表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
108/239

幕間    『悲哀の総括』



 ――サングラスに月明かりを映すニック・スタムフォードは、廃旅館の庭にいた。

 池が設置されており、風に少しばかり揺れる水面に同じく映る月を見ている。


「…………」


 岩に座ったまま、近くにあった丸く平たい石を拾う。


 スナップを利かせて水面へと投げる。


 石は楽しげに水面を跳ねていき――あっさりと向こう岸まで駆け抜けた。


「……上手いもんだな」


 突然、背後から掛かる声。

 しかしニックはとっくにその気配に気づいていた。


 リチャードソンだ、と。


「まあな。ガキの頃からずっとこんなことしてるんだ、上手くもならあ」


 丸めた背中そのままに、ニックは静かに話す。


「ぶわっはは……本当に友達いなかったのか?」


 木の幹にもたれるリチャードソンは、控えめに笑ってから酒を一口飲み、聞いてくる。


「だから、いたわけねえだろっての。この俺に」


 皮肉っぽく言ってから、葉巻を口から離し、



「それで? どうだった……エリアリーダー殿は。自室に閉じこもってひたすら書類仕事でもしてたのか?」



 さらに皮肉っぽい質問。

 もはや表情を変えることもしないリチャードソンは、再び酒をガブガブ飲んでから、



「紫のカラコンと入れ歯で部屋をウロウロしてから、俺に飛びかかってきたぜぃ」


「……おっかねえなあ。ヤク中もいいとこだ」



 ――第八代エリアリーダー、ゲイリー・アルファ・レイモンドはスケルトンパニックの黒幕とは思えない。

 茶化して答えることで、リチャードソンは『無駄足だった』と一言でニックにわからせた。


「……なぁ、ニック。俺は……何もできなかった。街でもよ、俺は特に何もしちゃいねぇんだ」


「あ?」


 声が震えているのを隠そうと、酒が止まらないらしいリチャードソン。

 ニックも当然気づいているが、顔は向けない。見るのは池の水面だけ。


「仲間を守れなかったし、銃のバッグを回収したのも俺じゃない。敵を打ち倒したのも俺じゃないのに、スケルトンパニックの原因調査すら満足にできやしねぇ」


 自分は無能だ、と嘆くリチャードソン。


 想像はつく。

 彼が次に発する言葉は、


「ニックよ……なぜ俺を追放しない?」


 一番、ニックを苦しめる言葉だと。


「理由なら前にも言っただろうが。俺に何度同じことを言わせる気だ? てめえは」


「いや、しかし……」


 今回ばかりは許される範疇には無い、とリチャードソンは言いたいのだろう。

 が、


「考えは変わらねえぞ――次そんなこと言いやがったら、グループの奴らの首を一人一人切り落としてくからな?」


「お、おいおい……」


「アホンダラ。俺が『良い』と言ってんだから、良いんだ。反論するんじゃあねえよ」


 ニックの意思は固く、言い過ぎだと思われて当然の脅し文句まで飛び出した。

 終いには話題を変え、



「リチャードソン。今回の件で……つまり、アネーロに行った奴らと、キャンプ場の襲撃で、犠牲者はどれだけ出た? まとめてくれ」



 感情を押し殺した声で、報告を求めた。


「あ、あぁ……ナイトやドラク、仮面の嬢ちゃんからも事情を聞いてよ、わかってはいるんだが……」


「何だ? 報告すりゃあいい」


 言葉に詰まるリチャードソンに不信感を覚えるが、詰まるのも仕方がないことだ。


「……そんじゃ覚悟はできてんだな? ニック」


「……ああ」


 ニックも――だいたい、わかっている。

 とんでもない量のメンバーが、命を落としたことぐらいは。


 リチャードソンは瞑目してその重い口を開いた。


「大都市アネーロでは、ライラと……ハント」


「……んん」


「キャンプ場では、まずカトリーナ」


「ああ」


「オズワルドにポール」


「ああ」


「それとジョン」


「ああ」


「あとはフーゼス、ティボルトも死んだとさ」


「あいつらも……か……」


 行方不明ということにしていたフーゼスとティボルトについても、あっさりと期待は折られた。

 ――明日からでも捜索をしようと思っていたのが、もはや馬鹿らしくなってくる。


「本当にクソッタレだなこりゃ。作業場でのブロッグのことも含め、ウチは最近死にすぎだろ」


「まあな……その代わり魔導鬼のレイ、メロンとかいう女や、ホープとかいう男も拾ったがなあ」


「ホープってのは青髪の坊主だよな? とうとうあいつも戦力扱いにすんのか?」


 ニックの言い方から、ホープを他の者と並べていることに違和感があるらしい。

 確かにこれまでのニックならホープの名を出すこともしなかったかもしれないが、


「あのガキは案外やる。街から帰還し、キャンプ場のスケルトン襲撃も生き延びた――あいつじゃなくジョンが噛まれたってとこからも、どうやら悪運が強えらしい」


「悪運ってか。お前さんらしくねぇが……」


 筋力や専門技術などの実力主義であるはずのニックが、『運』の話をするのは急かもしれない。

 そのためリチャードソンは、顎を触って疑いの眼差しを向けたが、



「悪運も実力の内――少なくとも、最後にモノを言うのはそれなのさ」



 聞いたこともない『あまりの犠牲者数に限界までハードルを下げたニックの考え方』に、リチャードソンは目を見開く。


 ――ずいぶん話が逸れた。



「どうする気だニック。こんなにも人が死んでんだぜ? やってらんねぇよ」


「……兵隊の『悲劇』に目を向けるな。俺たちゃあ、犠牲の数を数えるだけだ」



 それは現実逃避か、それとも生きていくための最善策か。誰にも答えはわからない。


 とにかく、


「一番の問題は」


 その他の『有象無象』を、本当の『無』に還すような大問題。


「ブロッグとハントが死んじまったことだなあ」


 なぜならば、



「プレストンとの話し合いも――完全に破綻。もうお手上げってこった」



 グループに待っていたかもしれない一つの希望を、自分たちの手で、跡形も無く粉砕したわけだから。


 揺れる水面から目を離さないニックは、仲間の顔を一度も見ないままに会話を辞すのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ