第106話 『WILD BATTLE』
廃旅館、その地下。
ニックに前から蹴られ、吹っ飛ばされたナイトに後ろから強打され、完全にイカれてしまった地下室の鉄扉の前にて――対峙する二人の男。
倒れた状態から起き上がろうとする一人の吸血鬼。
階段に座って彼らを見ているのは四人。
「なぁなぁお前ら、賭けようぜ。ニックがあのジジイ秒殺して圧勝か……もしくは多少手こずってから圧勝か」
他の三人にドラクが賭けを挑んだ。
「何よそれ。ニックさんが負けるって選択肢は無しなの? 一方通行なのね」
妙な賭けの条件に、レイがツッコむ。
「当ったり前〜なこと言わないでくださいよレイ! あのニック・スタムフォードが負けるとか〜、相手のオジイが人間だったら可能性ゼロです〜!」
有名人であるニックを尊敬(?)しているメロンが、レイの発言を否定。
「ニックの信者、存在した……びっくり」
あまりのメロンの信仰っぷりに、ジルは無表情ながら戦々恐々とする。
「そういえば……お前らさぁ」
「「「ん?」」」
周りを見て何かに気づき、ドラクが口元を掌で押さえた。
「今のオレ、ハーレム状態なのではっ!?」
「え、ええ……そう、よね……」
周りに座っているのはレイ、メロン、ジル。つまり三人の若い女性、という下らない事実。
興奮し「鼻血出そう」というドラクに、レイは仮面の下で苦笑いするしかなかった。
ただし――レイとジルの座る位置は、どちらがそうしたのか、離れていた。
◇ ◇ ◇
「後悔するなよ侵入者ども、これでも食らいやがれやぁぁぁ!」
「ホ"ォア」
「アウ"ゥ」
地下室に潜んでいたスコップ使いの老人は、地下室から出てきたスケルトンを、ニックとナイトに向かって投げる。
暗闇の中、ナイトが殺し切れなかった二体だ。
「うォらァァ!」
「ヘ"カ"ッ」
ナイトは両手を床についたまま体を捻り、一体のスケルトンに上段蹴りをかます。見た目的にほとんど逆立ちの角度。
爪先が側頭部に命中し、頭蓋が粉砕された。
「ぬう!」
掴みかかってきたもう一体を、ニックがコンバットナイフで刺し殺し、
「そりゃぁぁ!!」
「ごぶっ」
動かなくなったスケルトンを横にどかした瞬間、正面からの蹴りがニックのどてっ腹を打つ。
顔をしかめて後退するニックを見かね、
「てめェ、さっきァやってくれたな! お望み通りに斬り刻んでやらァ!」
ナイトが刀を構え直し、老人に向かい突撃。
獣のようなスピードで迫るナイトに、気づいた老人が死を悟って目を見開くが、
「待ちやがれえっ!」
その野太く響く号令に、ナイトは足を止めざるを得なかった。
――声の主であるニックは葉巻を咥えて火をつけ、
「ナイト……てめえの戦い方は『綺麗すぎ』るんだよ。その実力で『最強』を名乗るってのは……片腹痛えぞ」
「あァんだとてめェ!?」
確かにナイトは、あんな老人ごときに勝てなかった。それは事実だ。
しかし正当な敗因はいくらでもある。
暗闇の中で何が起きたのか理解できていなかったし、スケルトンが現れるのも予想外であったし、エンを死なせたし――
「今、勝てなかった言い訳を考えてんだろ? それがてめえだからな、ナイト」
「ッ!」
そう、言い訳はいくらでも作れる。
全部見透かされていたのだ。
「男ってのはなあ……汚く、泥臭く戦ってナンボなのさ。てめえは確かに力がある。だが臆病だ」
「……!」
「そこで指を咥えて、俺の戦いをよく見ておけ」
「……チィッ!」
反論もせず舌打ちしたナイトは刀を納め、その場に腰を下ろした。
あのイカれた強さを持つ吸血鬼を赤子扱いするニックに、観戦中の四人が絶句したのは言うまでもない。
「敵の前で好き勝手お喋りしくさりやがって、余裕があるのも今の内だ侵入者!」
「『侵入者』ってのは何なんだ?」
「この廃旅館はワシのもんだぁぁ!」
力任せにブンブン振り回されるスコップを避けながら、ニックは普通に会話を仕掛ける。
スコップの振り方がデタラメでも、息つく間もなく振られているので間合いを詰めることができない。
「そうか。てめえ、ここの管理者だったのか」
「違うわい!!」
振り下ろされるスコップをコンバットナイフで受け流して避ける。
ナイフを仕舞いながら「じゃあどういう意味だ」と問い詰めると、
「世界がこうなる前から――家無きワシはこの旅館にひっそり棲み着いとったんだ」
「ただのホームレスじゃねえか!」
「ぶへぁっ!?」
一瞬、自分の過去を語った老人に隙が生まれ、ニックは容赦なくその横っ面をぶん殴った。
怯んだ老人の顔に、さらに二度、三度と岩のような拳が炸裂。
「あぁぁぁっ! しゃらくせぇ!!」
既に顔面がボコボコになっているホームレスの老人は、一旦バックステップで距離を取る。
しかしすぐに走り出して距離を戻し、
「そりゃそりゃぁぁ!」
両手でスコップを自在に回転させまくり、またもニックを寄せつけない戦法を取る。
最初だけ後退したニックだが、急に動きを止めた。
「敗北を受け入れる気になったか!? 死ねぇい!」
そのリーゼント頭の頂点に、凶器ともなり得るスコップが振り下ろされ、
「――なっ!?」
当たる直前に攻撃を遮断したのは、
「てめえみたいな雑魚に、武器などいらねえ」
ニック自身の、頑丈なる腕だった――ナイフを使わないことに意味があるのだ。
臆する心を排する強さ。それがナイトに必要な強さだから。
「わ、あれは痛そうね」
「痣になっちまうな」
「さすニック! 男らし〜! でも痛そ〜!」
「惚れそう……嘘、だけど」
観衆がちょっとうるさい。
感情移入して自分までヒィヒィ言っているレイとドラク、大興奮のメロン、棒読みのジルの声。
しっかりとニックには聞こえていたから、
「いいか、ヒヨッコども! 戦闘において最も基本的にして、最も重要なこと――それは『場』を支配することだ」
腕でスコップを受け止めたまま振り返り、指を一本立てて若者たちに教えを授ける。
「なんてファンサービスですか〜!」
「殴られながらオレたちにアドバイス!? マジでイカれてるぜあのグラサンリーゼント!」
当の若者たちはアドバイスがどうこうより、ニックの行動に驚くばかり。
――ナイトの反応は、敢えて見なかった。
「んなっ、舐め腐りやがって……くたばれぇい!」
老人は相変わらずスコップを回転させ振り回し、ニックを襲う。
――ガン! ガンッ、ゴン!
ニックは飛んでくる打撃の全てを、本当に全てを腕で受け続けた。
「あいたたた!」
「惚れ直しそう。ふぁぁ」
感情移入しすぎて肩を抱いて悶えるドラク、棒読みにあくびまで重ねるジル。
「……何だ、こんなものか?」
上下左右から撃ち出されてくるスコップの先端を両腕で受けながら、ニックは余裕をかます。
老人は本気で怒り、
「こんっの」
首を狙って左から右へ振るったスコップを、今度は右から左へ振ろうとして、
「腐れっ」
フェイントで両膝を打つ。ニックが少しばかり体勢を崩したところを、
「侵入者ぁ――!!」
――小気味のいい音が鳴る。
ニックの脳天にスコップの平らな部分がクリーンヒットしたのだ。
彼の大きな体が膝をつき、横に倒れていく。葉巻が床に落ちた。
「ニック!! ……うォォォ!」
命令通り座って見ていたナイトは立ち上がり、悲痛な叫び声を上げる。
とうとう刀を抜き、主君の仇を討つため走り出し、
「まだ命令は有効だ……アホンダラ」
全身、すり傷に切り傷、打撲傷だらけのニックが立ち上がり、頭から流れてくる血を無視してまた葉巻を吸い始める。
汚く、泥臭く戦ってナンボ。彼は体現した。
「お、おい……どうなっとる……!?」
「どうもこうもあるかよ」
異常な耐久力に困惑する老人に、ニックは猛突進。
「がぁっ!?」
老人を捕まえて持ち上げてもその勢いは止まらず、
「きゃ!」
「わ〜!」
老人を抱えたまま階段を駆け上がり、
「ちょちょちょちょっと待てぇ!」
一階に着いても、まだ勢いを止めることなくさらに階段を上り、
「待てって言っとるじゃろうがぃ!?」
二階に到着すると、ヒビ割れた窓を発見。
「うおおおお――」
「ぎゃあああ!?」
窓を突き破り、老人が外へと放り出されて落ちる……直前、屋内に残ったニックがその襟元を掴む。
老人は窓の外にて、ニックの腕にぶら下がっている状態だ。
「結構な高さじゃねえか。落ちちまったら、まあ骨の一本や二本は折れるだろう」
「ひっ、ひぃ……な、何を!?」
「てめえが地を這い、藻掻いてようが、見ず知らずのホームレスジジイなど助けねえ」
「い、いやだぁ! 助けて! 助けて!」
ニックのタフネスを思い知り、今まさに死に迫られている老人は、すっかり萎縮。
脅しに噛みついてくる気配も無い。
「命を乞い、俺の部下になれ。そうすりゃあ下には落とさねえでやる」
「はい、なります! 部下なります! 命ぃっ、とりあえず命だけはご勘弁をぉ!」
元気良く命乞いする老人を、屋内へと投げ飛ばして助ける。
老人の強さを見込んだニックは、彼をグループの一員として迎えるのだった。
――追いかけてきた観衆の五人がそれを見ていて、
「おいおいそんな危ねぇ爺さん仲間にすんのかよ……あのニックも、満を持してパンチドランカー化かね……」
「変な決着のつけ方だわ」
「いいじゃないですか〜、もっと柔軟にいきましょうよ皆さ〜ん!?」
賑やかな者たちと、
「何だよそりゃァ……」
反対のリアクション――腕を組み、目を逸らし、納得いかない様子のナイト。
そんな彼らの視線を受けた老人は、
「悪いことをした、この廃旅館は皆で使うべきだと考えを改める。そうだな……ワシのことは『スコッパー』とでも呼んでくれ」
素直に頭を下げた。
◇ ◇ ◇
「クソがァ……!」
本気で戦えば、吸血鬼であるナイトはニックを軽く捻り潰せる。
自分より明らかに強くないニックが、あれだけ傷付きながら勝利を掴み取っているのに。
「誰よりも強ェ俺が、傷付かず敵に勝とうなんて甘ったれ……とでも言いてェのか……!?」
まさか自分が、綺麗に戦っていただなんて。気づかなかった。気づきたくなかった。
――頷けてしまうから。
本当に理性を捨てて獣のように戦えるのなら、あの地下室の暗闇の中でも、もっと動けたのではないか?
自分を犠牲にすれば、もっと。
「エンも死なずに済んだ……か」
今、ナイトが立っているのは地下室の扉の前だ。スコッパー騒動の後、すぐ戻ってきた。
まだ他の誰もエンの死を知らない。
「クソ、狂人が出てきちまう。悪ィがトドメを刺させてもら――」
ナイトが踏み出した途端、地下室の扉が嫌な音を立てて開き始める。
――まだナイトが触れていないのに、だ。
「もォ転化しやがったかァ……!」
刀に手をやる。
次の瞬間、ナイトは頭が真っ白になった。
「ふぅ。あの部屋のスケルトン、五体なんてものじゃなかったよ……君の方にも行ったかな? 大丈夫だった?」
出てきたのは、狂人でも、ましてスケルトンでもなかったから。
「それにしてもトドメとかさ、あんまり物騒なこと言わないでほしいよ。僕、死んでないんだから」
「……は?」
頭から多少の流血がありながらも、それ以外は無傷でケロッとしているエンだったから。




