忘れたい。
何だかんだ言って涼夜も黙って映画に集中していた。
静かになった私と涼夜の間。私の方がうずうずし始めていた。こんな感覚、今までなかった。今がこんなに大事だって、今よ永遠に続けって、こんな風に身体全体を使って、何かを感じ取ろうとする感覚は初めてだった。
出来るだけさり気なく。何でもないように。
「……馴れ初めってどんな感じだったの?」
「え……何?」
涼夜は画面から目を離さず、聞き返してきた。
「馴れ初め。彼女さんと」
何でこんなこと聞いてるんだろう。自分でもよく分からない。
やっと、涼夜がこっちを向いた。
「俺の?」
いつも眠そうな涼夜の目が珍しく丸くなっていた。
「うん」
「あー……」
涼夜は天井を見上げた。
思い出しているのか? 浸っているのか?
「会社の飲み会でさ、たまたま席が隣で、趣味合うし意気投合してさ、それから2人で飲み行くようになってからのー……ハピネス! って感じ」
ハピネス! って何よ。
「後半ちょっと意味分かんない」
「分かるでしょ。察してよ」
分かってるよ。察してよ。
「涼夜が最低なのは充分、分かった」
涼夜はまた、ニヤついた。
「お、適度な言葉責め」
「キモい」
「ガチで引いてるやん」
ガチでキモかったんだもん。
「っていうか」
私は意地悪く微笑んだ。
「鑑賞中に惚気るの止めてもらっていいですか?」
「はぁ!?」と、口を大きく開ける涼夜。
「理不尽。そっちから聞いてきたんじゃん」
「覚えてなーい」
「俺は覚えてる」
「私は覚えてない」
「マジかよ……狂ってやがる」
覚えてない。覚えていない方がどれ程幸せか。涼夜も、同棲も、金曜日の夜も全部全部……忘れたい。
忘れられたら、どんなに……。