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四季折々~三千年の時~  作者: 七種 草
ベネディ編
24/33

第24話 恐怖

2018/11/21 23時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 暗闇の中に波の音がゆっくりと響く。彼女たちの呼吸が速くなるにつれて、その音はもどかしく感じた。


 黒いうねりは少ない光を煌めかせ、その真ん中に一直線の黄色い光が伸びていた。その光の先に長い髪を濡らした人が立っている。未久の遠い視線の先で振り返ったその人には、確かに前髪にM字の分け目があった。


 それに気づいた未久は咄嗟に立ち上がり、長い桟橋を駆け出した。桟橋の板が軋み、潮の流れで微かに足元が揺れる。体が横に揺すられながらも、未久は足を前へ踏み出した。


 波打ち際にたたずむその人の姿が近づき、その人も未久に気がつき目が合った。その人は服を絞る手を止め、そのままじっと未久の姿を追った。未久がその人の側までやって来ると、その人は静かに口を開いた。


「あなたは……」


 未久はそこでやっとその落ち着いた大人びた声で、その人が女性であることがわかった。彼女は女性にしてはとても背が高く、長髪の青年と思われてもおかしくなかった。


「私は未久。あそこにいるカエルムと一緒に、今朝この島にやって来たんです」


 未久はこちらに向かってきているカエルムを指差しながら言った。それを耳にした彼女は「ああ、あなたたちが」と小さく呟いた。何を言ったのか聞き取れなかった未久は小首を傾げたが、それよりも気になることがあった。


 カエルムは二人のもとに追いつき、彼女を見るなり叫んだ。


「胸、デカっ!」


 そう、彼女は巨乳だったのだ。彼女を目の前にするまでは男女どちらかわからなかったが、この豊かな胸があれば男性だと間違われることはないだろう。カエルムは滑らかなほどに平らな胸を擦り、顔を歪めた。


「同じ女として、これは不公平だ……」


 同じ気持ちを抱く未久も彼女の名前を訊くよりもそちらの方が気になり、なかなか話を進められない。


 居心地が悪くなった彼女は恐る恐る話を切り出した。


「ええと、あたしはリナ。ヤチからあなたたちと会ったと聞いたけど、あの子から何か聞いてない?」


 リナとヤチ――その言葉を聞いて、二人は顔を上げた。カエルムよりも先に、未久が食いつくように返した。


「今朝、その子だと思われる子に会いました。その時、『逃げろ』と言われましたが、どういうことでしょうか?」


 未久の勢いにリナは眉一つ動かさず、ただ声のトーンを下げて答えた。


「そのままの意味よ。ここに長く居れば居るほど危険なの。今すぐにでもこの島を出なさい」


 リナの顔は笑っているものの、瞳の奥は冷たかった。言葉は冷たいというよりも何かを諦め、未久たちを突き放しているように未久は感じた。しかしカエルムはそれに腹を立てたようで、目を細め、棘のある声色で言った。


「島の人たちに出会ったけど、歓迎されたわ。それのどこに危険があるっていうの?」


 リナはカエルムの態度にため息を吐き、呆れたように答えた。


()()が危険だと言っているのよ。『来る者拒まず、去る者怨む』――それがこの島民の本質。だからここに居れば居るほど、あなたたちに対する憎しみが増すだけ。そしていつしか、この島を出ることさえできなくなってしまうわよ」


 細い糸が張られたように、二つの視線が静かに危うく交わる。その糸を弾くように、カエルムが口を開いた。


「島の人から聞いたわ。あなたたち姉妹のこと」

「嘘つき姉妹だって? だから、あたしたちのことは信じない?」


 糸が大きく揺れるように、声が交わる。どちらも一歩も引き下がろうとしない場に、未久は割って入ることなどできなかった。


「信じるも何も、私はあなたから重要なことを聞いてないわ」

「重要なこと?」

「あなた、デウスでしょ」


 今まで打ち消し合っていた二つの波の一つが消え、ただ一方的に一つの波が押し寄せた。波は暗闇に向かっていくばかりで、その先は何も見えない。その先には何かあるのか、ただ暗闇しかないのか。波が返って来るほか、それを知る術はなかった。カエルムは声の限り、細い糸を揺らし続けた。


「あなた、未久を見た時からわかっていたはずよ。今、自分がすべきことが何なのか。けれど、あなたははぐらかした。話そうとしなかった。それが嘘つきだって証拠、信じられないっていう根拠よ! あなたは――」

「何のこと?」


 しかし糸は指で押さえられ、波はいとも簡単に消された。糸を押さえた張本人は肩をすくませて、何事もなかったかのようにさらりと言った。


「デウスだの何だの言っているけど、何のことだかさっぱりだわ」


 それでもカエルムは負けじと、言葉を波に乗せて糸を揺らした。


「しらばっくれてもムダよ。前髪にM字の分け目があることが何よりの証拠なんだから」

「ああ、これ? これはただの隔世遺伝よ。別に珍しいことじゃないわ」

「だったら、あそこにいるステラーカイギュウはあなたのオーミエじゃないの?」


 カエルムは桟橋の先を指差した。しかし黒いうねりが桟橋を飲み込もうとするばかりで、そこにキャロルの姿はもはや、ルクスの姿まで消えていた。それを見たリナは首を傾げて言った。


「どこに何がいるって? しかもステラーカイギュウはもう実在しない生き物よ」


 どんなに糸を揺らしてもボーンッと鈍い音が鳴るだけで、その先へ波が伝わることはなかった。リナは外界からの言葉を拒み、また自分の言葉は膜で覆わせている。完全な拒絶だ。それを感じたカエルムは口をつぐみ、下を向いた。


 未久はカエルムを見やり、視線をリナに向けて恐る恐る口を開いた。


「あの、あなたはもしかして……」


 そこまで言いかけて、未久は口をつぐんだ。それは二人とリナの間に大きな壁を感じたからだ。これ以上訊いても真実は聞き出せない、そう感じた未久は、カエルムの手を取って一歩下がった。


「いえ、何でもありません。気にかけていただいて、ありがとうございます。それでは、これで」


 ペコリと頭を下げて、リナに背を向けて歩き出した時だった。


「明日の夜」


 背後から波の音と共にリナの声が聞こえてきた。未久が慌てて振り返ると、リナの長い髪がなびき、右手には何かが握られていた。その右手に力が込められ、リナの声が響く。


「明日の夜までにこの島を出るようなら、手を貸してあげる。それ以上は目をかけられないから」


 リナはそれだけ言って、二人とは反対の方へ歩いていってしまった。


 黒い波が押しては帰っていく。波と砂を踏みしめる音が重なり、虚しさばかりが未久の胸の内に積もっていった。


 リナは砂浜をいつものように歩いていた。いつもなら気持ちよく感じるさらさらした砂が、今日は妙に足にまとわりついて気持ち悪く感じる。


 二人の姿が見えなくなったところで立ち止まり、海を眺めた。黒く染まりながらも、光が散りばめられた海。それがどこまでも遠く続いている。


 握っていた右手を開くと、細い紐が掌からはらりと落ちた。その紐を辿ると、巻貝がつながっていた。リナはそれを眺め、再び握りしめて振りかぶった。しかし拳は開かれることなく、さざ波を前にそのまま下へ垂れた。


「あたしだって、逃げたいよ……」


 巻貝の突起が掌に食い込み、痛みが走る。いつの間にか足元まで押し寄せてきた波は、足の周りに砂だけを残して去っていった。

次話「離島」は2018/12/1(土)に更新します。

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