんかじゃァねェよ……俺に相棒なんかいねェ」


「それは置いといてさ」


 自分で持ち掛けた話題を自分で切り捨てて、ヴィクターは楽しそうに笑う。

 対照的にナイトは嫌そうな顔で彼に背を向けるが、


「ボクも見たよ、あの占いとかやる幽霊みたいな男が死んでるのをさ。この門の先に復讐相手がいるの?」


「…………」


「じゃあさ、ボクも一緒に……」


「ダメだ」


 ――ナイトが即答した意味は、ホープにもわかる。


 今ここで同行を申し出ようとしているヴィクターは、どう見ても人を斬りたくてウズウズしている。

 そうとしか見えないから。


「てめェと一緒になんか行けるか。問答無用だ」


「あぁそう……じゃあキミたちここで何してるの? 侵入できないんじゃないの? あの町の大きさなら兵士の量は大量だとボクでもわかるけど、ひょっとして無策なんじゃ――」


 いきなり煽りの長文を口から発し始めたヴィクターも、嫌そうなナイトも目の前のことに集中できていない。

 そんな中、唯一何のしがらみも無いホープが見つけたのは、


「待て。壁から誰か出てくる」


「「は?」」


 門のある方とは違う方角の壁に、何やら異常が。

 いや『壁に』というより、『壁の下』から何かが這い出てくるように見える。


 スケルトンではない。目を凝らして見てみると、それは赤い髪の男のようで――


「え……エン?」


「あァ!?」


 まさか、おかしい。あり得ない。

 エンは剣山の敷き詰められた落とし穴に落とされ、殺されたという話だ。


 しかし、あれはエンにしか見えない。


「確かめねェとな……おいヴィクター、てめェここにいろ! 来んなよ!?」


 同じことを思ったのか茂みの合間を走り出したナイトに、ホープもついていく。

 赤髪の男のもとに辿り着くと、



「あ……ホープくん、ナイトくん。無事で安心したけど、どうしてここに?」



 ――それは本当にエンだった。

 不思議なことに彼の体には目立った外傷も無く、ピンピンしている、という表現が似合う。


「え、エン……穴に落ちたんじゃ……」


「ああ、落とされたよ。でも何とかなった。あの建物から抜け出して、ここまで来るのにだいぶ時間がかかったけどね」


「そう……なんだ……まぁ、君も無事で良かった」


 見れば、エンは壁内から壁外へ穴を掘って脱出してきたようだった。

 好都合だ。


「悪ィがエン、そう遠くねェ内に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……え? 今何て?」


「この町ィぶっ潰すんだよ」


「あ、ああ……そうなんだね……」


 エンの顔は『無理解』を表現していたが、ナイトの説明は止まらなかった。


「だからてめェにも加勢してもらう。この穴の付近で待機しててくれ。俺と青髪ァ、襲撃の前にニックを保護するための先遣隊だ」


 その事実はホープもよく知らなかったので驚いたが、異論もツッコミも今は思いつかない。

 

「僕、やっと脱出できたのに……まぁ了解したよ」


 命からがら逃げ出したエンは露骨に悲しそうだが、なぜ『ぶっ潰す』に話がまとまったのか経緯を説明する暇は無く、今回ばかりは仕方ないので我慢してもらおう。

 エンを待機させ、ホープとナイトは彼が掘った穴から安全に町に侵入するのだった。


 結果オーライ。



◇ ◇ ◇



「――知っての通り、プレストンは『早寝早起き』だ」


 とある倉庫のような建物内、暗がりの中でシリウスは指を一本立てて話す。


「奴が『寝た』タイミングで、側近として近づいてる同志から連絡がいき、町の塔の上での見張りを任命された同志が『鐘』を鳴らす」


「綺麗な満月だ……もうすぐ、おねんねの時間だな」


 計画の内容を再度確かめるシリウスに、横にいる同志カスパルが空を見上げて言う。

 ボロボロの倉庫。屋根に空いた穴から月が見えるのだ。


「鐘が鳴ったらこの『列車』を動かし……屋根からひたすら火炎瓶や爆弾を投げ、町は火の海になる。最終的に『列車』はプレストンが寝てる中央本部に突っ込む」


 シリウスの目線の先には、少し古いがしっかりと線路を捉えており、まだ走れる『列車』があった。

 石炭を放り込んでいる三人の同志たちを見て、


「ゼン、キーゾ、ミロ……カスパルと一緒に、頼むぜ?」


 期待を込めて声を掛ける。

 言われた三人は、無言で頷いた。


「俺とダンは、外で修行でもしてるはずのニードヘルを、騒ぎに便乗して殺すから……」


「なぁ、シリウス」


「ん?」


 彼ら三人と一緒に列車に乗り込むことになる、小太りの中年男カスパルは、不安げだった。


「あれ……覚えてるよな?」


「『予言』のことか? いや、忘れたな。あんなの覚えとく価値もない、負け犬の遠吠えさ」


 カスパルが不安視し、シリウスは忘れたその予言とは、もちろんホープの仲間を殺した時のこと。



『俺を殴った三人……君たち、『列車』の上では気をつけた方が良いよぉ』



 とはいえ二人ともチラッと、作業中のゼン、キーゾ、ミロを見てしまう。



『カスパル……小太りの君かなぁ? 君はぁ……『最後の銃弾』で命を落とすよぉ……』



 そしてカスパルも、一発だけ手に入れたリボルバーの弾を掌の中で転がす。

 それを呆然と見る二人。


「……ハッタリだって、カスパル。上手くいくさ」


「どうだかねぇ」


「おい、弱気になるなよ。それこそ命を落とすぞ」


 微笑みながらも勝利を確信していないカスパルの言葉に、注意するシリウス。

 だが、


「シリウス、お前は若くていいな」


「は?」


「歳を重ねたから、知ってることもある」


 カスパルはおもむろに銃弾をポケットにしまい、呟いた。


「『成功』ってのはいつだって、大勢の犠牲が重なった上にあるもんだ。今回の成功が、これまでの犠牲の数に見合ってればいいんだが……」


 これまでにも同志たちは殺されてきたが、それだけでこの成功に見合うのか。

 つまりこの先も大量に犠牲者を出して、ようやっと勝てるのではないか。


 カスパルはそれを危惧しているが、


「……とにかく勝つんだ。考えるのはそれからだ」


 シリウスはそんな考えを振り払い、彼に背を向けた。見る先は倉庫の出口だが、


「おーいシリウス、みんなー!」


 一人の同志が走って倉庫に入ってきた。慌てて彼は報告を始めた。


「他の同志から連絡があった! ホープが、ホープとその仲間が町に侵入してきたらしい!」


「……来たか。想定通りだ」


 シリウスはあくまで冷静だった。


「どうする!? 作戦をもう始めた方がいいんじゃないか!?」


「いいや、まだだ。プレストンが眠りにつくまで――――ッ!? 避けろ!」


 彼が何かに気づいた時にはもう遅く、


「ぐぁ!?」


 報告に来た同志は追ってきた敵に背中を斬られてしまった。

 ホープの仲間かと二人は思ったが、それは違った。


 斬りつけた男たちは、プレストンの部下の兵士。



「シリウス! お前たちだったのか。プレストン様の言っていた『反乱分子』どもは!」



 シリウスもカスパルも、あまりの驚きに顔面蒼白になってしまった。

 その兵士は言った。プレストン様が、と。



「奴にバレてた!? ……くっ、うぉぉぉ!!」



 それでも迷っている暇が無いことをシリウスは知っているから、すぐにメリケンサックを装着し、兵士たちに拳を振るわんと突撃していった――



◇ ◇ ◇



「クソがァ! 見られちまった……!」


「うん。始末できなかったの?」


「すぐ斬れたら良かったが、すばしっこくてなァ……下手に動くともっと見つかって大事になっちまうだろォが」


 ホープは、まだナイトに対してチンピライメージが抜けないのだが、意外に彼は現状を理解していた。


「あの野郎がプレストンにチクる前に、とっととニック連れ出すぞ!」


(……まぁ、大丈夫だと思うけど)


 焦るナイトに対してホープが脳内で落ち着いているのは、さっき見つけてきた兵士が恐怖からこんなことを呟いてしまっていたからだ。


『あ、やばっ……し、シリウスに伝え……』


 プレストンではなく、シリウスと言った。つまり彼はプレストンとは敵対しており報告しない可能性が高いのだ。


 プレストンの部下と言っても、彼に従う部下、そしてシリウスのように反乱を起こそうとしている部下もいる。

 ――これはベドベの殺害現場を見たホープだけが知る事実である。


 どうせ全部殺すのだから、ナイトなど仲間たちに伝える必要は無い。

 と、そんなことを考えていると、



「ん!? 誰だお前ら、侵入者――」



 ホープの背後から声が聞こえ、その瞬間、前にいたナイトの姿が消える。

 振り向くと、


「が、はっ……?」


「……静かにしてろよ」


 既にナイトはその兵士を斬りつけた後だった。胸を斬られた兵士が倒れていく。

 吸血鬼の強さは、やはり異次元ということか。


「俺ァ急ぐぞ。てめェも今みたいな時ァ容赦無くぶっ殺せよ、そんぐらいできるだろ?」


「え、いや、でも……」


 早口で告げたナイトは、ホープの返答も聞かずに駆け出していってしまった。


「やっぱり冷静さを失ってるのか……?」


 ホープには疑問だ。

 ナイトは、いったいどこへ向かうつもりなのだろう。ニックの居場所を知らないのに。


 ――その時。


「あっ、あなたは!」


 またしてもホープの後方から声がする。

 面倒くさいことになってきたぞと思いながらも、今の声が女性のものであると分析したホープは、振り返る勢いで相手を突き飛ばした。


「きゃ!」


 簡単に尻餅をついてしまったその女に飛びかかって押し倒す。

 馬乗りの体勢になった。そのままホープは腰のマチェテに手を掛けるのだが、


「あれ……? なんか、どっかで会った?」


 黒髪ポニーテールに眼鏡にスーツ。

 相手の女を見て、首を傾げる。気のせいかもしれないが見覚えがあるような。


「は、はいっ、会いました! ほら、あなたがニードヘルさんに蹴られた時……あなたは錯乱してたから忘れていらっしゃるかもしれませんけど……」


 そうだ、彼女はニードヘルの隣に立っていた真面目そうな女だ。



「ジリルテアです……あなたの嘔吐物を、掃除した女です……」



 なんて酷い自己紹介。


 ――え? 嘔吐物? そんなことあった?

 ますますわからなくなり、ホープの首を傾げる角度は大きくなっていった。



◇ ◇ ◇



 とにかく走っていたナイトは、自分を発見してきた数人の兵士を静かに始末しつつ進む。

 しかし、町が妙に騒がしくなってきた。



「侵入者だ! 出あえー!」



 遠くからの呼び掛けに身構えるが、何か違う。雰囲気的に自分やホープのことを言っているようには聞こえなかったのだ。

 建物の影から兵士たちの様子を窺ってみる。


()()()突っ込んできたバカがいるらしい!」


 もしかしてグループの仲間たちか。だとしたら早すぎる、どうにかしなければ。


「人数は!? なに、一人だぁ!?」

「しかもめちゃくちゃ強くて人間じゃなさそうなんだとよ!」

「気を張れお前ら!」


 今のを聞くとリチャードソンたちではなさそうだった。その代わり、嫌な予感がした。


 それは、次の瞬間に的中した。



「――銃を構えてても、キミたちみたいな雑魚じゃ面白くもなんともないね! 死ねば!?」


「「「ぎゃあああッ!!」」」


「ヒヒヒヒ!」



 目にも留まらぬ速度で突っ込んできて、話し合っていた兵士たちをぶった斬った男。

 見間違うはずもない。吸血鬼ヴィクターだった。



「あんっの、アホ野郎がァァァ!」



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