第102話 『運命の出会い』
――どうしようか。
自分の欲望に従い、死ぬべきか。
レイや心配してくれる人たちに忖度し、まだもう少し死なないべきか。
答えも出ないくせに、ホープはそんなことを迷いながらバーク大森林をふらついていた。
ホープは気づかない。
――どんなに長生きして、解決を先延ばしにしても、自分の方から人へ想いを伝えない限り無駄であるとは、気づけないのだ。
「あーあ、どうしようかな。死のうかな!」
周囲に全く人気が無いのをいいことに、考え事をするホープは割と大きめの声でお気持ち表明。
本当は、考える気も無いのに。完全に思考を放棄しているのに。考えるフリだけは上手な男だ。
「……っ!」
ここで、ホープは微かな気配を感じ取る。
人気は本当に無かった――先程までは。
ホープの大きな独り言を聞きつけた存在が、こちらへ寄ってきたのかもしれない。
「っ」
斜め後ろの、茂みが揺れた。
即座に振り返り、即座にマチェテを構えるホープ。
とうとう何かが茂みから飛び出し、
「――ごっ、ごめんなさい! 『死のうかな』って声が聞こえて、つい!」
飛び出した、ウェーブがかった長い金髪の少女が、怯えた顔でこちらに両手を向けてきた。
一旦マチェテを下ろしたホープを見て安心したらしく、
「私も……同じ思いですから」
気まずそうに、告げてきた。
◇ ◇ ◇
朽ちて横倒しになった木をベンチのようにして、二人の男女が座った。
「アリス?」
「はい。私、アリスといいます」
ホープと同い年の少女の名は、アリス。
ウェーブがかった長い金髪、少し幸薄くも見えるが整った顔。そんな美少女。
「あなたは?」
「おれは……言わない。言いたくない」
「そ、そっか……ごめんなさい」
やっぱりだ。
ホープは人と関わりたくないから死にたいのだ。『死のうかな』とか、当たり前のように言えるのだ。
なのにそういう言葉を聞くと、どんな人間でも大抵は深く関わってこようとする。
――だからジルとかは、ホープにとってはすごく優秀。
まさか近くに人がいたなんて。迂闊だった。
「こんな破滅した世界で、前向きに生きていける人たちって……すごいですよね。色んな意味で」
「…………」
静かに語るアリスだが、その饒舌さは、誰かに持論を吐き出したくてたまらなかったようでもある。
「『死にたくない』って、その一心で戦っている人を見ると、時々、滑稽だなって思っちゃうんです」
「…………」
「そうやって戦って生き抜いた先に、何が待ってるの? って……聞いてみたいです」
「……あぁ、うん」
とりあえず頷いておく。
わからなくない。
というか、とてもわかる。アリスの気持ちが。
何もかも折れているような、何もかもを諦めたようなこの気持ちのまま生きていると、どうしても周りの人たちを冷めた目で見ることになる。
今を必死に、懸命に、全力で戦い抜いても――行き着く先は絶対に死なのに。
対してホープは、惰性で生きているだけ。
いつ死んでも後悔ゼロだろう。
ここまで感情が対極にある『ホープ』と『その他』なのだから、そりゃお互いにバカバカしくも見える。
もしかすると――ホープを通じてこの世界を覗き見ているような第三者がいるならば、その人にも、ホープ以外の人たちが滑稽に映るかもしれない。
「……でもさ」
「はい」
基本、そうなのだが、
「それが……愛おしくもあるんだ」
「え?」
「守りたくなる時が……あって」
「えっ、え?」
「おれはバカだ……本当に……」
ホープは掌で、瞼を覆う。
認めたくはないが――実際ホープは、時たま人を助けてしまっているのが現状だ。
もちろん誰も彼も助けたわけじゃない。見捨てた人も数え切れない。
だが、ドラクや、ジル――レイは、『生き証人』ということになるだろう。
「あなたには……大事な人でも? 仲間でも、いるんですか?」
「言わない」
「何も教えてくれないんですね……最低でも名前くらい、良いじゃないですか? 同じ願望を持つ者同士なのに」
「……誰が、君に事情を話したいって言った?」
もうホープは我慢などしない。
アリスが自分勝手なことを言うならば、とことんそれに反抗する。高圧的な態度で接する。
「あなたって……随分とイキイキしてますね。本当に死にたいんですか?」
「余計なお世話だよ。君こそベラベラといつまでもお喋りしてさ、死にたいならさっさと死ねばいい」
アリスの方も鬱憤が溜まっていないわけではなさそうだが、ストレス値でホープに勝るわけがない。
「お喋りはあなたでは? 実際さっきまで、森の中をお散歩してるだけだったじゃないですか」
「だから余計なお世話なんだよ。おれはもう、そんなに単純な問題じゃなくなっちゃったの。君がおれに接触しなきゃいいだけのことだ……もう一度聞くけど、おれは君に助けを求めたっけ?」
「あなたはっ……! ふぅ……一回落ち着きましょう」
この場では、アリスの方が大人だ。
今言い返していたら、このクソほど無駄な口論を一日続けることになっていただろうから。
ホープもアリスも、共通理解を得た。
――自殺願望を持った者同士が普通に会話しようとしても、上手くいくわけがないのだと。
「あの、良ければ私について来てみませんか?」
「え?」
流れを変えてその提案をしたのは、アリスだった。
「私と同じく悩めるあなたに、『場所』を紹介してあげたいんです」
「……そう」
この後すぐに、運命の分岐点と化す、その提案を。




