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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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蛇足    『愛さえあれば』



「ぜ……ぇっ、ぜぇ……っ……」


 ――荒く、か細く。

 冷たい地面に倒れたまま、呼吸だけを続ける一人の哀れな男がいた。 


「ぜ……ぇっ……」


 虫の息。

 という言葉がよく似合う、黄色い髪の男ティボルトに近づくのは、


「ゥウゥ"ッ、オオォ"ア」


 歩く屍と化した獣人フーゼスと、まるでその部下のようについてくる二体のスケルトン。


「ぇ……ぅ……」


 頭が割られ、片目が飛び出たフーゼスは欲望に従って意気揚々とティボルトの肉を狙う。

 ――首の前面を刀で裂かれたティボルトには、もう為す術は無かった。


「ぅ……」


 ポケットから取り出したのは、ロケットペンダント。


 開いた中には、一枚の写真。


 最愛だった――いや、今でも最愛の弟。


「へ……へへ……」


 弟が死ぬまでは、ロケットは首に掛けていた。何度も写真を見返した。


 弟が死んでからは、写真を見れない。

 それはいつの日か度を越して、ロケットすらも視界に入れるのが怖くなった。


「へへ……」


 だがそれも、ここまでの話だった。



「い、ま……そっ……ちに……いく……からな……」



 フーゼスの紫の犬歯が、もう目前。


 掠れた声で、嗄れた喉で、最後の独り言を。


 滲んだ目で、震える手で、写真を撫でて――



「カ"ゥッ」


「ァア"ッ」


「ハ"」



 フーゼスも、二体のスケルトンも、突如として断末魔を上げて横に倒れた。

 倒れた奴らの顔は、ティボルトと同じ高さになる。


 見れば――側頭部それぞれに、一本ずつ矢が刺さっている。



「ぇ……?」



 終わると思っていた。


 終わるしか無いと。それ以外に道など無いと決めつけて、だから考えもしなかった。



「――ふぅ。危ないところでございましたね」


「だ……れ……?」



 森の中からギリギリ出て来ず、木の陰でよく見えない男がそこにいた。


 若く、細身で、普通より背は高い。

 笑ってしまいそうになるほど背すじが正しいから、身長はもっと高く見える。



「『誰か』というそのご質問に、今はお答えする時ではないかと存じます」


「ぇ……?」



 謎の男は自身の胸に手を当て、お辞儀。



「自分の名など、失われつつある貴方様のお命よりも尊き筈がございませんので。僭越ながら、この自分がお助け致します」



 バカ丁寧な言葉遣いは、ふざけてるのかと怒りたくなるくらいのレベル。

 だがこちらに近づいてくる彼に、嘘を感じられないのが不思議だった。


 というか、そもそも『彼の存在』から不思議しか感じられない。

 なぜかは全くわからない。当然顔見知りでも何でもないわけだし。



「しかし不安でしょう。素性も知らない人間に無言で助けられるなど」



 ティボルトのすぐ側で屈んだ彼は、一片の曇りも陰りも無い笑顔。


 見るからに優しそうな顔をしている。


 深緑色の髪。背中には弓と、矢筒。



「自分は、ただ単に、貴方様から『愛』を感じたのです。それだけの者でございます」


「ぁ……は……?」



 彼が喋れば喋るほど、わからない。


 だが彼はこちらが『わからない』と思っているのを理解しているようで、それでも喋り続けるし、治療の道具を取り出している。



「愛さえあれば、人は変われる――自分はそのような『真実』にこの身を捧げた、愚かな放浪者なのでございます」



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