二、四畳一間の不可思議
泥濘の微睡。
俺はそこにいた。
覚醒すれば体が痛い。睡眠中ガチガチに固まって、長い間錆びついたまま放っておかれた機械。油代わりに水を飲みたい。それでも水はない。錆の味、ーー血の味。眠っていた間に、また出血したのかもしれない。
病室の天井は、すでに見慣れたもの。
外出許可はない。幾つの鍵がつけられているのかわからない厳重な扉、だって言うのに、鍵穴どころか、ドアノブさえ存在しない。
俺は、いつからここにいる?
ーー忘れた。
四畳一間の独房が、世界のすべて。
ここに来た時のことも、そとの世界も何も思い出せない。何も知らない。何も知る必要がない。さらには昨日のことだって記憶にないし、それが悲観かと問えば、生まれも記憶にないから悲観のしようもない。
ただ、変わればいいな、とは思うだけでーー。
今という時間軸。きっとそれは平行世界に行ったって、四畳一間から広がりはしない。どこまでも広がる畳の地平、結局は畳四枚で区切られていて、空は天井、窓はなく、机もなければ椅子もない。俺はのたりくらりと、どうにかこうにか辻褄を合せる。
これは楽観? しかし悲観がないのだから楽観のしようもない。
なにも変わらず、なにも起こらない。
それなら畳の目を数えるくらいしかない。しかし一万から先は数えてはいないし、一万までも数えられてはいない。代わり映えもなく変わらないこの部屋、だがどうにもおかしなものが一つ。
ーー鏡だ。
そこに一つの鏡だ。
姿見。
そいつは俺を映さない。俺のいない殺風景な四畳一間を、頑なに映す。
肖像権侵害の心配がないのはいいが、それもスリルがなくて困る。
鏡をためすすがめつしても、やっぱり変哲のない鏡だ。と、俺はこの役立たずの鏡を割ろうと、思いっきり体当たりをかます。
ドシン。
ドカン。
「おい、うるせーぞ! ここにいるのがお前だけだと思うなよ!」
驚いた。戻って来た嬉しくない反応。小心者としては金玉が縮こまってなくなるほどの案件で、しかしてどうやらお隣さんは、俺の振動を“ある”ものとして取ってくれた。
俺は生身。生身の肉体。生肉。だがしかし、そう、それっきり静かになってしまうお隣さんには、いつもの反応しか返せないお隣さんでは、すべては不確かで曖昧なままなのだ。
それらはすべて可能性のなかでの出来事で、可能性の範疇。
つまりは90度以上の角度で壁に向かって平に腰を折っていたが、畢竟、可能性に腰を折ったでしかない。俺は負けちゃあいない。お隣さんに。しかしすべてが可能性へと集約するならば、どちらも生肉ではない可能性も浮上する。
俺は、なんだ?
ただしその答えをつまびらかにするつもりならば、人類がオカルトから科学へと遷移しながら真摯に取り組んできた問題を取り上げることになってしまうワケで、畳の目を数える方が妥当だ。妥協ではなく妥当だ。
しかしこれまでに行き着いた確からしい真実は、この鏡は体当たりをしても割れず、俺がおかしいのか鏡の方がおかしいのか、それをどうしたら確かめられるか、皆目見当がつかないと言うことだった。
何も分からない。まったく以て。
だから今日も今日とて目が覚めたなら、代わり映えのない部屋で代わり映えのない一日を、変わり映えもなく畳の目を数え、鏡の前でこの鏡は何か、鏡に映らない俺は何か、俺に魂はあるのか、そもそもここはどこか、そとという世界は“ある”のだろうか、などなどつらつらと考え、代わり映えのない部屋での代わり映えのない一日を過ごして行く。
それは代わり映えのない地獄か、代わり映えしなくていい天国か。
謎だ。
だがどちらにせよ、これは両極端を内包して矛盾した現実で、そうして両極端が成立するからにはそれを繋げるものが存在する。
ーー狂気だ。或いは正気の夢ーー。
そう考える俺はここにいるのかと疑問も湧くが、考えているからには考えている俺がいて、しかしてその考えている俺に考えさせている俺も存在するのではないかとまで問いかける。はてさて、今日は代わり映えがあるのだろうか。
ーーなくともどうでもイイが。
ちょっとこの錆びた鉄の味だけはどうにかしたいが、この部屋には洗面所もなければ風呂もトイレも存在しない。すると俺に生理現象的な抗いがたく名状しがたい何かがヒタヒタと迫ればどうしたらいいのか。排泄。だが悩まされたことなど皆無。
そうしてどうにかしたい唯一の錆の味を、ちょっと指を突っ込んでほじくり返してみようと思うも、残念ながら口というものにどうやって指を突っ込めばいいのかがわからない。
触っているのか触られていないのかもわからない。
名状しがたい顔らしきもの。名状しがたい指らしきものでつやつやとさする。
と、益体もなく代わり映えのしない日常に、いつも通りいつの間にやら、また泥濘の微睡に沈む。
ようやくだ。いつも通りだ。
完全に目蓋を閉じるその前に思うこともいつだって代わり映えなく、今までどれだけ起きていたのか、どれだけ生きられていたのか、そうして軽々しい目蓋をそっと閉じる。
ああーーカタチが欲しい。と、思う。
俺が俺であるカタチが欲しいーー。
それだけが、正真の願いなのだ。