第105話 『暗闇に潜むもの』
三章は戦闘が多めです。いや、多めというよりそれがメインですかね。
――やってもらうことがある、とだけ言ったニックはそれ以上何も言わずに歩き出した。廃旅館から出る様子は無いが、目的は当然読めない。
呼ばれたナイトとエンがついていき、ちゃっかりレイも同行。
「えーっと、そこの吸血鬼はナイトくん。で、あのリーゼントのニックさんがリーダーってところ?」
エンは自分の目と耳で得た情報を整理して、レイに確認を取っていた。
「そうよ。起きたばっかりなのに飲み込み早いわね、エン」
「君は?」
「あたしはレイ、このグループには入って間も無いの。だから、あんたとそんなに変わんないわ」
「それは心強い。レイさん……か、聡明な感じの名前だね」
ようやく自己紹介が終わると、エンはレイに握手を求め、レイも手袋そのままに握手に応じる。
二人のやり取りを前で聞いていたナイトは、
「……呑気だなァ」
大抵ニックに呼びつけられると、ロクなことにならないと知っている。
起きてからエンは随分と冷静だが、これから大丈夫だろうか。彼の今後が不安だった。
◇ ◇ ◇
「あ〜っ! あなた起きてたんですか〜! ……名前も知りませんけど〜あははは!」
廃旅館一階。ニックが地下へと続くらしき階段を下り始めると、横合いから弾けるような笑顔のメロンが飛んできた。
エンは彼女にいきなり抱き着かれ、
「うお……メ、メロン、助けてくれてありがとう。僕はエンって言うんだ」
「短くて言い難くてダメダメな名前ですね〜!」
「あ……あぁ……そうかも……」
彼女の本性を知っているから、抱き着かれるのはどうも生きた心地がしない。
それは褒め言葉ではなく、従来の意味で。殺されそうで恐ろしいのだ。
◇ ◇ ◇
――ニック、そして彼について歩く四人が階段を下り終え、地下一階に到着。
するとそこに待っていたのは、
「お! よく来たなぁチビっ子諸君! ……この先は世にも恐ろしいオバケたちが列をなして、丁寧に一人一人、順序良くお前らをビビらせまくるという最恐というにはちょっと格式高すぎるオバケ屋敷だ!」
「ドラク、うるさい。……んんっ……!」
様々なポーズを決めながら早口で意味不明なことを言うドラクと、その先にある鉄の扉をこじ開けようとしているジルだった。
「ドラク、ジル。てめえら……まだ開けられてなかったのか?」
「少しは、開くけど、もう動かない。私、詳しくないけど、建て付けが悪いか、サビてるか。だと思う」
「そうか、ご苦労。もう下がっていい」
「ん」
ドラクとジルは足早に扉の前から退散。
当然ナイトは、
「この鉄扉を開けんのが、やってほしいことって解釈でいいんだな?」
今のニックの話を聞いていて、浮かび上がってきた目的を確認。
だが当人は鼻で笑い、
「ふん、そんなわけねえだろ――ドラクの『お化け屋敷』ってのは、あながち間違いでもねえ」
「何ィ?」
「耳を澄ませてみろ」
ナイトも、周りの全員も黙る。
確かに何かが聞こえてきたような気がした。
もっと扉に近づく。
――ゴリ……ゴリッ……ガガガ……
「おォい! 中に何かいるじゃねェか!」
「ネズミじゃなさそう。何だろう、何かを引きずる音かな。金属製の物でコンクリートを引っ掻く音にも聞こえた」
ナイトが感情を吐き出し、エンは顎に手をやって冷静に音を分析。だがどちらを実行しても何も変わらないのが事実。
だからニックは、ナイトとエンの間を駆け抜け、
「その調査をしろっつってんだ! おらあっ!!」
靴裏をぶち込む前蹴りで、鉄扉を強制的に開放。
地上一階から僅かに差してきていた陽光が、扉の向こうの真っ暗闇を切り裂く。
「暗くて何も見えねェが……」
「ほら、ランタンだ。二人で行ってこい。音の原因がわかるまでは戻ってくんじゃねえぞ」
しつこく文句を言うナイトに、ランタンを手渡して有無を言わせない流石の対応をしてくるニック。手強い相手。
エンはというと、
「君はドラクくんって言ってたよね。僕はエン」
「お、起きたのかお前。珍しい名前だし『鼻炎』って覚えとくぜOK?」
「ご勝手にどうぞ……そうだ、君は?」
ドラクと適当に自己紹介を済ませてから、何も話そうとしていなかったジルに声を掛ける。
彼女は目線だけで振り向き、
「私、ジル」
「綺麗な名前だね。よろしく」
「……ん。どうも」
エンから握手を求められると一瞬驚いていたが、軽く手を握り返すのだった。
「いやオレとも握手しろよ『鼻炎』! ムッツリスケベが露骨すぎるわ、せめて求めろ『ぴえん』!」
女性としか握手しようとしないエンを、ドラクは痛烈批判していたが。
「早く行けってんだ! アホンダラどもがあ!!」
それぞれ言うことを聞こうとしないナイトとエンを、ニックは遂に怒鳴るのだった。
◇ ◇ ◇
「うゥお!」
ナイトは背中を蹴られてぶち込まれ、
「のわっ」
エンは襟元をつままれて投げ入れられた。
そして、二人を強制的に地下室へと送り出したニックは、重い鉄扉を勢い良く閉じるのだった。
ここまでくると清々しい。
――壁と床は、コンクリートだろうか。全体的にジメジメしていて気持ちが悪い環境。
真っ暗闇の中、頼りはランタンの灯火一つだ。
「エン。てめェこれ持ってろ」
実際、この部屋に何が潜むのかは全く予想がつかない。危険だ。
細身でとても強そうには見えないエンに、ナイトはランタンを渡して、
「……僕は光、ナイトくんは刀ってわけか。そういえば吸血鬼は基本そうだったっけ」
「まァな」
ランタンの火を反射させ、ナイトの持つ刀が爛々と輝いた。
吸血鬼はほとんどが剣術の達人であると、エンは思い出したようだった。
「進むぞ」
「ああ」
ナイトの短い言葉に、短く返事をしたエンは、ランタンを左右にゆっくりと揺らしつつ歩く。
――木箱が多い。大小様々であるが、元々この廃旅館が経営されていた頃の倉庫だろうか。
あちこちに張られた蜘蛛の巣も目立つ。それから、床にいくつか空いた穴も……
「うわっ」
エンが薄いリアクションをしながら片足を慌てて上げた。ネズミが足元を通り過ぎたのだ。
それにしても、あの奇妙な音の原因などは見当たらないのだが、
「……っ!」
ナイトは一人、歩みを止めた。
壁のように積み上げられた木箱たちがランタンで照らされた瞬間、その向こう側に動くものを見たからだ。
見間違い、の可能性は高い。何しろこんなにも暗いのであるから。
光が揺れながら暗闇を照らすと、何かが動いたと錯覚してしまうのはよくあること。
ただし問題は見間違いでなかった場合だ。
今のは――人間くらいのサイズがあった。
「……あれ? ナイトくん?」
後ろにいたナイトが止まっても、もちろん前を歩くエンは気づかず進んでいて。
ナイトを呼ぶ彼の声は、少しばかり遠くの方から聞こえて――
「待っとったぞ……嬲り殺しにしてくれる! こんっの侵入者どもがぁぁぁ!!」
突如、地下室に響いたのはナイトでもエンでもない何者かの声。
まさか。本当にここに人が潜んでいたとは――
バサッ。
続いて、大きな布が翻ったような音がする。
何がどうなっている? ナイトは刀を構えたまま腰を低くするが、どう動けばいいか判断できない。
ランタンの灯が映すのは突っ立っているエンの腹の辺りと、
「ナイトくん、スケルトンが来るよ! そこらじゅうにいるみたいだ!」
「何だとォ!? よく見えねェぞエン、早く俺の方に戻って来い!」
さすがに焦っている様子のエン。
先程、床に発見していたいくつかの穴はスケルトンが突き破って出てきた穴か。
――ナイトから離れた位置でランタンを360度回している彼には、『そこらじゅうにスケルトン』が見えているらしい。
ランタンの光は強くはない。つまりエンは相当スケルトンに接近され囲まれている。
「っ、そこに誰か……ぐぁっ!」
――カァンッ。
硬く、平べったい金属製の何かで、人体を殴ったような音が響く。明らかにスケルトンの攻撃によって出せる音ではなかった。
音の直後。ランタンの光は急降下し、
「クソっ、エン!!」
頭から血を流して倒れるエンと、それに群がる五体ほどのスケルトンを照らして――
砕け散り、光は失われた。
「あァ畜生……!」
これではエンがどうなったのかも見ることができない、とナイトは歯噛みしたが。
その心配はいらなかった。
――バキ、メキッ。ゴキッ。
たくさんの歯が噛みつき、骨を噛み砕き、命を失わせる音が生々しく響く。
「やられた……っ! あァ! 目が慣れねェ!!」
エンの死を想う前に、ナイトは未だに暗順応しようとしない自分の視覚に怒る。
――相手が普通の人間だと仮定する。
敵はこの地下室から、少なくとも三日間は出てきていないと思われる。
スケルトンを罠として用意し、思い通りにエンを襲わせていたようだし、暗闇の中で自由自在に動けるのだろう。
あちらは完璧なるホーム、こちらは完全なるアウェイということ。
「オ"コ"ォォ!」
「寄るんじゃねェ!」
ナイトを包む闇の中からスケルトンが前兆も無く飛び込んでくるが、頭蓋を斜めに裁断して事なきを得る。
まずい。スケルトンたちがこちらに気づき移動してきている。
「おォらっ」
「コ"ウ"」
気配のみを頼りに突き出した刀の切っ先は、一体の額を貫き、
「そこかァ!」
「ア"ッ」
突き攻撃中のナイトの腕を噛もうとしたスケルトンの顔面を、逆の手で鷲掴みして床に叩きつける。
――その背後に迫る『殺気』を、
「ふんぬァァ!」
刀で受け止める。
飛び散った火花が映し出す『殺気』の正体は、振り下ろされたスコップ。
「反応速度は中々のものよ! だが……」
スコップの持ち主であろう老けた男の声はすぐに遠ざかり、同時にスコップの重みも消え、
「――ワシに敵うものか侵入者めがぁ!!」
「ぐゥ、おォ! ぬあァ!?」
一瞬の後、四方八方からスコップによる打撃の雨が降り注ぐ。
老人が暗闇の中を縦横無尽に動き、殴っては消えて移動、殴っては消えて移動を繰り返しているのだ。
向いている方向すら理解できていないナイトは、刀で一発一発を防ぎながら後退するだけ。
このままでは埒が明かないので、
「ふゥん!!」
ガードの直後、同方向を薙ぎ払うように斬撃を繰り出し、
「――惜しいが、残念!」
「うごォっ!」
当たることはなく、聞こえた声に後方を振り返った途端に鳩尾に蹴りが突き刺さり、
「ぬがァ!?」
吹き飛ばされたナイトの背が、不可抗力で、入口である鉄扉をこじ開けた。
ナイトが外に転がり出ると、続いてスコップを構えた老人も出てくる。
そんな二人を待っていたのは、
「なんとまあ無様な姿だ……仮にも『最強』の男がよ。またしても、この俺にケツを拭わせるとは」
ニヤついて、指の関節を鳴らす大男。
「侵入者どもめ! このワシが粛清してくれる!」
「そんな若僧二人に勝ったくらいで、良い気になるのは早計だジジイ――俺を粛清してみるがいい」
老人との戦闘を確信していたかのように気合い十分の、ニック・スタムフォードだった。




