第104話 『あのコはバケモノ』
「よおし、てめえの事情は把握した。要はリチャードソンのタマを蹴っちまったのが始まりなんだな?」
「はいそうですって頷くにはお下品なスタートですが……はいっ、そうです〜!!」
超ご機嫌な様子で両手を掲げる、若草色なポニーテールの少女。
――ここは廃旅館。
まずメロンが何者なのかを聞き終えた、グループのリーダーであるニック。
そんな二人の会話を遠くから覗いているのは、ニックの右腕(?)リチャードソン。
さっきからメロンは、事あるごとに「おヒゲ渋いですね触らせてください〜!」だの「リーゼントかわい〜触らせてください〜!」だの言っては、実際にタッチしまくっている。
「蹴り娘め、死にてぇのかよオイ……!?」
一ミリもニックの強面に臆さず、彼の体毛を弄ったりしているのだ。
あまりにもメロンが臆さなすぎて、見ているだけのリチャードソンの方がビクビクしている。
命知らず、とは彼女のことを指す言葉だろう。
そんな視線にも気づかないニックは腕を組み、
「てめえのことはわかった、メロン。だが聞きてえことはまだある」
「何ですか〜? 怖がらずに何でも、このお姉さんに聞いてくださいね〜! ドンと来〜いっ!」
「はあ……調子が狂う」
ぺったんこな胸を叩いて、弾けるような笑顔を向けてくるメロンにため息をつきつつも、
「あの赤え髪の若僧だ。聞くところによると、あいつとてめえとは直接の関係は無えそうだが?」
今この廃旅館内で保護している、気絶中の赤く長い髪の若者。
仲間でもないという彼を、どのような経緯で背負って走ることになったのか。それが謎なのだ。
「あ〜、あの人」
「そうだ」
「あの人はですね〜、大都市アネーロの道路のド真ん中に、仰向けで倒れてたんですよね〜」
まさか、あの地獄で寝れる者が存在するとは。世界はまだまだ広い。
これは詳細を聞く価値がありそうだ。
「初めっから気絶してたってのか? 周りにスケルトンは?」
「それが周りには残骸ばっかりで〜、彼の近くだけポッカリとスケルトンいませんでした! 上を見ると近くのビルの五階の窓が一つだけ不自然に割れてましたから、飛び降りたんでしょうかね〜……あ〜、最初は気絶してませんでしたよ」
「五階……? まあいい。そこで会話をしたのか?」
「しました〜! え〜っと〜」
違和感だらけのメロンの説明をだいぶスルーして、ニックは未だに起きない若者の情報を求める。
――スルーしたのは、不可思議な点についてはこれ以上の情報を引き出せないからだ。今、メロンは言えるだけの全てを言っているだろうと感覚でわかった。
メロンは「ごほんっ」とわざとらしく咳払いして、当時の会話を再現して聞かせた。
◇ ◇ ◇
同じく廃旅館の内部。
相変わらず気絶している赤髪の男の近くにレイとナイトが座っていて、彼の様子を見ていた。
一番彼と関わっているメロンでさえ彼が何者か知らないのだ。
もし悪人だったりした場合、起きる瞬間に誰かが見張っていた方がいいだろう。そんなニックの指示が出たからだ。
悪人じゃないにしても、起きたら混乱するだろうから説明が必要であるし。
四六時中見張りをさせられることに、グループのメンバーたちはもちろん嫌悪を感じかけた。
が、今は特にトラブルも無く、暇な毎日。
なので――二、三人で『見張り』という名の『雑談タイム』と化していた。
それなら誰も不満は無かった。
しかし今のナイトには思うところがあるようで、
「……にしてもよォ、てめェ最近いつも俺の近くにいる気がするんだが……」
あぐらをかいているナイトは、膝を抱えて座るレイに向かって問いを投げる。
「イヤなの?」
「別に嫌とかじゃねェが……急だろ」
顔を仮面で隠して表情も見えない女性からのネガティブな問い返しに、若干焦りながら返答。
少女はそれ以降黙った。
――レイは、三日前から様子が変だ。
思い当たるのは、あの青髪の弱虫。
あの男も様子がおかしかったし、いなくなったのも三日前であった。
二人に何かあったのだろう――面倒くさい新人コンビである。
しばらく沈黙が続き、
「……ねぇ、ナイト」
「あァ?」
そういえば三日前から、レイの方から話しかけてくるのはこれが初めてだったような。
ナイトは目を逸らして興味の無さそうなフリをしながら聞き耳を立てていると、
「人を殺すには、どうすればいいかしら?」
「……はァ!?」
意味不明も度が過ぎるその質問に、驚くナイトは思わず立ち上がりそうになってしまった。
内容自体が不穏だが――何よりレイが、そんなことを聞いてきたのが不穏すぎた。
「ちょっと、驚きすぎよ」
「……自分で何言ってんだかわかっての発言か?」
「あたしは魔導鬼よ。いつだって襲われるリスクが付き物でしょ。あ、襲われるって人間にね?」
確かにそれはそうだ。
だが、今に始まったことではないはず。生まれた時からずっとリスクはあっただろうに、なぜ今になって聞いてくるのだろうか。
わからないが、
「だから、必要なのよ。身を守る術が。できればその前に相手を戦闘不能にする術が……ね」
表情の見えない彼女の声は、微かに震えているようにも聞こえた。
間違いなく彼女は本気だし、必死だ。
それにナイトも応えたいところだが、彼女の魔法は、『他人を支援する』というもののみ。
魔法というものの仕組みはわからないが、簡単に他の魔法を習得できるならば、彼女自らやっているはずだろう。
そうなると肉体を鍛える、体術を身につける。そんな脳筋的なことしか提案できない。
ならば、
「てめェが良けりゃァ……」
「え?」
「……俺が、守ってやるが?」
親指で自分を示す。
脳筋的は変わらなくても、少しだけ捻った提案をしてみたのだが、
「何? ギャグ? あたしを笑わせようとしてるの? 違うんなら、あんたバカね」
「本気だ」
「そうなの。じゃ、あんたって実はバカなのね」
「てんめェこの……っ」
真顔で、真面目に、真摯に話しているつもりのナイトは、レイに軽くあしらわれた。
どうにも『ナイトだけ熱くなっちゃってる』ような雰囲気にされたのが気に食わず、怒りを抑えながら他の方法を考えていると、
「……うぅ……ん……? あれ、ここは……?」
聞いたことも無い声が、すぐ近くから発せられて二人の耳朶を打つ。
――赤髪の青年が起きたのだ。
「ようやくお目覚めかよォ。周りが他人だらけだってのに、気ィ抜いてスヤスヤと……何者だ?」
起きて早々ナイトに刀と敵意を向けられ、長い赤髪で片目を隠す青年は顔をしかめた。
右だけ見える彼の緑色の瞳が、ナイトを真っ直ぐ見つめる。
「君たちの方こそ……ダレ……ダ……ッ!?」
青年は一瞬だけナイトにも勝るほどの敵意、そして殺気を放った。
ナイトは刀を握る手に力を込めたが、
「あぁ……ごめん。熱くなっても意味が無いのに」
即座に殺気を消した青年が、自嘲的に微笑んで首を横に振ったので、ナイトも力を抜いた。
「薄い緑色の髪の女の子を知ってる? 特徴としては、いつも笑顔で――」
「メロンのことでしょ? あの子ももうこのグループに入ったみたいよ」
「ふーん。君たちも最初からその子と――メロンと仲間だったわけじゃないんだ」
「あんたたち本当に互いを知らないのね……」
力は抜いても警戒は解かないナイトの代わりに、レイがお喋りに対応。
そして気になる点を、
「会話の一つもしなかったのか?」
ナイトが問うと、
「いいや、したさ。短くね」
赤髪の青年は簡潔に答えてから、沈黙と、ナイトの納刀によって話の先を求められているのだと察し、
「……僕はエン。仲間はいない。大都市アネーロのビルの中でスケルトンに囲まれちゃってね、窓から飛び降りたんだ……我ながらバカなことしたよ」
なかなかの甘いマスクでまた自嘲した青年――エン。
どうやら会話というのはその飛び降りた後のことのようで、不思議な話だ。
「落ちて、気を失う直前の僕に彼女は――あぁメロンは話しかけてきた。『どうしたんですか〜?』ってさ。気味悪いほどの笑顔で」
レイもナイトも全然メロンと話していないのに、その情景が思い浮かぶのだからスゴい。
そしてエンは会話内容をそのまま語った――
『まさか〜……五階から飛び降りたんですか〜!? 逆に尊敬しちゃいます!』
『あ……ああ……そうなんだ……ここで気絶してたら、僕は食べられる……助けて……くれないかな……?』
『あなた頭おかしいんですかぁ〜?』
『ダメなら、良いけど……』
『あははっダメだなんて言いませんよ〜! 私に何か恩恵をもたらしてくれる、と約束するんなら助けてあげますけど〜!』
『え……』
『さぁ早く。約束してください。でないと、あなた死にますよ?』
――最後の台詞でも顔は笑っていたが、目は完全に冷え切っていた、とエンは言う。
その台詞がもはや『助ける条件』というより『いいから私を助けろ』という脅しに近いものに感じられたエンは、
『じゃあ……この街の中では……僕が、君の安全を保証するよ……』
『言いましたね? 私が死んだらあなたも死ぬことを誓ってください。あ、もちろん私は死ぬ直前になるべくあなたを殺して道連れにしますが』
『……わかっ、た』
『ではレッツゴー!!』
こうして気絶したエンをメロンが背負って街中を走る、というシチュエーションが出来上がったのだ。
「正直ちょっと怖かった――彼女はバケモノだ」
エンは話を締めくくる。
「その話……何かキモいわね。っていうかあんた、気を失うのにメロンの命を守れたの? 口から出任せ?」
レイは率直な感想を述べ、間髪入れずに内容についてエンに聞く。
「いいや、守れたよ。いざという時はね」
「あんた気弱そうなのに、たまーにすごい自信出すじゃない。誰かさんを思い出して腹立つわね」
「勝手に腹立たれてる僕はどうしたら良いの?」
ナイトは、レイに振り回されるエンに内心で同情しながらも刀を抜き、
「さァて――どうする、てめェ」
「何が?」
エンに再び切っ先を向けた。ナイトが問うべきは、エンの今後のこと。
「出て行くか。もしくは強い意思を示し、恩人の女と同じグループに身を置くか――」
「おい赤髪の若僧! 起きてんじゃねえか、少しばかり指示に従ってもらうぞ」
「ニック!?」
ナイトがエンに『意思』を問おうとしている最中、絶対に『実力』しか見ない男が現れてしまった。
しかも、
「おいナイト。てめえも他人ヅラしてる場合じゃねえんだぞ? ナイトと赤髪、てめえら二人にやってもらうことがある」
「いきなりだね」
「俺もかよォ……!」
ブロッグもハントも失った『P.I.G.E.O.N.S.』の隊長ニック・スタムフォードである。
彼もまた、八つ当たりしないと限界が来るくらいに、鬱憤が溜まっているのだった――




