第113話 『苦労人』
驚いた。
ナイトの方から「よォ」と挨拶して、距離はあるが隣といえば隣に来るなんて。
「無視かよ」
ドカッと座り込んだ彼はこちらを見ないものの、あっけらかんと言う。
どうやらホープから無視されることを当然だとは思っていない様子。
しかも、
「俺と話す余裕ァ……まだできねェか『青髪』?」
前にホープから冷たく対応された話し掛け方を、改善までしてきている。
どういう風の吹き回しだ?
彼の態度を、ホープとしては容認するわけにはいかないのだが。なぜなら、
「君はまるで……二重人格だ。それが、昼間におれを投げ飛ばして押し倒して、しかもレイの前で、ものすごい口喧嘩ふっかけてきた奴の態度?」
今日の昼に熊を倒し、腕を中心に血だらけだったナイトは、偶然出くわしたホープを引き止めるばかりか乱暴を働き口論させた。
しかもこうして意味不明な『遠征』にも、彼が放っておいてくれれば来る必要が無かったはずだ。
どう責任を取ってくれるのか。それを問うた。
「……あァ」
しかし、
「悪ィな青髪……俺ァ、器用じゃなくてな……熊と戦って気が動転してたのもあるが」
「はぁ?」
返ってくるのは、気が抜けるような答え。
「呆れてものも言えないよ、ナイト。おれに乱暴しなければ良いだけの話だった……器用とかそういうのは関係無いだろう!?」
そんな答えをされてしまったら、当然ホープはブチ切れるのだが、
「だァから、やろうとしたことがあんだよ……それが上手くいかなかったんだ」
「知らないよそんなの! 余計なことは、人に迷惑を掛けないようにやってくれよ! 血の流しすぎでバカになったのか!?」
怒りが沸々と込み上げてきてしまうホープは、好きなだけ相手を言い責める。
ところが直後、その口も止まってしまう。
「俺ァただ、てめェらの関係を修復してやろうと……」
動揺した勢いで言ってしまった、という意味なのか自分の口を押さえるナイト。
ホープは首を傾げる。
そして、ある可能性を思いつく。もし当たっていたら最高な――
「それは頼まれたの? 彼女に」
「あァ? 違う、言わせんじゃねェ……! ……あァっ……俺の独断だ。本当に悪かった」
「はぁぁ……」
拍子抜け。
もうナイトの表情とかを窺っている余裕も無く、本人の前で大きなため息。
レイがナイトを利用し、仲直りしようとか画策したわけではないらしい。
つまり、今回の件は『ナイトがバカだった』という結論で全てがまとまりそうである。
そうやって油断していたホープは、
「おい――てめェさっきまで、ニックの奴にシゴかれてたんだろ?」
「……うん」
突然ナイトに言い当てられて驚いたが、平静を保って言葉を返す。
ナイトは何度かコクコクと頷き、
「気持ちァ、わかる。ウンザリするよな」
何の感情を宿しているのかわからない瞳で、静かに火を見て呟く。
彼は勝手にホープと気持ちを共有しているつもりのようだが、ホープとしては納得いかない。
「本当にわかるの? おれには……君が進んでニックの奴隷になってるように見える」
「ッ!」
「おれは違う。今回のことで本気で彼を嫌いになったよ……最悪な思いをした」
スケルトンや野犬、中途半端に強い生存者に襲わせるなんて。
ホープの一番嫌なことを、ニックという男は喜々として実行してきたのだから嫌うのは当然。
しかしいくら嫌いでも、ホープにはニックを打倒する力など無い。
ナイトの場合は違うじゃないか。
「君は強いのに。強いくせに、1から10まで彼の言いなりなんてね……夢が無い」
ナイトはニックのような普通の人間なら、片手で斬り刻むことだってできるはず。
なのに行動に移さない。ということは自ら進んでニックの下僕として生きている、となる。
――強ければ、自由になれるかと思った。
――強ければ、たくさんの傷をものともしない豪快な人生を送れるのかと思った。
――強ければ、ホープが、強ければ。
そう思ったのに。
ナイトのことを知れば知るほど、彼ほど情けない『最強』が存在するのかと絶望する。
夢が無い。ただただ、夢が、無い。
「進んで奴隷になってる……か。そうか、そうかよ……俺ァそう見えてんのか」
「うん」
「確かに……俺の方から頭を下げ、奴の手下になることを懇願したからなァ。始まりは完全にそれだった」
軽く眉間に皺を寄せ、パチパチという火の音に目を細めるナイト。
最初にニックに頭を下げたことには、それなりの事情があるのだろう。
だが奴隷生活をずっと続けるうち、さすがにウンザリしてきた。そんなところだろうか。
ナイトという男にそこまで興味の無いホープは、手持ち無沙汰な手を、自身の膝に乗っているメロンの頭へ持っていく。
鼻ちょうちんとヨダレが凄いが無視し、若草色の髪を撫でる――ペットみたいに無防備だからか、撫でたくなってしまったのだ。
二度目に撫でようとした時、メロンの手がホープのその手をガッシリ掴んできた。痛い。
「ん〜、むにゃむにゃ……お触りは〜……有料会員の方限定です〜……むにゃ……」
メロンは幸せそうな寝顔のまま。だが、とりあえず生存本能的な何かが働いたようだ。
――ホープと同様、深い部分まで話すつもりの無いらしいナイトは、露骨に話題を変えてくる。
「……そんで青髪、どうする気だ。仮面女は本当にてめェが消えた日から様子が――」
「――ナイト、この『遠征』はどこが目的地か知ってる?」
だからホープも露骨に話題を変える。
とはいえ無理に捻り出した話題ではない、事実気になっていることだ。
「……さっきニックに聞いたが」
すり替えた話題を追加ですり替えられ、頭を掻いているナイトは、
「俺にもよくわからねェが、『P.I.G.E.O.N.S.』の他のメンバーに会いに行くらしい」
「……へぇ」




