WINDMAN
ウィンドマン
一
カメムシの子は臭いです、醜いです、けれども、綺麗な心を持っています。それでも臭いと言ってさけますか?醜いと言ってさけますか?
花の子は好い香りがします。それに見た目が綺麗です。けれども、心はそうではないです。それでも良い香りがしますし、何と言っても見た目が綺麗ですからみんなから好かれます。
だからクラスのなかで花の子は人気者です。それに引き替え、カメムシの子は嫌われ者です。
花の子は人気者だから僕はみんなのヒーローだと思っています。二人をのぞいてみんなも花の子がヒーローだと思っています。二人をのぞいて・・・その二人とはカメムシの子と風の子です。カメムシの子は花の子にいじめられるし、風の子は花の子がカメムシの子をいじめるのは悪いことだと思っているからです。
そこで風の子はカメムシの子をいじめるのは悪いことだと花の子に注意しました。けれども、花の子はカメムシの子は臭いし醜いからいじめても良いんだと言いました。そしてカメムシの子を庇う風の子は悪い奴だとみんなに言いふらしました。
みんなは花の子の味方だから風の子はカメムシの子以外の子から悪い子にされてしまいました。
それで、これは百害あって一利なし、みんなにとってまったく悪い状態だと思った風の子は、或る日、花の子がカメムシの子をいじめているところに出くわしましたので、これはいい機会だと思って、みんなを呼び寄せて言いました。
「花の子がカメムシの子をいじめてるぜ!これは悪いことだろ!」
けれども、みんなは言いました。
「カメムシの子は臭いし醜いからいじめても良いんだ!」
「そんな理屈はない!」
風の子は強く独り言つと、カメムシの子を助けるために、「ウィンドマン」と叫ぶや、高々とジャンプして宙がえりした瞬間、表紙のイラスト通りウィンドマンに変身しました。そして花の子目掛けて口から強風を吐きました。すると花の子は香りも花びらもみんな飛び散って何の取り柄もない見るも無残な姿になって、おいおいと泣きじゃくってしまいました。
風の子は厳密に言えば、風神の子なので特別に変身機能を備え、ボディービルみたいに筋骨隆々になって、おまけにもっこりになって、その上にスーパーマン紛いの衣装を纏って正義のために戦う能力を発揮するのです。で、ウィンドマンは赤いマントで雄姿を覆い隠しますと、風の子に戻って、ちょっとやりすぎたかなと反省して優しく、「降参か?」と聞くと、「うん、僕が悪かったよ。もうカメムシの子をいじめないから僕をいじめないでよ!」と言って花の子は涙ながらにお願いをしました。
これを見ていたみんなは、風の子が強くてかっこいいと思いましたし、風の子が庇うカメムシの子をいじめるべきじゃないと思いましたし、花の子がみっともなくて情けないと思いましたので一斉に風の子の側に立って花の子をからかい出しました。
すると風の子は断固とした態度で言いました。
「強い者に従うだけじゃなくて弱きを助け強きを挫く義侠心をもてるように努力しよう!」
ここで言う強い者とは勿論、風の子自身のことですが、強きとは弱きを挫く者ですから風の子のことではないです。みんなはその意味を理解して花の子をからかわなくなり、これ以後、風の子をクラスのスーパーヒーローとして崇め、誰もいじめをしなくなりました。
ニ
風の子が進級して間もない或る日のこと、同級生の5人の生徒が同じく同級生のカゲロウの子をいじめているのを見つけました。風の子が近づいていきますと、みんないじめるのを止めました。風の子がウィンドマンだと知っているからです。
「何でカゲロウ君をいじめるんだ!」
風の子が言いますと、カマキリの子が答えました。
「だって暗いし、変わってるもん。」
「暗いのは生まれつき内向的だったり悩んでたりするからだろ!何も悪気があって暗いわけじゃないんだ!」
風の子が言いますと、キリギリスの子が答えました。
「でも、明るくなろうと努力しないからいけないんだよ。」
「つまり、空気を読んで君たちと同じようにしないからいけないって言うんだろ!」
風の子が言いますと、バッタの子が答えました。
「まあ、そんなところだね。」
「そういう発想こそがいけないんであって個性を殺すことになるんだよ。イエス様がおっしゃっておられた。『あなた方はどう思うか。或る人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を探しに出かけないであろうか。もし、それを見つけたなら、よく聞きなさい。迷わないでいる九十九匹の為よりも寧ろ其の一匹の為に喜ぶであろう。』と。そのように同調の頚木から逃れ出ようとした迷える子羊を大事にしなければいけないのであって、そうすることによってお互いの個性を受け入れることが出来るんだよ。」
風の子が言いますと、ゲンゴロウの子が聞き返しました。
「暗いのを受け入れろって言うのか?」
「そんなこと言ってるんじゃないよ。内向的な子も悩んでる子も受け入れてあげれば、明るくなるだろ。だから、お互いの個性を受け入れるのが大事だって言ってるんだよ。」
風の子が言いますと、コガネムシの子が聞き返しました。
「悪い子も受け入れるのが大事なのかい?」
「そんなこと言ってるんじゃないよ。そんなこと聞くのは野暮だよ。悪い子は良くなるように仕向けてやらなきゃ駄目だよ。それは当たり前のことさ。兎に角、いじめて良い理由なんてなくて、いじめは絶対、悪いことなんだから、いじめを止めることから君たちは始めないとね。そしてカゲロウ君を受け入れてあげないとね。何もカゲロウ君は悪いわけじゃないんだから。」
風の子が言いますと、5人はぶつぶつ言うだけになりました。
「カゲロウ君が変わってるって言うけどさ、本来、みんな違うんだぜ。それなのに君たちはカゲロウ君だけを異なる者として仲間外れにして自分たちはカゲロウ君を仲間外れにすることによって一致団結してカゲロウ君をいじめることが良いことのように考えを同じくして時にカゲロウ君をいじめて見せてみんなの好感を得る偽善者となっている訳だ。とても卑怯なことだと思わないか!」
風の子が言いますと、5人は何も言えなくなりました。
風の子は5人が改心することを祈って陽炎の子を連れて、その場を立ち去りました。
三
風の子と陽炎の子は黄昏時、丘の上の誰にも邪魔されない野原までやって来ますと、下草に座って話を始めました。
「苛めっ子は大抵こう言うんだ。」と風の子は言いました。「苛めは悪いことだと言うが、いじめられる側にも悪いとこがあるんじゃないかって。例えば、うじうじしてるとかなよなよしてるとかいけてないとかださいとか空気が読めないとか暗いとか、そういうとこを直さないからいけないんだって。でもさ、そういうことはみんな悪気があってそうしてるんじゃないから気に入らないからって、いじめるのは勿論、悪いことだし、そう主張する苛めっ子が正しいことになったらいじめられっ子は無理矢理、苛めっ子に合わせなければいけなくなって例えば、暗い子が苛めっ子に気に入られようと明るくしようとすると外面は明るく出来るかもしれないけど内面は決して明るくなれないんだ。だろ!」
「その通りだよ。」と陽炎の子は言いました。「明るくなければ駄目だって苛めっ子は言うんだけどさ、表面的にしか見てないんだ。内面、つまり僕自身を思いやって言ってくれてるのでは勿論、なくて気に入られるようにしろ、取りも直さず同調しろって言ってるのと同然なんだ。」
「よく分かってるじゃないか。」と風の子は言いました。「それだけはっきり言えるということは苛めっ子に強い反発心と軽蔑心を抱いていて絶対同調しない気位を君は持ってるんだね。」
「ああ、そうさ。」と陽炎の子は言いました。「だって僕は迷える子羊、つまりストレイシープなんだから。」
「へえ~、君はイエス様の羊の喩え話を知ってるのか。」と風の子は言いました。「道理で物分かりが良い訳だ。僕は断然、君が気に入った。僕と友達になってよ!」
「うん、僕こそ、お願いするよ!」
陽炎の子は赤くて明るい夕陽に照らされながら内面から明るくなってそう答えました。
四
けれども陽炎の子は相変わらず風の子がいない時やいない所で苛めっ子たちの苛めを受けていました。
或る日、陽炎の子は堪り兼ねて風の子に訴えました。
「ふうちゃん(風の子の愛称)、実は僕、情けないことだけど、まだ苛められるんだ。僕、弱いからどうしようもないんだ。」
「う~ん、そうだったのか。よし、分かった。」と風の子は言った後、「ウィンドマン!」と叫んでジャンプするなりウィンドマンに変身して赤いマントを翻しながら上空を飛んで苛めっ子のカマキリの子とキリギリスの子とバッタの子とゲンゴロウの子とコガネムシの子を探すことにしました。
すると、暫くしてから池のほとりでダンゴムシの子を池の中に突き落としは這い上がって来るダンゴムシの子をまた突き落とす悪事を働いている彼らを発見しました。
その時、バッタの子がウィンドマンに気づいて言いました。
「空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!いや、ウィンドマンだ!」
続いてカマキリの子も気づいて言いました。
「ほんとだ!おい、みんな!ウィンドマンが来たぞ!もう止めなきゃやばいぜ!」
すると、リーダーのゲンゴロウの子は言いました。
「よし、みんな、今から俺がダンゴ野郎を救う真似をするから、俺を讃えるようなことを言ってくれ!」
「よっしゃー!」と苛めっ子たちが答えますと、ゲンゴロウの子は池に飛び込んで泳いで行き、ダンゴムシの子を捕まえて言いました。
「おい、ウィンドマンが来ても絶対、俺達が苛めてたことをばらすなよ!もし、ばらしたら後でどうなるか分かってるだろうな!」
「あ、ああ、分かってるよ、ばらさないから、もう苛めないでよ。」
「苛められたくなかったら俺が今、お前を救ったことにするんだ!分かったな!」
「ああ、分かったよ。」
斯くして苛めっ子たちが賛美する中、ゲンゴロウの子がダンゴムシの子を抱きかかえて池から出て来ますと、そこへ降り立ったウィンドマンが言いました。
「イエス様が、『自分の義を見られる為に人の前で行わないように』って山上の垂訓の中で注意してるぜ!」
すると、ゲンゴロウの子はダンゴムシの子を降ろしてから言いました。
「あっ、そうなの、でも、俺は別にウィンドマンに見られようとしてダンゴ君を救ったんじゃないんだから誉めてくれたって良いんじゃないの?」
「何、言ってるんだ!僕はお前がダンゴムシの子を皆して池に突き落とす光景を見てたんだぞ!」
「えっ!」とゲンゴロウの子は驚いて何も言えなくなりました。
「さっき言ったイエス様のお言葉は偽善者を戒めてるんだが、お前は偽善者になりすますことも出来ない間抜けの嘘つき野郎だ!」
ウィンドマンはそう言ったかと思いますと、ゲンゴロウの子に強烈なパンチをお見舞いしました。
それはもう物凄い威力でしたのでゲンゴロウの子は痛いよ~痛いよ~と泣き喚く仕儀となりました。
「これからはより一層、監視の目を光らすから君たちは精々気を付けるんだね!もし、また、陰で苛めをしていたら、これだけでは済まないとそう思え!天にまします我らの父は陰の行いこそ重視されるから僕もそれに則って罰すべき時は容赦なく罰してやるんだ!覚悟しとけ!」
これ以後、苛めっ子たちはウィンドマンを怖れ、いじめをしなくなりました。流石はウィンドマンです。しかし、それでは苛めっ子たちを改心させた事にはなりませんので赤いマントで雄姿を覆って元の姿に戻った風の子は、満足できませんでした。
五
或る日、苛めっ子の一人のキリギリスの子が徒党を組んだムカデの子たちによるリンチに遭っているところへ3人の子が通り掛りました。
一人目は苛めっ子の一人のバッタの子でしたが、怖くて逃げて行ってしまいました。
二人目は同じく苛めっ子の一人のコガネムシの子でしたが、矢張り怖くなって逃げて行ってしまいました。
三人目は陽炎の子でした。彼も怖くなって逃げだしたくなりましたが、キリギリスの子を不憫に思って何とか助けなくてはと思っている内に、そうだ!ウィンドマンを呼ぼう!と閃いて先日、風の子から苛めに遭ったらこれを鳴らすんだよと言われて渡されたホイッスルを取り出して思い切り吹き鳴らしてみました。
すると、三秒も経たない内に赤いマントを翻しながらウィンドマンが上空に現れ、空中滑走しながら陽炎の子の目の前に降り立ちました。
「どうしたんだい?苛めには遭ってないようだけど?」
「いや、キリギリス君がリンチに遭ってるんだよ!ほら!」
ウィンドマンは陽炎の子の指さす方を見ますと、キリギリスの子にだけは浴びせないように口から強風を吐いてムカデの子の不良グループを吹き飛ばしてしまいました。
キリギリスの子がぐったりとなって横になっているところへウィンドマンと一緒に駆け付けた陽炎の子は言いました。
「キリギリス君、大丈夫かい!」
キリギリスの子は赤く張れ上がった顔をゆるゆると上げて陽炎の子の顔を見ました。
「あ、ああ、き、君が助けてくれたの?」
「へへ、僕が助けられる訳がないよ、ウィンドマンが助けに来てくれたんだよ。」
陽炎の子が言いますと、ウィンドマンは言いました。
「いや、カゲロウ君が助けたんだよ、僕は手助けしただけさ。」
「僕がウィンドマンを呼んだんだ。」
陽炎の子が言いますと、キリギリスの子は言いました。
「あ、ありがとう、ぼ、僕はなんて馬鹿だったんだろう。今まで本当に悪かった。ごめんよ。」
「良いんだよ、改心さえしてくれれば、ね、ふうちゃん!」
陽炎の子が言いますと、ウィンドマンは言いました。
「そうさ、キリギリス君、改心するかい?」
「うん、勿論さ、だから僕も君たちの仲間に入れてよ!」
ウィンドマンと陽炎の子は喜んでキリギリスの子の頼みを受け入れました。
六
キリギリスの子が学校を休んで自宅で怪我の療養中、苛めっ子たちが見舞いにやって来ました。
「不良たちのリンチに遭ったんだってな。」
ゲンゴロウの子が言いますと、キリギリスの子は言いました。
「ああ、そうなんだ。カゲロウ君が助けてくれなかったら僕、どうなってたか分からないと思うとぞっとするよ。」
それを聞いて苛めっ子たちはみんな大いに驚きました。
「カゲロウって、あの弱虫のカゲロウがか?」
ゲンゴロウの子が言いますと、キリギリスの子は言いました。
「弱虫は余計だよ、カゲロウ君はリンチに遭ってる俺を見て憐れに思ってウィンドマンを呼んでくれたんだ。彼は命の恩人さ、あんな良い奴はいないよ。だって俺達に今まで酷い目に遭って来たのに俺を助けてくれたんだぜ!俺は彼に介抱までしてもらって、ほんとに悪い気がして情けなくて堪らなくなったんだ!」
それを聞いて苛めっ子たちはみんなしゅんとなったかと思いますと、バッタの子が進み出て言いました。
「俺、実はキリ(キリギリスの子の愛称)がリンチに遭ってる所に通りかかったんだけど怖くなって逃げてしまったんだ。それを思うと、俺、もう、情けなくて恥ずかしくて・・・俺、カゲロウ君に謝るよ!」
「俺も・・・」とコガネムシの子が言いました。「キリがリンチに遭ってるのを見て見ぬふりをして・・・勇気がなくてキリを見放したのにカゲロウ君はキリを救ってくれた・・・俺もカゲロウ君に謝るよ!」
二人の話を聞いてゲンゴロウの子もカマキリの子も陽炎の子に申し訳なくなって謝りたい気持ちで一杯になりました。ですから、その後、苛めっ子たちはみんな改心して陽炎の子に謝ってキリギリスの子と同様に友達にしてもらいました。
それを見て風の子は大満足して、みんなが助け合う姿に隣人愛に目覚めたんだと悟りました。