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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
120/239

第110話 『スパルタ指導』

今まで『取って付けたような主人公』でしかなかったホープが、しっかりと『やばい主人公』へ変わっていきます。

三章、まだ本題に片足も突っ込んでないのに中々の盛り上がりだと思うんです。作者だけは…
















「……はっ?」


 すっかり夜の帳が下りたバーク大森林にて、仰向けのホープは目を覚ました。

 森の中なのは当然――だが、どうして自分はこんなにも無防備な体勢で寝ていた? さっきまで何をしていたのか思い出せない。


 おもむろに横を見てみると、


「あれ……君は」


 大都市アネーロではお荷物だった、燃えるような赤い髪を持った青年が同じく寝ている。


 おかしな話だ――ホープには()()()()()


 彼は、知らぬ間に起きていた。

 ニックに『遠征』に連れられていたメンバーの中に、間違いなく彼も混じっていた。

 名前はエン。ちゃんと覚えている、言葉だっていくらか交わしたのだから。


 どうしてまた寝ている?


「起きよう、起きてくれエン。これじゃスケルトンが湧いてきたら終わりだ」


 起きようとしないエンの体を揺する。


 そうだ。ホープはナイト共々『遠征』へと連行され、普通に森を歩いていて、暗くなってきたからとキャンプしていたはず。


「うーん……ん? ホープくん……ここは?」


 ホープが曖昧な記憶を取り戻すのと同時、エンがとろんとした目で周囲を見ている。

 みんなで一緒にいたはずなのに、誰もいないとはどういうことだ? ナイトも、メロンも、リチャードソンも、そしてニックも――


「その袋は?」


「え?」


 エンが、エン自身の足元に転がる小さな袋を見つけた。

 その直後。



「ふん。俺が叩き起こしてやる必要は無かったようだなあ。ギリギリだし、まあ気絶させたのも俺だが」



 聞き覚えのある、野太く覇気のある声。

 普段は聞きたくもない声なのだが、この状況だと多少は安心を感じられ――


 ――ドン、ドォン!


 声も、その後に続いた二発の銃声も。

 ホープとエンの真上から発せられていたから、二人して上を見た。


 木の枝に座るニックは、空へ銃口を向けていた。


「何のつもりだよ……!? おい!」


 意味のわからなすぎるその光景に、常時ブチ切れ状態にあるホープは速攻で口を悪くした。

 枝の上でニックはニヤつき、



「近くに呼び寄せといたスケルトンを、更に呼んだだけのこと――このパーティー会場にな」



 最悪だ。

 意味不明だ――最悪だ。



「ああ、それとな。気をつけろよ。その袋の中に入ってる肉の匂いに、獰猛な犬どもが集まってきてるようだ」



 目を見開いたエンが袋の中身を確認する。

 確かにそれは、いくつかの肉。ホープがグループを抜け出し、無意味に森の中を駆け回って集めた食料の一つ。


 こんなことに使わせるために廃旅館へ持ってきたんじゃないのに。

 右の瞼を痙攣させるホープは、


「どうしてこんなことを……するんだ?」


 思うままに毒を吐きたい舌を抑制し、ニックにこの異常な行為の目的を問う。

 返ってきた答えは予想通りの、



「てめえらの実力を見るのと……てめえらの訓練をしてやるためだ」



 ホープはもう、我慢の限界だった。



「――この野郎! 何のためにおれをアネーロに行かせたんだ!? そんなにおれの実力が疑わしいなら呼ばなきゃ良かったんだ! 離れてたおれをわざわざ呼びつけて、頭おかしいんじゃないのか!?」


「固いこと言うなよ。てめえのことを本当に弱えと思ってんなら、こんなことはしねえさ」


「意味がわからない! 死ねお前!」



 今までじゃあり得ないほど大きく口を開け、大きな声でがなりたてるホープ。

 無力な若者を、ニックは鼻で笑うだけ。


「わかっているだろう? 無駄だよ、ホープくん」


 エンの言う通り。


 このまま主催者(ニック)に怒鳴り続けても、彼は何もしない。何も変わりはしない。

 この『パーティー会場』で、ホープとエンは完全に放置されているのだ。


「アァ"ッ」

「ロ"ォォア"ァ」


 そうこうしていると、あちこちの茂みからニックの集めたスケルトンが現れ、


「ガルル……」

「ウー……グルルッ」


 さらに野犬たちが茂みを掻き分けてくる。


「マズいよねこれ……ホープくん」


「『痛みを伴う死』の匂いが、そこらじゅうからする場所だな……それだけは嫌だ」


 エンは姿勢を低くする。ホープはマチェテを抜く。


「君は武器持ってないの、エン?」


「あー……まぁね」


 穏やかな会話は、それが最後だった。


「ガルルォォ!」


「ホ"ァアッ」


 二匹の野犬が一体のスケルトンに襲いかかり、骨の一本一本を牙で分解していく。

 瞬間、もう一匹の野犬が肉の袋を目掛けて猛スピードで走ってくる。



「その肉はウチの貴重な食料だ……何かに、もしくは誰かに奪われるようなことがありゃあ、てめえら二人とも殺す」


「っ」



 木の上から降ってくる、性格の悪さが極まったような発言。

 ホープは一瞬『殺してくれるなら良いか』と思いかけた。が、問題はエンまで対象に含まれることだ。


「あぁッ!!」


「ギャンッ――」


 ホープの目の前で肉の袋を咥えた野犬の背中に、すかさず刃を振り下ろす。

 飢えて体力も少ないらしい野犬は、一撃で絶命。


「ウェェ"ァア」


 紫の歯で迫ってくるスケルトンの肩を押さえ、


「おあ!」


 後ろに引いたマチェテを射出し、額を正確に刺突。


「……ダメだね。スケルトンが多すぎる。ホープくん、僕が奴らを誘導する。あと二匹の野犬は君に任せても大丈夫か?」


 ホープの横で静かに見ていたエンは、状況を読んでの小さな作戦を立てた。


「え? あ、ぁあ、うん……?」


「それじゃ頼むよ」


 しかしホープはよく理解していなかった。ホープの曖昧な返事を受け、エンはすぐ10体ほどのスケルトンたちに自分の存在をアピールし茂みの中へ消えていった。


「ガルル」


 肉の袋を左手に持ったホープに、スケルトンの分解作業が終わった野犬が突進してきて、


「ルルルルァアッ!」


 牙を見せつけながらジャンプしてくる。


「おおあ!」


「ギゥッ」


 ホープの首筋を狙っているのがバレバレな軌道を読み、右腕を振るだけ。

 マチェテは野犬の横顔を切り裂いた。


「おっ……と」


 うっかり、ホープは袋を落としてしまう。


 ちょうど野犬と自分との間、中心くらいの場所。


 最後の一匹となった野犬が、分解されたスケルトンのパーツの上をグルグルと回りながら、肉の袋とホープを交互に睨んでくる。

 食欲は当然。だが仲間が二匹殺されたのだ、警戒も当然だ。


 そして奴の後ろ足が、とうとう加速を始めようとしたその時だった。



「やっちまえ! ブタ!」


「おう!」



 いきなり茂みから飛び出してくる太った男が、背後から野犬の上に覆い被さった。

 相当重いらしく悲鳴じみた鳴き声を上げる野犬は、


「ほいっ」


 脳天をナイフで突き刺されてあっけなく死ぬ。

 刺したのは、もう一人の男。茂みから続いて出てきたヒョロヒョロな男だ。


 彼はホープに晴れやかな笑顔を向けてきて、


「ようよう兄弟! その袋の中に入ってんのは肉じゃねぇのかって、このデブが言うんだがマジ!?」


「……そうだけど」


「ほら言っただろ。もっと俺を信用するべきだと思うぞ、キツネ」


 『ブタ』と『キツネ』? 頭のおかしい連中のようだ、とホープはため息をつき、


「……!」


 袋を取るために歩き出すと、突然キツネも早足で動き始めた。

 ホープが睨みつけるが、


「んな怖ぇ顔すんなって兄弟。拾ってやるだけじゃんかよ、友情の証に」


「…………」


 そう言いながらキツネは、さっさと肉の袋を拾ってしまった。

 逃走したら大問題なのだが、


「肉っつったら貴重だぜぇ? もう落とすんじゃねぇぞ、兄弟」


 ホープのもとまで歩いてきて、どうやら普通に渡してくれるだけの



「って言うと思ったの? このバーカ!」



 最悪だ。

 唐突に左足を蹴られ、よろけるホープ。


 キツネが素早く離れた直後、



「ありがとな、お人好し……オラよぉぉ!!」



 飛び込んできたブタが、ホープの顔面に思いっきり拳をぶち込んできた。

 一メートル程度吹っ飛んだホープは、受け身もクソも無く後頭部と背中を強打し、仰向けで地面を抉っていった。



「「あばよっ!」」



 ブタとキツネの声が重なり、二人とも楽しげに走っていった。

 何のリアクションもせず騙されて殴られたホープは、右の瞼の痙攣が止められない。


 怒りが沸々と、沸々と、沸々としすぎて、痛みを感じる余裕さえ無かったから。


「ホープくん、どうした!? 肉はどこに行っちゃったんだ」


 今帰ってきたらしいエンの心配する台詞も、右耳から左耳へと通り過ぎていくだけ。


「……ぐっ!?」


「よおし、ホープ。見えてるか? 今、エンの首を絞めながら木の幹に押し付けている」


「ぐう……ニックめ……」


「じきに死ぬぞ、こいつは。てめえが肉を取り戻さない限り――って、ん? いねえじゃねえか」


 降りてきたニックが何やら茶番を始めても、それはもうホープの眼中に無い。

 歩き出したホープの目に宿るのは、溢れんばかりの『殺意』のみ。それ以外は見えない。


 敵は知っておくべきだった――今のホープは常時ブチ切れ状態で、少しの刺激で大爆発することを。


 もう、理性など――あの仮面の少女との取り戻せない時間の中に置いてきたことを。



「できてるんだろうな、お前ら……やった分だけやり返される覚悟」



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