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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
107/239

第100話 『道を違えたホープ・トーレス、ようこそ生存者グループへ』



 ――銃声が、聞こえた?


「――――プ!」


 いいや、幻聴の可能性が高い。

 先程ナイトがすぐ隣から話しかけてきても、気づかないくらいにはホープの精神は参っているから。


「――おいってば! ホープ!」


「ぁ?」


「大丈夫かよお前。耳ちゃんと機能してんのかぁ?」


 ほら、ドラクの呼び掛けもずいぶんと無視してしまったらしい。

 彼は心配げな顔だ。


「さっき……レイっちにも無視されたんだが」


「…………」


「お前ら何かあったんじゃねぇの?」


「…………」


 きっと無視したレイも、今のホープも、『何かあった』顔をしていたのだろう。

 そりゃそうだ。放っといてほしいのだから。


 ホープは前に立つドラクの横を通り過ぎて、廃旅館の奥へと進もうとするが、


「待てって……」


 ドラクが後ろから肩を掴もうとしてくるから、


「うぉ!?」


 逆に、伸びてきたその手首を捕まえてやった。



「おれに……こんなこと、させないでくれ」



 絞り出すようにドラクに言って、彼の手首を離した。すると彼は、


「何だってんだよ……?」


 無理解を呟くが、ホープは振り返りはしない。



◇ ◇ ◇



 ふらふらと、廃旅館の奥へ奥へと歩いていると、人影を見つけた。

 あれはリチャードソンと、メロンと、それに運ばれている大荷物。


 いや、あの荷物の形――そして、先程の銃声。


 幻聴じゃなかったとしたら?


「リチャードソンさん。メロン」


「お!? お、おう坊主。あん時ゃどこへ走り出しちまったかと思ったが、無事で良かっ――」


「何を運んでる?」


 自分の話も、相手の話も興味ゼロ。

 聞きたいのは、その荷物の中身の話だけ。嫌な予感しかしないから。


「こ、これは……な……」


 頬をポリポリ掻いて、はぐらかす気満々なのだろうリチャードソンの、


「はっ!?」


 胸ぐらを掴み、



「教えてよ……おれは『仲間』なんだろう!?」



 それは大都市アネーロへと出発する前に、リーダーのニックが言ったことだ。

 ――街へ行って帰ってくれば、このグループの一員なのだと。


 ホープが今どんな目を向けているのか、自分ではわかりようもない。

 けれどリチャードソンは確実に動揺していた。


 結局、口を開いたのは、



「――ジョンですよ〜」



 この場で唯一の――奇妙なほど――冷静な人物、メロンだった。



◇ ◇ ◇



 とうとう、ジョンまで死んだ。


 メロンによると――彼は群れの中をホープと共に進んでいた時、うっかりスケルトンに腹を噛まれてしまったのだそう。

 あんなに頑張っていた、優しい青年だったのに。


「っ……」


 ――ホープがもっと強ければ、スケルトンを寄せつけないほど強ければ、ジョンは噛まれずに済んだのでは?


 ――違う。彼に肩を貸したのが、ホープ以外の人だったら良かったのだ。

 なぜなら、



「う……ああ……」


 ホープが弱いのだとして、なぜ噛まれるのはジョンなのだ?

 どうにもホープは――弱いくせに何度も生き延びては、近くの人を死なせる、疫病神のような存在らしかった。


「ううあっ……うう……!!」


 歩みを止め、頭を抱え、そのまま頭を掻きむしる。掻きむしって、掻きむしって、髪の毛を引っこ抜き、



「ちょっと! そこのあんた!」



 後ろからの声に、ものすごい勢いで振り返った。


 そこにいたのは待ちかねた仮面の少女――ではなく、栗色の髪の少女シャノシェだった。


「ハントくんは……どこ!?」


 ズカズカと近寄ってきたシャノシェは、ホープの胸ぐらを掴んできた。

 答えは一つしかない。


「ハントは死んだ」


「え……えっ、え? 嘘だ、そんなの」


「ハントは死んだ」


 彼女は物分かりが悪そうだから、ホープは同じ言葉を二度繰り返させてもらった。

 それは会話を極力減らすための行為なのに、


「あんた性格悪いね、慰めてくれたっていいじゃん! 私にはもう……何も無いっ! お姉ちゃんもいない……恋人も、いない……!」


 涙目のシャノシェは胸ぐらを掴んだまま、ホープの体を揺すってくる。

 ――ウザったい。


「あっ……?」


 その瞬間、シャノシェは驚愕し、身を引いた。


「ひっ……あんた、何!? そんな奴だった!?」


 懐からマチェテを取り出そうとするホープを見て、恐怖を感じたようだ。

 ――どうせ『この青髪の男は弱そうだし八つ当たりしても許してくれる』とか思っていたのだろう。この女。



「残念だったね。おれは今、君以上に八つ当たりしたくてしょうがないんだ」


「ひっ……!」



 見定めるようにマチェテの刃を動かしては眺める、そんなホープに。

 シャノシェは腰を抜かしてしまった。


 ――まぁ、何もせずホープは歩き出すのだが。



◇ ◇ ◇



 廃旅館の廊下を延々と進み、もう端っこまで来たのだろう、壁にぶち当たった。

 割れて、ガラスが少ししか残っていない窓から月光が差し込む。


 その月光の下でホープを待っていたのは、


「え? ジル?」


「ここまで通じる道、一本じゃない。先回り、させてもらった」


 無表情でジト目で低身長の美少女。

 ジルだ。


「な、何で……わざわざ先回りとかしたの? おれは平気さ、何ともない。会話する気も無いし――」


「知ってる。なら、本を読もう」


「本?」


「ん、本。一緒に」


 ジルは表紙が全く同じ二冊の本を取り出し、一冊をホープの胸に押し付けてきた。

 とりあえず受け取りはしたが、


「……わかるだろう? おれは本なんか興味無い。小さい頃は読んでたけど、それはおれがどうしようもなくバカで、何も考えてなくて、暇だったからだ。その頃も別に集中して読んでたわけじゃないし――」


「好きになれ、とは言わない。騙されたと思って読んでみて、率直な感想、聞かせて」


「……えぇ?」


 それだけ言ったジルは、壁際に座って本を読み始めてしまった。


 ――こんなもの、読みたくないのだが。


 内容がどうとかじゃなく、もうホープは、何をする気にもならないのだ。

 もともと無気力だったのが激化している。


 座りはするが、ただ本の表紙を眺める。


「っていうかおかしくない? 何で同じ本を二冊も持ってるの? 邪魔な荷物じゃないか」


 思い浮かぶのは文句ばかり。


「……この本、無性に惹かれる。よくわからない。全然、面白いとか思わないのに……」


「面白くないのに惹かれる??」


「だから、図書館を探索した時、あるだけ持ってった。それが、二冊……いいから読んで」


「……はぁ」


 ホープは露骨に嫌そうなため息をしながら、本を開いて読み始めてみる。

 登場人物紹介も目次も飛ばして、


「あれ? ……こういう時に読ませる本って『上手な自分との付き合い方』とか、『幸運を引き寄せる技』とか、そういう感じの難しい本じゃない?」


 ジルはどう見ても、ホープの様子がおかしいと気づいている。だから、てっきりそういう本かと思った。

 ところがこの本は、勇者一行が魔王を倒すとかいう使い古された、ありきたりな、時には幼稚だと言われそうな物語の本だ。


 とはいえ、


「アドバイスの本、興味ある?」


「……いや」


「読んで、あなたに、効果ありそう?」


「……いや」


 本一冊読んだだけでその人の人生が変わるのなら、その人はきっと、『上手な自分との付き合い方』とか『幸運を引き寄せる技』とかを、実は本を読む前から身につけていたのだろう。


 ホープには、できない。

 本を読んだくらいで回復する心なら、こんなことになってはいない。



◇ ◇ ◇



「とりあえず……」


 読んでみるか。ざっくりと。


 ――魔王に支配された世界。

 田舎のイケメン青年は、魔王を打倒し勇者となるため旅に出た。

 最初に着いた町で、戦士と僧侶と……荷物持ちという仲間を得た。


「荷物持ち!? 必要かなあ……?」


 ホープが呟いた通り。

 『荷物持ち』の男は根暗で、弱くて、何の役にも立たないけど、どういう訳かついてきた。

 案の定、勇者と戦士と僧侶の荷物を軽くすること以外に何もできないので、勇者以外のメンバーから良く思われていない様子だった。


 様々な村や町、森、洞窟、湖、砂漠、雪原なんかを超えていく中で、強大なモンスターを倒すだの、住民全員から信頼と感謝を得るだの、仲間が増えていくだの、愛だの恋だの、していく勇者。

 イケメンというだけでなく、とても強く、逞しく、努力家で、皆から好かれる主人公だ。


 一方で荷物持ちは、ザコ敵一体も倒せないまま、新メンバーがパーティ入りしても『役立たずじゃね?』と速攻バレて嫌われたりしている。


「……ん?」


 ホープは首を捻る。捻るほどのことでもないのかもしれないけれど、


【うえーん!】


【ん? 猫が木の上から降りてこない? よし、僕がやってみよう……ぎゃーっ!!】


 これは、とある村の子供が泣いているところに、やって来た荷物持ちの話。

 下手クソな木登りをして、猫に引っ掻かれながらも、猫を抱きかかえて落ちてくる。


 ――勇者がドラゴンを倒している間に。


【お兄さんありがとうー!】

【ニャー!】


【い、いいんだよ……背中打ったけど……僕なんて、他じゃ役立たずだからね】


 地味だ。地味すぎる。

 勇者は飛び回り走り回り、カッコよく剣を振り回し、ドラゴンを圧倒しているというのに。


「何でこんな部分を書くんだ……?」


 またある町では、


【おいジジイ! 家も持ってねぇくせにどうしてこんなに金を持ってる!? お前にゃ必要ねぇだろが!】


【こんなにって……全然無いじゃろうが! これは今日やっとのことで稼いできて……】


【うるせぇんだよ! よこせ!】


 ホームレス的なジジイが、不良たちに金を強奪されていた。

 そのとき荷物持ちは偶然通りかかっていて、


【あ、あー……僕もお金なんてそんなに持ってないんすけど、盗られた分だけあげますよ】


【なに!? おい、これ盗られた分よりちょっと多いが……おい、君!? ありがとうよぉ!】


【どうせ他のメンバーにあげるだけの金です!】


 ジジイが不良に奪われた金より少しだけ多めの金を、ジジイの手に握らせて逃走。

 ――何だ、この活躍。


 勇者の方は、この町で一番の不良の親玉と喧嘩して勝利し、仲間に引き込んでいるというのに。


 その後も。


 勇者が美しい娘と恋に落ちれば、荷物持ちは干からびそうなカエルを池に帰してやる。


 勇者がどこぞの王様に認められて伝説の剣を貰えば、荷物持ちは怪しいババア商人の全然売れない薬をたくさん買ってやる。


 勇者が魔王を倒した時。

 ――荷物持ちは、魔王城に巣食うシロアリを退治してあげていた。敵である魔王軍の兵士たちもドン引きしている中でも、構わず。


 何だこれは。何だ、これは。



◇ ◇ ◇



「ジル……この本、何かおかしいよね」


「荷物持ち、気づいた?」


 彼女は、少し目をキラキラさせているのを隠しきれていない。どこか嬉しそう。


「いや気づくよ荷物持ち! 絶対気づくって!」


「それが、読者の大半、気づかない」


「……本当!?」


「らしい。グループの仲間にも、数人に読んでもらったけど、感想は勇者や戦士、魔王のことばかり……」


「そうなんだ……」


「完全な、脇役だしね……でも私、ホープなら気づくと思ってた」


 それを聞いてから改めて読み返してみると、確かに荷物持ちを意識して読まなければ、目に入るのは勇者や戦士のド派手な活躍ばかり。

 意図的に、荷物持ちに目線が行かないように作られている。ような気がしなくもない。


「……天使、だね。荷物持ちは」


 嬉しそうにニヤニヤしながらジルが呟く。


「天使?」


「ん。ひっそりと動く、影の天使」


「影の天使って無駄にカッコいいけどなあ……?」


 勇者は――イケメンな顔、明るい性格、ド派手な活躍、仲間から信頼され、たくさんの人々に感謝される、まさに『勇者』。


 対して荷物持ちは――普通の顔、根暗な性格、地味な活躍、仲間からは嫌われ、ごく少数の人たちからのみ感謝される……『影の天使』。


「私の好きなキャラクター、荷物持ち」


「あぁやっぱりそうなんだ……」


「ホープは、どう?」


「いやぁそれが……好きなキャラクターとかは特別いなかったけど……」


「けど?」


 好き、とは違う妙な感情が出てきた。

 それについて説明しようとしていたら、先にジルが言ってしまった。


「荷物持ち、自分に似てる気がする?」


「……!」


 なぜジルはわかったのだろう。

 ジルが『好きなキャラクター』と言った手前、似てるとか言うとイタい子だと思われそうで言わなかったのだが。


 でも――それは勘違いで、実際のところ似てはいないだろうと思う。


「一瞬そう思いかけたけど……似てないよ。荷物持ちには人を助けたいって思いがあるでしょ?」


 だから荷物持ちは勇者の仲間になった。

 そして人助け精神を、ところどころで行動に移し、結果、だいたい助けている。


 そう考えたホープだが、


「それは、わからないはず」


「え?」


 ジルはいつもの無表情に戻るが、真っ直ぐホープの目を見てきた。

 意図せずとも物語を捏造しやがったホープの、目を。


「荷物持ち、仲間になった理由、どこにも書いてない。『人を助けたい』とか、話すシーンも無い」


「……あ、そうか……」


 確かに荷物持ちは『どういう訳か』勇者についてきただけで、本当に心理描写はゼロだ。

 ジルが言うには……それは、まるで。


「ホープと、同じ」


「えぇ?」


 本人であるホープは信じられないのだが。

 ――心じゃ色々考えているが、ジルや他の人たちからは『不思議ちゃん』みたいな扱いだったりするのだろうか。


「ホープは今、何に落ち込んでる?」


「…………」


「言ってみて」


 ああ、何だ。

 ジルは結局のところ、ホープを立ち直そうと延々と説教したりするつもりなのか。


 もういいや。言ってしまおう。


 面倒くさくなったら、会話を中断してしまえばいいだけの話である。


「何もかもだね。おれは一人の女の子を支え続けられない意気地無しだし、隣にいる一人の仲間を肩を貸してる間さえ守れない弱者だし――」


「でも、私、ホープがいなかったら死んでた……あの街で、ひっそりと」


「っ!?」


 ジルは何を言っている。

 ホープのような他人を不幸にすることが大得意な疫病神と付き合っていたら、行き着く先は絶望の淵のみ。


「ドラクが、ずっと言ってた……まさか私も、同じことを思う日が、来るなんて。驚いた」


 ドラクもジルも、言っちゃ悪いがバカだ。

 ホープのことを信じてしまう――その事実だけで、頭が悪いのが確定なのだ。


「それに、あなたは、私の味方でいてくれた。だから、私もあなたの味方でいたい」


「……味方なんかいちゃダメだっ、おれには!」


 ホープは立ち上がり、本を落とす。

 荷物持ちにだって、味方は最後までいなかったじゃないか。


「おれは『幸せ』を感じない! どこにあるのか、わかりゃしない! ソニを殺して、エリンさんを見殺しにしたあの日から、おれはもう二度と幸せを感じられなくなったんだ!」


「…………」


「それなのに、それなのに味方や仲間なんかいたって、おれは何も感じやしないのに! かといって怒りも感じないかといったら違う! 一緒に何かを楽しむって気持ちは欠落してるくせに、一丁前に文句は言うし怒るし、人が邪魔だなって思う時もたくさんある!」


「…………」


「クソっ! それで唯一、おれが幸せを感じられたかもしれない……レイを、失った! おれは、自分の手でレイを失ったんだ! 彼女をがっかりさせてね! 人をがっかりさせるのがおれの得意技――っ」


「ホープ、来て」


 同じく立ち上がったジルが、ホープの後頭部へと両腕を回した。

 ホープは不思議な包容力に屈し、座らされる。


 そして、ホープの正面に同じく座ったジルは、



「友達で、仲間、なんだから――胸くらい、いくらでも貸してあげる」


「……ぇ」



 なぜかホープの頭を引き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせた。

 ――温かい。柔らかい。包み込まれるようだ。この包容力は、今までの人生で感じたこともない。



「だから、ホープ……いくらでも泣いて。この部屋、私とあなたしか、いない」


「……!?」


「そして、私は、傀儡人形。ホープの泣く声なんか、聞こえやしない」


「む……うっ、き、君が、傀儡だなんて」



 ジルの両腕に抵抗して胸から顔を離し、彼女の卑屈な言葉を否定したが、



「……イザイアスの、言ってた通り。私はもしかすると、今でも、体を触られたり、見られたりすることに……どこかで快感を覚えてる、かもしれない」


「……!」


「自分じゃ、わからないけど……過去の自分に、操られてる、だけかもしれない。いつまでも……ずっと。気持ち悪いよね」


「……むぅっ」


「それほど、人は弱い。過去の自分やトラウマからの脱却、すごく大変。辛くて、苦しい」



 そんなことを言いながら、ジルはまたホープの顔を胸へと戻させる。



「あと、『自分は幸せ』なんて、思いながら生きてる人間、少ない。思ってる人も、大半は強がり……そう思い込まなきゃ、生きていけないタイプ」



 みんな辛い、みんな苦しい。

 そんなこと言われなくても、ホープもわかっているつもりなのだが、



「自分の人生、自分が主役……それが普通。けど、そのせいで、人は時々自分を見失う……もしかすると、脇役だと思っておくくらいが、丁度いいかも……」



 そのせいなのか。

 人は、自分だけが被害者であると思いがちだ。



「話が逸れた……とにかく、泣こう。ホープ。私に、理解させようとか、知られたくないとか……何も考えなくていいから」



 理論がめちゃくちゃなのは、彼女が一番わかっていることだろう。

 卑怯な。


 ジルが問い詰めない人間であることは、さすがにもうわかってきたが。

 泣くだなんてそんな、言われてできるもので


(あれ?)


 気づけばホープは、


「……経験で、知ってるから。こうすれば、男の子は、落ち着くって」


 ジルの温かな胸に優しく包まれて、それに背中を押されるように、純粋に涙を流していた。


「あれっ、む、あれっ……止まらない……なぁ」


 だが涙と一緒に、口も止まらなくなってくる。

 それがホープという生きにくい男が背負う、悲しい性だから。



「くっ……おれは、何も、感じないし……ぐすっ、嫌われるのも慣れてるっ、はず、っ、なのにさぁ……何で、何であの子に嫌われるのは……ダメなんだ、ろう……っ」



 この涙は、何の涙だ。



「死ねば……っ、ひくっ、ヴィクターがおれの首をっ、ふ、落としてたら! ……レイと、あんなっ、あんな言い合いすることもなかったのに……どうして、どうして誰もおれにっ、ひぅっ、トドメを刺して、く、くれないんだ……! おれの『幸せ』なんてもう……ぐす、どこにも無いのに!」



 今まで何度も人の死を見てきて、数度泣いているホープだが。



「毎回、うっ、生き延びるたび……後悔しないことは無いっ、ぁぅ、くぅっ、何であの時死ななかったんだ……って! えうっ、何であの時、死んでおかなかったんだ……ってさぁ!」



 今回ばかりは、今までの絶望の中の、何が原因の涙なのか見当もつかない。

 混乱しながら泣いている。



「ホープ――言葉は、いらない。我慢する必要も、ない。今日だけは、ぶちまけて」



 天使のように甘い声――でも、本当に傀儡人形のごとく感情を殺した声。

 吐息がホープの髪を、ホープの脳を……ホープの荒みきって原型も無い心を、優しく撫ぜる。


 きっとこれは今までの全ての絶望とか、最近感じた一番大きい絶望……そういうのが統合された涙なのだろう。

 そうでなきゃ、



「うっ……うぅ……っ」



 ジルの胸の中で、ここまで爆発しなかっただろう。




「うわあああぁあぁああああん、あぁっ、はっ、うぅああああああぁ、えうっぁぁぁあぇあぁぁぁ、うくっ、おあっあぁぁぁあん、うあぁあぅん、ああああっあぁぁぁああぉあ――――」




 まるで、赤子の産声。


 しかし実際は、様々な汚いモノを見てきて、体験して、また自分で生み出してきた、一人の一般人の『闇』の温床だった。




 ――その部屋からは見えない場所。隣の部屋で、その様子を気にする者がいた。


「あいつァ……何なんだ……?」


 月光に照らされながら抱き合う――二人の傀儡人形を見て、混乱する銀髪の吸血鬼。

 ホープが泣くのを一応見たことのあるナイトだからこそ、混乱は加速した。




 ――こうしてホープ・トーレスは、曲がりなりにもこの生存者グループに加入を果たす。

 彼の場合は『集団に参加する』なんて、誰でもできる簡単なことでも、ここまで工程を踏んでようやく叶うことなのだ。



 ――ちなみに、この日を境に、ホープが泣く日は当分来ないこととなる。

 感情すら死んでしまったのか。それはわからない。



 荒んだ『影の天使』ホープ・トーレス。



「えぇあっ、ぇぇぇええん! ひくっ、ひっ、ぃぃいあああああぁぁあっ、あああはぁぁぁああああっ! うぅわぁぁぁぁんっあぁあ――――」



 生存者グループへ、ようこそ。


















とうとう100話…でも全然物語が進んでません。すいません。

二章はこの後、幕間とキャラクター紹介くらいで終わりの予定ですから、とてもキリの良い数字でした。


…ホープとジルのコンビも悪くないと思いません?思います?どうなんだろう。気持ち悪く見えるんでしょうか…?

まぁ気持ち悪く見えるっていうのも全然アリですよね。どのキャラにどんな印象を抱くかは、完全に読者様次第の作品です(笑)

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