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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第120話 『SPIRAL』

「スパイラル」って言葉、なんか好きなんです。

響きとか意味とか。















 突然だが――ナイトは、怒り狂っていた。


「何だとてめェ!?」


 辛くも『亜人禁制の町』から逃げ延びた一行は、当然バーク大森林の中にいるが。



「煙幕の中で……発砲しただァ!?」



 『町』から逃げる際、リチャードソンのスモークグレネードの煙の中で、メロンが密かに発砲したというのだ。

 後から知らされたその事実は、ナイトの怒りを容易に買った。


 ――ナイトに追い詰められたメロンが、大きな木の幹に背中をつけて。

 彼女の顔のすぐ横に、フルパワーの拳が着弾した。


「……『壁ドン』ってやつですか〜? 今時、流行りませんよ〜」


「遊びじゃァ、ねェんだぞ……」


 こんな状況でも、決して笑顔も余裕も消さないメロン。その態度が相手の神経を逆撫でることもあるのだと本人は知ってか知らずか、


「遊びじゃないことくらい、私も知ってますけど〜?」


「ふざけてんじゃねェッ!!!」


 ナイトの怒りはヒートアップ。

 鬼神の形相をメロンの顔に限界まで近づけて、本気で怒鳴る。


「ニックもエンも、奴らに捕まったんだろ? てめェ見てたんだろ? ……だったら考えろよ。下手なことすりゃァ、あいつら殺されちまうだろうが!」


 捕まってしまった二人が今どういう状況にあるかというのは、ナイトとホープはもちろん、メロンもリチャードソンも知らないことなのだ。


 電気椅子にでも座らされているかも。


 ロープで首を吊られる直前かも。


 今まさに銃口を突きつけられているかも。


 もしくは、既に殺されているかも。


 ――かつてプレストンやニードヘルが、ニックの部下だったとはいえ、彼らが当たり前のようにニックを苦しめている今、もう何が起きても不思議ではない。


「そうですね〜」


 頷くメロンもそれは理解しているようだ。

 が、


「でも私が()()撃ったことが原因でニックやエンが殺されたとしても、私は責められる筋合いとか無いですね〜」


「はァ?」


「だって〜ニックとプレストンが勝手に対立して、私たちは巻き込まれただけでしょ〜? 私を殺そうとしてきたプレストンの一味は、私にとっては敵でしかないんですよ〜」


 メロンの、度を越した協調性の無さ。冷たさ――そしてそれを笑顔で言っている狂気。


「それに、人間は必ず死にます。でしょ〜? ま〜吸血鬼だって死にますけど、人間の方がコロッと死んじゃいます」


 さすがのナイトも絶句する中、


「だからもしどなたか敵に私の銃弾が当たってて〜、ニックやエンが殺されたら〜……二人は私じゃなくて『人間という脆弱な種族に生まれてしまった自分たち』を恨むべきで――」


「黙れ、てめェ」


 呆れたようにナイトは、メロンから離れて背を向ける。そして、


「さっきから饒舌だなァ……てめェは銃の腕が良いと聞いてるぞ。そうだよな、リチャードソン」


「お、おう。大都市アネーロでは何度も助けられた。戦闘センスもズバ抜けてる」


 おもむろにリチャードソンに問いを投げる。よくわからない態度にリチャードソンも首を傾げつつ応答すると、


「メロンとやら……てめェ闇雲に撃ったわけじゃなくて、()()()んだろ?」


「ん〜? ……どうでしょ〜ね〜」


 発砲した――としかメロンから聞いていなかったナイトは、どうやら彼女の一連の話を聞いて確信したようだった。

 彼女があの一瞬でしっかりと狙いを絞り、その狙い通りに誰かを撃ち抜いたのだろうと。



◆ ◆ ◆



 そして『町』の方も、混乱を極めていた。


「おい兵士たち! 何なんだ今のは! 俺たち住民に当たったらどうすんだ!?」

「いきなり銃撃戦なんて聞いてません! さっき外へ逃げてった人たちは侵入者なんですか!?」

「四天王もいるじゃないか、オルガンティア様! 説明してくれ!」


 兵士ではない住民たちは、プレストンによって武器を回収されている。

 自分で自分の身を守る方法を持たない者たちに、詰め寄られる兵士たちは、


「今にプレストン様から説明があるはず。それを待ってくれ」


 と言う他ないわけで。


 上司にあたる『四天王』のオルガも、普段から政治的なことには一切関与しないから頼りないのに、今はもう門の方を見て棒のように立ち尽くしているだけ……全く頼りにならない。


 兵士たちから中途半端な答えしか返ってこないとあらば、もちろん、住民たちはさらに戸惑う。


 それは銃撃戦を遠目に目撃したグリーン家も同じことだった。


「パパー、びっくりしたねー。みんなどうしちゃったのかなぁ?」


「ああ……物騒だな」


「これで終わりなら良いけど。プレストン様の説明を待つしかないのかしらね」


 8歳のサナは、大きな音に驚くだけでそれ以外は不安も感じない。

 しかし大人である父イーサンと母ニコルは、今後の心配をしなければならない――この過酷な世界で、唯一の娘であるサナを守るために。


「……あ、そーいえば、ホープおにいさん」


「え? ホープくんがどうかしたの? サナ」


「ホープおにいさんって、みたことなかったけど、お外からきたのかなーって。だいじょーぶかなぁ」


「あら、そういえばそうね……」


 サナとニコルが気づくと、イーサンもようやく気づいて頭を抱えた。


「く、平和ボケだな。完全にその可能性を忘れてた……いや、でもあんなに堂々と町の中にいたんだ。侵入者ではないはず」


 風船を取ってもらってテンションの上がったサナが、有無を言わさず連れてきたホープという少年の顔を思い出す。


「だがあの目……殺人をした奴の目だった。この世界では普通かもしれんし、あの場では何も起きなかったが……」


「あっ『ふわふわちゃん』が!」


 風船の紐がサナの手から離れ、名前通りフワフワと風に舞っていく。

 その鮮やかな黄色いボディが飛んでく先を追っていた、イーサンの視界に映る人影。


「あれは『同志たち』のリーダーのシリウスか……膝をついてどうしたんだ?」


 先程の兵士たちが銃撃戦を行っていた場所よりも、町の中心に近い場所。

 そこは一見すると銃撃戦からは遠くて関係の無さそうな場所……なのだが。



「うわあぁぁぁぁ――――!!」



 青空を仰ぎ、膝立ちになって、誰かを両腕に抱えているシリウス。

 彼は声を上げて泣いている。



「モルスぅぅ――――っ!!」



 若者であるシリウスと同じような歳の、軽いノリの若者――『同志』に属するモルスが、眉間を正確に撃ち抜かれて死んでいるのだった。


「見てた……俺は見てたぞ、モルス!!」


 息絶えたモルスに、シリウスは顔を涙でグシャグシャにしながら必死で語りかける。


「中央本部から出たばかりのお前を……銃撃戦の最中、あの『メロン』とか呼ばれてた女が……撃ちやがったんだ!! 言いがかりじゃない、俺はこの目で見たっ!」


 そう。シリウスは真実を知っていたのだ。



「ホープが……ホープの一味が、また!! 俺の同志を殺しやがった……!」



 背後で合流した同志のダン、カスパル、メーティナも涙を流している。

 気持ちは同じだと知っている。だからシリウスは続けた。



「近くに、いくらでも兵士はいたのに……なのに、銃も持っちゃいないモルスを撃ったんだ、あの女」



 運が悪いというのか、巡り合わせが上手くいかないのか。


「やっぱ、こういうところが俺たちを戦いの運命に導いてるんだよなぁ……」


 元々そういうことが――つまりプレストンに出会ってしまったことが原因で生まれたのが、この『同志たち』という集まりである。


「どうして俺たちばっかり、こんな目に……!」



◆ ◆ ◆



 ――――これは10ヶ月前の話。

 スケルトンパニックが起きたのが一年前だから、まだ起きてから間もない頃である。


 シリウスはバーク大森林の小さな村にて、父と母と妹と四人で仲良く暮らしていた。

 突然現れたスケルトンによって村は大混乱。シリウスたち家族は命からがら逃げ出した。


 昼でも薄暗い森の中、どこから現れるかわからない化け物の存在に怯えながら、四人はどうにか生き延びていたのだが。

 ある日、運命が牙を剥いた。



「……おっと、奇遇ですね。こんにちは。俺は有名な特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』に所属しているプレストン・アーチです……って、もちろん知っていますよね?」



 森の中で偶然にも、特殊部隊の一員に出会う。というものだ。

 プレストンと名乗った男は、笑顔でこちらの知識を問うてくる。


 ――シリウスたちが住んでいたのは辺鄙な村。部隊の名を聞いたことくらいはあるかもしれないが、基本的には何のことだかサッパリである。


 答えたのは、シリウスの父。


「その迷彩柄を見る限り、確かに大都市アネーロからやって来た軍人のように見えますが……特殊部隊というのはよくわかりま――」


「わからない??」


 被せるようにプレストンは聞いてきた。笑顔は消え、不機嫌そうな顔をしている。

 仕方無く「……はい」と答えたシリウスの父に、プレストンは自身の懐を探り、


「このバッジを見てもわかりませんか?」


 銀色に輝く小さなバッジを見せつけてくる。

 そもそも特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』が何かわからないという話なのに、その証拠を見せられてもどうにもならないのだが。


 プレストンの態度を不思議がり、彼の顔を見つめるシリウス。

 それ以外の家族三人が、バッジを見て首を傾げている。意味不明な状況。


 するとプレストンは、その目に影を落とし。


「……ということは、これ以上この俺がどんなに手を尽くして説明をしたとしても、あなた方は俺のことを信用できないわけですねぇ」


「は?」


「そんな無価値な相手に、無駄に時間を割いていられるわけがないのです。世界は今、何もかもがイレギュラーなのですからね」


「ちょっ、え? 何を言って――」


「あなた方が『P.I.G.E.O.N.S.』を……『プレストン・アーチ』を知っていればこんなことにはならなかったのに」


「プ、プレストンさ――」


 恐怖を感じ始めた父と母と妹が、止まらないプレストンの語りを止めさせようとして、



「無知は、悪だ。俺たちは悪を許さない」



 というプレストンの捨て台詞の直後。


 ――四方八方からの銃声で、頭や胸を次々と撃ち抜かれ、倒れていった。

 残ったのはシリウス一人。


「え? ……え? え?」


 骨の化け物から一生懸命にシリウスや妹を守り、少ない食料をこちらに多く分けてくれた、父も母も。

 ついこの間13歳になったばかりの妹も。


 呆然とするシリウスの周囲に、輪を描くように横たわっている。

 蜂の巣のように体じゅうを穴だらけにして。


 理解が追いつかない。たかが16歳のシリウスでは、全く……



「俺のことを知らないんなら、こうやって従わせるしかないんだ。人間はみんなバカだから……悪いが、そこのガキ。お前にはもう頼りが無い。俺の部下になるしかないわけだ……わかるよな?」



 プレストン・アーチが、真顔でそんなことを言ってくる。

 周囲の茂みから続々と現れる、銃を持った部下たちを率いて。



「俺は『町』を持っている。壁はまだ中途半端だが、とりあえず森の中より安全だろう……そこに住まわせてやる。だから俺のために死ぬ気で働いてもらう。簡単な話だろ?」



 反論も反撃も叶わない。


 どうしようもない。



「は、い……わかりました……プレストン様……」



 心の中で怒りを燃やしながらも。

 シリウスは頭を垂れて、『生』にしがみつくことを選んだ。



◆ ◆ ◆



 それからシリウスの、プレストンのために『献上品』を探す日々が始まり。

 少しずつ少しずつ、シリウスと同じような体験をして町の住民(兵士)となる者が増えていき。


 皆がプレストンに怒りを燃やしていることを知ったシリウスは、


『機を待ち、いつか必ずプレストンたちに復讐をするんだ!!』


 と、密かに叫び、『同志たち』を募るのだった。


 シリウスと同じ境遇で入ってきたというのは、ほとんどの同志に当てはまる。

 最近入ったがホープに殺されたアリスもそうだし。ブタやキツネもそう。


 そして、


「モルス……お前もだよな……」


 今、シリウスの腕の中で冷たくなっている男、モルスも同じである。


「さんざんだよな……俺たちの人生。なのにみんな、最後は知らねぇ奴に殺されて……不完全燃焼だよな」


 どんなに語り掛けても、息絶えていった同志たちから返事は無い。

 だからこそ、


「決めたよ……みんなの無念を晴らすって」


 たかが17歳のシリウスだが、リーダーとしての責任を全うし、とうとう動く。


「プレストンはニックを捕まえた。あれは喧嘩を売ったも同然――だからそれを利用する」


 プレストンの眼中にはなさそうだが、実は裏のリーダーであるシリウス。

 彼の周りには、結構な人数の『同志たち』が集まってきていた。


 そして、彼らはまた、気持ちを一つにする。




「ニックやホープを誘導して、二つのグループまとめてブッ潰す!!」




 押し殺した声で叫んだシリウスが泣きながら拳を突き上げれば、『同志たち』も泣きながら一斉に拳を掲げる。

 状況は最悪だが、整った。だから、反撃を始めよう。



◆ ◆ ◆



「それともう一つ聞きてェ……おい、青髪」


「え?」


 問題が解決したとは到底言えないが、メロンとの話を終えたナイト。

 怒っている様子は無いが、どうも疑問に思うことがあったようで。


「あの黒ローブの野郎……何だ?」


 それはきっと『四天王』の一人で、執拗にホープたちを追いかけてきていたあの男のことだろう。

 ナイトは彼と一戦交えたわけだが、やはり互角であったことを気にしているのか。


 ホープは、


「よくわからないけど、プレストンの町の『四天王』とか言ってた。大げさな役職だけど……」


 口に出すのも恥ずかしくて説明したくなかったのだが、言葉を返す。


 ――何なのだ、『四天王』って。


 意味はわかる。『四人の強い奴』的な意味だとは思うが、そういうことではなく。

 寒い。イタい。ファンタジー気触(かぶ)れ。ホープは、どうしてもそう思ってしまう。


 プレストンも特殊部隊の『知略』担当とか言っていたが、明らかに変な本の読みすぎである。


「そうか。じゃァ、名前は? 聞いたか?」


 しかしナイトは『そんなことどうでもいい』とばかりに、食い気味に名前を聞いてきた。

 あのローブの男の名前を。



「確か……『オルガ』とか呼ばれてたよ」


「ッ!!!」



 その名を知った瞬間、ナイトは呼吸を止めて目を見開き、口も半開きになった。

 だがすぐに彼は深呼吸をし、



「はっ……あり得ねェ」



 絞り出すように言い、踵を返した。


「……!」


 ホープもまた、今一瞬だけ見えたナイトの表情に驚かされる。

 ――いつも険しい顔をしているナイトにしては相当珍しいが、彼は少しだけ笑っていた。


 その乾いた笑顔、どこか諦めたような笑顔は――とんでもなくくだらない冗談を聞いた時のような、そんな、皮肉っぽく苦しげな笑顔だった。



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