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四季折々~三千年の時~  作者: 七種 草
オラティオ編
9/33

第9話 『カエルム』

 月日は流れ、私は五つになった。その頃も私は相変わらず昼夜勉強させられ、よく城を抜け出していた。二年前と変わったことと言えば、政に徐々に関与していくようになったことと遊びの激しさが増したことである。他国との貿易、平民の納税、乾季の水不足問題――一つの問題が片付き始めるとまた一つ、と別の問題を突きつけられていた。勉学と行政の二つを同時に行っていることから二年前に比べるとなかなか抜け出せる時間ができなかったが、抜け出せるとすぐに子どもたちが集まるところへ行き、主に男の子と遊んでいた。


 二年間に何度も城を抜け出していると、私の両親や家臣は毎度説教をするも、呆れ始めていることがわかっていた。その頃はよく抜け出すも勉学も行政も漏れなくこなしていたことから、家臣たちはこの脱走を少し横目に見逃してくれていた。


 その頃の遊び相手は男の子であったことが多く、ボール遊びや虫取り、木登りなどをして遊んでいた。おままごとなどをする女の子よりそのような遊びをする男の子と遊んでいたのには、おそらく私はスリルを求めていたのだと思う。城内にいると周りの者に守られ、痛い思いなどすることがない。しかし街に下りると、自分の身は自分で守らなくてはならない。それがどこか楽しく、自ら危険に晒されることを望んでいた。


 そして、ある時から私は〝ある遊び〟に夢中になっていた。街に下りると、一部の男の子たちに声をかけ、ある場所に向かった。通り過ぎる人々にどこへ行くのか訊ねられる度に、私は「秘密!」と口の前に人差し指を立てて、楽しげに笑ってその場を走り去った。


 火照る頬に熱い風が滑っていく。歩を進める度に私の足元で動く影が増えていき、幾重にも重なっていった。大人の影は消えていき、そこにはいくつもの小さな影だけが残された。そして忙しなく動いていた足は徐々に落ち着いていき、荒々しい息遣いが辺りを包んだ。そしてそこに怪しげな笑みが零れ始めた。


「フ、フフフ! 俺たちの秘密基地はまだ健在だぞ!」


 子どもたちはハイタッチをして、岩や木、布切れなどで歪だが整えられた住処に入っていった。


 私がこの頃夢中になっていたのは秘密基地である。始まりはある男の子の一言からだった。


「大人も知らないすごい広い場所を見つけた」


 私は数人の男の子たちと円を作り、その子の小さな声に耳を傾けていた。その頃、私たちの遊びが過激になりつつあることから、遊びの途中で大人に止められることがよく起こっていた。それに不満を覚えていた私たちは大人の目から逃れたいと思っていたところである。私たちはその子に詰め寄り、より円を小さくした。


「大人が知らない? それは一体どこだよ?」


 その子は一度その圧力に後退ったが、もう一度顔を近づけて声を潜めて言った。


「南西の壁沿い。住宅街から抜けた少し先だよ」


 私たちは大人たちの目をかいくぐり、その場所へとやってきた。周りには建物一つなく、ただ小さな崖ともいえる大きな岩があり、その一部が少しえぐれて人が数人入れる窪みができていた。人影がなくひっそりとしていることから、どこか別世界へ来たように感じた。


 子どもたちは感嘆の声を漏らしながらその岩に近づき、何かを確かめるように岩肌をそっと撫でた。


「オラティオの中にこんな場所があったんだな」

「ああ、僕もここを見つけた時びっくりしたよ。それと同時にここだってピンときたんだ」


 案内してきた子は小走りに岩の下へと走り、横からよじ登っていった。そして皆の頭上へ来ると、両腕をいっぱいに広げて言った。


「それにここからの景色が最高なんだ! オラティオ全体を見渡せるんだ!」


 その言葉に皆は一斉に岩を登り始めた。私も皆の後ろに続いて岩を登り、顔を上げると、そこには今まで見てきたオラティオとはまた違った景色が瞳に映った。いつもは城から見下ろしているので、そこには平民の家と川しかなかった。しかしここは手前から奥まで平民の家が広がり、その奥にポツンと小さく城が見えた。どんなに立派な城よりも小さな平民の家の方が雄大に見え、また空が広く見えるような気がした。


「すごい……」


 私は人知れずそう呟いていた。皆がその景色に見入っていると、一人が声を上げた。


「なあ、ここ俺たちだけの場所にしねぇ?」


 皆はその子に振り返り、瞬きをした。


「それって、秘密基地ってこと?」

「秘密基地? なんかすげぇカッケーじゃん!」


 私たちはワイワイ騒ぎ出した。そして再び円を作り、肩を組んだ。


「いいか、ここは今日から俺たちだけの秘密基地だ。誰にも言うんじゃねぇぞ。大人にも、他の子どもにも、だ」


 私たちは約束を交わし、赤く染まった空の下それぞれ帰路についた。私はこんなにも大勢に対して隠し事をすることが初めてで、胸を躍らせていた。城内にいても知らず知らずのうちに笑みが零れ、家臣に「何か喜ばしいことでも?」と何度も訊ねられた。私はその度に、「別にー」としらを切り、そそくさとその場を離れた。


 そして私たちは秘密基地に集まる度に物を持ち寄り、岩しかなかったそこはいつの間にか快適な空間へと様変わりしていた。私たちはそこにいる間、チャンバラをして遊んだり、度胸試しだと言って岩のどの高さから飛び降りられるかという挑戦をしたりしていた。




 月日は流れ、オラティオに雨季がやってきた。雨季と言っても、夕方頃にスコールが短時間降るだけである。


 スコールが降った翌日、私たち数人は朝早くから秘密基地に来ていた。というのも、雨が降った翌朝は岩が濡れており、とても滑りやすくなっていることがその頃わかった。そこで、その滑りを利用してスライダーのようにして遊ぶことがその頃の私たちのブームだった。


 岩肌は雨粒が滴り、朝日が反射していた。その上を私たちは何度も滑り落ちていった。滑り方は様々なものが編み出され、瓶ケースに乗って滑るもの、袋に入って滑るもの、段ボールに乗って滑るもの、とそれぞれの滑り方に難易度がつけられていた。そこに宙返りなど技を組み込むと加点されていき、皆で点数を競っていた。


 その日も皆で点数を競って滑っていた。そして私は岩の上に立ち、挙手をして大声で言った。


「これから私、新技やります!」


 その言葉に下にいた皆はどよめいた。


「お前、新技とか大丈夫なのかよ?」

「女の子がそんな無理しちゃいけないぞー」


 一部は心配しながらも、彼らは女子であった私を茶化した。それに腹を立てた私は再び大声で言った。


「私だってできるんだから! いい、見てなさいよ。『横ひねり宙返りレンガ滑り』!」


 それを聞いた彼ら全員の顔がサッと青くなった。


「おい、それは――」


 彼らが止めようと声をかけた時にはもうすでに遅かった。私は滑り始め、足に力を込めていた。


 レンガ滑りを始めたのは私が初めてではない。この中で一番運動神経がいい子が一度だけやったことがある。その時は技なしのレンガ滑りだったが、恐ろしいほど危険なものであった。滑り出そうとするとレンガだけが先に滑り出し、落ちていった。その子はその拍子に足を取られバランスを崩し、頭から落ちていった。しかし地面に叩きつけられる寸でのところで体勢を整え、擦り傷程度で済んだ。そのまま落ちていたら、先に地面にあったレンガに頭を打ちつけるところだった。それからレンガ滑りは禁じ手だと言って、封じられることになった。


 それを私はその日滑ろうとした。これはもしかしたら日頃嫌なことから目を背けていた私への天罰だったのかもしれない。私は技を入れる前に地面に叩きつけられていた。不幸中の幸いで、技を入れようとレンガに力が込められていたため、レンガは私が落ちた方向とは真逆の方向へ落ちていた。


「カエルム! 大丈夫か?」


 すごい形相で駆け寄ってくる皆に私は笑った。


「新技やるとか言っといて失敗しちゃったよ。ダッサー」


 私がヘラヘラ笑っていると、一人が私の膝を指差して青ざめた。


「お前、膝……」


 その言葉に促されて自身の膝を見ると、所々は擦り傷程度であるものの、大きく皮がめくれ、赤黒く染まった傷があった。それを見た私は涙目になりながらも言った。


「だ、大丈夫だよ、このくらい。帰ったらきっとすぐに治してくれるよ」


 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるように何度も呟いた。するとこの中で最年長の子が私の前で背を向けてかがんだ。私がキョトンとしていると、彼は顔だけを私に向けて言った。


「乗れ。早く街まで戻るぞ」


 それから私たちはすぐに街に戻り、街の人々は私の状態を見て大騒ぎした。城へ戻るとすぐに寝室に入れられ、夜通し私の部屋の外がうるさかった。




 約二週間後、傷は完治し、体には痛み一つなかった。昼の休憩中、母が私のもとへ来た。何の話かと思っていると、開口一番とんでもないことを言った。


「もう二度と独りで外を出歩くことを許しません」


 それを聞いた私は手に持っていたティーカップを落としそうになった。代わりに乱暴にティーカップをテーブルに置き、母に詰め寄った。


「何を急に言い出すのですか? そんなの私の勝手でしょう!」


 母は毅然とした態度のまま私を見た。


「今までは大目に見てましたが、あのようなことがあっては、こうなるのも致し方ないでしょう。それに平民と戯れるのはおよしなさい。あなたは王族なのよ。もっと付き合うべき人を見極めなさい」


 それを耳にした私はいつの間にか叫んでいた。


「私は母上の人形なんかじゃない!」


 背中で母の声が聞こえながらも、そのまま城を飛び出していた。


 王族だから人を選べ? 王族だから外に出るな? そんな中で生きていたら私は一体何になるの? 母の言葉と自分の言葉が頭の中でグルグル回り、何とも言えない吐き気が込み上がってきた。


 その時ちょうどいつもの広場に差し掛かり、秘密基地のメンバーが見えた。私は手を振りながら彼らに近づいた。


「久しぶり! 怪我が治るまで部屋から出してもらえなくて、やっと出られたんだ。ね、今日は何をする?」


 私はぐるりと彼らを見渡したが、誰とも視線が合わなかった。笑顔を保ちつつも、それに私は恐怖を抱いた。彼らは顔をしかめ、重い口をゆっくりと開いた。


「先日は、大怪我を負わせてしまい、申し訳、ございません……でした。以後、このような、ことがないように、心に、誓い、ます……」


 彼らは古びた機械のようにカタカタと言葉をつづった。それに絶句している私を見た彼らは泣きそうな顔をして俯いた。私たちは何も言葉にできずにおり、やっとの思いで私が言葉を口にした。


「なん、で……」


 それを聞いても誰も顔を上げず、ただ一人が口を開いた。


「ごめん、なさい……。もう一緒には遊べ、ません。僕たちはもう……」


 彼は何かを言いかけようとしていた。しかし私はその後の言葉を聞くことが怖かった。だから彼らに手を伸ばして、いつもみたいにこの手を取ってほしかった。しかし、私の手に気づいた彼らは私から距離を取り、彼は続けてこう言った。


「だって、カエルムは女王陛下だから。僕たち平民が関わっていい相手じゃないから」


 彼は目に涙を溜めながら、真っ直ぐと私を見た。その時私はようやく気づいた。彼の頬には殴られた跡が残っており、他の子にも腕や脚などに治りかけの痣がいくつもあった。それを見た私はその場から逃げるようにして走り去った。


 私は馬鹿だった。私が王族だろうと何も関係ないと思っていた。確かに私は関係なくいられるかもしれない。だけど、その代わり周りの人が犠牲になるのだ。今回のことだってそうだ。王族と平民だからといって関係ないと言って、一緒に遊んでいた。しかし王族である私が怪我をしたことで、平民である彼らは関係のない罰を与えられたのだ。怪我をした原因が私だけにあったとしても、だ。そのような罰が私に降りかからない代わりに、その罰が傍にいた者に降りかかる。そしてその代わりに、私には〝孤独〟という罰が与えられる。


「――だ、から」


 私は走りながら言葉を漏らした。人をかき分け、人気のない方へと向かった。すると、いつの間にか秘密基地に辿り着いていた。私は一歩一歩とそこへ近づき、そして力なく膝から崩れ落ちた。そこにあったのは二週間前にあった秘密基地とは別物になっていた。皆で地道に集めたものは廃れ、散らばり、競い合っていた記録はぐちゃぐちゃに潰されていた。私は頬に何かが伝うのを感じながら、何度も何度も呟いた。


「……が、……から。……しが、……だ、から」


 日照りよりも何かの恐怖が私の身体を包み込んでいた。私は土の上に広がった服の裾を握りしめて、俯きながら叫んだ。


「私が、女王(カエルム)だからっ!」


 そう、私が女王だから、カエルムだから、デウスだから、皆が不幸になった。(デウス)を産んだ両親は良心を失い、(カエルム)と一緒にいた友はいらない罰を与えられた。そして私の両親に振り回された平民は貧しくなり、私と一緒にいた友の家族は後ろ指を指されることになる。詰まるところ、私は負の元凶でしかないのだ。


「私なんか……私なんか、生まれてこなきゃよかった……」


 私は短い髪の毛を鷲掴みにして顔を覆った。しゃくり上げる声が空しくそこに響いた。何度も何度も涙を拭っていると、上から声が聞こえた。


「本当に、生まれてこなきゃよかったと思ってるのか?」

「え?」


 突然の声に私は驚いて、すぐに顔を上げた。すると岩の上に茶と黒に覆われた巨体があった。それが私と〝彼〟の出会いだった。

次話「夕陽」は2018/5/5(土)に更新します。

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