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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第125話 『愛に導かれて』



「――――ふぁあ、眠てぇ。ナイトの若旦那も人使いが荒い……」


 ある物を目指して夜の森を歩く、スコップを肩に担ぐ老人スコッパー。

 敵地『亜人禁制の町』へと出発する直前、ナイトが彼に命令してきたのは、亡きベドべの死体を土に埋めろというもの。


 つまりスコッパーの目的地とは、


「着いた着いた。ワシとは面識も無いが一応は同じグループだ。手厚く弔ってやると……」


 血まみれになったベドベが未だ縛り付けられている、木製のイス。

 なのだが、


「ぬ、そこに誰かおるな!?」


 ――まだ暗所に目が慣れていないとはいえ、スコッパーは警戒心に自信がある。

 スケルトンではない。確実に人の気配がある。それもベドベの死体のすぐ横に。


「どうせその若者を殺した連中の仲間だろう、不届き者め! 死ぬがいい――!!!」


 先手必勝、それがスコッパーの戦闘法。

 スコップを構えながら突進し、頭上に振りかぶってジャンプし、


「うぉぉぉ!!」


「おっ!?」


 躊躇わずその気配に振り下ろすが、硬いものでスコップが防御される感覚。

 金属音と、若い男の声。響いたのはそれだけ。


「釘バット……というやつか。中々に凶悪な武器を持っとるな」


 近づけばよく見えた相手の武器は、木製のバットに何本もの釘を突き刺した代物。

 スコップと釘がぶつかった金属音だったのだ。


「だがワシは恐れん! そのバットも、貴様の脳みそも、叩き潰して森の肥やしにしてくれる!」


 その台詞の直後、スコップの連続攻撃を始めていく。


「うぐっ、ご、あぁ!?」


 最初の数発は相手の肉体にダメージを与えたが、その後は釘バットで守られる。

 火花が舞うたびに見える相手の容姿は、革製のジャケットに、目がチカチカしそうな黄色の髪。


「洒落た格好なんぞしくさりやがって、生意気なんだよ若造めがぁぁぁ!!」


「ぁで!」


 パコンッ、という音が鳴ったのは、相手の頬にスコップが直撃したから。

 若造は尻餅をつく。すぐ反撃してくるかとスコッパーは身構えたが、


「な、何だこいつ誰だ!? 意味わかんねぇが退散だ、退散すっぞコラ!」


 予想とは裏腹。若造は誰かに呼び掛けるような行動を取った後、走り去っていった。


「……逃げたか。むう、良い判断」


 スコップをくるくる回しながら、スコッパーは相手の頭の良さ(と自分の強さ)を称賛。

 ベドベの死体を再度見下ろし、命令されたことを忠実に実行し始めた。



◇ ◇ ◇



「成程。ウルフェル様の予感は見事的中し、殺されていたのは本当に貴方様のお仲間だったと」


「……っ」


「そういう訳でございますね? ティボルト様」


「……ちょっと違うぞオラ。元仲間だ」


 俯き、腕を組み、岩の上に座っている男――その名はティボルト。

 首に痛々しく残る傷跡と共に、彼はあのグループから消えた。


 そのはずだった。


「な!? な!? 言っただろうがティボルト、オレ様なーんかおかしいと思ったんだぜ! そしたら案の定よ!」


「死体を見つけたその嗅覚も、俺の元仲間かもと考えた発想力も、すごすぎるぞオラ」


「『血の匂い』は個人的に大好きだし、テメェのことも大好きだからな! ガラハハハ!」


 ティボルトのことを大好きだと言い放ち、豪快に笑う男。

 口腔には牙が並び、灰色の体毛に包まれる、少しガタイの良い『(オオカミ)の獣人』である彼は、


「ありがとな。ウルフェル」


「お安い御用よ! ガラハハ!」


 ウルフェル・ベリサリオ。

 今のティボルトにとっては恩人の一人。


 そしてもう一人の恩人は、


「ところでティボルト様、ご感想の程をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「…………」


「ベドベ様の変わり果てられた姿をその目に焼き付けたことかと存じますが――何か、感情の変化はございましたか?」


 レナード・ホーク。

 丁寧語として正しいのかはわからないが、とにかく丁寧に喋ろうとしているのは伝わる長身の若い男。


「……あぁ、俺、あの占い男とは、あんまり付き合いも無くてだな……」


「ええ」


「……だが……モヤモヤする。あんなエゲツない殺され方されていいほど、悪い奴じゃなかったぜコラ……」


「ええ、そうなのでしょう」


 別に返事も求めていないティボルトの語りに、聖人レナードはいちいち相槌を打つ。

 そんな様子を見たティボルトは、


「おい、レナード……あいつの胸に打ち付けてあった看板に……『プレストン』と書かれてたぜコラ」


「ええ」


「てめぇそいつの居場所知ってんのか? コノヤロー」


「存じております。この辺りでは割とよく名を聞きますので」


「て、てめぇが『よく名を聞く』ってのは……!」


「お答えできかねますが、お察しの通りかと」


 ほんの数日の付き合いなのに、ティボルトはレナードのことを深く理解した。

 だからわかる――プレストンという男が、少なくとも善人ではないと。


 レナードという馬鹿な男は、ウルフェルやティボルトのみならず、人生に悩み苦しみ藻掻いている人々を本気で救うべく、バーク大森林を駆け回っているから。


 よく、出会うのだろう。

 プレストンの関係者で、苦しんでいる人に。



「こんな感情……久々な気がするぜオラ。案内してくれレナード、プレストンのとこに」


「勿論。こんな自分のどうしようもない知識が役立つなど、幸甚の至りでございます」



 彼の覚悟に、微笑んで応えてくれるレナード。


 ティボルトは決めたのだ。

 特に親しかったわけでもないベドベだが、元仲間は元仲間。

 グループを引っ掻き回していたせめてもの贖罪でもあるが、彼のために戦いたい気持ちも本当に湧いてきた。


 悪人ならば丁度良い――プレストンとやらを、ぶっ殺してやる。



「お、燃えてんなぁティボルト! オレ様も一丁手ぇ貸すとするか! ガラハハハ!」


「ウルフェル様? 友人に助力するのは良い心掛けですが、まさか殺生を楽しみにはされていないでしょうね?」


「し、してねぇよ!」


「本当に?」


「してねぇって! その無表情やめろテメェ、怖ぇぞレナード!」



 彼らを理解したつもりのティボルトでも未だにわからないのは、どうしてこんな正反対の二人がずっと行動を共にしているのか……という部分だが。



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