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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第99話 『最後の犠牲者』



 ――レイはその後。

 ジル、メロン、ダリルと合流。


 そのままキャンプ場へ向かい、何とか声を掛けて、ニックとナイトとも合流した。

 ニックは新たに見つけた『廃旅館』までの簡単な地図を持っており、それを頼りに森を歩いた。


 ――ホープは常にレイの後ろを、何メートルも空けて歩いていた。

 ついて行かなくても良いか、とも思った。道中で何度も何度も何度も、思った。


 だが、気絶して動けない赤髪の男がいるのだ。

 レイとこうやって喧嘩別れするのが目に見えていたのなら、彼女に背負わせておけば良かった。


 もう遅い。ホープは赤髪の男を背負って、とぼとぼ、とぼとぼと歩く。

 レイから存在を認識されないくらい、遠くまで離れながら。


「――――」


 とぼとぼ、歩く。何も考えていない。いやむしろ何も考えないべきだ。

 考えたら、終わりだ。終わってしまう。


「――しィ」


 考えるな、考えるな。

 ずっと前を歩いている橙の髪の少女のことなど、忘れるんだ。

 自分でやった行いの結果なのだから。


「おい! 弱虫ィ!」


「……ぁ?」


 ――いつの間にか、だいぶ後ろを歩いているはずの自分の、隣にナイトが並んで歩いている。

 この近さなら視界に入っていたはずだが。


 全然、気づかなかった。


「てめェ、ボーッとするにも限度ってもんがあんだろォが」


「…………」


「……あのよォ、俺が言いてェのはなァ」


 ナイトは少し照れ臭そうにしている。


「銃のバッグは持ち帰ったし、てめェのリュックにゃ食料なんかも入ってんだろ? パーカー女も生きて帰ってきたし」


「…………」


 銀髪の頭を掻きながら、目を逸らしたナイトは、



「……やるじゃねェかよ」



 ぼそりと一言。


 そうか、彼はホープを褒めたかったのか。

 そうかそうか。



「でもまだ、呼び名は『弱虫』なんだね?」


「……あァ……そりゃァ……」


「おれ、君と話す余裕無いんだ。ごめん」



 冷たく突き離し、歩行速度を上げる。


 呆然と立ち止まるナイト。


 彼には悪いが、これ以上はダメだ。

 これ以上、ホープの心に他人を関わらせると大変なことになりそうだ。



◇ ◇ ◇



 そうして、彼らは廃旅館へ到着。


 廃旅館とは言うものの、朽ち果て過ぎていて、何の建物なのかは一見しただけではわからない。

 ところどころ穴が空いている。蔦がびっしりと壁や屋根を覆い、割れた窓から内側にまで侵入している始末。


 本当に雨風を凌げるだけの建物だ。


 でも人は温かい。ドラクやコールら先にキャンピングカーで来ていた者たちが出迎えてくれる。


 ――その温かさを避けて、ホープは建物に入ろうとしなかったが、ドラクに手を引かれ、俯きながら入っていった。

 赤髪の男は入口付近に座らせた。


 後ろでそれを、ジルが見ていた。


「ホープ……?」


 友達の様子がおかしいことなど、簡単に気づくに決まっている。


 廃旅館の入り口から、ドラクがこちらに嬉しそうに手を振っているのが見える。ジルも控えめに手を振り返した。

 ドラクが『早く来いよ』とジェスチャーしながら屋内へ入っていった、その瞬間。



「――もご!?」


「大人しくしなよ?」



 背後から伸びてきた右手が、ジルの口を塞ぎ。


 続いて伸びてきた左手が、ジルの胸回りをがっしりとホールド。


 形としては、後ろから抱きしめられている?


「ヒヒヒッ、ヒヒ、ヒヒヒヒヒ……!」


「むぐぅ……!」


 その声、笑い声。聞き覚えがあった。

 彼は、自身の顔をジルの左肩に乗せてきて、フードを脱がしてくる。


「キミの血を貰うよ。この前イザイアスとかいう男を殺すのを、邪魔してくれたお礼にね」


「っ――!?」


 そして、中性的な声で楽しそうに囁いた吸血鬼・ヴィクターは、


「っ、んんんっ!!」


 ジルの首筋に、二本の牙で噛みついた。

 注射針よりよっぽど太く、激しい痛みが、ジルに叫ぶのを強要する。しかし口が塞がれていて無理だった。


 ――力が、急速に抜けていく感覚。


 吸血されている。ジルは今、吸血鬼に血を吸われているのだ。


 助けを呼ばなければ、すぐに死ぬ。殺される。それは本能でわかった。


「む……ぅ……!」


 口を塞ぐヴィクターの手を、両手で必死に引き剥がそうとする。

 最初からずっとそうしていたが、びくともしない。力の差は歴然だ。


「んっ……ん!」


 口を覆われ、胸を揉まれ、血を吸われている。

 ――ジルは無力で、何もできない。何一つ抵抗することができない。


「ん……」


 激しい目眩。


 抵抗力はマイナスへと振り切っていく。


「…………」


 まさか、こんなにあっさりと、最期を迎えて――






「てめェ、何してんだ。ヴィクター」






 意識が飛ぶ直前。後方から、またしても聞き覚えのある声がした。

 するとヴィクターは吸血をピタリと止め、ジルの口と胸から手を離し、代わりに両肩に手を添えてきて、


「いっ……!」


 牙を抜き取った。その際にも痛みを感じ、ジルは思わず声を漏らした。

 なかなかの量の血を持っていかれたジルは、無抵抗でその場に膝をつき、へたり込んだ。



「邪魔をしないでほしいなぁナイト。ボクは今、最高に興奮しているんだからさ」


「仲間を傷付けねェって協定ァどうなったんだ――今すぐ、その女に血ィ返せ」


「……はいはい。仰せのままに」



 ジルの背後だから見えづらいが――どうやらヴィクターはナイトから刀を向けられているらしい。それでもナイトを馬鹿にしているような笑顔で両手を上げる。

 そしてもう一度、意図せず女の子座りをさせられているジルの両肩に手を添え、


「返せばいいんでしょ? 返せば」


 牙を首筋に近づけ、謎の力で今度は血をジルの体に返しているようだった。これも吸血鬼の能力らしい。

 少しずつジルのボヤけた視界がはっきりしてくる。力が戻ってくる。


「傷も塞げよ」


 あらかた血を返し終わると、またしてもナイトが命令を飛ばす。

 ヴィクターはため息を吐きながらジルの首筋に手をかざす。また謎の力で、牙の痕を消した。


 体が動く。

 安心したジルは立ち上がろうとする。


 が、目と鼻の先で刃が輝いた。


「おっと。いけない()だ。口止めもしないでこのまま返すわけにはいかない。悪いけどしばらくそこに座ってなよ……叫ぶとか、助けを呼んだりしたら許さないからね?」


 笑顔のヴィクターは不穏な台詞を口にしながら、立とうとしたジルの頭に手を乗せ、飼い犬のようにわしゃわしゃ撫でてから、体重を掛けてきた。

 ジルは強制的に、また女の子座りに戻されてしまった。


「何だァその言い方……てめェまさか、本気で殺すつもりだったんじゃねェよな?」


「さぁ、どうだろうね。さっきも言ったけどボクは今、最高に興奮してるから。感情が昂っちゃっててさ、自分でも制御が効かなかったかも」


「アホが。そんな理由で二人揃ってグループから追い出されてたまるかよォ」


「……っていうか、何でこんなグループに参加してるの? ボクたち。キミもすっかりリーゼント野郎の犬に成り下がっちゃってさぁ」


「……黙れ」


 ナイトも、ヴィクターも、静かに会話をしながらも――刀は出しっぱなしだ。

 するとヴィクターはおもむろにジルを見て、


「……むぐ!?」


 ジルの口に、手の指を二本入れてきた。


「自由が一番だと思うよ? ナイト。こんな風に、ボクの、ボクらの思うまま。人間なんかに従わないでさ」


「んっ……むっ……」


 口内を、舌を、右往左往、ねちっこく撫でてくる指の嫌悪感に、ジルは片目を瞑り、耐える。



「てめェ、俺の気も知らねェで……っ!」



 ナイトは割れそうなくらい眉間に皺を寄せ、ギリギリと奥歯を噛みしめる。

 握る柄からはミシミシと音が鳴っている。



「……そうだよ。怒れよナイト」



 ジルの口で遊びながらも、ヴィクターはニヤついて小声でそう呟いた。


 そして、ジルは見た。

 ヴィクターの背後で、天高く振りかざされた刀が月の光を反射するのを。


 そしてヴィクターもその気配に気づいてジルの口から手を離し、笑顔で振り返る。



「まだ、わからねェのかァ!」


「ヒヒヒッ!」



 落ちてくる縦の刃、受け止める横の刃。


 ナイトとヴィクターの刀がぶつかり合い、火花が飛び散り、風が起きた。


 周囲の木々の鳥や虫たちが、慌てて飛び去っていく。


 ――ジルは目を見開いた。

 決して人間同士の鍔迫り合いではあり得ない覇気に、そしてオーラに。

 このままここに留まっていたら、生きてはいられない。そう思わされるほどの、二人の吸血鬼の殺気と威圧感に。


「ふー、久々だね。こうして刀を交えるのは。胸が熱くなってくるじゃないか」


「冗談じゃねェ……俺ァ、胃が痛ェよ」


 胸が熱いと、胃が痛い。

 何とわかりやすい対比なのだ。


「ヒヒ、そうなんだ。じゃあ今回はここまでにしてあげるよ。ボクは気分が良いからね――ホープとかいう男、すごく面白いよ」


「……面白いィ? てめェ、まだそんなことしてやがんのかよ。程々にしろと言ったはずだぞ」


「キミはいつからボクの母親気取りなのかな? 寝てる間に喉笛を掻っ切るよ?」


「やってみろ。その前に目玉ァくり抜いてやる」


 最後まで不敵に笑い続けて、ヴィクター・ガチェスは森の暗闇へと姿を消した。

 対照的に、最後まで険しい顔だったナイトは、


「…………」


 素っ気なく、ジルに手を差し伸べる。こちらの顔を見ずに。


「…………」


 女の子座りのジルも、無言でナイトのゴツゴツとした手を握り、立ち上がる。脚についた泥を払う。

 ふと思い出し、


「……口止め」


「……?」


「しなくて、いいの?」


 口止めされる側が問うてしまった。


 ――興奮しすぎたヴィクターの忘れ物。

 その言葉にナイトは一瞬ハッとした表情になったが、すぐに顔を俯かせた。


「……嫌な思いをさせた。しねェよ……てめェの好きにしろ」


「…………」


 責任を感じた。口止めはしない。

 決してジルの顔は見ず、悲しそうに言ったナイトは、くるりと背を向けた。


 そのまま一歩、また一歩と、歩き始める。


「…………」


 ――きっと今ヴィクターがしたことをニックに報告すれば、吸血鬼たちはグループから追放されるのだろう。


 ならば、


「ん……助けてくれて、ありがとう」


「……!」


 ジト目の無表情で、ジルは吸血鬼の悲しそうな背中に声を掛けるのだった。

 言葉通りの感謝。そして『言わないよ』と言外に。


「…………」


 ぎこちなく歩いていたナイトは一瞬だけ動きを止めたが、それから安心したように、廃旅館の方へ歩いていった。



◇ ◇ ◇



 ナイト、そしてジルがようやく廃旅館に入って来る頃には、もう大変なことになっていた。

 ――そこは二階の客室。




「お前さん……噛まれてたのか……!」




 立ち会っていたのは――リチャードソン、ニック、メロン。

 そして、






「ぼっ……ぼ、僕は……まだ、まだ生きてます……!」






 今しがた横腹に噛み跡が見つかり、辛そうに壁際に座っている――黒髪に眼鏡の青年、ジョンだった。


「生きてんのは、見りゃあわかる……いつ噛まれたんだ。言ってみろ」


 堂々とジョンの顔に銃を突きつけ、ニックが問い詰める。


「えっ……えっと……銃を向けられながらでは……い、言う気になりません……!」


「つべこべ言うんじゃねえよ!」


「はいっ! はひっ、あっ、ついさっきです! ホープさんに肩を貸してもらって、ニックさんと会うまで……い、一緒に……いて」


 ジョンは、苦しそうな顔で、汗だくの額で、どうにか思い出しながら話す。

 体が熱くて堪らない、とのことだ。


「……で、その脚の傷は、この女に銃撃されたものだった……よなあ?」


「はっはい……そっ、そうです」


 息をするのも辛そうに答えるジョンだが、メロンは納得いかなかった。


「あれは、この人が錯乱して銃を撃ちまくるからしょうがなかったって言いましたよね〜!? 私、撃たれかけたんですから!」


「ああ、そうらしいな。てめえを責める気はねえ……てめえがどこの誰なのかは後回しだが」


 ニックはメロンに、何の感情も向けはしなかった。彼女は恐らく、悪人ではない。

 ただ、


「眼鏡の坊主……お前さんは、運が悪かった。とんでもなく、悪かったんだ……」


 リチャードソンは、若者の肩に手を置いた。

 その後ろでメロンが、


「ジョン、あなたを撃ったから、あなたは上手く移動できず噛まれたのかもしれません。でも私は後悔していません。あなたも、恨まないでくださいね――人はいつか死にますから」


「……っ!」


 冷たいんだか温かいんだか、よくわからない台詞を、笑顔で言う。



「どんなに努力しても、どんなに怠惰に生きても……毎日苦しそうに嘆いても、毎日笑っていても……どうせ死んでしまいます――だから私は笑うんです。その方が自分のためになるから」


「……そ、それが笑う、りっ、理由ですか」



 いつかジョンが問い、メロンが答えなかったあの会話に、メロンは自らピリオドを打った。

 静かに聞いていたニックも頷き、


「正論だな。人間は沢山いるが……一人につき命は必ず一つだ。違うのは、死ぬのが早えか遅えかだけ」


 そして、ジョンの額に拳銃を突きつける。

 青年の呼吸が荒くなる。


「ジョン……てめえは、俺たちより少し早かった。ただそれだけってこった」


「い、い……」


「ん?」


「いやだっ!!」


 座り込んだまま、ジョンは平手打ちでニックの銃をはたき落とした。

 素早く立ち上がり、走る。


 ――銃が入ったバッグまで。


 そこから使い方もわからないライフルを取り出し、


「僕は、ぼっ、僕はぁぁ! まだ、生きてる! まだ生きてるんです! それを殺すなんて! 早とちりというやつじゃないですかぁ!?」


 銃口を、ニックたちに向けた。


「僕は、まっ、ま、まだ……伝えてないことがあるんです! ほ、ホープさんに……言わなきゃ、い、いけない、こっ、ことがあっ――」


 銃声が響く。



「この俺に銃を向けんじゃあ、ねえよ……若僧が」



 素早く銃を拾ったニックによって額を撃ち抜かれたジョンは、冷たい床に、その身を倒した。

 それからもう二度と、動きはしない。



「伝えたいことってのは……手遅れになる前に、伝えておくべきものだ」



 ニックは、


『――もう誰も死ぬなよ!?』


 自分の言葉を思い出したから、忘れ去るため葉巻に火をつけ、廃旅館から出ていった。


 リチャードソンとメロンは、裏口からジョンの死体を運び出し、ゆっくりと時間を掛けて、土の中に埋めるのだった――



◇ ◇ ◇



 まだ外のキャンピングカーの中に乗っている、一人の男がいた。

 ――水晶玉を抱えて横になる、ベドべだ。


「……まさか……キャンプ場まで、被害に遭うとはなぁ……びっくりだ……」


 体を起こして窓の外を見る。

 眼鏡の青年の墓穴を、二人がかりで掘っているようだった。


「けっきょく彼は……何を気をつけてたら助かったんだろうなぁ……っていうか、こんなことになるなら……全員占っとけば良かった……いや……でも……」


 一応ジルは『街に行ったら死ぬ』と出ていたのに、本当にホープがどうにかしてしまったらしい。


「調子悪いもんなぁ……どうして俺……占いなんか、やり始めちゃったんだっけ……」


 当たりもしない占いは、つまりただの『気休め』もしくは『嫌がらせ』ではないか?

 そんなことを自問するベドべだが、自答は――できずじまいだった。



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