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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
104/239

第97話 『復讐鬼×魔導鬼×吸血鬼』



 シャッ。


 ナイトは――自身の残像を、残しては止まり。


 シャッ、シャッ。


 ――また残像を残し、止まる。


 シャッ、



「すぱーっ……」



 そうやって残像を残しながら、ナイトは中途半端な高速移動を続け、ついに円を描いた。

 葉巻をふかすニックの周囲に、スケルトンを寄せつけまいとして。


 とはいえスケルトンや狂人たちには何の変化も無いのだが、



「……上出来だ」



 残像たちの円の中心でニヤついたニックが、葉巻を咥え直して呟けば、


「「「ウ"カ"ァァァ"ッ」」」


「「「キ"ャア"ァァァ"」」」


 ナイトが瞬く間にニックの背後に現れ、周囲のスケルトンも狂人も――粉々に斬り刻まれた。


 それでも『数』は脅威。


 今斬ったのは先頭の一部分だけ。氷山の一角も同じである。

 次から次へスケルトンも狂人も押し寄せてきた。



「その言葉ァ、忘れんじゃねェぞ」


「――――」



 これまで彼から浴びせられた否定的な言葉とは真逆の台詞『上出来』に、ナイトは反応する。

 ニックが無言で片手を掲げると、


「肝の据わったジジイだ」


 あとは自由にやれ、の合図だ。


 軽く跳び上がったナイトの下の地面に、死者たちがわらわらと集う。

 空中で逆さになるナイトは抜刀、



「ふゥっ」



 集団の中に落ちていく――刃を暴れさせたのは、ほんの一瞬。


 納刀して着地すれば、周りの死者たちは顔を斬り刻まれて死滅していた。



◇ ◇ ◇



「……うぅっ」


 キャンプ場から近いらしい森の中。

 だいぶ斜面を転がされたジルは、ようやく開けた場所まで転がり落ち、動きが止まる。


 と、


「ウワ"ァッ……ァア"……コ"」


 先程ジルに体当たりをしてきたスケルトンが、続いて転がってくる。

 さらに、


「ヲ"ォォォ」

「ァァアォ"カ"」


 ボコボコと音を立てながら、数体のスケルトンが地面から這い出てきた。

 さすがに疲労が限界に来ているジルは早々に立ち上がり逃げようとするが、


「……そんな」


 そこは偶然にも断崖絶壁に囲まれた、逃げ場の無い空間だった。

 しかしそんな壁の中に、


「変な、苔……?」


 緑色の丸いものが混じっている気がした。

 ジルは少しずつ近づいていく。あれが見間違いでなければ、


「……ダリル」


「ウワァァァ――――!! 助ケテ! 誰カ助ケテェェェ――――ッ!」


 声を掛けられた苔は驚いて、丸くしていた体を元の形に広げた。

 彼は決して苔ではなく、ブルブル震えながら両刃斧を無駄に握りしめる臆病なリザードマン――ダリルだ。


「こんな所で、何してる? キャンプ場、戻らなきゃ」


「イヤダ! 馬鹿言ウナヨ、じる! アソコハ地獄ミタイダッタ、ミンナ食ワレテイッタンダ……!」


「……! やっぱり、群れが……」


 ダリルは仲間たちが食われゆく様子を見てしまったらしく、恐ろしくなってここまで逃げてきたようだ。


「ア"ァァァ」


 今もスケルトンたちは迫ってきているが、彼は変わらず背を向けている。

 ジル一人ではこの状況は打開できない。


「ダリル。怖いって気持ち、わかる。私だって怖い。死ぬのは、怖い。でも、戦わなきゃ……」


「ソンナ気休メデ戦エルナラ、おいらハ最初カラ戦ッテルサ!」


「そう、だけど……」


「イヤダ! イヤダ、イヤダ!」


 頭を抱えるダリルの強靭な肩に、ジルは手を乗せてみるが、


「イヤダッテ……!」


 ダリルはその手を振り払い、


「ァァァ"」

「ヲ"ォォ」

「オ"ァアッ」


 すぐ背後までスケルトンが迫り、



「言ッテルダロ!!!」



 手を振り払った勢いでブン回された逞しい尻尾が、ちょうどスケルトンたちに直撃。

 乱雑に砕かれただけで死んではいないスケルトンたちだが、少なくとも、まともには動けない。


「アレッ? 何ガ起キタノ?」


「……ありがとう。ダリル」


 動き的には、単に振り返っただけのダリルは粉々のスケルトンたちを見て唖然。

 とりあえずジルがお礼だけしておくと、



「ジル〜っ、大丈夫ですかぁ〜!?」



 気の抜けた声でメロンが斜面を滑り下りてきた。そしてダリルを見るや否や、


「わっ、トカゲ〜!」


「ギャアアアッ誰コノ人! 誰ェェェ!?」


 メロンは『わぁトカゲ』というパワーワードを生み出してから、ジルの体を上から下まで観察してくる。


「っ……そんなに、見ないで」


 またも頬を紅潮させられたが、


「ジル、()()()()()()はどうしました〜?」


「え」


 ――どうやら転がり落ちている途中にはぐれて、別の方へ転がって行ってしまったらしかった。


「う〜ん。ま〜ずっと気絶してるあの人に非がありますし、とりあえずキャンプ場向かいましょ〜」


「エーッ!?」


「文句がありますか〜?」


 驚愕する巨大なトカゲは、銃を向けられて。



「……アリマセン。スイマセン」



 ぺこり、と華奢な少女に頭を下げたのだった。



◇ ◇ ◇



「ふんっ!」


「ヲ"ッ」


 ナイトは両手で刀を持ち、スケルトンの顔面を貫く。


「ウカ"ッ」

「ァアァロ"ッ」


 貫いたスケルトンそのまま、さらに突っ込んできた二体の顔面も貫く。

 一本の刀に三体のスケルトンが繋がっているが、


「どォらァァァッ!」


 おかしなその武器を一発振り回せば、スケルトンたちの体がバラバラになり、そのパーツが散弾のごとく飛んでいく。

 周囲の別のスケルトンや狂人たちの顔面にそれらが突き刺さり、かなりの量を殺した。


 片やニックの方にも狂人が、


「…………」


「コ"ォオォッ」


 突っ込んでくると同時に屈んだニックは、自身の体に躓く狂人を背中の上で転がし、狂人は為す術もなく地面に倒され、


「くたばれ」


 ショットガンの持ち手が頭部を潰す。


 今度は背後からスケルトンが向かってくるが、


「ホ"ゥ」


 振り返りざまのアッパーカットで、顎ごと頭蓋骨が破壊された。



◇ ◇ ◇



 森の中を、ただひたすら走る。


「はぁっ……はぁ……っ……」


 ――最初はスケルトンに追われていた。大量の群れがキャンプ場に雪崩れ込んだのだろう。


「もうっ、どうして……こうなるのよ!」


 どこへともわからない方向に逃げてしまい、ドラクとはぐれてしまい、意味不明だが山から転がってきた赤髪の若い男を背負ってしまい、今も走っている。


 だが今、レイを追いかけている者は、最初とは全くもって違う。



「おいおい、逃げんじゃねぇよ魔導鬼コラぁぁぁ! 正々堂々、俺様と戦えやコノヤローぉ!」



 なぜかレイの正体を知っていて、なぜか釘バットを持って追いかけてくる、ティボルトという男だった。

 彼の怒号を聞くたびに背筋に寒気が走る。


「どうなってんのよ……ってもう無理……はぁ……はぁ、もう限界なんだけど……!」


 ティボルトが何を考えているか不明だが、明らかな敵意を向けられ、さすがのレイも対話を試みたりはしなかった。

 しかし――逃げるにしても、どこへ行けば良いのやら。善意だけで気絶した人を背負ってしまったが、もう息も続かない。


 レイは茂みを抜けると、小高い丘のようになった場所に出る。

 丘の上にある大木の根元に男を座らせ、その横に自分もへたり込んだ。


 ティボルトに、追い詰められたのだ。


「やぁっと観念したかオラ……魔導鬼ぃ、今の内に俺様に頭をカチ割られる覚悟しとけオラ」


 追い詰められたとなれば、もう対話する他ない。

 怖くても、それしかない。


「はぁ、はぁ……何なの!? あんた、いったい何の恨みがあってあたしを追いかけ回すの!?」


「――そんな問答にも付き合えねぇくらい、怒り心頭だからだろうがよ」


 対話など不要らしい。

 ティボルトは一気にレイとの距離を詰め、血なまぐさい釘バットを振り上げ、



「おぉっ?」



 ガクン、と後ろに引っ張られる。



「てめっ――!」



 そして引っ張った人物は、ティボルトが後ろに行く代わりに前に現れ、



「レイに、何してんだ!!!」


「ぶごぉッ!?」



 間に合ったホープ・トーレスは、ティボルトの顔面をぶん殴った。


「あっ……ホープっ!」


 少女は仮面の下で、抑えてたはずの涙を流しながら、満面の笑みを作った。


 ――今の自分はもしかしたら、世界で一番の幸せ者かもしれない。そう思えたから。



◇ ◇ ◇



「てんめぇ……また俺様の邪魔するかコラぁ!?」


「自意識過剰だよ、ティボルト。おれは君を邪魔しに来たんじゃない。レイを助けに来たんだ」


「あぁぁぁ!? ぶっ殺す!!」


 ホープの全力のパンチだったが――さして効いていないような反応のティボルトが突撃してくる。

 釘バットが振り下ろされて、


 ――ガキンッ!


「受け止めやがった……てめぇ、そんなに強そうなタイプだったかオラ!? しかもどこで武器手に入れやがったコノヤロー!」


 ホープは大都市アネーロで偶然手にした武器、マチェテで釘を受け止めた。


「ちょっとホープ、その武器って……!」


「うん。エドワードのだってさ」


 皮肉にも、過去に随分と痛めつけてくれた悪党の所持した武器。

 それを使って戦うとは、どんな厨ニ的展開だ。


「おい、おいコラ! 冷静に会話しやがって、余裕ブッこいてっと血ぃ見るぞコラっ!」


 ホープの態度が癪に障るらしいティボルトは、負けじと釘バットを二回、三回と振り回す。

 対するホープはゆらゆらと後退しながらマチェテで攻撃を受け流していく。


「クッソがぁぁぁ!」


 叫びながら繰り返すティボルトだが、ホープも同じことを繰り返すだけ。


 ――ティボルトが怒りたくなるのもわかる。ホープが落ち着いて戦っているように見えるのだろう。


 だが実際のところは、そう見えるだけ。


 スケルトンの群れに追いかけ回され、階段から転げ落ちたり、窓から飛び降りたり、屋上や道路をバタバタ駆け回ったり、ジルのために体を張って、イザイアスに肩を割られたり、自分の脚を刺したり。

 ジョンに肩を貸して走ったり、重たい銃の入ったバッグを持たされたり、死ぬほどマチェテを振ったり。


 要するに、もう既にホープは、心身揃って満身創痍なのである。

 パンチにも普段以上に力が入らないほど。


 もし、ティボルトが少しでも違う動きをしたら。


「おらぁっ!」


「ぐぶ」


 単純な前蹴りが、ホープの下っ腹を捉える。

 ――避けられないのだ。



「ホープ危ないっ!」



 体をくの字に曲げるホープの後頭部目掛け、ティボルトが釘バットを振りかざす。

 しかし、


「がぁぁっ!」


 ホープは一瞬だけ自分を『獣』にして、ほぼ無意識でタックルをぶちかます。


「うおっ」


 隙を突かれ動揺するティボルト。


 ――後方からレイの声が聞こえる。だから、まだもうちょっと頑張ってみる。

 そもそも、


「そんな痛そうなもの、振り回すなぁ!」


「ごっ!?」


 地面へ倒したティボルトの顔面に、二発のパンチを入れていく。

 ――元々のバットより、釘バットの方が殺傷能力は高いのだろうが、『死』までに感じる『痛み』が長そうで嫌だ。

 普通の木製バットなら、当たりどころが良ければ一撃で死ねそうだったのに。


 このチンピラ、余計なことしやがって――!


「あがぁっ!」


 頭上で組んだ両手を、ハンマーのようにティボルトの顔面に叩きつける。

 疲れきっているからこそ、振り下ろす系の攻撃は全体重の掛かった重いダメージを与えられる。気がする。


 そんなこと考えていると、


「いい加減にしろてめぇ!」


 仰向けのティボルトが放った蹴りが、ホープの鳩尾を突き上げ、少年の体が宙を舞う。

 そして、無様に倒れる。


「こう……なる、よね……」


 もう立ち上がれない。


 ――正直、戦う前からこんな予感はしていた。


 ホープの記憶の中では……ティボルトはリチャードソンのボディブローがほぼ効果無しで、ジョンは腹をちょっと突かれただけで倒れていた。

 確か、ニックにも『戦力』と呼称されていた。


 つまり、彼は小悪党のイメージあれど、間違いなく普通に強い人間なのだ。


 さらにそれを裏付けるように、


「俺様はなぁ……あのフーゼス? とかいう獣人もぶっ殺してここまで辿り着いたんだぜオラ。ここで負けるわけねぇだろ」


「えっ……」


「ふ、フーゼスを……殺したって言ったの? あんた……酷すぎる!」


 獣人は吸血鬼ほどではないが、人間よりも高い身体能力、筋力を持つ。

 卑怯な手を使ったかどうかは置いといて、獣人を殺せるだけでもティボルトは只者ではない。


 ――フーゼス。

 見かけないのは避難したからかと思ったが、この男に殺されたという。


 レイはティボルトに震えた声を向けた。震えは怒りからか悲しみからか、それほどフーゼスと仲良くなったのだろうか。

 話す機会は少なかったが、ホープとしても残念だ。


 それにしても、


「フーゼスを殺してまでレイを殺したい理由って何なんだよ……ティボルト?」


「てめぇら、そればっかだなコラ……」


 ため息をつくティボルト。

 だがホープもレイも疲れ果てて座り込んでいる、この状況に余裕と優越感を感じたか、とうとう語り始めた。



「数ヶ月前……俺の弟は、魔導鬼に殺されたんだ」



 ホープもレイも、息を呑んだ。

 そしてホープはある言葉を思い出していた。


『『死んだ』というか『殺された』。お前らと同じような歳だったぜコラ』


 ジョンから弟の死について問われたティボルトは、そんなようなことを言っていた。

 まさか魔導鬼に殺されていたとは。



「今思い出すだけでもムカムカしてくる……魔導鬼(あいつ)は、頭のおかしい奴でなぁ。こっちが何もしてねぇのに、出会っていきなり攻撃してきやがった」



 どう考えても、それはレイのことではない。レイだって何もわかっていない様子だ。

 ……そんな理不尽な。



「弟もバカだった。兄貴の俺を庇って、飛んできた『魔法』をモロに食らったんだ……爆発して内臓が飛び出したが……弟は、しばらく悶えてた」



 本来、魔導鬼とは『魔法』を自在に使って攻撃や防御ができる種族。

 レイしか見ていないから違和感を覚えるが、本当はこっちが普通なのだろう。



「あいつが悶えてる間、魔導鬼は何してたと思う?」


「…………」


「笑ってたんだよ。転げ回る弟を見て、あのクソ鬼、めちゃくちゃ楽しそうに笑っていやがった……っ! 笑われながら、弟は冷たくなってった……!」


「……!」



 当時の情景を思い出しながら話しているのだろうティボルトは、体の奥底から湧き上がってくる憎悪に喉を詰まらせながらも、弟の死の真相を語り終えた。


「今の俺じゃ勝てない。それをわかってた俺は、その場から逃げた。いつか復讐してやるって、誓ってな」


「ちょっと待ってよ、ティボルト……弟さんのことは同情する。でも、その魔導鬼とレイとは……」


 ホープは当然のことを口にしようとしたのに、



「それじゃ甘ぇんだ。俺は――鍛えて力を得た俺様は、魔導鬼を絶滅させてやんだよぉ!!」


「やめろっ!」



 ホープの制止など聞かず、無関係の魔導鬼・レイに向かって走り出すティボルト。


 その目の前――上から何か降ってきた。


「あぁ!? てめぇ誰だ!?」


 ティボルトの言うように、それは人型で。


「道を阻むなら、排するまでだぁ!!」


 そのシルエットに釘バットが振り下ろされるが、


 ――シャッ。

 あり得ないスピードで、その人型シルエットは攻撃を避けた。

 さながら瞬間移動だった。


 残像を揺らしただけに終わったティボルトは、まんまと出し抜かれたような気がして怒り心頭。


「生意気だぞてめぇコノヤ……」


「――キミさぁ」


 釘バットを横に振ろうとしたティボルトだったが、冷たい声音とともに動きが止まる。



「大切な人が殺されたから、復讐鬼になったってことだよね? それさ、ありきたりな反応なんだよね。ベタにも程がある。まったくもって――面白くない」



 ティボルトの首から血が噴き出す。

 彼は何もわかっていない顔をしながら、けれど反射的に両手で首を押さえて、それで……膝から崩れ落ちた。


 一本の、血を浴びた刀。

 その持ち主は藍色の髪にシルクハットを乗せた奇抜な格好で、中性的な声をしている男。


 男はくるりと、こちらを向いた。


「やぁ、初めまして。ボクの名はヴィクター・ガチェス。気軽にヴィクターとでも呼んでよ。同じグループの仲間なんだからね」


「え、お、おれは……ホープ」


 妙に色白な顔を返り血で濡らす彼――ヴィクターの口元には二本の牙。

 シルクハットを胸の前に持ってきてお辞儀するその姿は紳士的だが、どうやら彼は吸血鬼だ。

 ――それを知り、ホープは思い出す。


『あのヴィクターとかいう頭のおかしい吸血鬼がこの場にいねえからだ。一応あの野郎とは、グループのメンバーを殺さねえ取り決めを結んでるが』


 ニックがいつか、彼について話していた。

 グループの仲間を殺さないよう取り決めをしているらしいが、先程ティボルトがぶち殺されていたのはカウントしないのだろうか。

 レイが助かったからもう良いが。


 そんなヴィクターは、今度はレイに顔を向ける。


「時にキミ、魔導鬼だったんだってね? いやぁそれは大変だったろうね。こんな輩はいっぱいいるからさ人間には」


「ええ……そう、ね……」


「うんうん、やっぱりそうだよねぇ? どう考えても否定できないよねぇ?」


「え……?」


 ――何だろう、あの男。

 ホープにはとても友好的な人物には見えなかった。決して鬼だからと差別しているわけではなく。


 彼の声。彼の顔。彼の言葉、一つ一つに。


 背筋が、心が、凍りついてしまいそうなほどの、『冷気』を感じられる。


 このまま放置していたら、大変なことになる。そんな気がするような。

 ホープは身構えた。


「キミ、知らないとは言わせないよ。『魔導鬼』っていうのは世界中の他種族から嫌われているんだ。そんな苦しい運命を背負う種族に生まれてしまったキミなのに、何故このグループに居ようとする? 元々苦しい人生が、より一層苦しくなるのは目に見えてるよね?」


「う……」


「なのにそんな仮面まで付けてさ、その見ず知らずの赤髪の男まで助けて、チンピラには反撃しようともせず、この青髪のホープを応援する……自分の立場はわかってるかな? キミが魔導鬼だから次々とトラブルが起きるんだ。それでも、どうして、このグループに執着する? 人間と仲良くしようとする? 愚かだと、自分では思わないのかい?」


「あ、あの……」


「理由を答えなよ。早く。それ相応の理由が無いというのなら、ボクは納得がいかないんだよね。そりゃそうだよ。だってキミは嫌われてるのを自分で理解してるはずなんだから。そうじゃなきゃ仮面なんて付けないよ」


 真顔で、抑揚の無い声で、つらつらと冷たい事実を並べていくヴィクター。

 直接的でも、暴力的でもないその恐怖。じわじわと心を蝕んでくるような恐怖の形に圧倒される二人。


 だがレイは、思ったことを答えるしかなかった。


「ええ、人間からは特に嫌われてるわね……あちこちで経験したからわかるわ」


「そうだよねぇ」


「でもあたし、魔導鬼だけど魔法はからっきしなの。だから仲間の魔導鬼からも認められなかった……それで、たくさん数がいる人間に希望を見出したかったの」


「うん。それだけ?」


 退屈そうに聞いていたヴィクターは、先程までとは違う妙に低い声で問う。


「それだけ……よ」


 レイが答える。


 ――ホープは地面を蹴って駆け出した。きっと無駄だが、なるべくヴィクターに気づかれないように。

 なぜなら、



「自分の種族を大切にしないなんて――面白くない」



 今まで刀を動かさなかったヴィクターが、とうとう構え始めたから。

 レイが「ひっ」と声を漏らす間に、ヴィクターは異常な速度で間合いを詰め、



「んん?」


「……ホープ!?」



 ――割って入ったホープの、ちょうど首の辺りを刀で狙うことになる。



(レイは殺させない……!)



 そんな綺麗事も嘘ではないが、とりあえずホープは喜んでいた。


 ヴィクターほど他人の命に無関心な男ならば、ホープのことを一撃で斬り捨ててくれて、何の後悔もしないだろうから。



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