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同棲癖。  作者: 濃紺色。
小糠雨の蠢動。
15/16

静かに、穏やかに、

どうも、お久し振りです。濃紺色。です。

『同棲癖。』の前日譚と、その後日談を書きました。


『小糠雨の蠢動。』


涼夜と依夜の知らない、それでも、確かにあった彼女の話。

憂鬱になり切れない彼女の青春を、どうぞ。

『まだ、時間かかりそう……』


LINEでメッセージが届いた。


「まだかかりそうだって」

「そっか」


2人だけの教室。クラスメイトは、帰宅したか、部活に行ったか……この時期だから、自習室で勉強か。

自席から窓の外を眺める。

曇り空。でも、どんよりとした重たいものではなく、太陽の光で白く光れる程度の薄い雲。

何を勘違いしたのか、窓際の席に座る猫田ねこたは本から顔を上げ、こちらを怪訝そうに見た。


「……何だよ」


迷惑そうな目。元々、冷めた目付きをしている為、余計に嫌そうに見える。

でも、


「違うよ。外見てた」


何も感じなくなるぐらい、私達は多くの時間を共に過ごしてきた。……なんて、ドラマの台詞のような臭いことを思ってみる。

猫田は更に不機嫌そうな顔をすると、


「勉強したら?」


再び、本に視線を戻した。

何だか、その仕草が可愛く見えて、思わず、意地悪をしてみたくなった。


「猫田も、小説ばっか読んでないで勉強したらー?」


猫田は少しだけ口角を上げると、表紙をこちらに向けた。

何だ? その勝ち誇った顔は。


「明日、早速小テストだろ?」


彼が読んでいたのは、学校から配られた英単語帳だった。

新学期が始まり、私達は3年生になった。

受験。卒業。将来。

様々な未来を、それぞれの道を、どこかのグループの私ではなく、私の人生を生きる私を、私自身を考えなくてはいけない時期になった。

これまでずっと一緒だった4人だって、別々の道が始まるんだ。

猫田が勝ち誇ったような顔をした。


明日香あすかは英単語帳を小説って呼んでるんだな。レベルが違う。やっぱり、優等生は言うことが違うな」


ほんっと、ムカつくなぁー。


「うるさいなー。間違えただけですー!」

「優等生でも間違えるんだな」


そこまで言うなら、私だって。


「そうやって、意地悪なことばっか言うから背が伸びないんだよ」


猫田は少しムッとした顔をして、


「……それは今……関係、ないだろ……」


と、悔しそうに小声で言った。

猫田は、私より背が低い。

もしかしたら、4人の中で1番低いかもしれない。勿論、彼もそれを分かっていて、弄られると、冷めた目を更に鋭くする。


「あれれー、猫田君、どこかなぁー? 小さくて見えないなぁー」

「……うっさいな」


猫田は不機嫌そうに、閉じていた英単語帳を荒々しく開いた。

その姿が拗ねた子供みたいで可愛くて仕方がなかった。

静かになった教室。

隣のクラスの担任の話し声、吹奏楽部の演奏、野球部とサッカー部のかけ声、演劇部の発声練習、曇り空が織り成す街の音……。

ちょっとワクワクしてしまうような青春の音が、耳に心地よかった。

勉強しようかなと思い、バックを漁っていると、


「涼夜とは……上手くいってる?」


猫田の言葉がやけに教室に響いた。

同時に、様々な感情が胸の奥でミキサーにかけられたかのようにかき混ざった。

彼からの『まだ、時間かかりそう……』というメッセージに対する気持ち悪さも、彼がいない教室の居心地のよさも、曇り空に対する安心感も、そして、猫田がそれを気にかけていた驚きと嬉しさも。

全てがぐちゃぐちゃになり、どろっとした生温かい熱が心臓を包むような感覚に襲われた。


「……大丈夫?」


何かを察したのか、猫田がこちらを見ながら心配そうに言った。

相変わらず、目は冷たいままだけど。


「……うん」

「そう? ならいいけど」


猫田は英単語帳に視線を戻した。

その素っ気なさが、今の私には心地よかった。

纏わり付くようなねっとりとした熱を、気持ちのいいペースで冷ましてくれる。

私に執着しない、程よい軽さ。

不意に、猫田が窓の外を見た。


「ん……雨」


雨は、静かに、穏やかに、それでも、しっかりと窓を濡らしていく。

口が、勝手に動いていた。


「ねぇ……猫田」


胸の奥に潜む、誰かの必死な叫び。


「……ん?」


そんな、感覚。


「あのね……私」

「あーやっと終わったー」

「お待たせ」


彼等の声が、私を現実に引き戻す。

眠そうな目の涼夜りょうやと疲れた顔の依夜いよるが、教室に入って来た。


「まじ、あいつの話長ぇーよ」

「涼夜、寝てたでしょ」


2人の会話が音として耳に入って来る。

猫田と目が合った。

それでも彼は、何も言わなかった。


「なぁ、明日香。これから何する?」


涼夜の顔を極力見ないようにして微笑みながら、静かに降り続ける雨の名前を思い出そうとしていた。

名前に「猫」が付く人、ちょっと羨ましい。

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