第114話 『3対1』
ホープとナイトが、ぎこちなく会話しているのと同時刻。
――廃旅館付近の木の下で、仮面の少女レイは一人孤独に座っている。もちろん真っ暗闇の中で。
「もお! あたしのこの魔法を、攻撃に転用できると本気で思ってんのかしら……ナイト」
よくわからない『遠征』へと出発する前の、ナイトの発言が気にかかる。
本当に援護しかできないのか? というあの問いかけ。
こんな夜になってもまだ思い悩んでいる彼女の、近くから足音が。
杖を取り出し身構えるが、
「……あんたは」
「ん? ……どうも」
レイの目の前を素通りしようとしたのは、黒いパーカーの女性――ジルであった。
「こんな時間に森の中で何してたのよ。ちょっと」
理由は自分でもわからない。
わからないがレイは立ち上がって、廃旅館の方へ歩くジルの背中に声を掛けたのだった。
「別に」
「『別に』じゃないわよ! 大したことしてないんなら、さっさと言えばいいじゃない!」
無表情のまま歩き続けようとするジルの肩を若干怒り気味に掴んで、彼女の顔を強制的にこちらへ向かせる。
ジルは無表情ながらも目を逸らし、頬を赤らめた。
「……用を、足してただけ。そんなプライベートなこと、どうして、言わせる?」
そんな態度に、やはり理由はわからないが――レイは怒りを覚えた。
「何あんた、バカにしてんの!?」
「……え?」
「すっとぼけないでよ、もう! あたしに挨拶くらいすれば良かったじゃない、今!!」
というのは、先程ジルが目の前を、レイの存在を知りながらも素通りしようとしたのが気に食わなかったのだ。
それは、まるで、
「あんた……あんたさぁ! ……あの人から、その……何か聞いたんじゃないの!?」
あの人とはホープのことだ。
レイは、彼と仲良くしていたジルが気に入らないかもしれないが。
ジルの方は、彼と何も無いなら、レイを嫌う理由が無いはず。
――『魔導鬼』だと知ったのでは?
「レイ、『あの人』って、誰?」
「は? わかりなさいよ!」
「わかるわけ、ない」
「もう!」
無表情で当然の質問をしてくるジルにイライラを募らせ、頭を掻きながらレイは、
「……ホープよ、ホープ! 彼、あんたのこと気に入ったみたいだったわよ!?」
「それで、何で怒ってる?」
「怒ってないわよ!」
「……怒ってる」
「怒ってないの!!」
「っ」
割と気の強いらしいジルにしては珍しく、レイの『論』にもなっていない暴論に萎縮している。
「彼とは、友達兼仲間。それだけ」
「ほ、本当なのそれ!? でもとにかく仲良くなったのは事実なのよね、だったら聞いてるんじゃないの? その……」
さっきからレイが一向に言えない、肝心の内容のこと。
察して口に出したのは、
「例えば、あなたの正体……とか?」
ジルだった。
そして突然に体を動かしたのも、ジルだった。
「っ、危ないっ」
「きゃ!?」
いきなり突き飛ばされたレイは、尻もちをつく。
正面を見てみると、
「……避けられたか。ったく、面倒くせぇなオイ」
尻もちをついたレイと、ジルの間に青年がいる。
両手にそれぞれナイフを持ち、たった今、レイを切ろうとしていたようだ。
「見たところ、お前ら荷物とか無さそうだな」
「は? あんた誰よ!」
「答える義理は無いね……あ、そうだ。女を『献上品』にしようか」
レイの質問にも応答せず「うんうん、グッドアイデア」とか呟いている二枚目風の青年は、
「お前、上玉だな」
と言いながら、ジルに飛びかかった。
「うっ! ……む!?」
「大人しくしてな。ちょっと気絶してもらうだけだ」
地面へと押し倒されたジルは、口を押さえられて苦しい体勢に。
そこへ、
「あたしの質問に答えなさいってのよ、こんのぉッ!」
「……っと」
振り回されるレイの杖を避け、青年はジルから離れた。
彼は露骨に嫌そうな顔をし、
「面倒くせぇなオイ……俺たちが欲しいのは『表面上の良さ』だけ。仮面で顔を隠してるお前に用は無い!」
二本のナイフをそれぞれ逆手に構え、青年は突っ込んでくる。
跳び上がって右手を振りかざし、
「俺の名はダン! この名だけ胸に抱えて死んじまえ!」
「くっ」
防御が間に合わないレイに、鋭い刃が振り下ろされて、
「うぅっ……!」
「え?」
切られ、腕から血を流しているのは――ジルだった。
間に入り、レイの代わりにナイフを受けたのだ。
「傷物にしちまった……!」
素早く後退し距離を取ったダンが、異質な呟きを発したのも束の間、
「死・に・さ・ら・せぇぇぇ!!」
「がぼっ!?」
背後からの声にダンは振り返る間も無く、横腹をトンカチで強打され、その場に倒れる。
息を荒げる、そのトンカチの持ち主というのは、
「ドラク! あんた、ここで何してんの!?」
なぜか廃旅館から離れていたらしいドラク・スクラム。
彼は人を殴り殺したことにテンパって腕をバタバタ振りながら、
「そりゃこっちの台詞だぜレイっち! オレが森の中で堂々とウンコしてたら、お前のキンキン声が聞こえて」
「堂々とすな!」
「駆けつけたら、どうにもお前とジルのキャットファイトが始まりそうだったんで観戦してたら乱入者出てきやがったから、オレも乱入したまでよ!」
「ドヤ顔で言うな! ……ってそれ、あんた結構前から居たんじゃないのよ、何楽しんでんのよ腹立つ!」
ドラクの態度に釈然としないながらも、レイは今心配するべき人のところへ。
腕から血を流すジルのところへ、駆け寄る。
「あんた、今のはどういうこと? どうしてあたしを守ったの?」
「……仲間、だから。それに、レイだって、私を助けた」
確かにレイはとりあえず杖を振り回して、ダンをジルから遠ざけた。
だが、
「あたしとあんたとじゃ、事情が違うでしょ。だってあたしは……」
「『魔導鬼』でも、関係ない」
「っ!!!」
唐突すぎる発言。
まるで後ろから頭を殴られたような感覚。
レイは仮面の下で目を見開き、開いた口も塞がらない。
やはり予想は当たっていた、ジルはレイの正体を知っていたのだ。
それはつまり、ホープが――
「ホープは、言わなかった。レイの正体、隠そうとした」
「え」
「今の、当てずっぽう。ちゃんと当たった、みたいだけど」
仮面越しでも伝わる程あからさまに驚いたレイを見て、ジルは答え合わせを済ませたらしい。
「言わなかったんだ……ホープ」
「ん。でも、レイのこと聞くと、彼、焦る。それでだいたい、察せた」
「……バカね」
仮面の下で少しだけニヤけたレイだが、
「うぉぉ!?」
響いたドラクの声に、振り返る。
彼は「こいつ死んでるよな?」と、木の枝で自信無さげにダンをつついていたはずだが。
今は――上体を反らしてダンのナイフをギリギリ避けていた。
「やってくれたな……お前ら」
次の行動に移ろうとするダンに、
「ぐわぁっ!?」
高速でジルの手斧が迫り、ダンが屈んで避けると、刃が木の幹に深くめり込んだ。
木くずを茶髪に浴びながらダンは横へ転がり、すぐさま立ち上がる。
「はぁ……はぁ……三人相手に俺一人じゃ、分が悪いか……面倒くせぇなオイ。出直すとする」
そう言い、ダンはバーク大森林の闇へと紛れていった。
「や、やべぇ奴を取り逃がしちまったかな……?」
「撃退した、それだけで充分」
自分を責めようとしたドラクだが、ジルは『死者を出さず、敵を寄せつけなかった』ことを評価。
――手斧を木から抜いたジルに、レイが肩を貸す。
「あたしたち……仲間?」
「ん。聞くまでも、ない」
「……ごめんなさい。あたし、取り乱しちゃってた」
「仕方無い」
ジルはレイのことを『後輩を見る目』で見てきて、微笑む。
何かについて、レイよりも経験があるということなのか。
「お前ら……廃旅館戻って傷の治療しろよ。オレはウンコの続きしてくるけど」
「まだ終わってなかったの!?」
「汚い。死ねばいい」
「命の恩人にスゲェ言い草だな! ……あとレイっちに伝えなきゃいけねぇことがあんだけどさ」
腕組みをして瞑目するドラクは、真剣そうだ。
「……なに?」
レイが聞くと、彼は腕組みをやめて目を開け、
「男って……不器用なんだ。基本的に」
それだけ言って踵を返したドラクは、ゆっくりと歩いていった。




