第111話 『目には目を』
「『献上品』ゲットだなぁおいブタ〜!」
「げっへっへ、そうだなぁキツネ〜!」
たんまりとジューシーな肉が詰め込まれている、小さな袋を持って。
同志であるブタとキツネはふらふらと楽しそうに帰路についていた。
「シリウスたちにゃ悪いけどなぁ。別れた先でとんでもねぇ収穫」
「んま、今回は仕方ねぇだろっ! シリウスだって『何か見つけても合流する必要は無い、ただアリスを殺した犯人を見つけたら――』って……あっ!」
キツネはリーダー格のシリウスの言葉を、自分で思い出しながら自分でハッとする。
失念していた。
「アリス殺したクソ野郎を探すの、忘れてたじゃんよぉブタ!」
「……とは言ってもよ、会ったのなんかさっきの貧弱な青髪くらいだろ?」
「まさかアイツ……」
「ま、まさか……」
ブタとキツネは、肉をまんまと奪った青髪の少年を思い出して息を呑み、
「「んなわけねぇよなぁ! ぎゃははは!」」
嘘つけ、と自分たちを笑い飛ばした。
「あーんな簡単な嘘にコロッと引っ掛かって、こーんな美味そうな肉をアッサリ盗られちまうんだぜ? 俺と同じくらいヒョロかったし、アリスの喉をあんなに正確に裂けるわけがねぇ!」
肉の袋を持ち上げて、ゲスな顔を晒すキツネ。
「そうそう。アリスのあの傷口、お前も思ったろ? キツネ」
「あぁもちろん」
「ありゃ、かなりの手練れでなきゃ無理さ。傷口が綺麗すぎるし、一切の迷いが感じられなかった」
二重顎に手をやり、そこの脂肪を弄りながら、ブタが犯人について考える。
まぁ、
「考えてもわかんねぇけどな! だろ相棒!?」
そうやって笑って、横を見たが。
地面に肉の袋がポツリと置いてあるだけ。
「キ、キツネ……? おーい……どこ行った?」
夜の森で、ブタはいつの間にか一人になっていた。
◆ ◆ ◆
キツネは、気づいたらここにいた。
確か後ろからいきなり引っ張られて、約一分間引きずられてから、この開けた場所に投げ込まれた。
「な、何だってんだぁ……!?」
スケルトンや狂人、あるいは野犬などであれば、こんなまどろっこしいことはしない。
食い千切られて終わりのはずだ。
つまり、ここまで連れてきたのは人間だ。
「ん……!? そこにいんの誰だ!?」
ナメんじゃねぇぞ、とキツネはナイフを構える。気配のした方へ刃を向ける。
しかし気配が消えた。何もいない、誰もいない。
だが、その先に広がる森の暗闇が気になった。
「あぁん……?」
キツネは水平にした掌を自身の額に添え、目を細め、遠くの暗闇を見据える。
――刹那、
「なっ……何だ!?」
鬱蒼とした夜の森の中で、無限に続くかのような暗闇の中で……一つの赤い輝きが弾けたように見えた。
ほんの数瞬の出来事だったが、キツネは確かにその目で見たのだ。
とはいえ、何の光なのか?
ブタが発煙筒でも持っていたのだろうか。いや、そんなに気の利く奴ではない。
何にせよスケルトンや獣ではない。つまり人がいる。どうする、あちらへ向かうべきか?
メキメキ、メキメキッ――
「ん? 何の音……えっ」
突如、キツネの横にあった大木が崩れ始める。
が、キツネが気づいた時には、既にすぐそこまで倒れかけてきていた。
彼は身軽だが、
「ぐっあぁぁ、あぁっ!」
さすがに全身を逃がすことはできず、右足が重い木の幹の下敷きに。
どうしても抜けない。これはマズい。
「くそぉぉぉ、ブタ、どこだ! ブタ、おいここだ! 助けに来てくれよー!」
ブタの馬鹿力があれば、この木も多少は持ち上がるだろう。
そう思って叫んだが返事はどこからも無い。
動揺にかまけて周囲を見回し続けていたキツネは、おもむろに正面を見る。
落としてしまった自分のナイフが地面に転がり。
――青髪の少年が、立っている。
「は!?」
「いいナイフだね」
「お、おいおい……ビビらせんな兄弟。それはオモチャとは違うぜ、大人しく俺に……」
歩き出す少年はキツネが使っていたナイフを拾い上げ、こちらへ真っ先に近づいてくる。
そして、
「ひぃ!? 待て、何する気だお前待て! 待て待て待て、やめろぉ!」
足が挟まって動けないキツネの目の前で、そのナイフを振り上げた。
助けを乞うキツネに対して、少年は。
「いやだ」
一蹴。
「げあぁぁぁぁ――――っ!!!」
背中に一瞬の冷たい感覚がして、その箇所が次第に熱くなり、そのうち温度の上昇は高速を極めていく。
熱い。熱い熱い。熱い熱い熱い。
「あぁあぁぁぁぁ!!」
視界が明滅する。味わったことも無いこの『命が削れていく』感覚、恐ろしい。
ナイフが刺しっぱなしの場所が、どんどん熱くなってくるのだ。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。
「あぁ……あああ……」
「そんなに恨めしそうな目でおれを見ないでよ。おれは君たちにやられた分、返すだけなんだから」
「は……あ……?」
さっき出会った時、コイツがここまでやる男には到底見えなかったのに。
どうやらキツネには見る目が無かったようだ。
やられた分とは……どういう意味だろう。
「じゃ、左足だ」
青髪の少年は、うつ伏せで動けないキツネの下半身側へと移動。
彼はマチェテを抜いた。そして木に挟まっていない方である左足を掴み、持ち上げ。
ギコ、ギコ。
「まっ……んんんおぁぁぁぁ!?!? ぅぅああああああぁぁぁぁぁ!?」
ギコ、ギコ、ギコ、ギコ。
「あぁあっ、うぐぐぉ、あああああ――――ッ!」
ゆっくりとマチェテで、キツネの左足首の辺りを切り始めるのだった。
速度は本当にマイペース。
無言の様子は『作業』そのもの。ノコギリで木材を切るのとはわけが違うのに。
スローペースな痛みに苦しみ悶え、うつ伏せのままジタバタと地面を叩きまくるキツネが、目に入っていないかのようだ。
ジタバタと言っても、背中にナイフの突き刺さったキツネにはあまり挙動は許されないが。
ああ――そうか。先程キツネは、少年の左足を蹴った。それに対する仕返しというわけだ。
それは理解できるが、ここまでするのか? 仕返しがあまりにもドギツい気がする。
今この瞬間、足をゆっくりと切られているのに、どうして自分はこんなにも、冷静なのだろう……もう冷静になるしか無いのかもしれない。
逃げ場が無さすぎて。
ふと、少年の手が止まった。
「ふ、ふぅ……ふっ、ふ、ふぅ……ま、待て兄弟……まだ……間に合、う……や、や、やめに、しないか? こんなことは……」
自分がこんなにも丁寧に丁重に、少年に交渉しているのが信じられない。
左足首はほとんど切断されて、もうブランブランしているのに。
本当に追い詰められ、このままでは死ぬと認識しているからだろうか。
「もうやめよ、うぜ……こんな、こと……肉は返すから……だ、から……俺の仲間の、太っちょを呼ん」
「今、汗を拭いただけだよ」
「……は?」
ギコギコギコギコッ。
青髪の少年の一言から、またしても切断作業が再開されて、
「ああああ、ああ……」
もう、叫ぶことすらままならないキツネの左足首が、とうとう体から分離した。
◆ ◆ ◆
「も……やべて……ごめんなさいごめんなざい、にぐ、がえすから……」
出血多量でそろそろ死ぬであろう、キツネとかいうヒョロ男はまだ命乞いをしてくる。
何をしてももう間に合わないのに。
仮に間に合うとしても、
「肉なんかどうでもいいし」
「……ぁ……ぇ……?」
「お前と、あの太った男が生きてる限り……おれの怒りはもう収拾がつかないんだ」
思ってることを思ってるだけ言うと、
「ぐぶ」
ホープはキツネの顔を蹴りつける。
彼は一言も喋らなくなり、体も抗うことを止めた。今の蹴りがトドメとなったのだろう。
「あと一人だ……待ってろ」




