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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第93話 『優しいワンちゃん』



「ぐっ……ティボルト!! その釘バットは、何だ!? ドラクを狙っているのか!」


「てめぇに関係ねぇだろバカヤロー」


 横腹の傷が痛んで立ち上がれないでいるフーゼスを、ティボルトは鋭い眼光で睨み続ける。


「黙ってりゃ、てめぇは死なずに済んだんだよコラ。俺様の目当ては、あの仮面の女だけだオラ」


「レイを……!」


「とりあえず死ねやコラ。邪魔なクソ犬が……」


 ティボルトがとうとうバットを振り上げる。

 まだスケルトンの群れが迫っていると、誰にも報告できていないフーゼスは掌を彼に向ける。


「ま、待つんだティボルト! オレたちは仲間だろう! 話し合おう、わかり合おう!」


「何が『仲間』だコラ、俺様たちはただの『共同体』。互いを利用し合って生きていく、それだけの関係なんだよコノヤロー!」


「くっ……! ならせめて、スケルトンの群れが来てることを皆に伝えて――」


 説得など、こうなったティボルトにはもう通用しない。


「誰が伝えるかよオラ。単なる共同体に、てめぇみたいに情を持ち込んじまうと――こうなるんだよコラぁ!!」


 振り下ろされる凶悪なる武器。

 フーゼスは――素早く立ち上がり、躱す。


「てめ……」


 躱したままの勢いで、ティボルトの腹に、


「おぶっ!?」


 蹴りを入れる。


「舐めんな、コラぁぁぁ!!」


 蹴りは、どてっ腹に鋭く侵入したはずだったが、頑丈なティボルトはすぐに釘バットを横に振るう。

 だがフーゼスはそれも屈んで躱すと、


「がっ!」


 彼の首をハイキックで打ち、


「うぅお……!!」


 顔面に拳をぶち込み、そのままティボルトの後頭部を地面に叩きつける。

 白目をむいたティボルトは、動かなくなってしまった。



「……言っただろう!? 力任せに暴れるだけの君は、子供と何ら変わらない! ……いてて!」



 ――フーゼスの、勝利。

 やはり獣人の基礎身体能力は、人間を凌駕しているので、当然の結果ではある。


 まだ痛む横腹を押さえながらも、フーゼスはキャンプの方向へ走る。


 走る。


 走る。



「逃がすか、オラぁぁぁ!!!」


「っ!?」



 フーゼスのすぐ背後から、殺気が迫る。

 とうとうナイフを取り出し、


「くっ!」


 振り下ろされる、バットに何本も突き刺さる釘をナイフの刃で受け止めた。

 気絶したはずのティボルトは、ピンピンしている。


「何が何でもオレを殺したいようだな!」


「そりゃそうだろコラ……邪魔に邪魔を重ねようなんて、させねぇぞコノヤロー!」


「邪魔を……重ねる……!?」


 今、フーゼスがしようとしていたことは、スケルトンの群れの接近をグループの面々に伝えることだけだが――


 そして、真実が見えてくる。


 できれば間違いであってほしい……


「まさか! まさか君が、群れを呼んだとでも言うのか!? ティボルト!」


「そうだが。だったら何だよオラ……?」


「っ!!」


 ティボルトが、群れをここに誘導してきた。それこそが真実。

 動揺するフーゼスに、彼は容赦なくバットを振るう。


「オラっ! らぁっ!」


「……っ!」


 避けたりナイフで防御しながら、フーゼスは、


「何を考えているティボルト!? おかしな話だ! 君の目的はレイだけなんだろう!?」


 まだ、彼の説得を試みる。無駄だとわかっていながらも、だ。

 ティボルトも攻撃の手を休めずに、


「あの女だけは()()()()()殺してぇんだボケ……だがあのリーゼント野郎や小太りジジイも、俺様の邪魔してくるんでな。スケルトン利用して潰してやんのさ、こんなグループはコラ」


 答えて、そして、


「うあぅっ!?」


 抉れたフーゼスの横腹に、追加の蹴りを叩き込む。

 ギリリッ、と獣人は歯を食いしばる。


「うぐっ、こんのぉぉぉぉ!」


 さらに痛みを叫びで誤魔化すフーゼスは、


「いっ、でぇっ!」


 ナイフを二度振り回し、ティボルトの手首と腿を切りつける。

 浅い傷だが、


「クソがぁ……っ」


 ティボルトは座り込む。その様子を見たフーゼスは早々にこの場に背を向け、走り出す。

 迅速に、スケルトンのことを報告しなければ――



「逃がさねぇっつってんだろコラぁぁぁ!!!」


「うぐぁっ!」



 背中に、追いすがるティボルトの飛び蹴りが炸裂。押された正面に、


「カ"ァァッ」

「ォオオオ"ッ」


 現れる二体のスケルトンが口を開けるが、フーゼスは、


「はぁぁぁぁっ!」


 まるでアイススケートのように空中で回転し、二体の首をナイフで斬り飛ばした。

 回転攻撃を躱したティボルトの方へ向き直り、


「降伏しろティボルト! 今のを見ただろう、人間と獣人じゃ身体能力が違うんだ! 勝ち目は無いぞ! もうやめるんだ!」


 懲りずに、まだ説得。

 聞いているティボルトはどういう魂胆かニヤつき、



「バーカ、勝ち目ならあるぜオラ。てめぇは弱点が見え見えなんだよオラ」


「弱点!? どこが弱点か、言ってみるといい!」



 どう見てもフラフラなティボルトに上から目線なことを言われ、フーゼスは怒りを隠せない。

 たった今。何度も、何度もフーゼスに負けたくせに。立っていることも辛いくせに。


 なぜ、早く気絶しない――!


「どあっ」


 ティボルトの顔面に、二発のパンチが入る。

 ナイフの持ち方を変えたから、刃が顔に当たることは無かった。


 早く、早く倒れろ――!!


「ぐふっ」


 鳩尾に蹴りが入る。ついでに回転し、二の腕を逆手のナイフで斬り裂く。


 早く、早く、早く――!!!


「トドメを刺してやる!」


 跳び、近くの木の幹に両足を乗せるフーゼス。そして足を踏ん張り、


「くらえぇ! ティボルトぉぉ!」


 筋力をフルに使い、ロケットのように爆発的な速度で跳躍。目標へ一直線。

 風を受けるフーゼスの頭頂部が、


「ごぉぉあっ!?」


 ティボルトの腹に、直撃。

 まともにくらったティボルトは、ゴム人形のように歪な格好で地面を転がっていった。


「はぁ……! はぁ……っ!」


 横腹から血が止まらない。

 釘バットで抉られて、追加で蹴りを入れられた。もしかすると早く手当てしなければ、出血多量で死ぬかもしれない。

 とにかく、早く、みんなの所へ――



「待ちやがれ犬ぅ、コラぁぁぁぁぁ!!」



 何て、何てしつこい奴だ。

 今の頭突きがフーゼスにできる最上なのに。


「てめぇの攻撃は、一発一発、魂がこもってねぇんだよコラ。だから俺様には通用しねぇんだ」


「君に! 戦闘を! 説かれる筋合いは無いっ!」


「……だったら、()()()()()()オラ。この俺様を」


 親指で自身を指すティボルトの顔に、迷いは見えない。本当にトチ狂ってしまったらしい。

 人間の首を落とすことなど、獣人フーゼスにとっては、簡単なことなのに――!



「ティボルトぉぉぉ――――ッ!!!」



 逆手に持ち、血が滲むほど握りしめたそのナイフが、ティボルトの首を、


「……見ろコラ」


 落とせない。

 なぜなら、刃が当たっていないから。ピタリと、宙空で止まっているから。


「う……っ! くぅ……っ!」


 その悔しさに、フーゼスは顔を伏せて泣いた。

 もはや泣くことしかできない。



「てめぇに、仲間(おれさま)は殺せねぇんだよコノヤローが――感謝してやらぁ。優しいワンちゃん」



 ――釘バットが、フーゼスの脳天を穿つ。



◇ ◇ ◇



「こっからが、俺様の物語よ」


 バットをくるくる回転させ、滴る血を、脳の破片を、そこらじゅうに飛び散らせるティボルト。

 そこへ、スケルトンや狂人たちが集まってくる。


「……てぃ……ぼる、と……」


「だから、犬っころ如きに邪魔はさせねぇんだオラ」


 頭がほとんど割れて、片目が飛び出ているフーゼスが、敗北してなお、這いずって手を伸ばし、ティボルトを止めようとする。

 飛び出ていない方の目から、涙を溢れさせて。


「ふん!」


 ティボルトは、伸びてきた手を踏んでやる。



「勝者の背中を苦しげに睨む――それが、敗者に課せられた義務だろうがコラ……」



 そして、後腐れなく敗者に背中を見せ、歩き出す。


 復讐への道を、一歩ずつ踏みしめる。



「オオォ"」

「ロ"ァァア」

「アァ"アッ」


「て……ぼ……る……」



 後ろでは、正義感を忘れられない哀れな犬の獣人が――涙も後悔も、肉ごと食われて終わっていくと、知ってて。



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