第123話 『約束を消す方法』
まーた時間がかかってしまいましたね…
まだブックマークしてくださってる9名様、ありがとうございます。
「あの、プレストン様? どうして俺を『長の間』に呼んだんです?」
一人の兵士が恐恐と問う。
そこらの一般人とでは威圧感の違う、プレストン・アーチとニードヘル・ギアーズに。
兵士に背中を向け、大きな窓から沈みゆく夕陽を見ているプレストンは、
「わからないのか……ったくチクショウ、俺の部下は頭の悪いのばっかりだ」
ため息混じりに言ってその兵士を怯えさせ、さらに、
「……『献上品』だよ。お前は碌なものを持ってこないが、それ今日で何回目だ? なぁ?」
「あ、えーと……」
「だから死んでもらうことにした」
「は!? いっ……いやそれは」
「拒否権は無い」
「……! だったら……!」
こちらへ向き直っても無表情で、感情も込めないプレストンの言葉の羅列。
拒否も許されず俯いて震えた兵士は、
「『同志たち』の名の下にぃぃぃッ!!!」
懐から、隠し持っていたナイフを出して。
叫びながらプレストンへ迫るが、
「やれ」
プレストンのその一言で――兵士の横に待機していた別の兵士が銃の引き金を引く。
無数の銃弾がフッと息を吹きかければ、反逆の火を灯した兵士の命もすぐ掻き消えた。
「……まだ変わらず荒れてるのかい?」
兵士が死体を運んでいく一方、腕を組むニードヘルが嘲笑うかのようにプレストンに聞いてくる。
「いいや、そんなことは無い。むしろニックを幽閉してから調子が良いよ……まぁ尊敬するブロッグさんと、弟が死んだのは悲し――」
「嘘なんだろ?」
「……あ?」
被せるように言ってきたニードヘルを睨み、
「おい。ちょっと出てろ」
命令を飛ばす。飛び散った血液を掃除していた兵士が、一礼して逃げるように部屋を出る。
そして、
「何を言ってる?」
ニードヘルに話の先を促す。
「アンタ、弟のハントのことは別に何とも思ってないんだろ? ってことさ」
「何故……そう思う」
「第一に、アンタは『知略』。ハントは『体力』。得意分野が真逆で……アンタは賢くない奴を嫌う。その特徴だけで怪しいさ」
「…………」
「第二。思えば同じ部隊に入っても、アンタは全くハントのことを気に掛けてなかった。それに『ハントの死が悲しい』と発言したのも今が初めてだ」
「…………」
「心配なんかしてなかったんだろ? 単にニック隊長を陥れるために、ブロッグとハントを出汁に使ったんだろ?」
「…………」
ニードヘルの冷静な分析に、プレストンはただ押し黙った。
「だからアンタの荒れてる原因は、弟のハントが死んだことよりも……捕まえたニック隊長をこれからどうしようか、悩んでることにあるのかと思ったのさ」
「……だが、弟だ。血縁関係だぞ。悲しいに決まって――」
「決まっちゃいないよ。バカタレ」
またも被せるように言ったニードヘルは、
「血が繋がっているからこそ、心は遠く離したい。そんなことはザラにある。血縁関係も人間関係。上っ面にもなり得るさ」
話を締めくくったニードヘルは「いい加減に自分を理解しな」と捨て台詞を吐き、部屋を出ていく。
プレストンは、また窓の外を眺め始めた。
「チクショウ」
◇ ◇ ◇
また、夜が来た。
毎日必ず夜にはなるのだが、どうも最近は夜になるのが頻繁な気がする。
気分が沈んでいるから、なのだろうか。
――今宵は月が雲に隠れている。そのためいつもより暗くなる廃旅館の大広間で、火が起こされている。
焚き火の周りをみんなが囲むのだ。何だか見覚えのあるシチュエーションだが、色々と変わったことがあった。
雰囲気は、以前ホープたちがグループに入るか入らないか決まっていない頃の、あの宴会のような時と比べ、地獄のように重苦しい。
そしてその原因でもあるが、単純に人数が減り、必要な火の数もたった一つで済む。
そして最後の変更点は、
「もうおれは参加できない……」
ホープがとうとう火の近くに来なくなり、少し離れた壁に背を預けて様子を見ている点。
絶対に参加するものか――というような頑なな意思などは無い。
が、長らく不在でみんなにとってポッと出のようなポジションの自分が、堂々と輪の中に入って喋っているなんて考えられない。気まずいのだ。
気まずいのに、
「ぅおーい! ホープ! 何やってんだお前、こっち来い! ……隣空けてやれよジル。気が利かねぇ奴はこれだから……いでッ!?」
「今、どこうとしてたとこ」
「だからって殴るなや! 痛いわ!」
「いや、それだと魅力半減。ドラク、殴られてこそ、輝くタイプ」
「はり倒すぞお前!?」
「……ホープ、こっち。おいで」
ドラクとジルの迷コンビがいつものような茶番を繰り広げ、ホープを輪の中にねじ込もうとしてくるのだった。
茶番――だが、シリアスさが消えることは無い。ドラクもおちゃらけようとはしているが、顔から真剣さが抜けきっていない。
当然だ。
リーダーのニックは敵(?)に捕らわれ、エンとベドベが殺されたのだから。
明るくしろという方が無理な話。
――ジルの手招きに仕方無く従い、ホープはドラクとジルの間に座る。
すると彼女が肩に手を置いてきて、
「おかえり。もう、消えないで。好きなだけ、ここに居てね」
「まぁ……そうするよ」
「ん。嬉しい」
ジルと普通に会話できるのはホープにとっても嬉しいのだが、どうしても気になってしまうのは――
「……っ」
ほぼ反対側。
かなり遠くに座り、仮面で目線をどこに飛ばしているのかわからない少女。
今、見られている、気がする。
それはホープの気のせいだろうか。気にしすぎ、自意識過剰だろうか。
そうではない方がホープには嬉しいのか。もう自分がわからない。
だからあの少女からすぐに意識を外した。
ジル関連で次に気になるのは、
「……? カーラ……?」
珍しく、居る。
居るのだ。ローブで全身を隠してはいるが、いつも車に閉じこもっている発明家のような女性が、コールの隣に座っている。
ベドベの占いを真実だと確信し、ジルの命を守れとホープに任務を課してきたのが記憶に新しい。
彼女はジルと関係があるのか。それとも実は仲間思いなのだろうか。
そう思い見つめていると、カーラが振り向く。しまった、目が合ってしまった。
「……!」
一瞬だけ見えた緑色の瞳。それはホープの考えすぎでなければ、こちらを睨んできていた。
睨む意味はわからない。『じろじろ見てるんじゃない』『詮索するな』と咎めているのだろうか。
とりあえずホープは下を向いて誰とも目を合わせない、いつもの状態に戻る。
ドラク、ホープ、ジルの並びで座っているこの場所の、反対側ではリチャードソンが木箱に座りナイトと話しており、その隣でレイが膝を抱えて床に座っている。
ナイトはリチャードソンとの長い会話を中断し、火を避けながらこちらへ歩いてくる。
ちょうどホープとジルのすぐ正面。背中を見せるように座った彼は、
「さァて、話をまとめてもらおうじゃねェか……リチャードソン」
「……はぁ」
悩ましげに額に手をやったリチャードソンの口から、ため息が漏れる。
追加で、
「ニックよ……お前さんがいなくなっちまったら、俺しかいないんだぞ……こんな濃いメンツ俺じゃ扱えねぇ。いなくなるなよ……」
超が付くほど弱気な発言。聞こえないように言うならまだいいが、それは反対側にいるホープにさえ聞こえるので最悪だ。
「声出していこーぜー。リーダー代理ー」
コールのように励まそうと、少しでも盛り上げようとする者はいるが、
「ホ、本当ニ……アノにっくガ、イナクナッチャウナンテ……べどべモ死ンジャッテ……」
臆病なリザードマンのダリルのように、恐怖や不安が伝染してしまう者もいる。
だから『リーダー』たる者、代理だとしても堂々としていなければならない。
リチャードソンも理解はしていることだろう。
ホープは、リーダーなんて肩書きに過ぎないかと思っていた。
――けっこう大変なものだ。ニックの実力がここにきて再評価されるかもしれない。
リチャードソンは重い口を開く。
「ベドベのことは……みんな印象に残っただろう。あんな惨い殺され方はねぇよ……あまりにも……惨い」
ベドベはお世辞にも『主要メンバー』ではなかった。いつもは不在で、神出鬼没だっただけ。
それでもあそこまで酷い殺され方をされ、はっきり見せつけられれば、印象には強烈に残るものである。
――次は誰がやられる? 自分か? という嫌なイメージも湧いてしまうし。
「おいおい! リチャードソンさんよぉ」
威勢良く口を出したのはドラク。
「惨い殺され方って他人事みてぇに言うが、それやったのお前の『元お仲間』なんだろ?」
「……そう、だな」
「お前は許せんのか!? それともオレたちより元仲間の方が愛着あるってか!?」
「……っ」
ハッキリしないリチャードソンに突き刺さる、ドラクの言葉のナイフ。
でも『P.I.G.E.O.N.S.』隊員の方が、親愛度的には高くてもおかしくはない。
人によっては20年以上の付き合いがあるらしいから。
「ちょっとドラク! 今はリチャードソンを虐める時間じゃないわよ」
そのドラクを強い口調で注意するのは、リチャードソンの隣に座っているレイ。
リチャードソンのことも普通に呼び捨てにしているようだ。
「レイっち……じゃあ何の時間なんだ!?」
「エンやベドベは死んじゃったんだから、優先すべきは『生きてる方の仲間』でしょ! しかもその人はリーダーの……」
「ニックのことか!?」
「そうよ!」
意外にも前向きな考え方を述べるレイ。
だが、
「生きてる……って、確証、あるの? レイ」
ジルがレイに問う。
「いや……ないわね」
「じゃ、リチャードソンは、どう?」
「俺も……知らん」
正しい意見だ。リチャードソンやメロンは逃げたから、捕まったニックがどうなったかまではわからない。
殺されてはいないだろう、というかなり希望的観測を含んでの『生きてる方の仲間』なのだ。
とはいえ、
「わからねェなら、確かめるしかねェだろうよ」
『わかる』ためにはナイトが今言った言葉を実行するしかない。
リチャードソンが彼に掌を向け、
「た、確かめるってお前さん……」
「何だよ。文句でもあんのか? 俺が主と決めたのはてめェじゃねェ、ニックだ」
「……ナイト、また行く気か? あの町に」
「おォ」
誰もが想像のつくことだが、どうやらナイトはニック救出のためもう一度『亜人禁制の町』に行くつもりのようだ。
「ニックを拾った後ァ――プレストンとやらに、これまでの全ての落とし前をつけさせなきゃだなァ」
行く、というより乗り込むようだ。
「やめとけやめとけ、吸血鬼の若旦那」
「あァ?」
結局ナイトが主張すると話が終わりそうになっていたが、横槍を入れる老人が一人。
「スコッパー……関係ねェ野郎が出てくんじゃァねェよ」
「関係ねぇ? そりゃひどいな、若旦那。ワシはニックの旦那に認められてここにおるのに」
「……ちィッ。『やめとけ』ってのァどういう意味だ? 言ってみろ」
みんなの輪から少し離れた壁際で、スコップを立てかけ、だらりと座っているスコッパーだ。
廃旅館の地下に潜んでいた彼は、確かにニックに敗れてグループに加入していた。
「簡単さ。この世界じゃ『殺した』『殺された』なんてのは日常茶飯事ってこった」
「……!」
「こっそりとニックの旦那を救出するのは賛成だ。あんなイカレたリーダーを死なすのは勿体無い」
やはり負けたとだけあって、スコッパーはニックを信頼しているようだ。
が、彼は肩をすくめ、
「だが殺された二人の敵討ちに関しては……やめとけや。キリが無い。今後も起きるぜ? 他の生存者やグループと出会えば、必ず問題は積み重なる」
「…………」
「そのたんび、やり返せだ復讐だぁ言ってるようじゃ、とても生き残れんぞ。ワシは意地悪を言ってんじゃない。助言だ」
反論を考えているのか、黙るナイト。
一方でホープは頷いてしまった。スコッパーの言い分は正しいようにも聞こえたから。
この世界には『死』が付きもの――肉を求める化け物が徘徊し、狂った生存者たちが毎日物資を求めている。それは変えられない事実である。
仲間の死をいちいち悲しむのはいいとして、復讐心に駆られるのはどうだろう。
キリが無い。やってられない。今は良いとしてもいつかは必ずそうなってくる。
とはいえ、
「お前さんの言いたいこともわかる、スコップ爺さん。だが今回は話が別だと俺は思う」
ホープが『今回は違うのでは?』と考えていると、リチャードソンが全く同じことを話し始めてくれた。
「ニックを捕らえ、赤髪の坊主とベドベを殺した奴は――他人じゃない。俺やニックと同じ『P.I.G.E.O.N.S.』の隊員なんだ」
「……うむ」
「知った顔どころじゃなく――仲間だった奴ら。だったらケリつけるのは変な話でもねぇだろ?」
今回の敵は、プレストン・アーチとニードヘル・ギアーズ。
ニックの部下。リチャードソンや亡きブロッグの同僚。亡きハントの兄。
そこらの知らない他人ばかりのグループなら、スコッパーの発言も通るかもしれない。
今回ばかりは――因縁が多すぎたのだ。
「しかし問題はなぁ……」
スコッパーを黙らせたリチャードソンは、困った顔で後頭部を掻き、
「『ブロッグとハントを守る』って約束は本当にプレストンと結んでたし、破っちまったのも本当にこっちで……仲間が死んだ悲しさは同等とはいえ、ニックや俺たちにも非はあるんだ……」
苦しそうに呟く。
ブロッグとハントの命をまるで交渉材料のように扱ってしまっているのはプレストンのせいだとしても、まぁ約束は約束。
ニックは自分で約束をし、そして失敗に失敗を重ね、実際プレストンにも何も言い返せていなかった。
決してこちらは『善』ではない。どちらかというと立場は悪い。
と思っていた矢先、
「え〜? 考えすぎですよ〜」
そんな気の抜けるような間延びした声と台詞は、メロンのものだった。
「プレストンのこと大事に思いすぎです〜! ここまでやられちゃったんですから、そろそろ腹を決めましょ〜!」
「よく言ったなァ、メロン」
さらにナイトも彼女の勢いに乗っかる。
「そんなクソみてェな約束、いつまで引きずってやがるリチャードソン……俺たちが帳消しにしてやるよ」
さすがにやられっぱなしでウズウズしてきているのか、男気に溢れているナイト。
リチャードソンが恐恐と「約束の帳消しって……どうやるんだ?」とその方法を聞くと、
「それはですね〜」
「簡単だろ」
メロンとナイトが同時に頷き、そして、
「「相手をぶっ潰す!!」」
声を合わせ、楽しそうに、そして自信たっぷりに言い放つのだった。
「……何だよてめェ。気が合うな」
「えへへ〜本当ですね〜! じゃ〜これから私とナイトはベストフレンドってことで〜!」
「それはねェ」
「ひど〜っ!?」
その後もどこか楽しそうに会話する二人を見ながら、リチャードソン筆頭に誰も声を出せていなかった。
その理由は、
「……こいつらコワッ!」
ドラクが代表して言ってくれた。




