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四季折々~三千年の時~  作者: 七種 草
オラティオ編
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第5話 女王

2018/2/25 2時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 翌朝――人混みを少しでも避けるため、未久たちは日の出と共に街へ出た。前日とは打って変わってどのテントも萎れたように畳まれ、人々はまばらにしかいなかった。


 未久が前日とはまた異なる高揚を感じていると、彼女の目に見覚えのある女性の姿が映った。


「あの人って、昨日野菜売ってた――」


 彼女がそう口にすると少し丸い女性は彼らに気づき、大きく手を振ってきた。


「昨日の旅人さんじゃないか。おはよう、宿は気に入ってくれたかい?」


 衛次はその声で彼女に気づき、振り向いて軽く会釈をした。


「お陰様で体を休めることができました」

「そりゃよかった。しかしこんな朝早くからどこに行こうとしてるんだい? もしかしてもうオラティオを発つとか?」


 目を丸くする彼女に衛次は頭を振り、苦笑した。


「いえ、まだこの街の方と色々お話したいと思ってるので。今日はここの女王陛下に謁見したいと思い、向かっているところです」


 その言葉に彼女はより目を丸くした。


「女王陛下に? あんた、身の程ってもんをわきまえなさいよ。素性のわからない外の者が王族に会えるとでも思ってるのかい?」


 急に大声を出した彼女に近くにいた人々は振り向いた。その内の髭面の男性は大声で笑いながら彼らに近づいてきた。


「そうとも限らないぜ、ハフサさんよ。相手はあの(・・)女王陛下だ。何をしでかすかわかったもんじゃない」


 新たな人の登場に未久は驚き、衛次の後ろに隠れた。落とし穴を作った少年のような顔をする髭面の男性にハフサと呼ばれた彼女はため息を吐いた。


「あんたは昔からあの方に変に肩入れしているね」

「そりゃそうだ! 今の女王陛下は嬉しくも俺の期待を裏切ってくれる」


 得意気に語る彼とは対照的にハフサは冷たい視線を彼に向けた。


「……そんな変な趣味を店先に出しているから、売り上げが伸びないんだよ」


 彼女の言葉に怒りを露わにし、彼は「あれは骨董品だ!」と主張するも、彼女は一切彼の言葉に耳を貸さなかった。彼女は衛次たちに向き直り、再び彼らに話し出した。


「女王陛下はオラティオの中心部にあるあの城にいるよ。会えないとは思うが、この男の言っていることも確かだ。今の女王陛下は、何というか変わっていてね。運命の悪戯で会えるかもしれない。試しに行ってみるといいよ」


 彼女の指差した方角に、周りとは比べ物にならない程大きなレンガの建物が建っていた。それは単色で代り映えもしないレンガでできているはずであるのに、どことなく威容を誇っていた。


 衛次たちは彼らに別れを告げ、示された城へと向かっていった。城の前まで辿り着くと、例の如く門番が二人立っていた。


「そなたたちはどのようなご用件で?」


 衛次はフードを取り、右手を胸に当てた。


「我々は旅人です。遠い東の国から来ました。そこでこの国の女王陛下にお伝えしたいことと会わせたい人がいます。どうか女王陛下への謁見のお許しを」


 門番は顔を見合わせて少し考えこんだ。そして一人が重たい口を開いた。


「ここでは少々目立ちます。中へ入り、陛下からのお言葉をお待ちください」


 そして門番の後ろにある重い扉がゆっくりと開かれた。一人の門番が彼らの先頭に立ち、その扉をくぐろうとした。するとその時、未久は頭上から鈴の音が聞こえ、上を見上げた。しかしそこには昇り始めた太陽と青い空しかなかった。彼女は再び前を向き、前を行く彼らについていった。


 門番は彼らを城内の奥まで連れて行った。中はとても広く、太い柱がどこまでもそびえ立っていた。しかしこれだけ広いにも関わらず誰一人ともすれ違わず、ただ寂しげに三つの足音だけが響いていった。そして門番は大きな階段の前で立ち止まり振り返った。


「ここでお待ちください。陛下に伝えて参ります」


 門番は一礼をしてその場から去って行った。取り残された彼らは静かな空間に息をすることさえも苦しく感じていた。未久は何か悪いことでもしているかのように小声で衛次に訊ねた。


「お城ってこんなに広いのに人がいないものなんですか? なんだかとても……寂しい感じがします」


 小声にも関わらず、彼女の声は静かにその空間に響き渡った。彼女が見渡すと、鎧、絵画、壺と至る所に管理の行き届いたものが飾られていた。しかしそれらはどれも飾られているだけのもの(・・)でしかなかった。確かにこの城内は静か過ぎると衛次も感じていた。


「そうだな。こんなにも静かなのは女王陛下の趣味か、それとも――」


 衛次が言いかけると、その言葉を遮るようにどこからか金切り声が聞こえた。


「なんでそんなどこの馬の骨ともわからない者を入れたの? 今すぐ追い出しなさい!」


 その声に彼らが振り向くと、そこには派手に着飾った婦人がいた。婦人は彼らを見つけるなり、ツカツカと彼らに近づいてきた。


「あなた方が例の旅人? 悪いけどお帰りになって。ここはあなた方が来るような場所ではないわ」


 衛次は少し顔を下げ、口を開いた。


「失礼ですが、ご婦人は一体?」


 彼女は顔をしかめ、見下すような目で彼らを見た。


「私は皇太后、現女王の母です。顔を隠したまま城内に入るような無礼者を娘に会わせるわけにはいきません」


 婦人の冷たい視線が未久に向けられ、彼女は首をすくめて俯いた。すると彼らの頭上から少女の声が響き渡った。


「何を騒いでいるのですか? 何かが起こった場合、直ちに私に伝えるよう言ってあるはずですよ」


 その声に彼らは顔を上げた。そこには皇太后とは対照的に質素な身なりで、しかしきらびやかな姿の少女がいた。それもそのはず、彼女の首から羽根の首飾りが下がり、金色の瞳、金色の髪、そして左前髪にはM字の分け目があった。


「デウ、ス……?」


 未久の口から不意に言葉が漏れ、自然と彼女らの視線が重なった。彼らが見上げる少女の金色の短い髪は猫のように大きく鋭い瞳を際立たせていた。その瞳は未久の心の奥まで見るようにじっと彼女の瞳を見つめた。


「あなたは?」


 その言葉は未久の手をフードにかけさせ、彼女の顔を露わにさせた。フードが彼女の背に当たると同時に彼女の髪はなびき、大きな茶色い瞳に光が透き通った。彼女の顔を見ると少女は目の色を変え、息を呑んだ。皇太后も顔色を変え、後退った。


「デ、デウス? この地にデウスが二人も? そんなことありえない。私の子だけがデウ――」

「静粛になさい、母上!」


 鋭い声が城内に木霊した。そして再び静寂が訪れ、未久の息を詰まらせた。眉をひそめる彼女に少女は静かに言葉を続けた。


「悪いが、本日は引き取り願います。このまま話を続けても、話にならないでしょう」


 踵を返す彼女に衛次は咄嗟に声をかけた。


「お待ちください、陛下」


 彼女は足を止め、少し振り返った。


「何か?」

「この言伝だけでも陛下の耳に届けとうございまして」


 彼女の冷たい眼差しが彼に向けられるも、彼は真っ直ぐと彼女を見た。その瞳を見た彼女は小さく口を動かした。


「申してみなさい」


 その言葉に彼は右手を胸に当て、頭を下げた。


「『風の使者、去にけり』――以上です」


 それを耳にした彼女は一瞬目を見開き、顔をしかめた。そして顔を背け、小さく呟いた。


「言伝、ご苦労」


 彼女はその言葉と足音だけを残し、その場を去っていった。幾重にも響き渡る足音は空しく広い城内に消えていくだけであった。




 日は高く昇り、眩しい空の下、金色に輝く髪の少女は城の上層から髪をなびかせながら、先程城に訪れた二人が城下に戻っていくのを見届けていた。その姿に大きな影が被さり、少女はそのまま振り向かずに口を開いた。


「まさかあの(・・)()が自ら私のところに足を運んでくるとはね。あんたが手引きしたわけじゃないだろうね?」


 少女は疑わしそうに目を細めるが、彼女の言葉に影は乾いた笑いを漏らした。


「まさか。オレにそんな大それた力なんかないぜ。それにあの方はまだ(・・)だったようだしな」


 少女はその言葉に脚を組み、仏頂面で頬杖をついた。それを見た影は静かに彼女に訊ねた。


「カエルム、お前これからどうする気だ?」


 彼女の胸元で何度も大きく羽根が揺れた。それは何度も飛び立とうとするも、金具がそれを制しているようであった。彼女は城下の遠くを見つめ、一息ついてから口を開いた。


「それは私にもわからない。ただ彼女には私と同じ道を歩んでほしくないよ」


 彼女の傍では国旗がはためき、日の光で輝く彼女の瞳と髪を隠した。寂しく笑う彼女の瞳は美しく輝くも、その奥には美しいとは言い難い過去が潜んでいた。

次話「探しもの」は2018/3/10(土)に更新します。

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