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同棲癖。  作者: 濃紺色。
小糠雨の蠢動。
16/16

あの雨の名前はね、

前話「静かに、穏やかに、」の後日談。


夜の街は、大人になった彼女の物だ。

夜。夜。夜。

夜の街へ飛び出す。

夜は光を際立たせる。

光と闇が混在する、夜の街。

商店街。人影。シャッターが下りた店。隅で妖しく光る自動販売機。白い光を放ち続けるコンビニ。

全部全部、大人の特権だ。

大学生になり、ハタチを迎えた。成人したからもう、私は大人だ。

大人は夜を歩いていい。

大人には夜を自由に歩ける権利がある。

夜の街は、大人になった私の物だ。


「終電……もうすぐじゃね?」


隣で彼がスマホを弄りながら言った。


「だね。もうすぐだよ」


春の夜は心地いい。

何にも縛られることなく、心ごと解放された気分になる。


「呑気だな」

「君に言われたくないよ」


隣で「うるせー」とか言って微笑む彼は、いい感じに大人でいい感じに子供に見えた。

きっと、何となく生きて、何となく器用に色んなことをこなして、適当だけど、無難な人生だったんだろうな。そして、これからも。

彼には、そんな軽さがある。

商店街を抜けた。

彼の吐いた煙草の煙が夜空に上がる。

夜風が気持ちいい。

この信号を超えたら、そこが駅だ。

赤が消え、青が光る。


「急がねーと、さすがにやばいんじゃね?」


彼が早足になる。

私は……。

異変に気が付いた彼は足を止め、振り返った。


「……明日香?」


彼は首を傾けた。


「終電が」

「そんなつまらないこと言わないで」

「は?」


そう言えば、今夜はちょっと、空に雲がかかっている。


「終電とかいいよ」


でも、どんよりとした重たいものではなく、夜の濃紺色で暗く染まれる程度の薄い雲。


「え? いいの?」


驚いた顔の彼。


「うん」


その表情が子供みたいで可愛かった。


「彼氏いんじゃねーの?」

「言ったでしょ。そんなつまらないこと言わないで」


彼は意味ありげな笑みを浮かべた。


「お主も悪よのぉ」

しゅんには敵わないけどね」

「お、初めて名前呼んでくれた」


彼がこちらに戻って来た。


「どこ行く?」

「んーカラオケは?」

「あり。オケオールだ」


大人の特権を使って、私達は夜の街を再び歩き出す。

不意に、彼が夜空を見上げた。


「ん……雨」


雨は、静かに、穏やかに、それでも、しっかりと私達を濡らしていく。

ふと、謎の懐かしさが私を襲った。

何だ。何を……。

心の中に閉じ込めていた、様々な感情が蘇る。

気持ち悪さ、気持ちのいい冷たさ、程よい軽さ、彼と合わせた目……。

思い出した。


「走ろーぜ!」

「うん!」


あの日の雨と同じ。

何にも、何にも変わってない。

あれからどれくらい経った?

遠いようで、近いような。

私は、あの日のまま。

経験を積み重ねただけの、ただの……。

ねぇ、あの日の私。

思い出したよ。

あの雨の名前はね、

小糠雨。

「こぬかあめ」と読むらしいです。

霧みたいな細かい雨。


名前が可愛いなーと思い、使ってみました。


今回は『同棲癖。』に少しだけ登場した、涼夜の元彼女、明日香にフォーカスしてみました。


猫田、舜という新たなキャラクターも登場したので、彼等にフォーカスしたものも、いずれ書くかもしれないです。


その時は、またここで。

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