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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第10話 『急浮上』



 ぼんやりと、少年は空を見ていた。

 原っぱの上で横になって、どこまでも広がる青色と、たまにやってくる白色を、ただ見続けている行為。

 それに理由をつけるなら、流れる雲を見ていると勝手に時間が過ぎてくれるからだろう。


 もっとだ。もっと暗くならなければ、家に入れてもらえない。今日は少し寒い。まだ昼だ、あと何時間だろう。


 通りかかる村人たちの凍てつく視線に、もう耐えられない。毎日のことなのに、やっぱり毎日辛い。

 自分は好きでこんな『眼』を持っているんじゃないのに。誰かが自分を受け入れてくれるなら、一生懸命に働こうとするのに――


「ホープっ」


「……え?」


 突然呼ばれた。

 誰かは察しがつく。いや、候補は一人しかいないのだが。


「……ソニ」


「えへへー、また雲みてるの? 私もみるー」


 視線を向けずに名前を言ってみると、図星。一択クイズのようなものである。

 ホープより三つほど幼い少女――ソニはホープの隣に並ぶように寝転んだ。天使のように無邪気な笑顔で。


「毎回言ってる気がするけどさ、もうおれに近づくのやめた方がいいよ? 君のお母さんにも絶対気づかれてるし……」


「『気がする』じゃなくてホントに毎回だよ、もう聞きあきたー! あと『君の』じゃなくて、『おれたちの』お母さんでしょ?」


 本当に、優しい子だ。

 しかしダメだ。やはりこの子は真っ直ぐすぎて、ホープの置かれている状況をいつまで経っても理解できない。または理解しようとしていない? それとも理解していてこの態度を――


「ねぇ、今日はさ、おいかけっこしない? 二人しかいないけど、それっていつもどおりだし」


「おいか……何?」


「『おいかけっこ』だよ! え? ホントにしらないの?」


「だって、やったことないし……友達がいる君とは違うんだよ、おれは」



 ――待て、追いかけっこだと?



「どんな遊びか説明するとー、とにかくユーウツな気分がふっとんでっちゃうような遊びだよ!」


「『説明』って言葉の意味は知ってる……?」



 ――やめろ。ソニの提案には乗るな。



「やってみたほうが早くわかるよ!」



 ――やめろ。



「はぁ……じゃあ、やってみようか……」



 ――やめろ!



◇ ◇ ◇



「おい、いい加減起きろガキ!」


「……うわあぁっ!! やだやだ、行くなソニっ、ソニぃぃぃぃ!!!」


「うお!?」


 夢の世界から急浮上するまま、ホープは手を伸ばしながら飛ぶように起き上がる。傍らにいた男が驚いて尻餅をついた。


「起きた途端にうるっせぇなぁ! オラッ!」


「ぶっ……!?」


 眉間にぐっと皺を寄せたその男は、立ち上がって突然ホープの顔面を蹴りつけた。

 何という激痛。幸いにも鼻が折れたりはしていなさそうだが、充分酷い経験になったと思う。


 ――それに、自分の過去を再び見せられるような悪夢に比べてしまうのならば、それほどでもない痛みだ。現に自分の全身はもう汗でぐっしょりである。

 この一年、何度も同じような夢を見てきた。いくつかの呪縛がローテーションでホープを襲ってくる。

 自分はいつになったら解放されるのだろうか、死ねるのだろうか。


「ったくよぉ、初日から面倒臭そうなクソガキだぜ……これ以上俺らに迷惑かけんじゃねぇぞ!?」


「……あれ。ここは……どこだ?」


 蹴られたおかげでようやく意識がはっきりしてきた。


 見回してみれば鉄の格子がある。ここはいわゆる牢屋ではないか。

 白骨死体と銃があったあの小屋よりも、薄暗くてカビ臭い。床も触覚的に冷たく、壁も天井も、そもそもこの場所全体が視覚的にも冷たい。

 自分に対して、よくもまぁこのような場所で眠れたものだ、と感心してしまう。


「……? あの、ここはどこ?」


 一応質問をしたつもりであったから、いつまでも答えない男に追撃。


「お前なぁ、まだ自分の立場わかんねぇのか? ここはどう見ても檻の中だろ!? 檻の中に閉じ込められんのはどんな奴だ!? 言ってみろ!」


 答える義理もない、男はそんなような厳しい表情でホープを見る。

 ホープの住んでいた村には、監獄だとかそういう建物はもちろん存在しなかった。でも絵本やちょっとした小説なんかで読んだことがあったから、何となく理解はしている。


「囚人……? とにかく悪いことをした人だと思う……でも」


 それでは話がおかしい。最近のホープが誰に悪事を働いたのか。過去には色々あったが、それはホープの中にしか残っていない呪縛。

 今回のこれはまず間違いなく別件だ。目の前の男にも、洋館で自分らを襲ってきた男たちにも見覚えなどは――


「あ」


 思い出した。後頭部を触ってみると、雑に包帯が巻かれている。

 ホープ、そしてレイとケビンは洋館内で謎の男たちの襲撃に遭ったのだ。あの時に気絶したが、その結果がこの状況なのだろう。

 腰の短剣も背負っていたリュックもない。

 いずれにせよ洋館内にはとても見えないが、いったいどうなって――


「悪いことをした奴とかが、捕まってぶち込まれる……ってか、こういうとこに入ってんのは常に『立場の弱い奴』だろ? お前が悪人かどうかは俺らも知らねぇ……あーうざってぇ! マジなところ、どうでもいいんだよなぁ、お前なんてよ!」


「……!」


 どうでもいい。そう言い切った男の後ろから、また何人かの男が現れる。ホープはそんな光景に戦慄するしかなかった。



「お前は今日から人間じゃねぇからよぉ、ただの『労働力』だからよ! ぎゃは、ぎゃはははは!!」



 大口を開けて笑う男の後ろで、不気味にほくそ笑む男たちの持ち物。それは、


「早くこの作業服に着替えろよ、労働者と指導者を簡単に判別するためにな! ああ、替えはねぇから一生これ着て働けよ!?」


 ツナギのような灰色の服。ところどころ破けたり汚れたりで、囚人服どころかボロ雑巾と言われても信じられるみすぼらしさ。


「ほらよ、これ朝食な! この先こんな豪華な食事は出ねぇぞ!? 特別メニューだから感謝しろ!」


 床に直接置かれる朝食。濁った水がコップに一杯、そしてカビの生えたパンが一つ。


「少ねぇと、汚ぇと思ったか? 外で生活してたんならこんくらい当たり前だろ!? これから地下の採掘場に連れてくが、休憩時間外に少しでもサボったら……こうだからな!!」


 血が付着したままの、見るも恐ろしい鞭。

 男の一人がその凶器をしならせ、一瞬にして水の入ったコップを破壊。飛び散った水がホープの顔を濡らす。ホープの、恐怖に染まった顔を。


「え、あ、何……どういう流れで……? あ、あと今ので水がなくなったけど……」


「あぁ!? 甘えたこと言ってんじゃねぇぞ!!」


「う、ごっ!?」


 震える声で弱々しく文句をつけると、男の一人がホープの背後に回って後頭部を鷲掴みにしてくる。そのまま顔面を冷たい床に叩きつけられた。

 今度こそ鼻血が流れる。しかもガラスのコップの破片が、押しつけられる頬に刺さっている。何という苦痛だろう。



「ようこそ『エドワーズ作業場(さぎょうじょう)』へ。ここは領域アルファはバーク大森林のどこかにひっそりと構える、スケルトン一体たりとも介入できねぇ閉ざされた地獄! 歓迎するぜ……青髪のクソガキ」



 いいや、本当の苦痛はここからである。

 ――痛いのも苦しいのも人一倍嫌いなホープにとって、まさに地獄の日々が始まろうとしていた。



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