第116話 『亜人禁制の町』
「ふぅ……!」
――落ち着け、落ち着くんだ俺。
そうやって心の中で自分に言い聞かせるシリウスは、言葉通りに緊張していた。
自分の後ろを、あのニック・スタムフォードがついてきている状況なんて想像もしたことが無かったからだ。
こんな時でも話しかけてくるのは、
「す、すまねぇシリウス……迷惑かけたな、銃も弾切れしちまったし……」
「……え? あぁ良いんだよ。気にしてない」
つい先程に橋で救出した同志――小太りの中年男、カスパルだ。
射撃などやったことも無いくせに、やたらと貴重な銃を欲しがるから渡したが……笑顔で対応するシリウスは正直、若干の後悔に苛まれた。
さらに、
「いやぁまた助けて貰っちゃったなぁーシリウス! 痺れたよ!」
「ごめんねシリウス! 廃車群から多少の『献上品』は回収できたけど、スケルトンに囲まれちゃって」
これまた、橋にて廃車の上まで追い詰められていたところを救出した同志たちが話してくる。
ノリの軽い若い男――モルス。
そして、元気系の若い女――メーティナ。
メーティナは笑顔ながらも、貢献できないことを悔やんでいる様子なので、
「そんな心配すんなよみんな。俺たちはニック・スタムフォードって莫大な『献上品』を連れ帰るんだぞ? 大丈夫さ」
リーダーの待ち人と一緒に帰るだけで素晴らしい活躍のはずだ、とみんなを励ます。
しかし、横から違う声が割り込む。
「……本当にか、シリウス? 確かにヤツはニックの来訪を待ち望んでたが、別に俺たちが案内しなくてもニックは来たんじゃないか? そうなると微妙な気がするが……面倒くせぇなオイ」
「ダン! 来たのか」
茂みから出てきてサラリと合流してきたのは、パーカーと茶髪が特徴の同志――ダンだった。
「悪いな、俺も何も得られなかったもんで……良い情報は」
「い、いや、とりあえず今回はニックを連れ帰る手柄をみんなで分けりゃ大丈夫だろ。今回だけは、そう願おう……って『良い情報は』?」
何も献上品を得られなかったらしいダンの言い分だと、どうにも『悪い情報』がありそうなのが怖くて聞き返す。
やはりダンは頷き、シリウスの耳元に顔を近づけて小声で囁く。
「――同志ブタとキツネが、死んでいた」
「なにッ!!?」
「うるせぇ」
囁き声の意味を打ち消す、シリウスが驚きのままに上げた大声。
すると案の定、
「おい……どうかしたのか」
怒っているのかわからない仏頂面でニック・スタムフォードが聞いてきた。
シリウスは「いや何でもない!」と不自然な笑顔で手をブンブン振りながら応答した後、
「クソッ……どういうことだよ……?」
爆発しそうな感情をどうにか抑え、できるだけ冷静にダンに事情を聞く。
「ここに来る途中で見たんだ、あいつらの死体を。キツネは両足切断されてた。ブタは、顔面がグチャグチャだったよ」
「ひ、ひでぇな……」
「俺たちに恨みでもあんのか?」
「残虐性の塊よね……」
話に入ってきたカスパル、モルス、メーティナも動揺を隠せない。仲間が次々と死んでいくことに、嫌気が差しそうだ。
そしてシリウスも、さすがに目を逸らすわけにはいかないと悟る。
「こう立て続けに死なれると――何だか、アリスを殺した『ホープ・ト……』とかいう奴と同一犯な気がしてならねぇんだ。どう思う」
「あぁ、俺もそう思う。なんとなくだが」
シリウスの雑な推理に、ダンも同調。「警戒を怠らないように」と同志たちは互いに言い合った。
――人間の勘というのは、時に凄まじい。
彼らの想像した通り、アリスを殺したのも、ブタとキツネを殺したのも同じ人物なのだから。
――だが、察知する能力は、時に機能しない。
同志たちにとって強大な敵として立ちはだかっている殺人鬼は……すぐ近くにいるのに。
ニック・スタムフォードの後ろを、トボトボと歩いている青髪の少年なのに。
◇ ◇ ◇
シリウスとかいう格闘家(?)の後ろを静かについていくニックに、本当は嫌だからトボトボとついていくホープ。
彼の隣には同じく嫌そうな顔をするナイトがいるが、どうも彼の場合は、
「最近、何なんだァ……? 俺ァまだ人間より弱ェってのかよ……!?」
シリウスと交戦した際に一発、蹴りを入れられたことを嘆いている様子。
苦しそうな独り言を放置するのもアレなので、
「……他にもあったの?」
と一応聞いておく。
ナイトは一瞬、訳のわからないといった顔つきになったがすぐにハッとして、
「そうか。てめェはいなかったか……廃旅館でもなァ、元々棲みついてやがったジジイと戦り合ったんだ、その時も圧倒された。エンが死んじまうとこだった」
聞いていたホープの心には違和感が芽生えた。
「『圧倒』ってさ、別に正面から戦って力負けしたわけじゃないでしょ? シリウスのやつも反撃したら君が勝ってたさ」
「ん? まァジジイの時も暗闇だったり、スケルトンがいたりしたが……」
吸血鬼という種族は、人間の倍ほどのパワーを持つと言われている。
定義が曖昧ではあるのだが、
「人間ごときを相手に、熊だって倒せる吸血鬼の君が負けるはずない」
「……うゥ」
自身の胸の辺りをギュッと掴んだナイトをとりあえず無視して、
「だから敗因は『反撃しなかった』ことじゃないの? 今回も、前回も」
「……そうか。両方ともニックの野郎に止められて……そうだなァ、確かにそうだ」
別にホープはナイトを励ましてあげようとは一切考えておらず、ホープなりの事実を述べただけなのだが、ナイトはどこか納得しているようだ。
しかし、
「ニックァ……俺をどうしてェんだ?」
一つに納得できた代わりに、また新たな疑問が降って湧いたようでもあったが。
そこはもうホープには何もわからない部分である。
――何もわからない、と言えば。
「ナイト、さっき出てきた『プレストン』とか『ニードヘル』って何なの? 人の名前?」
「聞いたことァある気もするが……知らねェ」
ニックからある程度は気に入られている風なナイトでも、ニックについては知らないことが多い。
ホープには縁の無い『リーダー』という役職は、そんなに隠し事が多いものなのだろうか。
「お二人さ〜ん!? 前見てください前〜っ、着いたみたいですよ〜!」
「「っ!?」」
それぞれ下を向くホープとナイトの肩に、後ろから元気良くのしかかってきたメロン。
彼女の声掛けに前を向けば、
「これは……壁?」
高くそびえる三、四メートルほどの黒い硬そうな壁が出迎えてくるではないか。木製の大きな門が徐々に開いていく。
驚くホープの呟きに、シリウスが反応する。
「そうさ。鋼の板を繋ぎ合わせて、内側から補強した壁! 俺たちの町を守る壁さ」
「「「町!?」」」
ナイト、メロン、そしてホープが、いつにも増した驚愕の声を上げる。
なぜなら、
「ニックてめェ、こんな町に……こんな町に何の用だ? どんな関係だ? 知り合いなら、なぜ今までこの存在を俺たちに教えなかったァ!?」
巨大な門が開いた向こうには――規模はそう大きくもなさそうだが、簡単な木造住宅が並び、明るくて小綺麗で、人々が楽しそうに過ごす『町』が広がる。
強固な壁に囲まれて……なんて、平和なのだ。
理不尽じゃないか。
ナイトたちは、これまでずっと森の中を必死に生きていたのに。
どうやらニックはこの町と、無関係ではないようなのに。
「ったく、これだから『無知』は邪魔だ」
責められたニックは額に手をやり、
「だからよ……そうしたくても上手くいってねえから、こうして話をしに来たんじゃねえか」
事情はわからないが、不穏なニックの言葉と雰囲気に、ナイトは首を傾げる。
――そこへ木製の門の両側の、壁の上に設置された台にいる門番が声を掛けてくる。
「おいアレ……ニック・スタムフォードか!? またプレストン様に用かよ、わはは!」
なぜか指を差されて笑われるニックは、門番を無視してスタスタと門をくぐる。
するともう一人の門番も、
「ん? おっとっと、そこの吸血鬼は入れるわけにいかねぇぞ!」
「あァ? 理由は!」
「この町は『亜人禁制』なんだよ!」
「『亜人』ってのァ何だ?」
「うるせぇな『人外』って意味だよ! とにかくニックや連れのモンが用を済ませる間、お前は外で待ってるんだな!」
客人として来たはずなのに、急に雑に扱われ始めたナイトが怒りを覚えかけるが、
「悪いな、忘れてた……門番に従ってここで待っていろ。ナイト」
「な……!」
人間しか入ってはいけないルールなのだから、とニックは大人しく従うよう言う。
命じられたナイトはさらにニックにも怒りを燃やしたくなるのだが、もうどうしようもない。
その場に立ち尽くした。
「お前らは来い。行くぞ……あいつに会いに」
ニックが荒っぽく手招きをし、シリウスたちを追って町へと踏み込んでいく。
手招かれたリチャードソン、エン、メロン、そしてホープも……妙に明るい町へと入った。
壁の外にナイトを残し、門は嫌な音を立てて、固く閉じられた。
もう調べるのが嫌なので、亜人も人外も、この作品では同じ意味ということでご理解お願いします。
いやぁ色々あって体中痛いです…今年中に三章は終わらせられない…
それと次回辺りは、作者の書きたいシーンかもしれません。




