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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
序章 苦悩の少年少女
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第9話  『無能+無能=二人の無能』



 大部分が赤く染まったバスルーム。


「カ″ァァ――!」


 お互いに人付き合いに自信がないため、弱々しく抱き合っていた二人。レイもホープも、唸り声の聞こえた方へ顔を向けた。


「そうだった……あたしたち、まだ危機を脱してなかったわね」


「うん。それにまだケビンがホールで戦ってるかも。合流したいけど……」


 レイを今以上に安心させるためにも、あの善人っぽく頼りがいのあるケビンと会うのは効果的だろう。

 だがすぐそこでスケルトンか、もしくは狂人と化したエリックが扉を叩いている。突破しなければ進めないが『眼』はもう使いたくない。レイもわかってくれているだろうし、その選択肢を捨てるとすれば、


「君の魔法……おれにはもう見せても大丈夫だよね?」


「あ、もしかしてあたしの魔法がものすごい強力だって期待してるのかしら?」


「するでしょ期待。だってあの『魔導鬼』の『魔法』だよ? 見たことはないけどさ、絶対強いと思ってるよ」


「ええ、本来はそうよね」


 何なのだろう、レイが思ったより自信のない子だということはここまでのやり取りでわかってはきていたが、自分の種族が判明した今、ホープの前では強気になっても良いのではないか――


「本来はどんな魔導鬼でも色んなことができるわ、攻撃、防御、支援とか! もっとすごい魔導鬼だと治癒とか建築とか召喚とかね! ……ま、あたしができるのは()()()()()()()なんだけど」


「え、嘘でしょ?」


「ホントよ! 魔導鬼なのにろくに魔法が使えないの! だから魔導鬼の里でもいじめられて、優しい人を求めて人間の村に降りたんだもの」


「いや、嘘でしょ?」


 彼女には驚かされっぱなしである。



◇ ◇ ◇



「短剣はお返しするわ……ねっ!!」


 ぐさり、とレイは頭部の無いまま横たわるオースティンの背中に、短剣を突き刺す。『お返し』したというよりは、『仕返し』と『お別れ』をしているようにホープには見えた。

 せっかくの武器ではあるが、オースティンの遺品を持ち歩くのは嫌だったそうだ。仮に持っていったとしてもすぐに使えるようになるわけでなし、ホープも反対しなかった。


 少し目を潤ませるレイは杖を拾い、びしょ濡れの仮面を付け直しながら、唸り声の聞こえる扉の前に立つホープの方へ近寄り、


「ふぅーっ、もう思い残すことはないわ。今そこにいるのがエリックでも躊躇しない――あたしは、もういない二人に囚われない。準備はいい、ホープ?」


 とても強い決意を述べた。


 ――強い子だなと、ぼんやり思うホープ。どうして彼女は死者に囚われず生きられるのだろう、と。

 オースティンもエリックも、結果論、良くはない人間だった。レイはそれほど悪くない。が、レイ本人はどう感じるだろう。

 エリックを見捨てた。恋人オースティンを一年間騙していたというのも、間違いではないかもしれない……賢く優しい彼女ならば自分を責めるはずだ。というか実際責めていた。


 今も責めているに違いない。レイを見ていると、鬼であるのに感情の移り変わりが人間とほぼ同じだからだ。

 自分のことが嫌いだという気持ち、罪悪感、そしてオースティンとエリックは悪人だったのだという現実逃避。これら全てが混ざり合って心が抉られるような気分なのではなかろうか。


 だというのに、彼女は今、バッサリとそれを断ち切ったのだ。やはり強い。ホープ以外なら人間も鬼もみんな心が強い。

 未だ、死者に囚われたままのホープはいつまで経っても最底辺である。ああ、消え去りたいなぁ。


「……準備いいよ」


「じゃ、行きましょ! ケビンはきっと生きてる、あたしたちも頑張らなきゃよね!」


 両方の拳を握りしめ、レイはもう一度気合を入れる。


 ――レイよりずっと人付き合いが少ないホープが、他人の気持ちなどわかるはずがないのに。

 まだまだ子供なホープは彼女の全てをわかった気でいる。


 もう精神力を限界寸前まですり減らしているレイが、テンションを無理やり上げていること。

 空元気でホープを安心させようとしていることまでは、わかるわけがないのに。



◇ ◇ ◇



 震える手でドアノブを握り、視線だけレイに向けるホープは息を大きく吸って、


「い、行くよ!? 本当に行くからね!?」


「何回確認するのよ! 怖いのはわかるけどあたしが援護するってば、早くしないと日が暮れちゃうわよ!」


 援護してくれるのはもちろん理解しているのだが、どんな援護をしてくれるのか、説明を聞いてもよくわからないままだ。

 よくわからない援護を信じて、今から自分はスケルトンあるいは狂人としっかり向き合ってしっかり戦うのである。恐ろしくてしょうがないが、


「ど、どうにでもなれ――!」


 扉の叩かれる音で洋館じゅうのスケルトンが、森をうろつくスケルトンが、みんなこちらへやって来るかもしれない。それを理解していたから、ホープは本日何度目かのヤケクソでドアノブを回したのだ。

 扉を開けられ、外にいた狂人エリックが少し後退。ホープとレイもすぐに廊下へ出る。


「カ"ァァアッ!」


 エリックが垂れ下がった腸を揺らしながら、素早い動きでホープに掴みかかる。

 正面からのそれをホープもエリックの両肩を掴み返して何とか止める。

 ここはホープの予想通りだ。逃げようと背中を見せていたら即アウトだったろう。


「やっぱりエリック……い、いや問題ないわ! いくわよホープ!」


「早くぅ!!!」


 後ろでレイが杖を振る。力比べに限界が来そうだったホープが情けなく叫んだ次の瞬間、


「ゥオオ"ッ……」


 突然エリックが吹っ飛んだ。ホープも「え?」と声を出してしまうほどに突然。廊下を転がり、そして何事もなかったかのように起き上がってくる狂人だが、


「い、今のが君の魔法!?」


「そうよ! 援護するって言ったでしょ!? 信じられないなら、あんた自分の腕を見てみなさいよ!」


 いや信じてないのではなく不安だっただけ。同じだろうか。

 ともかく自分の腕を見てみると、左腕が白色の光に包まれているのだから驚いた。しかも先程は気づかなかったが左腕に力がみなぎってくるようだった。


「でも力がみなぎってるの、左腕だけ……本当に左腕の筋力だけ強化されてる感じ……何だろうこれ。何か気持ち悪い」


「失礼ね! あとあんまり喋らないで、久々だから位置調整が難しいの! 無駄口叩いてると狂人を強化しちゃうかもしれないわよ!?」


「それはやめてぇ! わかったよ、集中するから!」


 レイの唯一扱える魔法。それは本人も説明に困っていたが、簡潔に表すと『魔力を注いで仲間をパワーアップさせる』魔法であった。

 といっても、すべての身体能力を長時間ずっと底上げできるようなぶっ壊れ性能ではなく、『体のどこか一部分のみ』の筋力増強を『一時的』にできるだけ。


「今のは()()にかけたつもりだったんだけど、次こそはちゃんと右腕を強化するわ。安心して短剣を振って!」


「もう二度と安心できないよ……?」


 左腕から白い光が消えていくのを見ながら、控えめにツッコんだ。光が消えるのに比例して、左腕に感じていた溢れんばかりのエネルギーも失われていくのがわかる。

 レイの挙動からして、今のは彼女が魔法を解除したから消えたわけではない。

 恐らく、魔法の効果時間の終わりが来たのだろう。一時的とは聞いていたがこれでは一時的というより、ほんの一瞬だ。

 ――しかも右腕に魔法をかけようとしたのに左腕にかけてしまった、というミスが普通にあり得るようだし、これを信用できないホープを誰が責められるだろう。


「でも……」


 正面から再び近づいてくる狂人エリック。

 相手は素早くて頑丈な『なりたての狂人』。背中を見せればすぐに噛みつかれてしまう――そして腐ってもレイの仲間である。介錯してやり、ケジメをつけるべきだと思う。

 とすると、無能なホープ一人でも無能なレイ一人でも達成は不可能なのだ。無能な二人で信頼し合って戦うしかない。


 汗ばんだ手で短剣を強く握りしめる。


「オオオ"ォォ!」


「……っ」


 狂人エリックのワンパターンな突撃が迫る。

 ホープも、その右手の短剣を高く振り上げる。


「はああっ――!!」


 その場にレイの女性らしからぬ雄叫びが響けば、杖の先端の宝玉は美しく輝き、


「――――」


 宝玉に呼応して白く輝くホープの右腕によって、同様に白く輝く短剣が振り下ろされ、エリックの脳天は穿たれたのだった。

 レイの力を借りたとはいえ、ホープが『眼』にも『偶然』にも頼らず、自分の腕と短剣を使って相手を倒したのは、人生初であった。



◇ ◇ ◇



「はい、そこ!」


「……ふっ!」


 走りながら、また強化してもらった右手で短剣を横に振るい、立ち塞がるスケルトンの首をはね飛ばす。骨だけの頭部が廊下に転がるが、


「カア"ァッ! カチ! カ"チッ!」


 頭蓋骨は歯を噛み鳴らしながら飛び跳ねてホープの足を狙ってくる。首を飛ばしただけではまだまだ活きが良いそのスケルトンの頭へレイが駆け寄り、


「やあぁっ!」


 両手で杖を突き刺し、頭蓋骨を粉砕。複雑骨折なんてレベルではない。


「おお……何ていうか、カッコいい」


「あのね、それって普通は女に向けて使う言葉じゃないわよ? ホープ」


「えっ。うーん、まぁ……」


 ホープは純粋に褒めてみただけなのだが、少し棘のあるレイの返答。

 男らしい感じがして嫌だったのだろうか。これが噂に聞く乙女心というものなのか。


「それよりほら、あれってホールに出られる扉よね!」


「あ、本当だ。おれたちすごいな……ここまで生き延びたんだ」


 走り、大慌てで扉を押し開く。

 狂人エリックの後も計二体のスケルトンを仕留め、ホープとレイは遂に洋館のホールへと戻ってこれた。


「ケビンっ!!」


 まだ彼の姿は見えないが、レイは早々に叫んでいる。彼の生存を心から願っているからこそだろう。

 少し走り、二人して柵から身を乗り出してケビンを探す。が、探すまでもなく、


「だぁっ!! ……あ、お、お前ら! 良かった、生きてたか!」


「あんたの方こそ! 無事で良かったわ!」


 たった今スケルトンの頭を踏み潰した、黒人の男が階下にいた。あのスケルトンはホープが二階から落として上半身だけになった個体だ。

 もう一方の、オースティンを噛んだスケルトンも既に頭を割られて倒れている。

 見たところケビンの方に怪我はない。最悪の事態は免れたようだ。


 そう、ケビンの方だけ免れたのだ。


「――ん、おい? オースティンはわかるが、エリックはどうした!? いないのか」


「あ! えーっと、それは……」


 レイには答え難いかと考えて珍しく気を利かせようとしたホープは、案の定、舌が空回りしまくってお話にならない。

 当然そのホープの様子を訝しむような表情をするケビン。

 そんな一階と二階の間で流れる不穏な空気に割り込んだのはレイで、


「実はエリックね、廊下にいたスケルトンからあたしたちを庇って狂人に……でも大丈夫よ。オースティンもエリックも、あたしたちで終わらせたから」


 エリックが自分らを庇った? 真逆だ。

 しかしそれは、レイの口からほとんど意図せず出てしまったような、ホープにはそんな感じの嘘に聞こえた。


「あいつが……そうか、クソ。オースティンに限らずあいつまで……そりゃお前らも辛かったろうな……よし、こんな辛気臭い洋館はとっとと出ちまおう。寝泊まりするなら別の場所にしよう、レイ、青髪――」


「嘘っ!? ケビン後ろ!!」


 レイが叫んだのは、眉間に皺を寄せつつ目を伏せているケビンの背後、玄関から迫る影があったから。

 ケビンは振り返ろうとするも間に合わず、


「ぐっ!?」


 素早く近寄ってきた謎の男に鈍器で後頭部を殴打され、床に倒れて意識を失ってしまったようだった。

 何が起こったのかホープには把握が困難だ。何だ、突然現れたあの男は敵なのか。少なくとも味方では――


「おぅっ!?」


 他人事ではなかった。ホープの後頭部にも衝撃が走ったのだ。


「え、ホープ大丈夫!? いつの間に後ろに――」


「い……て……?」


 そしてホープは倒れるが、残念ながら一撃で意識が飛ばなかった。

 痛いのが病的なまでに嫌いなこの男に限って、意識というものは飛んでいってくれない。


 初めの衝撃の時には感じなかった、否、感じる暇もなかった激痛がじんわりと頭蓋骨を、脳を侵食していく。熱い、焼き尽くされそうな感覚に陥る。

 その痛みを半端に感じてしまうからこそ、余計に『気絶』という逃避ができない地獄の無限ループ。

 夢と現を行き来するように、ちかちかと明滅する視界。

 横倒しになったホープの顔面に後頭部から少量の血が垂れてきて、目に入ってくる。視界の一部が赤く染まる。荒い呼吸を止められない口にも入り込んできて、鉄錆の嫌な味が口腔に広がった。


「ごぼっ……な……にが……?」


 ぼやける視界の中、どうにかピントを合わせてみる――この程度の傷ではどうせ死ねないのだから、せめて情報収集でもしておこうという魂胆。

 目の前に靴――いや人間の足がある。それも二、三人いる。


「暴れんなって……へへ、ちょっとガキだが女だぜ、久々だなぁ! ……っと、この青髪の男みたいになりたくなかったら、抵抗やめて大人しくついてきな!」


「きゃあっ! ちょっと、やめて! 痛いから離して!」


「……おー、結構スタイルいいじゃねぇかこいつ、胸もまぁまぁあるぜ! 俺たちツイてるな!」


「何なの、何が目的なのよあんたたち! 助けてホープ! ケビン!!」


 レイの声が聞こえる。ああ、聞こえる。でも聞こえるだけ。ホープには何もできやしない。自分はなんと弱いのだろう……それを再確認させられただけだ。

 目の前の足が片方だけ宙に浮いた。


「こいつまだ意識ありやがるな。そーらよ!」


 宙に浮いた足が奥へ振りかぶられ、そしてホープの顔面に叩きつけられる。今度こそホープは意識を手放した。

 この先の運命の予測すら、ままならないというのに――



「三人も捕まえたんだ、こりゃいい労働力になんだろ! 行くぞ、エドワードさんに報告だ!」



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