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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第95話 『償いの剣技』



 遅くなってしまった。


 悲鳴を聞いたオズワルドが、脇目も振らず走っていってしまうと、その後は大変だった。

 無口な男――エディは、ポールの泣き叫ぶ声に寄ってきた死者たちに道を阻まれた。


 オズワルドに、ついていけなかったのだ。


「…!」


 ようやく辿り着くと、そこに広がっていたのは地獄でしかなかった。


 二メートルを超す狂人――

 この群れはやって来た方向的に、大都市アネーロで生まれた群れの可能性が高い。

 あの規模の街なら、このくらいの大男は何人かいるだろう。うっかり噛まれてしまえば、手に負えない怪物の完成である。


 左腕と右脚が見当たらないカトリーナ――

 もっと心臓とか頭とか、一撃で逝ける部位を狂人が狙ってくれたらどんなに楽か。

 あの姿じゃ、生き地獄だったろう。


 そんな姉を抱いて呆然とするシャノシェ――

 嗚呼きっと、カトリーナが四肢を食われていく様を、オズワルドの体が二つに分かれる瞬間を、時間を掛けて見せつけられたことだろう。

 彼女は、今が生き地獄だ。


 そしてオズワルド――

 仲間を決して見捨てない、優しさと勇気に満ち満ちた男。

 なのに、あんなに弄ぶような殺し方をされて。



「…」



 エディはもう、我慢ならなかった。

 ――自分の遅さに。弱さに、無力さに。タイミングの悪さに。


「…」


 だから、ロングコートの懐から鞘に入ったままの両刃の長剣を取り出して。

 伸ばした両手でそれを持ち、自分の顔の前まで掲げる。


「…」


 静かに鞘から剣を抜き、


「…」


 鞘を――左手で、空高く投げた。回転しながら、鞘はやや前方へ進みながら飛んでいく。

 投げた直後、エディは風になる。



「…!」



 一撃目。

 背後から迫ってくる狂人と化したポールを一瞥、そして顔を斜めに斬り上げて殺す。



「…」



 走り出し、二撃目。

 上半身だけで転化したオズワルド。シャノシェを狙って這いずるその頭に剣を突き立て、抜き取る。



「ッ、カ"アアアア"ア"ア!!」


「…」



 三撃目。

 振り抜かれた巨漢の狂人の右腕を躱し、後ろ蹴りでその腕を突き上げる。


 四撃目。

 突き上げた右腕を斬り飛ばす。



「オオ"オオオオオ"ッ」


「…」



 五撃目。

 目にも留まらぬ居合斬りで、残る左腕を斬り飛ばす。これにより狂人の背後を取る。



「ッ、ア"アアカ"アアアアアア!!」



 六撃目。

 腕無しの狂人が振り返りざまに大口を開けて突っ込んでくる、



「ア"ッ――」



 その速度を利用して、軽く剣を振り、首を斬り飛ばす。

 肉塊という本来あるべき姿を取り戻した狂人の体が、轟音とともに倒れた。



「…」



 ――血濡れた長剣をサッと拭う。


 そして――落ちてきた鞘をキャッチし、抜いた時と同じように、両手で静かに剣を納めた。


「ア"ウッ! カ"ウッ!」


 あとは地に転がってもまだ黙らない狂人の頭部を踏み潰し、シャノシェの周囲の敵を片付けるだけ。

 そう思いエディは歩き出すが、


「――――!!」


 闇夜を切り裂くような眩いヘッドライトとともに、突如キャンピングカーが突っ込んでくる。

 スケルトンを吹き飛ばしながら、そのタイヤが、転がる狂人の頭を踏み砕くと急ブレーキ。


「よいしょー」


 側面に付いたドアをキックで開ける女性――不眠症のコールが登場。



「夜は、アタシの独壇場さー!」



 彼女は拳銃を構え、シャノシェに群がろうとするスケルトンたちを次々に仕留めていく。

 リロードしながら、距離を詰め。距離を詰めながら、また射撃の嵐。


「ありゃー、お姉ちゃん噛まれちゃったー……?」


 ゆったり歩きながら、とんでもなくスマートに近くのスケルトンを片付けたコール。

 シャノシェに近寄れば、当然の疑問が湧いて出る。


 コールは少女の肩に手を置き、


「……辛いなー。でも、わかってるっしょー?」


 間延びする喋り方はいつも通りだが、表情は硬く、声のトーンは明らかに普段と違う。

 シャノシェに本気で同情しながらも、同情だけでは進んでいけない、と知っている者のトーンだ。


「わかんないっ……わかんない、よぉ……」


「やれそうー?」


「何言ってるのか、わかんないぃぃ……」


 駄々っ子のように泣くシャノシェ。

 彼女は、この期に及んでまだ守ろうとしているのか、姉の体を抱きしめる。


 抱きしめられる姉の方はというと、


「ァ"」


 転化する、だけ。


「……悪いなー」


 コールはもちろん、引き金を引いた。

 抱きしめるシャノシェの顔のすぐ横で、狂人カトリーナの脳が吹き飛んだ。


「ううっ……ぁ……」


 顔の右半分を姉の脳みそで濡らしたシャノシェは、今度は静かに泣き始める。

 ――わかっていたのだから。トドメを刺さなければいけない、ということなんか。


「…」


 傍観していたエディだが、


「アンタも大変だったみたいだねー……歓迎するけど、乗ってくー……?」


「…」


「寡黙な男ー。へっ、渋いねー」


 首を傾けてキャンピングカーを示したコールに、無言で頷いて『肯定』する。

 続けてコールは、


「ほら……アンタは強制だよー」


「いやだ、いやだいやだぁ……!」


 シャノシェに弱々しく殴られながらも、少女の服の襟をひっ掴み、車へと連行したのだった。



◇ ◇ ◇



「……あ?」


 ある男が、随分と手遅れな時間に目覚めた。


「どうなってんだァ、こりゃ……」


「ウァア"」

「ロ"ォォオォ」


 肉体的にも精神的にもストレスが未だ抜けず、普通に爆睡していた吸血鬼――ナイトだ。

 目を覚ますと、周りには呆れるほどに大量のスケルトンと狂人。



「とりあえず……そこどけ」



 ぐるりと一回転しながら刀を一振り、取り囲む五体ほどのスケルトンたちを斬る。

 さらに地を蹴りつけるように跳躍、正面にいたスケルトンの顔面を踏みつけ、


「っらァ!」


 その頭蓋骨を粉砕しながら再跳躍、道を阻む狂人たちを、


「るァ!」


 空中で縦回転しながら、斬って斬って斬り開き、何事も無かったかのように着地して駆け出す。

 他の生存者たちを手伝いに行くのだ。



「俺としたことが情けねェ……!」



 自分に少しでも、できることがあれば。

 そう願って。



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