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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
132/239

第121話 『隊長<隊員』

あけましておめでとうございます。今年もまぁ、書いていきます。

新年早々ヒューマンドラマ色の濃い回で胃もたれしそうですけどね。














「話は終わりだ、ニック・スタムフォード。もう顔も見たくない。早く消えろよジジイ」


 ――仮にも上司であった男ニックにボロクソ言いまくって、プレストンは応接室からの退室を促した。

 もう何の反論もできなくて仕方なくソファーから立ち上がるニックは、無言で出口へと向かう。


 廊下に出ようと荘厳な扉を開け始めると、すぐ外でエンが待っている。

 彼の顔すらまともに見れないニックは――横にいるプレストンの部下が何か動いたのを横目にするが、



「ニック! 危ない!!」



 何かに気づいて正面から突っ込んできたエンが、ニックに体当たりをかましてくる。

 たたらを踏んだニックの目の前で、


「まずいっ……うわぁぁっ!」


 ――珍しく焦った様子のエンの姿がガクッと下に沈み、消えてしまった。



「落とし穴〜!?」


「何のつもりだ、プレストン!!」



 ――どうやら応接室に入ってすぐの床に、落とし穴が設置されていたようだ。

 今、仕掛けを発動させるためプレストンの部下が紐か何かを切ったのだろう。


 もう頭が真っ白なニックの言いたいことを代弁するかのように、近くまで来たメロンとリチャードソンが困惑と怒りを叫ぶが、



「何をおっしゃいますかリチャードソンさん……全ては、ニック・スタムフォードを殺すためですが?」



 プレストンは、あくまで冷ややかな声だ。



「穴の底には()()()()()()()()()()()……あの赤髪のガキは死んじまったな。また、あんたのせいで人が死んだ」


「っ!」



 声質も台詞も冷ややかなプレストンの発言に、さすがのニックも頭を抱え、


「……っ」


 とうとう片膝をつく。が、背中を引っ張られて強制的に立ち上がらされる。

 振り返れば引っ張ったのはリチャードソンで。


「何してんだニック! エンは、特に何の恩義もねぇお前さんを生かそうとしてくれたんだ! ここは逃げるぞ!」


「……ああ」


 穴を飛び越えるリチャードソンに引っ張られるから、ニックも仕方なく跳ぶ。


「この〜っ!!」


「ぐあ!」


 メロンも仕掛けを操作した男を殴り飛ばしてから、二人に続いた。

 そうして廊下に出た三人を見たニードヘルは低く構える。



「……追うかい?」


「いや、あの状態でもニック・スタムフォードは化け物だ――俺たちだからこそ知ってる」


「まぁね」


「アクロガルドを先回りさせた。ニックさえ捕らえれば良いしな」



 ――ニードヘルとプレストンが余裕でそんなことを話しているとは露知らず、三人は廊下を駆け抜ける。

 玄関でも、窓を割っても、どこでもいい。とにかく外に出ることが重要であり――



「なっ!?」



 重要だからこそ、相手が簡単にそれをさせてくれるわけがない。

 三人の前に『四天王』の中でも驚くほどの巨体を持つ、黒ローブの人物が立ちはだかる。


「どけぃっ!」


 先頭を走るリチャードソンが振りかぶり、顔と同じ高さにある四天王の腹をぶん殴るが、


「……ガッハッハッハ!!」


「のわ!?」


 相手は一瞬も怯まず、ローブの下で豪快な笑い声を立てながらリチャードソンを押し返す。

 四天王のその男は大きいだけじゃない。ローブの下に鎧を着ているのか、硬いのだ。

 ――廊下を塞がれて途方に暮れるリチャードソンとメロン。


 だがニックは地を蹴り、


「どきやがれ。クソがあ!!」


「……ガッハッハ!」


 人間なら誰でも恐れる、ニックの岩のような拳が当たっても、四天王はびくともしない。

 懲りずに笑う男にニックは怒りを覚え、


「俺はリーダーだ。リーダーとして……俺は、部下だけでも逃がさなきゃあならん」


「ガッハッ――」


 砲弾のような握り拳を、大砲にセットするかのように振りかぶる。

 気持ちの乗ったその一撃は、



「そこをどけと言ってんだ。アホンダラ、がああああ――――っ!!」


「ハッハッハ……ゴブッ!!?」



 先程まではどんな攻撃も効かなかった、大男の腹を引かせるほどの威力だ。

 その隙にニックは他の二人を突き飛ばして大男の横を抜けさせ、自分も行こうとするが、


「イテテ……ソウハ、サセネェヨ!!」


「ぶ」


 妙に野太い声で叫んだ大男のパンチがニックの顔面に命中し、バキィッ――と異常な音が響く。

 サングラスがレンズの片方ヒビ割れただけで済んだのは、奇跡だ。


 脳みそが揺れて頭蓋骨に当たり、目の前に星が見えたニックは廊下に倒れる。


「調子ニ乗リヤガッテ! 殺ス!」


 ――ドゴッ、バキィッ!! ガンッゴンッ、バキッゴッ、ドゴォン!

 四天王の大男はニックが倒れて動けないのを良いことに、好き放題に殴る蹴る踏む。



「ニックぅ!」



 逃げ去っていくリチャードソンの声が、聞こえる。聞こえるが何もできないのが苦しい。

 そして、


「――もうよせ、アクロガルド。そいつを痛めつけるのは俺の楽しみなんだよ。お前、オルガンティアに消させてやろうか?」


「ワ、悪カッタ! ヤメテクレ!」


 すぐ近くからプレストンの声。

 彼は血まみれのニックの顔を覗き込むように見下ろしてきて、


「あれ? まだ起きていたとは。あんたの処刑方はじっくり考えなきゃだ……おやすみ、隊長ぉ」


「ごふ」


 手を振るプレストンに横っ面を蹴られ、もはや痛みすら感じないニックは気が遠くなってくる。


「アハハ、アッハハハ……」


 心底楽しそうに笑う、プレストンの甲高い声を耳に入れながら――



◆ ◆ ◆



「それで、このザマ……」


 ジメジメとした地下牢獄の中、大の字に寝転ぶニック・スタムフォード。

 真っ暗だがサングラスはそのままで、天井に付いた黒いシミをぼんやり眺めていた。


「…………」


 今、ニックの横を、ネズミが通っていった。


「俺も堕ちたもんだ……」


 呟いてみると、少し声が震えた。

 このままじゃ頭がおかしくなりそうだ、とポケットを探すが葉巻は無い。銃も、何もかも没収されたのだから。


 ぼんやりと、考える。


 エンはニックを庇って死んだ。

 同様に、もうニックも助かる可能性が無いのではないか?


 ――例のエドワーズ作業場でのこと。

 自分の部下であるナイトが、悪人どもに捕まってしまったあの時。


 ニックは、意地でも助けに行かなかった。


『あいつは自分を『最強』と名乗ったんだぞ、チンピラごときに捕まりやがって。自分で出てくりゃあいいのさ』


 ナイトの救出は? と仲間たちが聞きにくるたび、ニックはそう答えて突き返した。

 結局は何とかなったが、問題は『今』である。



「あいつら……助けに来るわけが()え……」



 どうやら悪いことをすると、ちゃんと自分に返ってくるらしかった。



◆ ◆ ◆



 色々あった『町』だが、時が経ち、夜の帳が下りて、騒ぎも収束した。

 ごく普通の家に住むグリーン家も、夕食の時間であった。


「おぉー、おいしそー!」


「コロッケにコーンポタージュスープに……サナの好きそうなものばっかりねぇ」


 こんな世界でも、グリーン家の食卓には何皿もの食べ物が並び、豪華だった。

 喜ぶサナとニコルを嬉しそうに見るイーサンだったが。



「――おい、イーサン・グリーンに用がある。開けてもらおうか」



 突然のノックと、暗い声。

 思い当たる節があり、イーサンの表情もどうしても暗くなってしまう。


「パパ……?」


 サナは理解できないだろう。娘の顔をイーサンは見れないまま、ドアへ向かう。

 そして鍵を開けた瞬間、


「どぁっ!?」


 外にいた兵士が、ライフルのストックの部分で顔をぶん殴ってきた。

 身構えていなかったイーサンはよろけ、尻餅をつかされる。


「パパ!?」

「あなたっ!」


「現れたな。イーサン、一緒に来てもらうぞ」


 兵士たちに体を強制的に立たされ、そのままの流れで連行されていく。

 駆け寄ろうとする二人の家族に掌を向け、


「すまない……パパはな、ゲホッ! 悪いこと、を、したんだ……大丈夫。すぐ戻るから」


 真っ暗な外に、兵士とイーサンの姿が消えていく。すると別の兵士たちが家の中に踏み込んでくる。

 ニコルは娘を背に、


「この子に手を出すなら……容赦しないわ」


 キッチンカウンターに密かに置いた右手に、包丁を握る。

 サナには怖い思いをさせてしまう……そう覚悟をしていたが、


「お前たちに用は無い。イーサンが居なけりゃどういう生活を強いられるか……そんなのは時間の問題でわかることだ、ハハハ!」

「この嘘臭ぇ食卓は、何もかも掻っさらっていかなきゃだがな!!」


 二人の兵士はテーブルクロスごと夕食を持ち上げ、風呂敷のように包んで全部持っていく。

 ガチャガチャン、といくつかの皿や食べ物を床に落としながら、その兵士たちも外へ消えていった。


「……ママ? なにこれ、どうしよう? どうしたらいいの!?」


「うん……」


 開けっ放しのドアから、暖期とはいえ夜の冷たい風が吹き抜けてくる。

 困惑するサナに作り笑顔を向けながら、ニコルはドアを閉め、


「……大丈夫よ。お腹空いたでしょ? 今、何か簡単な物を作るから待っててね」


「えっ!? いーよ、私のことなんか! それよりパパを……パパを、はやくたすけなきゃ……」


「パパは言ってたでしょう? 『すぐ戻る』って。だから、考えるのは食べた後よ」


「え? え、えぇ……」


 母の態度にもっと困惑するサナ。

 ――当然ニコルも、大丈夫だなんて思えていない。けれど娘に心配を掛けさせたくはない。それはイーサンも同じように思っているはず。


 まずは、娘の腹を満たしてやることだ。


 自分も、それまでは何も考えないようにする。



◆ ◆ ◆



「ひ、ひぃっ!?」


「ロブロぉぉ!! チクショウお前がっ、あの青髪のガキを撃ってたら、全部が完璧だったのに!!」


 五階建ての『中央本部』。

 その三階に存在しているプレストンやニードヘル専用の部屋、『(おさ)の間』。


 プレストンは強い用心棒のフリをさせていたが――完全に無能だったロブロの首根っこを掴んで、窓から落とそうとしていた。


「や、やめ――ぎゃあぁぁぁッ!」


 そしてロブロの体を押しながらも、素早くその手を離した。

 ロブロは鉄仮面の重みもあり、三階から地上へと真っ逆さまに落ちていき、



「――――!!」



 『中央本部』のすぐ近く、観賞用に設置されている池に落ちる。

 大きな音と高い水しぶき。しかしあの池は深いので、ロブロも死んではいないだろう。


「ずいぶん、荒れてるじゃないか」


 腕組みをして見守っていたニードヘルが、息を荒らげて池を見下ろすプレストンに声を掛ける。

 震えながら池から這い出てくるロブロを見たプレストンは、


「――獅子は、我が子を千尋の谷に突き落とすと言うだろう。それと同じだ」


「アタシからすると、アンタがそんなことするとは思えないね。どうせ八つ当たりだろ?」


 小馬鹿にするようにニードヘルが薄く笑う。

 プレストンは背中越しに彼女を睨む。


「……何のだよ」


「自分の隊長を血まみれにして、地下牢獄にぶち込んだことさ。それ以外に何が?」


「お前、気は確かか!? 俺はもう、あいつの部下でも何でもない。今日という復讐の日をずぅぅぅっと待ち望んでいたんだが?」


「好きに言いな」


 ニードヘルに向き直ったプレストンが真剣な顔で説明すると、聞き終えた彼女は呆れたように背を向け、肩をすくめる。

 終始プレストンを小馬鹿にするように。



「アンタ自分がそんなに強い人間だと思ってんのかい? 自分をはかり損ねたら、すぐに足をすくわれて終わっちまうよ。覚えときなバカタレ」



 そう言って部屋から出ていくニードヘルの背中に、


「十分強いだろ……俺はニック・スタムフォードに勝ったんだ、チクショウが」


 聞こえないくらいの音量でしか、プレストンは反論できなかった。

 するとニードヘルは足を止め、


「あ、そうそう。アンタの言ってた『食料泥棒』が捕まったそうだよ……隊長殿と合わせて、顔を拝みに行ったらどうだい」



◆ ◆ ◆



 堕ちた『P.I.G.E.O.N.S.』隊長、ニックは特にやることも無く、未だに大の字に寝転がっていた。

 暗く冷たい地下牢獄の床で。


 そこに、一瞬の光が差す。


 複数の足音がこちらに近づいてくる。

 ニックを閉じ込める鉄格子の外側に、兵士たちに連れられた一人の男が現れた。


「ん……おい、あんた、ニック・スタムフォードじゃないか!? ど、どうしてこんな所に……プレストンはあんたの部下じゃ」


「つべこべ言うな、他人事じゃねぇんだぞイーサン・グリーン!」

「黙って入ってろ! この『食料泥棒』!」


「く……うわっ!」


「処刑方法はプレストン様が直々に考えて下さるそうだ! 感謝しな!」

「お前のようにロクな『献上品』も持ってこれない奴ぁ、本来ここに居るのがお似合いなんだよ!」


 イーサンと呼ばれた平凡な男は、兵士たちによってニックの隣の牢屋にぶち込まれたようだった。

 兵士たちが出ていく。ニックからはもうイーサンの姿は見えないが、


「ニ……ニック・スタムフォード……!」


 壁越しでも声は聞こえるらしい。

 それはお互いだろうからと、ニックも移動し壁に背中をつけて話す。


「……悪いが、そんな有名人みてえに扱わねえでくれるか。俺はただの敗北者だ」


「い、いやしかし、驚いたもんで……」


 確かに。

 かの有名な特殊部隊の有名な隊長が、隊員の運営している町の地下牢獄に、血まみれで監禁されていたら――驚くのも無理はない。


「もう一度聞くがニックさん、あんたは『隊長』だろ? どうして閉じ込められているんだ?」


 一般人のイーサンは一般人らしく、そのことが気になってしょうがないらしい。

 ニックは壁の向こうに聞こえないよう、薄くため息を吐いてから、


「俺は……ヘマをした。プレストンとの誓い言を守れず、怒り狂ったあいつに捕まった……それだけだ。これ以上聞かれても何も答えられねえ」


「……そうか。人との関係って時に残酷だよな……見知った人との争いなんて、俺は御免だ」


 壁越しに背中を合わせているのだろうこの状況で、イーサンの『同情』をひしひしと感じられた。

 だが、その『見知った人』というワードに引っかかりを覚えたニックは、


「見知った人、なあ……」


 プレストンとも長い付き合いではある。

 あるのだが、


「プレストンの奴は昔っから陰湿なところもあったが……俺が悪いとはいえ、ここまでやるとは予想外だった」


 スケルトンパニックが起きてからというもの、プレストンの残忍性は、どうも変な方向に伸びてきている気がしてならない。

 それを聞いたイーサンは、


「ニックさん……あんた、シリウスを知ってるか」


「ん? ああ。プレストンの部下だろ。やけに強かったが、あいつがどうした」


 日中に橋で出会った、メリケンサックでスケルトンを蹴散らしていた黒髪の青年。

 思えばホープなんかと同じくらいの歳に見えたが、一瞬でも吸血鬼のナイトを圧倒した実力は評価に値するだろう。


「じゃあシリウス含めた『同志たち』がこの町に来た――というか、プレストンの部下になった経緯は知ってるか?」


「いや知らねえが……」


 ――素直に答えたニックは、イーサンの口から語られる衝撃の事実に耳を塞ぎたくなった。

 プレストンはほとんどの場合、その人の仲間や家族を全滅させて、無理やり服従させるのだという。


 しかも服従させた後も、リーダーであるプレストンのために『良い品物』を持って来させる。

 それは食料でも道具でも骨董品でも何でもいいが、量や質のノルマを達成できない場合はまともな生活を送らせてもらえないし、最終的には罰が待っているとか。


 単純に驚いた。


 プレストンは、ただただ正義感によって『鬼』のように怒り狂う男だと思っていたのに。

 これでは、欠片も正義を感じられない。ただの化け物である。


「――俺もシリウスたちと同じく、『献上品』を集めなきゃならなかったんだけど……どうにも俺はトロいらしくて、上手くいかなくて」


「…………」


「家族のために食料庫から食い物を盗み、知らん顔して家族に食わせてた。結果……きっと家族は今、今までで一番の不安を感じてるはずだ……俺は、バカだよな……」


「…………」


 面白い話である。


 こんなに華やかな外観に作ってある『亜人禁制の町』なのに。

 実態は――リーダーに良い物を持って来れなければ食うこともままならず、挙げ句の果てに牢屋にぶち込まれるというもの。


 イーサンによれば、なかなか『献上品』を集められずプレストンに殺された者は何人もいるそうだ。



『見ろよ、ニック・スタムフォード!! 俺には『強固な壁』『平和な町』『素晴らしい部下たち』全てが揃ってる! 何もかもパーフェクトさ!』



 プレストン本人が、自信満々にニックに語っていた場面を思い出す。

 これのどこが平和だ。これのどこが、パーフェクトなのだ。


「……そうまでしてどうして、どいつもこいつもこの町に執着する? 外にいた方がマシだとは思わねえのか」


 というのが、ニックの出した結論。

 当然の疑問であるが、



「それでも、やっぱり壁の中に住む権利が欲しい……家族のためでも、自分のためでもね。仮でもいいから平和を求める。それが……人間の本質なんだろうな……」



 というのは、イーサンの――否、恐らくはこの町に住む全ての者が出した結論なのだろう。


 許せないのは、プレストンがその人間の本質をことごとく利用して、誰も彼もを小間使いにしているという精神





「鉄格子って好きなんだ……『勝者』と『敗者』を明確に区別してくれるからなぁ」





 その時。

 地下牢獄の全体に響いたその声は、壁越しに話していた二人を黙らせた。


 ゆったりとした靴音が近づき、イーサンの檻の前で止まった。


「イーサン・グリーン……お前が食料をねぇ……まったく、娘さんがこれを聞いたらどう思うか」


「いいさ、娘には幻滅される覚悟だ。空腹で過ごさせるよりずっと良い」


 まずはイーサンの方に、嫌味を垂れるのは聞き覚えのある声。


「何言ってる。お前が有能ならいくらでも食料は与えたさ。自分を恨みな」


 娘を思う父親を鼻で笑ったその男は、靴音をまた響かせてニックの方にやって来る。


「おぉっと、寝ずに起きていらっしゃいましたか……隊長ぉ?」


「プレストン……」


 護衛もつけずに一人で、どうやらニックを蔑みに来たらしいプレストン・アーチ。

 ニックは彼のある発言が気にかかり、俯く。


「『勝者』と『敗者』、か」


「ん? なぜそこに突っかかる? 一目瞭然だろ、あんたは敗けた。俺は勝った」


 プレストンは鉄格子の外で両腕を広げて天を仰ぎ、ニックを見下す。


「わかるだろ。俺に敗けるようなあんたは、もう……名実ともに『隊長』じゃないってことだよ!!」


 調子に乗るプレストンに、ニックはとうとう言葉を返す。




「悪に染まったら『勝ち』なのかよ――てめえ、どんだけ(あめ)え世界で生きてんだ? アホンダラ」


「っ!」




 ニックにだけプレストンがこの態度なら、こんなことは言えない。

 だがプレストンは完全に道を誤り、悪の路線に入っているというのだ。


 一言でも教えてやらなきゃ、『隊長』としてのメンツが立たないではないか。



「本当の強さとは何か、近い内にわかるといいがな……プレストンよお」



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