幕間 『悲哀の総括』
――サングラスに月明かりを映すニック・スタムフォードは、廃旅館の庭にいた。
池が設置されており、風に少しばかり揺れる水面に同じく映る月を見ている。
「…………」
岩に座ったまま、近くにあった丸く平たい石を拾う。
スナップを利かせて水面へと投げる。
石は楽しげに水面を跳ねていき――あっさりと向こう岸まで駆け抜けた。
「……上手いもんだな」
突然、背後から掛かる声。
しかしニックはとっくにその気配に気づいていた。
リチャードソンだ、と。
「まあな。ガキの頃からずっとこんなことしてるんだ、上手くもならあ」
丸めた背中そのままに、ニックは静かに話す。
「ぶわっはは……本当に友達いなかったのか?」
木の幹にもたれるリチャードソンは、控えめに笑ってから酒を一口飲み、聞いてくる。
「だから、いたわけねえだろっての。この俺に」
皮肉っぽく言ってから、葉巻を口から離し、
「それで? どうだった……エリアリーダー殿は。自室に閉じこもってひたすら書類仕事でもしてたのか?」
さらに皮肉っぽい質問。
もはや表情を変えることもしないリチャードソンは、再び酒をガブガブ飲んでから、
「紫のカラコンと入れ歯で部屋をウロウロしてから、俺に飛びかかってきたぜぃ」
「……おっかねえなあ。ヤク中もいいとこだ」
――第八代エリアリーダー、ゲイリー・アルファ・レイモンドはスケルトンパニックの黒幕とは思えない。
茶化して答えることで、リチャードソンは『無駄足だった』と一言でニックにわからせた。
「……なぁ、ニック。俺は……何もできなかった。街でもよ、俺は特に何もしちゃいねぇんだ」
「あ?」
声が震えているのを隠そうと、酒が止まらないらしいリチャードソン。
ニックも当然気づいているが、顔は向けない。見るのは池の水面だけ。
「仲間を守れなかったし、銃のバッグを回収したのも俺じゃない。敵を打ち倒したのも俺じゃないのに、スケルトンパニックの原因調査すら満足にできやしねぇ」
自分は無能だ、と嘆くリチャードソン。
想像はつく。
彼が次に発する言葉は、
「ニックよ……なぜ俺を追放しない?」
一番、ニックを苦しめる言葉だと。
「理由なら前にも言っただろうが。俺に何度同じことを言わせる気だ? てめえは」
「いや、しかし……」
今回ばかりは許される範疇には無い、とリチャードソンは言いたいのだろう。
が、
「考えは変わらねえぞ――次そんなこと言いやがったら、グループの奴らの首を一人一人切り落としてくからな?」
「お、おいおい……」
「アホンダラ。俺が『良い』と言ってんだから、良いんだ。反論するんじゃあねえよ」
ニックの意思は固く、言い過ぎだと思われて当然の脅し文句まで飛び出した。
終いには話題を変え、
「リチャードソン。今回の件で……つまり、アネーロに行った奴らと、キャンプ場の襲撃で、犠牲者はどれだけ出た? まとめてくれ」
感情を押し殺した声で、報告を求めた。
「あ、あぁ……ナイトやドラク、仮面の嬢ちゃんからも事情を聞いてよ、わかってはいるんだが……」
「何だ? 報告すりゃあいい」
言葉に詰まるリチャードソンに不信感を覚えるが、詰まるのも仕方がないことだ。
「……そんじゃ覚悟はできてんだな? ニック」
「……ああ」
ニックも――だいたい、わかっている。
とんでもない量のメンバーが、命を落としたことぐらいは。
リチャードソンは瞑目してその重い口を開いた。
「大都市アネーロでは、ライラと……ハント」
「……んん」
「キャンプ場では、まずカトリーナ」
「ああ」
「オズワルドにポール」
「ああ」
「それとジョン」
「ああ」
「あとはフーゼス、ティボルトも死んだとさ」
「あいつらも……か……」
行方不明ということにしていたフーゼスとティボルトについても、あっさりと期待は折られた。
――明日からでも捜索をしようと思っていたのが、もはや馬鹿らしくなってくる。
「本当にクソッタレだなこりゃ。作業場でのブロッグのことも含め、ウチは最近死にすぎだろ」
「まあな……その代わり魔導鬼のレイ、メロンとかいう女や、ホープとかいう男も拾ったがなあ」
「ホープってのは青髪の坊主だよな? とうとうあいつも戦力扱いにすんのか?」
ニックの言い方から、ホープを他の者と並べていることに違和感があるらしい。
確かにこれまでのニックならホープの名を出すこともしなかったかもしれないが、
「あのガキは案外やる。街から帰還し、キャンプ場のスケルトン襲撃も生き延びた――あいつじゃなくジョンが噛まれたってとこからも、どうやら悪運が強えらしい」
「悪運ってか。お前さんらしくねぇが……」
筋力や専門技術などの実力主義であるはずのニックが、『運』の話をするのは急かもしれない。
そのためリチャードソンは、顎を触って疑いの眼差しを向けたが、
「悪運も実力の内――少なくとも、最後にモノを言うのはそれなのさ」
聞いたこともない『あまりの犠牲者数に限界までハードルを下げたニックの考え方』に、リチャードソンは目を見開く。
――ずいぶん話が逸れた。
「どうする気だニック。こんなにも人が死んでんだぜ? やってらんねぇよ」
「……兵隊の『悲劇』に目を向けるな。俺たちゃあ、犠牲の数を数えるだけだ」
それは現実逃避か、それとも生きていくための最善策か。誰にも答えはわからない。
とにかく、
「一番の問題は」
その他の『有象無象』を、本当の『無』に還すような大問題。
「ブロッグとハントが死んじまったことだなあ」
なぜならば、
「プレストンとの話し合いも――完全に破綻。もうお手上げってこった」
グループに待っていたかもしれない一つの希望を、自分たちの手で、跡形も無く粉砕したわけだから。
揺れる水面から目を離さないニックは、仲間の顔を一度も見ないままに会話を辞すのだった。




