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第30話 遺跡

2019/2/9 14時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。


ただいま挿入歌を制作中です。

話は書き終えていますので、よろしければ先にご覧ください。

 暗闇の中、水が滴る音がどこまでも響く。夜のせいなのか、腕を抱えたくなるほど空気が冷たく感じる。歩を進める度にその足音ばかりが響き渡り、物寂しさを感じた。


 ワノに連れてきてもらった寝床という場所は、今の時代では存在し得ないほど発展した建物()()()()と思わせる場所だった。五、六階建てで、石のような壁にはほとんどつなぎ目がない。一フロアに長い道が伸び、そこから実がなるように部屋ができていた。その部屋の中には金属でできた四つ足の大きな台のような物がいくつも並び、また別の部屋にはいくつもの棚があった。暗闇の中、目を凝らしてその棚の下を見ると、そこにはガラスが散らばっていた。


 未久はワノに置いていかれないように気をつけながら、建物の中を見渡した。壁には所々ヒビが入り、そのヒビと何かがハマっていたであろう四角い枠から枝やツタが建物の中へと入りこんだり、コケがはびこっていたりした。


 ワノは口を閉ざしたまま、冷たく、静かな床に足を下ろしていく。近くにあるはずなのにどこか遠く感じるその背中に、カエルムは言葉を探しながら声をかけた。


「ワノ、ここは一体……」


 ワノは静かに視線を後ろへ向け、三人を見つめる。外の景色を切り取る枠から月の淡い光が差し込み、冷たい空気を霞ませた。


「遺跡。みんなはそう言っていた」


 微かな光は彼のもとへと伸びる。照らされたその瞳は少し怖く、そしてどこか寂しげだった。言葉を失い、口を閉ざしたままでいると、ワノは再び前を向き、歩き始めた。咄嗟に彼の背中を追い、カエルムは再び訊ねた。


「みんなって?」


 ワノは足を止めずに答える。


「俺の家族や友人、周りにいたやつらのことだ。まあ、そう呼ばないのが一人だけいたけどな」


 奥へと進んでいき、狭い階段を上っていく。手すりを飾るようにツタが絡まり、上へと誘っていく。そしてまた前が開き、長い床が続いていた。床や壁は所々黒ずみ、影なのか汚れなのかわからない。ワノはそこを迷うことなく進みながら話を続けた。


「俺のじいさんだけ他と違ってよ、何かを知っているようだった。みんなはここを遺跡としか呼ばないのに、じいさんだけ『憩いの場だった叫びの地』と言っていた」


 床の所々には物が散らばり、錆びたりコケが生えていたりする。見覚えがあるような物もあるが、ほとんどが何に使うかわからない物ばかりであった。憩いとは遠くかけ離れた鋭利な物からいくつもの糸がつながっている四角い物、服を掛けておけそうな車輪の付いた長い棒状の物まで、大小様々な物が散らばっていた。


 足元に注意しながらワノの後を追い、カエルムは彼を見上げた。


「叫びって?」


 カエルムの言葉でワノの足が止まった。そこでやっと三人はワノに追いつき、共にその場で足を止める。ワノはそれを確認するでもなく、ただ一点を見つめて言った。


「これだ」


 その言葉で三人はワノの視線の先を追った。そこにはただ小さな部屋があり、外とつながる枠から柔らかな光が差し込む。光は床を伝い、左側の壁を淡く照らした。照らされたそこは所々コケで覆われ、その下には文字らしきものが長々とつづられていた。


 未久がその文字にそっと近づく。壁を指でなぞり、コケを払う。壁に無理矢理掘られた小さな文字は歪な形をしていた。


「それは古代文字だそうだ。それを読めるのは俺のじいさんしかいなかった。だから何が書いてあるのか教えてくれってせがんだんだが、『お前にこれを背負わせたくない』って言って、結局死ぬまで教えてくれなかった」


 カエルムは壁から目を離し、ワノを見上げた。


「じゃあ、この内容を知っている人って……」

「もうこの世にはいない。俺の家族は知らないし、ここに居座る必要もないって言って、俺以外みんなどっかに行っちまった」


 自然と視線は外へと向き、暗闇の中に何かを探した。その姿をリナは後ろから離れて眺める。カエルムは横にあるワノの顔を見上げ、顔をしかめた。


「どうしてワノだけここに残ったの?」


 ワノは少し押し黙り、フッと笑って言った。


「じいさんの守ってきたものって言っていいのかな。これを守らなくてはいけない、伝えなくてはいけないって直感的にそう思ったんだ。俺一人だけになろうと、絶対に」


 その言葉にリナは胸が苦しくなった。近くにあるはずのワノの背中がすごく遠くに感じ、自分の足元が急に不安定に感じる。


 目を逸らそうとリナが下を向くと、今まで口を開かなかった未久の声が聞こえた。


「『これが誰にも見つからないことを願う。見つかった時は、きっと私が死んだ時か殺される時だろう』」


 その言葉に全員の視線が未久に向けられる。未久は壁の文字に指を這わせ、じっとその指の先を見つめていた。熱い三人の視線を気にすることなく、未久は続ける。


「『皆が望んでいたものは明るい未来だった。だから人々は信じていたのだ。技術が発展するほど、物や生活が便利になるほど、未来は明るくなるのだと』」


 たどたどしくも壁に書かれた言葉が紡がれていく。その姿を淡い光が幻想的に照らした。カエルムは咄嗟にその背中に声をかけた。


「未久、その文字読めるの?」


 その声でやっと未久が壁から目を離した。そして戸惑ったように顔を歪ませながらカエルムを見た。


「なんとなく、だけど……読める。どこかで見たことがある、のかな……」


 ワノはカエルムの肩に手を乗せ、身を乗り出す。そして懇願するように未久を見つめた。


「お願いだ。続きを聞かせてくれ!」


 未久は戸惑ったが再び視線を壁に戻し、文字を指で辿った。


 そこに書かれていたことは、その書き手の苦悩だった。推察するに、書き手は医者だったのだろう。そして書かれた時代は技術が発展した世界だ。


 だからこそ目の前にあるものだけですべて事足りるはずであるのに、その時代の人々はそれ以上のことを求め続けた。それ故に、世界規模の戦争が再び起こった。


 怪我をする人は後を絶たない。またここに来る人は怪我をした人ばかりではなく、戦争で散布される放射能や物質によって健康被害を受けた人もやって来た。


 その時やって来た子どもに処置をしながら訊かれたことが、いつまでも書き手の胸をえぐった。


 ――平和って、何?


 その時は戸惑いを見せないように、笑って誤魔化したという。


 しかし何度も考えた。平和とは、争いごとがないことであると言われている。本当にそうなのか? 誰かを騙し、騙されていることに気づいていなくても、それは平和なのか。何もできずに誰かを羨み続けていても、それは平和なのか。何かを伝えたくても、心に秘め続けなければならない状況であっても、それは平和なのか。


 いつしか戦況は悪化していった。怪我人すべてを処置するだけの人員、時間、薬品がない。ここがうめき声を上げる者たちで溢れかえり、自分の無力さに唇を噛んだ。


 そして、ある決断をしなければならなくなった。――末期患者に安楽死をさせる。


 その考えが脳裏を過る度に、何度も自分に問いかけた。何のためにここにいるんだ、と。


 壁に書かれた文字は後ろに行くにつれて、荒々しくなっていった。そして最後に小さく、こんなことが書かれていた。


 ――人が求めたものは、一体何だったのだろう。


 すべてを聞き終えた三人は呆然とそこに立ち尽くした。過去がそんなにも発展した世界であったこと、そして何よりこんなにも人々を苦しめることが世界規模で起こっていたことに、言葉を発することができなかった。


 それから四人は多くを語ることなく、思い思いに寝床を求め、建物の中を彷徨った。未久はその文字の前に座りこみ、しばらくしてから建物の中を歩き回った。


 今改めて見ると、床に散らばっているものはその発展した技術で造られたものなんだろう。しかしその技術がなぜ今には残っていないのか。例の戦争で失われた……いや、そんな簡単にはなくならないだろう。


 そう思案していると、どこからか唄が聞こえた。それは自然と未久をその声のもとへと導く。足を止めると、そこにはリナがいた。リナは外を眺めながら歌っていた。








 リナはシャルムの貝を握りしめていた。そこへ未久が近づくと、リナが驚いたように振り返る。その横に未久は静かに立ち、呟くように訊ねた。


「マーレの唄、ですか?」


 その言葉にリナは口を閉ざした。未久もそのまま何も言わずにいると、リナは参ったと言わんばかりに苦笑しながら言った。


「そうよ、これは思案の唄。やっと思い出してきた?」


 未久は下を向き、押し黙った。リナが枠に腰を掛け、夜風を感じていると、それに乗せるように未久が話し出した。


「思い出すというより、わかってきたという感じです。だけど、それと同時に不安なんです」

「何が……?」


 不意に零れた言葉が水面を打つ。そして小さく返ってきた言葉は静かに大きな波を起こした。


「自分が何者であるのか、不安なんです」


 その言葉にリナは大きく目を見開いた。未久の口からまさかそんな言葉が出てくるとは思わなかった。そのまま黙っていると、未久は続けた。


「カエルム、シーバ、マーレ――この世には三人のデウスが存在することは知っています。だからこそ私は一体何者なのか……。私もシャルムを持っているから、デウスなんだってことはわかってます。でも、私は亡くなったシーバの生まれ変わりなのか、全く別の存在なのか……」


 未久は首から下がった青いガラス玉を指先で撫でた。それが輝き出し、目を細める。外を見ると、空が紅く染まっていた。


 徐々に顔を出す朝日を見つめていると、遠くから高い笛のような鳴き声が聞こえた。身を乗り出してそれを探そうとしていると、カエルムが二人のもとへ走ってきた。


「あのヤローがやっと帰ってきた!」


 三人が慌ただしくしていると、寝起きのワノが目を細めながらやって来た。


「なんだ? こんな朝っぱらから」


 大きなあくびをするワノにカエルムが慌ただしく説明する。


「私たちの裏切り者がやっと帰ってきたの。だから逃げる前に締め上げなきゃ!」


 それだけ言うと、カエルムは飛び出すように駆けて行った。未久がその背中に声をかけるも止まらず、ワノに慌ただしく礼を言ってカエルムを追った。


 リナもまた二人を追おうと、ワノに頭を下げようとした。そこで流れのままに黙っていたワノが口を開いた。


「見つかったのか? あんたの生き方」


 リナはワノを見上げて、クスリと笑った。


「誰のために生きるかってやつ? やっぱりあたしは誰かのためにしか生きられないみたい」


 その返答にワノは息を漏らすようにして笑った。それを見たリナは前に向き直り、朝日を眺めた。


「それに見つけたの。妹以外で守りたいって思える子。ずっと傍にいてあげたいって思う子」


 清々しい空気に真っ直ぐな光が差し込む。また新たな一日が始まることを感じたワノはリナが見つめる朝日へと視線を向けた。


「そうか。なら、行って来いよ。その守りたいやつのところへ」


 リナは小さく、しかし力強く頷いた。拳と拳を合わせ、別れを告げる。


 たった一日の出会いに多くのことを考えさせられた。そして今日から新たな日々が始まる。生かされる日々から生きる日々へと変わる。


 遠く、強くこの世界を照らす朝日は、過去も未来も照らしてくれると信じていた。

密林編はこれにて終わりとなります。


申し訳ございませんが、私情により休載させていただきます。

連載再開(新章開幕)は今年の7月を予定しています。


次の章が最終章となるので、

首を長くしてお待ちいただけると幸いです。

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