第4話 街
2018/2/10 22時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
乾いた大地を踏み締める音の横で小さく流れる水が光を反射した。光は二人の瞳に入り込み、何度もそれを細めさせていた。
水をたどっていくとだんだんとそれは幅を広くさせ、彼らの瞳に草木の姿を久々に映させた。そして彼らがたどり着いた先には、視界に収まらない程の長い壁とその先から覗く数え切れない程の家があった。先に駆け出した未久は立ち止まり、感嘆のため息を漏らしながらそれらを見上げていた。ゆっくりとした衛次の足取りがそれに追いつくと、彼女の横で立ち止まり口を開いた。
「やっと街に着いたな。ここならきっと新たな情報を得られるだろう」
彼の言葉が彼女の耳に届くも、彼女の視線は壁の先から離れなかった。彼は彼女を見つめ、彼の下にある小さな頭にしわだらけの手を乗せた。
「これだけ大きな街なんだ。きっといろんな人がいるだろう。お前に優しくしてくれる人だっているはずだ」
しわだらけの手は優しくその頭を叩き、そっと離れていった。そして彼は大地にその足音を響かせ、彼女の視線の先に入り込んでいった。彼女はその姿を目で追い、我に返って彼を追って足を踏み出した。
彼らはその長い壁に近づくと、その出入口に門番らしき人が二人立っている姿が見えた。衛次たちはフードを深く被り直し、そこへ近づいていった。やはりそこの者たちは彼らに気づき、入口を塞いだ。
「ここより先はオラティオになります。そなたたちはどのようなご用件で?」
「我々は旅の者だ。食糧供給のついでに体を休めたいと思っている」
門番は彼らの荷物の中身を確認すると、定位置に戻り敬礼した。
「旅の者たちの入国を許可します。女王陛下のご加護があらんことを」
門番たちの横を通り過ぎていくと、そこには背の高いレンガの建物がズラリと並んでいた。それらは赤や黄のレンガで建てられ、その目の前には建物に沿うようにしてテントが張られていた。テントの下では農作物や絹、骨董品まで様々なものが売られていた。それらが並ぶ通りは人で溢れ、人と人がすれ違うことが精一杯な程であった。
未久の小さな体は人々の間をくぐり抜け、彼女の視界では前を行く衛次の姿が何度も見え隠れしていた。そんな彼が急に立ち止まり、横へと流れていった。彼女はその姿を追い、横へ進んでいった。すると、そこには少し丸い中年の女性がいた。
「いらっしゃい! どれも新鮮だよ!」
彼女の目の前には緑や紫、オレンジ色など様々な野菜、果物が並べられ、彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。衛次はそれに応えるように彼女に笑いかけた。
「どれも美味しそうですね。ここは農作物が有名なんですか?」
女性は腕を組み、彼らをまじまじと見た。
「そうだね、ここらの地域じゃオアシスのここでしかこんなに収穫できないからね。あんたたち、もしかしてここの者じゃないのかい?」
その視線に驚いた未久は衛次の後ろに隠れ、彼のマントを握りしめた。それを見た彼は苦笑しながら彼女の頭を撫でた。
「ああ、そうなんですよ。我々は旅をしてまして、ここに来るのが初めてなんです」
それを耳にした女性は目を丸くした。
「旅をしているのかい! よくこんな小さい子と一緒にここまで来れたもんだ。それならしばらくの間この街で休んでいくといい」
「ありがとうございます。どこかお勧めの宿とかありますか?」
すると女性は一枚の紙を彼に渡した。
「うちの知り合いがここをやっているんだ。よかったら使ってやってくれ」
衛次はそれを手にして、女性に礼を言った。彼女は手を組み、呟くように言った。
「女王陛下のご加護があらんことを」
その言葉に未久は首を傾げながらも、前へ進み出した衛次についていった。
一行が紙に書かれた宿にたどり着くと、入口には細身で少し髭を生やした老人が立っていた。
「いらっしゃいませ。ご宿泊でよろしいですか?」
衛次が頷くと、老人は小さく微笑んで手を奥へ差し出した。
「ご利用ありがとうございます。それでは案内させていただきます」
辺りにゆっくりとした足取りの足音と軽やかで少し忙しない足音が響き渡った。そこに衛次の声が響いた。
「この街の人々の表情は皆明るいですね。何か元気の源となる特別なものがあるのですか?」
老人は少し振り返り、ニコリと笑った。
「特別というか何といいますか。皆同じ天を崇め奉って、同じ想いを持っているからでしょうかね」
老人は一つの扉の前で立ち止まり、ゆっくりとその扉を開けた。
「こちらがお客様のお部屋になります。ご用がございましたら、いつでもお申し付けください」
彼らが部屋に入ると、老人は彼らに一礼した。
「それでは私はこれにて。女王陛下のご加護があらんことを」
窓辺に立っていた未久は慌てて老人に駆け寄った。
「あ、あの! その『女王陛下の――』ってどういった意味があるんですか?」
老人は目を丸くして振り返った。しかしまた穏やかな顔を少女に向けた。
「そうか、旅の者だから存じませんか。ここは祈りの国オラティオ。そう呼ばれる由縁は我々が今まで神に祈りを捧げていたからです。そして今の女王陛下は神です」
「え……?」
不意に少女の驚きの声が漏れた。老人は微笑み、少女の頭を撫でた。
「女王陛下は気まぐれに王宮から顔を出します。運がよければお目にかかることができるかもしれませんよ」
老人は再びお辞儀をして、その部屋から出ていった。呆然とする彼女に後ろから声がかけられた。
「未久、これは行ってみた方がいいかもしれないな」
少女は振り返り、彼を真っ直ぐと見た。
「私、女王陛下に会ってみたいです」
窓から差し込む光が少女の瞳に入り込み、茶色い瞳が透き通るように輝いた。
祈りの国オラティオ――そこは賑やかな人々の声で溢れ、強い光が辺りに差し込んでいた。
次話「女王」は2018/2/24(土)に更新します。