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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第103話 『殺人』



 アリスは、青髪の少年を伴ってバーク大森林を歩く。

 彼は特に強そうには見えないが歩行速度はアリスの倍ほどあり、何度も追い越されそうになった。


 だが、そんなことはどうでもいい。


「ここです」


 到着した。

 アリスは片腕を広げ、少年を案内したくてしょうがなかった例の『場所(ポイント)』を示す。


「……崖、か」


「はい。高さも十分です」


 切り立った崖の上。どれくらいの高さか覗いたところで、下の木々のせいで真っ暗で測れない。

 しかし間違いなく高さはある。


 少年は当然、首を傾げた。遥か下を指で示して。


「こんな良い所を知ってるなら、君は飛び降りれば良かったじゃん」


 彼の問いには――答えを用意してある。


「あ、あのぉ……恥ずかしくて、情けないお話なんですけど……」


「ん?」


「一人じゃ、怖くって……誰か一緒に死んでくれないかな、なんて……」


「あぁ」


 少年は呆れ顔だが、一応頷いた。

 というかこの少年は初対面の時から、ずっと呆れた顔をしている。態度の悪いやつ。


「ど、どうでしょうか……?」


 可愛い感じの猫撫で声、上目遣いで、少年の心に火をつけようとする。

 と、


「――そうだね。そろそろ、楽になってもいい頃合いか。一緒に飛ぶ気?」


「う、うーん……いえ、ちょっとまだ、私も覚悟が……あの、もしよろしければ……」


「おれが先でいいの?」


「はい……あなたが飛ぶところを見れば、私、きっと勇気を出せます……っ!」


 両方の拳をグーッと握りしめて「頑張ります!」と可愛くアピール。

 よし。これで完璧だろう。



「じゃあ、先に失礼。アリス」



 少年はアリスに完全に背を向け、すたすた歩き出す。


 何の躊躇もなく崖の先端まで早歩きをして、片足が崖の先端の、その先へと浮いていった。


 アリスは一瞬だけ――笑みをこぼした。


 その時だった。


「あ、あれ……? どうしたんですか!?」


 少年は突然に踵を返し、先程の早歩きの三倍くらいのスピードでこちらへ戻ってくる。

 俯いていて表情が見えない。


 嘘だ。ありえない。ありえない。


 確かにアリスは笑った。けど少年はこちらを見ていなかったはずだ。

 見えるわけがない、のに。


「な、何で……!? やっぱり、自殺したいなんて嘘だったん――」


 説得の演技と、素の動揺。

 真逆な二つの感情に挟まれたアリスは半泣きで少年に語りかけるが、



「気づいてないとでも思った? おれは負の感情のエキスパートなんだけど」



 涙など、その男には無意味だ。


「え、な、何を言って――」


 ――氷のように無表情の少年が、アリスの目の前で、右から左へと凶刃を振るった。

 その動作の意味はよくわからない。



「狙いは、おれのリュックに入った食料。お前に死ぬ気なんか微塵も無い。こういうのの常習犯なんだろう? そうだよね」



 見破られていた!?


 しかしアリスは彼の考えに反論するため、口を動かそうとする。

 認めるわけにはいかない。彼の言っていることが全て正しかろうが、演技を貫き通さねば。


 献上品を、得なければ――


「はぁっ……かっ……ぅ……?」


 おかしい。

 口が上手く開かない。舌が言葉を発してくれない。喉が震えてくれない。

 掠れた声――というより、空気の抜ける音しかアリスの口から出てこない。


 おかしい、おかしい、おかしい。


「ひゅっ……ひゅ……」


 おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、絶対におかしい。


「ひゅぅ……っ……」


 おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイ――


 ああ、同志たち(みんな)、わたしを、みつけて――



◆ ◆ ◆



 横一閃に切り開かれた喉から、鮮血を滝のように流し、アリスは膝をつく。

 彼女は未だに『演技』だとバレバレの潤んだ瞳をホープに向けている。


 哀れな。



「おれはホープ・トーレス。お前は運が悪かった……少なくとも今だけは、おれの『怒り』は『自殺願望』に勝るんだ」



 うつ伏せに倒れたアリスを見下して、()()()ホープは冷たく踵を返す。



「お前みたいな、人の弱みに付け込むクズに誘導された場所で、死んでたまるか――お前には殺されてやらないよ。アリス」



 マチェテにこびりついた汚らわしい血液を、丁寧に拭き取りながら。



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