第94話 『連鎖する悲劇』
――すっかり夜に包まれたバーク大森林と、生存者たちのキャンプ場。
焚き火の余韻もすっかり冷めて、グループの面々は寝床につく準備を始めつつあった。
見張りはフーゼスが買って出てくれるので、全員が安心している。
「今日も薪を集める作業、疲れたなぁ」
「マジそれ! 早めに寝ちまおう」
「…」
あるテントで今日も寝る男三人組も同様、安心して眠りに入ろうとしていた。
――ホープと同じ青髪を持つオズワルド。
七色に染めた短髪がそのまんまで、その点をよくイジられるポール。
黒髪のロン毛で、ロングコートをよく着用している無口な男エディ。
三人はスケルトンの世界に変わる前からの仲であり、世界が変わっても行動を共にした。
こうしてグループに入っても、関係は変わらない。
「あークソ、俺ちょっと小便だわ」
「…」
「はは。クソなのか小便なのかどっちだよ」
小便だっつってんだろ、と下らない会話を繰り広げてからランタンの明かりをつけるポール。
テントの出入口であるジッパーを開けて外に出
「コ"ォォオォォア"ッ」
「は?」
一歩踏み出した瞬間、ポールの首にスケルトンが噛みついてきていた。
「ぇああ!?」
痛みに耐えながらもテントの中へ戻ろうと、逃げ込もうとするポール。
しかし、
「ウオ"ォォ」
「キ"ャァァァァ」
「やめろやめろやめぁああああ!!」
外のスケルトンの数が多すぎて、腕や足を引っ張られ、テントのジッパーを掴むことしかできない。
体じゅうを噛まれ、もうどうしようもなくなり、
「おっ、オズワル――ぅぅっ」
足を引っ張られたことでジッパーを閉じることとなり、泣き叫びながらポールは引きずられていった。
死者どもの、闇夜の円卓へと。
――突然すぎる、無慈悲すぎる出来事に、オズワルドとエディはテントの中で硬直していた。
だが次の瞬間には、
「ァァァァア"ア"ア!!!」
「うわぁっ!?」
「…!」
テントを突き破りそうな勢いで、何体ものスケルトンたちが迫ってくる。
肉を求め、口をパクパクと動かしているのが、布を通じてまじまじと見せつけられる。
手の形をした布が飛び出し、ランタンが倒れて割れる。
もう全方向が亡者たちに囲まれている。
とうとう、最初に突撃してきたスケルトンが布を破って侵入――
「せいっ!」
「カ"ッ――」
と同時に、オズワルドの短剣が頭蓋を貫いた。その隣のスケルトンもオズワルドのもう片方の短剣の餌食となり、
「行くぞエディ!」
「…!」
オズワルドの短剣二刀流、そしてエディが繰り出す蹴りで、一点突破。
一方向のみのスケルトンを薙ぎ倒し、逃走経路を確保したのだ。
そして、
「ポール……どけどけぇ!」
未だポールの体を食い漁るスケルトンたちを殺し、オズワルドは友の亡骸に走り寄る。
七色の髪が赤色一色に染まり、見る影もない。
このまま放置すれば、どうなるかは知っている。
「すまない……!」
短剣一本を鞘にしまい、もう一本を震える両手でどうにか握る。
動かないポールのこめかみに、刃の狙いをつけ――
「きゃああああ――――っ!」
そう遠くない場所からの悲鳴を聞き、こんな細々としたことをやっている場合ではないと察する。
「そうだよ……俺たちだけな訳がない!」
大量のスケルトンや狂人が群れをなし、このキャンプ場を侵略している。
このまま終わらせることはできない。
だって、もうオズワルドたちは、三人ではない――ポールがいなくなったから二人、ということでもない。
「みんなを助けよう。手遅れでも、できる限り……!」
10人なんて人数には収まらない、共同体の中で生きているのだから。
◇ ◇ ◇
――ジルもいない、なぜかレイもいない、女子テントの中にはカトリーナとシャノシェの姉妹しかいなかった。
寝入ろうとした瞬間、嫌な予感がすると言って姉のカトリーナが外へ飛び出したが、
「お姉ちゃん……?」
姉の悲鳴が聞こえ。
――遅れて出てきた妹シャノシェが見たのは、見たくなかった、見なければ良かった景色。
「う……うぅ……」
「オコ"アアアアアア!!!」
身長は二メートル以上、しかも嘘かと思うほど筋骨隆々な、超巨漢の狂人がいて。
そいつが巨大な手で、カトリーナの顔を鷲掴みにしているのだ。
「何、こいつ……」
シャノシェは、口しか動かせない。
――もちろん、カトリーナもシャノシェも、幾度となくスケルトンや狂人と戦ってきた。
だが、こんな大きな狂人、見たことがない。
シャノシェは姉が苦しんでいる様を見ながら、恐怖で体が動かせなかった。
それほどまでに、あの狂人は強大。勝てる気がしないし、そもそも出会った瞬間に戦おうという気が削がれる。それほどなのだ。
「ハ"アアアアアアア"!!!」
「ひゃ……あっ……」
カトリーナの軽い体は、鷲掴みにされた顔ごと簡単に持ち上げられ、狂人のもう片方の手がカトリーナの下半身を掴む。
「いっ!? いぃ……いっ、ああああ!??」
「アク"ッッッ!!」
バクリ。
狂人の巨大な、万力のような顎が。石臼のようにゴツい紫の歯が。
カトリーナの左腕を、肩や胸ごと持っていった。
「え……っう……」
片腕を失ったが、痛みより絶望が勝ってしまって何も叫べないカトリーナを、狂人はさらに手の中で転がしてから、
「あっ、あ……あ……ひぅっ」
「ア"ァァー……ム"ッ」
今度は彼女の右脚を、太腿まですっぽり咥えて、
「あぁああぁ――――っ!!」
さらなる絶望に泣き叫ぶしかないカトリーナの反応を楽しんでいるかのように、ゆっくり、ゆっくりと噛み潰していき、
「やめろぉ、くたばれ!!」
横合いから、ジャンプしてきたオズワルドの短剣が炸裂する。
それは狂人の頭には刺さったが、
「あっ」
脳には届かず――カトリーナは二つ目の四肢を失うこととなった。
狂人は、ゴミのようにカトリーナを投げ捨てた。
「こいつぅぅぅッ!! 俺たちは遊び道具や何かじゃ、ないんだぞ!」
力の格差に激怒するオズワルドが、勇猛果敢に挑んでいく。
――その戦いの端っこでは、姉妹の細々とした会話があった。
「お姉ちゃん、嘘だよね。こんなの、嘘だよね」
「い……や……嘘じゃ……ない……」
「嘘じゃないなら、夢? 夢なんだね? そうでしょ? ……そうだと言ってよ!!」
「げん……じつ……だ、から……このバカ……」
カトリーナは唯一の腕である右腕でシャノシェに拳骨をかますが、威力はそよ風にも満たない。
座り込んで、姉を両腕で抱えるシャノシェの服が、どんどん血に染まっていく。
まさか姉の血や内蔵で服を汚す日が来るとは、思ってもみなかった。
「ヤバい……ね……これ……じゃ……すぐ死んで……化け物に……なっ……ちゃ……」
流血のペースが異常だ。
といっても当然である、四肢のうち二つを失うという異常事態にみまわれているのだから。
――人類や人外は、奴らに噛まれた上で死んでから、蘇って、奴らの仲間入りを果たす。
元々スケルトンや狂人の紫色の歯には、どうやら人間を殺す成分、蘇らせる成分が含まれているようだが。
痛みや出血多量で先に死ぬなら、その成分のスピードを上回って、仲間入りまでの時間が短縮されてしまうのだろう。
「言うこと……言わなきゃ……ね」
短い間に、すべてを吐かねば。妹に、後を追わせることだけはしない。
「は? 何言ってんのお姉ちゃん……こんな時にまでふざけないで……」
「シャ……ノシェ……わた、し……も、ハントくんのこと、好きだ……った……」
「えっ!?」
「でも……でも……っ、あんたの……幸せを、幸せな姿を、見たかった……邪魔、した、く、なくて……」
「え……」
気力だけで喋るカトリーナの両眼から、光が消えていく。
「だか……ら……あんた、し……幸せ……に……なって――」
カトリーナの体は重力に負け、シャノシェの腕に全体重が乗った。
命の灯が、一つ消えた。
そして、
「や、やば……っ!」
多少傷が付いただけの巨大な狂人の、その片手に、両足を掴まれて宙吊りにされるオズワルド。
だらりとした両腕ももう片方の手で掴まれて、
「それは、やめろ、ダメだ、ダメだダメだ、よせぇぇぇああがぁぁあ――――!!!?!?」
――引き、千切られた。
というより、裂かれた。上半身と下半身が、上下に裂かれたのだ。
爆発したかのように血塊が噴出するが、
「ふ、あ……はっぁ……」
上半身だけのオズワルドは、それでもまだ息をしている。人間の頑丈さは時として残酷だ。
彼も、胴体を少し囓られてからゴミのように捨てられて。
ゆっくりと、時間を掛けて、もう一つ命の灯が消えていった。
胴体を囓られたから、彼も転化する。
――シャノシェは、姉の最期のメッセージを聞いてもどうしたらいいかわからない。
ただただ死体を抱えて、呆然としていた。
一人残された彼女に、周囲のスケルトンや狂人が続々と狙いをつける。
そして巨漢の足音が近づく――




