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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第96話 『――知らねえか』



「あぁクソッタレ、すっかり夜になっちまった……スケルトンに遭遇して面倒なことになる前に、キャンプに戻らねぇとな」


 ここはバーク大森林。


 歩きながらボヤいているのはリチャードソンで、彼はハントを守れなかった失態を墓場まで――というかニックの耳に入るまで引きずらなければならない。

 ニックの耳に入ったら、そこが墓場となるかも。


「うぅ〜重い〜っ! この終末世界でこんな重たいバッグ運ばせるの、あなたたちくらいのものですよ〜!?」


「黙って持てよ蹴り娘。あのニックがリーダー張ってんだ、特殊なグループなのさウチは……というか、お前さん連れて行って大丈夫かねぇ……」


「大丈夫に決まってます〜仲間が増えるんですからニック・スタムフォードも喜んじゃうでしょう〜」


「あいつは滅多なことじゃ喜ばねぇよ……」


 どうやらこのままついてくる気らしいメロンは、銃のバッグを持たされていた。

 ボヤく割には元気そうだが。


「でもメロン、銃、使える。ニックも、多少喜ぶ……かも?」


「わ〜、全っ然心強くない疑問形のフォローありがとうございますジル〜!」


「あと、私も、重い。メロン、この人もお願い」


 ジルはというと、名前すらわからない赤髪の男を背負って歩いている。

 すっかり荷物持ちの扱いを受けそうになるメロンは目を見開き、


「クソ重いバッグ持たす上にその男まで背負わせるんですか〜!? スパルタ〜!」


「だってメロン、強い」


「理由が浅い! ……ってゆ〜かその男が羨ましいですよ。ジルの背中の感触や、頭の匂いを堪能できるんですからね〜! い〜な、い〜な〜」


「……ひゃんっ」


 メロンはジルの被るフードを剥がし、ジルの髪に顔をうずめて鼻をスンスンしている。


 横で見ているホープは、


「頭おかしいよこの人……」


 眉尻を下げ、メロンの変態っぷりにドン引き。

 ホープに肩を貸してもらっている負傷者のジョンは、


「じ、女性同士だとアレも許されるんですか……め、メロンさんズルいです」


 同じジル好きとしてメロンに嫉妬している。

 ――だが、



「あれ? も、もしかして、もうキャンプ場は近いですか? リチャードソンさん」


「そうだが……どうかしたか? 眼鏡の坊主」


「妙に、さっ、騒がしい気が……!」



 ジョンの聴覚は、キャンプ場の大トラブルを完璧に言い当てた。

 その直後、



「アカ"カ"ッ!!」


「うっ!?」



 いきなり現れたスケルトンがジルに体当たりし、背中の若者ごとジルは斜面を転がっていってしまう。


「ジル!? ホープこれ持ってください!」


「えっ!」


 ジルと男を、拳銃を構えたメロンが追いかけていってしまった。

 ホープに銃のバッグを押し付けて。



「必ずあの二人連れて行きます〜! 皆さんはキャンプ場とやらに急いでくださ〜い!」



 それはメロンの咄嗟の判断であった。リチャードソンは彼女の意思を汲み、


「……確かに、それが良い。急ぐぞ!」


 ホープとジョンと銃のバッグを伴って、キャンプ場へ全力で走るのだった。

 ――嫌な予感しかしない。



◇ ◇ ◇



「ぎぃぃぃ、やぁぁぁぁ!!!」


「ォォオア"」

「ラ"ァッ、アカ"ァッ」


 走り疲れを忘れるために叫び続けるドラクは、数えるのも嫌になる量のスケルトンや狂人たちに追いかけ回されていた。

 ドタドタ、ドタバタ。

 人間、本当に死の間際に立たされれば、他人の目など気になりはしない。恥ずかしく、ダサく、格好悪いフォームで、けれど必死に、足を前へ進めるのみだ。


「やべぇ! やべぇ! キャンプ場も埋め尽くされてらぁ! オレどこ行きゃ良いんだ!?」


 ドラクはつい先程まで、レイと一緒にキャンプ場から少しだけ外れた場所にある丸太に座っていた。

 キャンプ場に戻れば誰か守ってくれると思ったのに、守る助ける以前に誰もいない。


 まさか、みんな食われて……


「いや、そんなはずね――どわっ!?」


 つまらない思考はドラクを俯かせ、彼の視野を狭くした。

 目の前の狂人に気づかず、思いっきりぶつかって尻餅をついてしまったのだ。狂人も背を向けていて、無抵抗で倒れたのだが。

 ――にしても、妙な気分だった。


「狂……人……か?」


 ドラクは顔を上げ、立ち上がろうと地面に手をつく、狂人の顔を拝む。


「ウゥ"……ゥ"」


「ハントじゃねぇか……!? おま、お前何で死んでんだ! どうしてここに……」


 どう見てもハント・アーチだった。彼は大都市アネーロに行っていたはずなのに、特殊部隊に所属する軍人のはずなのに。


 ハントに気を取られていると、


「コ"ァァァッ!」


「あ……」


 背後から別の狂人。

 ――右耳に、熱い息がかかるほどの距離。ドラクは死を悟った。


 そして、



「ぬああ!」


「オ"」



 ――まだ『死』がやって来ない。


「てめえ。どこにも姿が見えねえと思ったら、まだキャンプ場(こんなとこ)にいやがったか」


「んにに、ニック・スタムフォード!?」


「……フルネームで呼ぶんじゃねえよ」


 ドラクが噛まれる寸前――ニックが狂人の髪を引っ張り、コンバットナイフで脳を貫いたのだった。

 彼がキャンプ場を『こんなとこ』と呼ぶ理由は、


「今、他の奴らに車で避難場所を探させてる。ここはもう使い物にならねえからな」


「マジか」


 リーダーとして、グループの在り方を未来へ進めているからだ。

 そして彼がここに残っているのは、


「ドラク、近くにてめえ以外の生存者はいるか? 行方不明の奴が多いんだが……こちとら、アネーロへ行った奴らの帰りも待たなきゃいけねえのに」


 行方不明のメンバーを探すのと、出張中のメンバーが被害に遭わないように待つのと、二つの意味がある。


「だ、誰が行方不明だ……!?」


「ああ? フーゼスにティボルト、ダリル、仮面の女レイ、ナイトにヴィクターだ。ヴィクターはいつもいねえから考えなくていいが」


 その中には、ドラクの聞き流せない名前が。


「クソ、レイっち……やっぱ見つかってねぇか!」


「何を言ってやがる?」


 サングラス越しにドラクを睨むニック。だがその圧に負けずドラクは口を開き、


「レイっちとは一緒にいたんだが、はぐれちまったんだ! この量のスケルトンだ……大目に見てくれ」


「……死んじゃいねえよな?」


「わ、わかんねぇ。オレの見てた限りは大丈夫だったけどよ……」


 正面にて立ち上がろうとしている金髪の狂人を見やりながら、ドラクとニックが話していると、


「キ"ャアッ」


 突如、横から突っ込んできたキャンピングカーに狂人がはねられた。

 車の上には大砲のようにも見える謎の兵器と、その横で操作する人影――ローブから暗視ゴーグルだけ覗かせる謎の人物がいる。


 ドアからはコールが手を振りながら出てくる。


「よっ、リーダー」


「良い場所を見つけたか?」


「それがねー、なんか『廃旅館』? みたいなのがあったよー。ボロボロの極みって感じだけどー、雨風くらいは凌げると思うわー」


「……よし。コール、そこまでの簡単な地図を作成しろ。それが終わったらドラクも車に乗って、てめえらそこで待ってろ」


 こんな森の中なのにどう地図を描けと言うのか。

 コールは「え、マジー?」と嫌がりながらも紙を取り出しガリガリとペンを走らせる。


 空気の読めないドラクは、


「な、なぁおいコール」


「んー?」


「車の上に乗ってる奴、顔も見えねぇけど……ひょっとしてあいつが『カーラ』か?」


 今はどうでもいいだろ。と怒られるに決まっている、くだらない質問を飛ばす。

 しかしコールは地図を描きながら、八重歯を見せた笑顔で頷き、


「そだよー。あの兵器、即興で造ったとか言ってたなーあいつ」


 しっかりとドラクの質問に答えてくれた。


 車の横にある妙な袋に、生き残ったらしいエディとシャノシェがゴミやガラクタや土や石を放り込む。

 そしてその袋から伸びるチューブが、例の『大砲』へと繋がり、


 ドッドッドッドッドッドッドッ――――


 そんなような音とともに、放り込まれたゴミたちが、高速の弾幕と化す。

 剥き出しの歯車が猛烈に回転し、剥き出しのタンクの中で燃料らしき液体が沸騰して煙を噴き出す。


「ワ"ッ」

「ォォア"ァッ」

「ウ"エェ」


 砲手カーラの腕も相まって、弾幕は次々と周囲のスケルトンや狂人の頭部を吹き飛ばしていく。

 とんでもない発明品だ。しかも即興だなんて。


「半端ねぇなあの発明……ってかオレ、一年前からグループにいんのにカーラ初見だわ。まぁローブで何も見えやしねぇけど」


「あいつの引きこもりようマジ芸術だわー。地図もうちょっと待ってなー」


 ――二人して特殊な性格の人間だからこの状況で世間話などできるが、実際はそんなに穏やかな状況ではない。


 ニックは地図作成を待ち、コンバットナイフを振り続けている。

 ふいに、


「さっきからあの狂人が目障りだな……何だあいつ、体がボロ過ぎて立ち上がれねえのか」


「っ」


 ようやく立ち上がって、こちらを向こうとしている金髪の狂人。

 ニックの呟きにドラクは小さく息を呑む。


 なぜなら、奴が振り返れば、


「ゥ"ゥウ"」


「……おい……おいおい……どういうことだ。どう見てもありゃあ……」


 ニックが『その名』を口に出す直前、



「……ハント、だ」



 狂人ハントの側頭部が、どこからか飛来した一発の弾丸によって貫かれた。

 撃ったのも、答え合わせをしたのも、


「リチャードソン……!」


 回転式拳銃を構え、気まずそうに目を逸らすリチャードソン。

 そして、


「眼鏡のガキに……青髪のガキ?」


 ホープが脚を負傷したジョンに肩を貸し、銃のバッグを持っていた。



◇ ◇ ◇



 どうにかこうにか、何体もの死者たちと戦って、ここまで辿り着いた。

 ホープはジョンと銃のバッグを足枷にして、マチェテを振るしかなく、地獄のように疲れた。


「もう地獄は飽きたよ……はぁ、はぁ……」


 傷だらけもいいところなホープたちを見て、ドラクが何を言うか。

 彼はホープが予測してた通り、


「……ジルは? ライラって女は?」


 まず最初にジルの心配をした。


「ジルなら……たぶん生きてる。ライラさんは死んじゃったけど他に援軍もいてさ、それがジルを助けに行ってるから……た、たぶん大丈夫」


「『たぶん』を二回も使ってんじゃねぇよ……ジョン、その傷は?」


 巻かれた包帯に血が滲む、ジョンの脚を見て心配するドラク。

 ジョンは苦しそうに眼鏡を整え、


「そ、その援軍さんに撃たれました……」


「ジルを探せ! みんなで! 今すぐ! 殺人鬼に追われてるぅぅぅ!」


「色々あったんだよ……結論が早いなあ……?」


 そんな茶番をやっている場合か。とホープはさすがに怒りたい気になってきた。

 が、流れを止めたのはドラクだった。



「って、てかホープ! レイっちが、レイっちが行方不明なんだよ! ……しかも、その! お前にしかわかんねぇ『都合』ってのが……ティボルトにもすげー関係あって……」


「レイが……?」



 ドラクが何を言っているのか、何を伝えたいのか、一つもわからない。理解できない。汲み取れない。


 ただ、


「どうせ……悪いことが起きる」


 ホープの悪い予感は、どうにも外れたことがない。

 今は、とてつもなく悪い予感がする。


 まだ説明を続けようとしているドラクを遮るような勢いでホープは、


「レイがだいたいどっちの方向にいるか、それくらいは知ってるの? ドラク」


「それでオレは逃げろって言ったんだけども――えっ? あ、あぁ、途中まで一緒だった。向こうだ。ほら、丸太がポツンとあるあっちの方向」


 ホープはドラクが指差す方向を見やり、


「ジョンをお願い。あと、この銃は……」


 ドラクにジョンを任せた。そして行き場の無くなりそうな銃のバッグを、


「俺が預かろう」


「……!」


 ニックが、受け取った。

 若き隊員の死をたった今知り、内心は尋常でないくらい動揺しているはずのニックが。



「ホープと言ったか? ……正直、てめえが生き残り、戻って来るとは予想してなかった」


「だろうね」


「しかも銃まで回収していたとは」


「それはおれの手柄じゃないよ。あのさぁニックさん、おれ急ぐから話は後で。ごめんなさい」



 ホープは軽く頭を下げ、反対方向へ走る。

 近寄るスケルトンをマチェテで倒しながら、全力疾走を止めはしない。


 妙に改まって話すニックが、今のホープには鬱陶しくてしょうがない。


 ――レイを探さなければならないから。


 ティボルトというチンピラは、元からレイへの当たりが厳しかった。

 その理由が今になって爆発したのか。事情など知らないが、急ぐべきだ。


 とはいえ、


「ホープ行け! 何だか知らんがやっちまえ! お前は、やればできる子だぜ!」


 ドラクの立てた親指に、少しばかり勇気は貰えたかもしれない。



◇ ◇ ◇



「本当に……本当に、すまねぇ! ニック……俺はとんでもねぇことを……」


 ニックに土下座をする、リチャードソン。


 ドラクとジョンはそんな珍しい光景に、完全に圧倒されていた。

 事情はわからないけれど。


「ニック……許せねぇだろ? 俺を殺してくれて構わねぇ……本気だ」


「「え!?」」


 立ち上がったリチャードソンの一言に、驚愕するのはドラクとジョンだった。

 肝心のニックは――リチャードソンの額に拳銃を突きつけた。


「ちょちょちょ、バカな冗談やめろって!」


 ドラクの制止など無意味に等しいが、



「……するわけ、ねえだろ」



 俯いたニックは銃をしまう。そしておもむろにコールの方を見ると、


「お、リーダー察し良すぎー。地図できたよー、さっさと乗ってこー」


 ちょうどコールが地図を描き終えるところで。ニックは地図を受け取る。

 そしておもむろに、近くの茂みを見る。


「……悪ィ! 手間取った!」


(おせ)えぞナイト!」


 またしてもちょうど、狂人の返り血で自分を濡らすナイトが飛び出してきた。

 ――状況が整いつつある。


「そろそろ発明家女の兵器も、頃合いだろう」


 話している間ずっと稼働していた謎兵器だが、ギシギシと変な音がし始めた。煙も出ている。

 下で肉体労働していたエディとシャノシェも体力の限界を迎えそうだ。



「まだまだ合流できてねえ奴が多い……俺とナイトでここを請け負う! それ以外の全員、車に乗って廃旅館に向かえ! ――もう誰も死ぬなよ!?」



 力強い、号令。


 それを聞いたリチャードソンは首を振って迷いを払い、車へ。

 コールも顔色の悪いジョンに手を貸し、車へ。

 エディとシャノシェも車に飛び乗り、カーラも壊れたらしい発明品を捨てて車へ。


 残るはドラクだけだが、


「おいおい! ナイトはこのスケルトンの量でもギリ何とかできるかもしれねぇけど、ニックはどうなんだ!? お前が死んじまったらどうすんだ!」


 あくまで普通の人間であるニックが心配だから、車に乗れないでいるのだ。



「このアホンダラ……『P.I.G.E.O.N.S.』における、俺の得意分野を知らねえか」



 首を傾げるドラク。


 ――ニックは銃のバッグからショットガンを取り出して、その銃身を握る。

 打撃武器のように振り回し、


「ォォ"アッ」

「ケ"ッ」


 近寄るスケルトンどもをパワーで吹き飛ばす。


 スケルトンも狂人も、彼に近づいては頭を、胴体を、粉砕されていく。

 吸い込んでは無に還す――まるで暴力の竜巻。


「カ"ァア!!」


 同時に突撃してくる三体ほどのスケルトンに、


「うああ!!」


「ア"ッ――」


 散弾銃の弾幕を浴びせ――




「『制圧』……だ」




 当然、群れを全滅させるなんてことはできない。ただ、ニックには生き残る力があった。

 向かってくる敵を圧倒的な力でねじ伏せる。それがニックの得意分野だから。



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