水色。
「僕」から見た、海辺の街と「私」。
濃紺色。
君は夜の色をそう表現した。
青色にも黒色にもなり切れない不器用な色をした夜が大好きだ、って。
夜の海を近くの浜辺で眺めながら、よく君と一緒に過ごした。特に、君は泣きたい夜にここへ来た。そして僕にこう言った。
「あなたに似合うのは濃紺色だと思う」
僕にはその言葉の意味を理解することは出来なかったが、多分、悪い意味ではなかったと思う。
東京にはない静かな夜と、嘘偽りもなく真実だけを見つめられる濃紺色に染まった海。
僕は海辺の街で過ごすそんな夜が好きで、日々君が泣くのを少し期待していた。
今、僕の前に広がっているのも間違いなく、あの頃と同じ海だった。君の命を奪った海だった。夜によって静かに濃紺色に染まった海だった。
ただ、あの夜達と違うのは隣にいた涙を流す君が、もう、ここにはいないということ。
君に似合うのは水色だと思う。
昼間に見る海のように、輝いていて、穏やかで、優しくて……儚くて。
君といると、誰もが安心する。胸が水色で満たされる。
あの水色をもう1度娘に、東京で出会った新たな家族に見せたくて。逃げるようにして去ったこの街に、またやって来たんだ。
本当にそれだけだろうか? それなら何故、僕は1人で夜の海を見つめている?
「僕は……」
涙が溢れた。
今まで忘れていた感情が一気に溢れ出した。
そうだ。この感情が嫌で、僕は娘と東京に移ったんだ。
「あなたに似合うのは濃紺色だと思う」
間違いなく君の声だった。
温かい水色に染まった、君の声だった。
心はとても安らいでいた。
涙を拭い、微笑んだ。
「そうだね。ごめん……ありがとう」
明日、東京に帰ろう。僕達がこれからもずっと生きていく街に。もう1度、家族と水色の海を眺めてから。
「……そっか」
僕は、僕はただ、
君の声を、君の存在を、近くに感じたかっただけなんだ。
君に似合うのは水色だと思う。
そう言ったら君は笑うだろうか。
でも、それでもいいと思う。
だって誰が何と言おうと、
君は僕にとっての海辺の街だから。
『夜と海辺の街。』、完結です。
ありがとうございました。
ちなみに『同棲癖。』は終わりましたが、依夜と涼夜にはまだその後の話があります。
依夜のその後を知りたければ、『路地裏セブン』を。
涼夜のその後を知りたければ、『南沢寺での惰性的な日々はエモい。』を。
どちらも知りたければ、両方を。
宜しければ、覗いていってください。
それでは。




