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六、転がるユメ

 ガチャガチャガチャ。


 無数のクツワムシが鳴いているよう。

 あるいは、孵化をするカマキリの卵。泡の塊のような、枝に産みつけられた卵囊から、次々と小さなカマキリの幼体が這い出してくる。それを虫かごの中で解放してしまえば、なかで共食いを始めることがあるのだからやってはいられない。


 それともこう言った方がいいだろうか。卵を背負い、孵化した幼体に生きたまま食われて行く、蜘蛛の姿ーー。


 虫の声は声と言うくらいには、虫の音は時と場合によって雅で風流なものであるものだが、それはいつだって相手を求めて鳴く声ではある。雌を求めて、雄を求めて、尽きせぬ果てせぬ生命の二重の螺旋に絡み合った営みを受け継ぎ続ける行為。


 それは生命の遺伝子というプログラムに刻まれた、有無を言わせぬ無情な衝動であって、それでいて何かと、近しいものか、遠いものでもいいから、くっついていたいという切実で熱烈な情動であるのかも知れない。


 その結果が、生き残るためには親兄弟をもいとわない生存競争の勝利者にもたらされたものであって、そうしてようやく一人前になったと思えば死んでしまう。そう言ってしまえばーー大変に憐れなものではあるのだが、虫たちはそれを正常で当たり前のものとして、いつだって指向し試行し、行い続けている。


 そこに悲哀や非情を感じてしまうのは異常なのだろうか。

 そこに熱情や渇望を感じてしまうのは余計なお世話なのだろうか。


 わかりはしないのではあるけれども、結局わかった唯一の真理というものは、ようやく“それ”は誕生を迎えるのだということ。


 ーー彼女は一人の孕み女だった。


 どこからともない声に、律儀にも反応して救われた気になっていた白昼の夢遊病者だった。彼女の聞いた声はもちろん彼女以外には聞こえていなかっただろうし、しかして彼女がそれで救われた気になったということも確かなことではあった。


 その真偽や有効性について議論することはまったくもって、その方が無慈悲で非情で熱烈な渇望のようにも思われた。


 彼女は造形と創作に託して、その子を産み落とそうと恋願った。


 しかしてそれは、「うるせぇ」と却下されるものだったのかもしれないし、兄弟を暗示させる目配せであり、自分達が表裏一体になっているということへの確信に満ちた妄想だったのかもしれない。きっと彼はその夢をさばいて食べたに違いない。もしかすれば唐揚げにしてレモンをかけて食べたのかもしれない。だとしても、きっと先にすべてにレモンをかけてしまうなどという愚行は侵さなかったに違いないのだ。


 絵をかいていた老人は、戦時中超旧式ラジオから流れてくる、声のない幻だったに違いない。幻だとするには真剣で熱烈で、彼のもっていた筆は、その実刀であったに間違いがない。きっと彼はできあがって形の決まってしまった自分の絵を見て、その筆を痩せこけた腹に突き立ててその先に新しい題材を探しに行ったに違いないのだ。


 そうして畳の目を数えながら、彼らしい何者かは畳の目を数えつつ、鏡の機能を果たさなくなった鏡をやはり鏡だと信じながら、ノイズからつなげられる音声を繋げて弄ぶ。


 そうしてすべては眠りに落ちて、孕み女は一人、陣痛に耐えていた。


 誰も彼女を助けるものはいない。

 誰も彼女に気づくものはいない。


 しかし、彼女はどこでもない場所で、どこにでもありふれたように、自らが名をつける子を産み落とすのだ。


 もしかすると彼女は彼だったかもしれない。

 もしかすると彼が彼女だったのかもしれない。


 どちらでもよくはないが、どちらでもよくなる出来事のなかの出来事として、ようやく産声らしきものが聞こえて来ていた。


 オギャア、

   オギャア、

     オギャア。


 いつだって痛ましく、いつだって元気いっぱいで、いつだって困って困らせて、そうして泣きながら成長していく赤子が今日ここの、この場に生まれ落ちていた。


 孕み女はそんな赤子を抱いて、噛みきれない臍の緒に困りつつ、海岸線沿いを歩く。そこから離れられないと言う時点で、彼女こそが海と言う名の母の羊水から目覚められてはいない。


 泣いている赤子はいつしか眠りに落ちていた。


 彼か彼女か知らないが、もしかすると赤子ではなくもっと年は上だったのかもしれないが、今産まれたということに限定すれば、それは間違いようがなく赤子だ。

 そうして母となった女は歌う。


 ねんね、ころりよ

 おころりよ


 コロリコロリと転がって、形のないユメはどこへ行く。

お読みいただきありがとうございました。

カオスな散文、いかがでしたでしょうか?

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