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四季折々~三千年の時~  作者: 七種 草
ベネディ編
21/33

第21話 鈴の音

2018/10/7 0時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 遠くで、何かが聞こえる。目をゆっくりと開けると、視界は霞んで見えた。耳を澄ませると、うるさく、ぼんやりと何かが聞こえる。辺りと見回しても、たくさんの何かが微かに見えるだけだった。


 熱くて、寒い。両手で体をさすり、未久は自身の体を抱きしめた。


 そしてふと視線を上げると、少し先に誰かがたたずんでいた。髪は長く、背の真ん中あたりまで伸ばしていた。すらりと長い腕を顔へと伸ばし、キレイな指が顔を覆っている。肩は小刻みに震え、今にも崩れ出しそうだった。


 その少女は未久に気づいたのか顔から手を離し、未久へと顔を向けた。顔は長い髪に隠れ、はっきりとはわからなかったが、とてもキレイな顔立ちであることはわかった。未久がその少女に見惚れていると、少女は何かを伝えようと口を動かした。


「……え?」


 しかし少女の声は未久には全く届かない。それでも少女は顔を歪めながら、必死に何かを伝えようとしていた。少女が伝えようとすればするほど周りの静かな雑音が未久の耳を遮り、少女の姿が霞んでいく。未久は少女の姿を見失わないように、少女に近づこうと足を踏み出した。


「未久!」


 未久は腕を引っ張られ、目を見開いた。すると目の前には、心配そうに未久を覗き込むカエルムの姿があった。


「急に思い切り寝返りを打つから、落ちないかヒヤヒヤしたわよ」


 未久は状況が掴めず、目を瞬かせた。そしてよくよく辺りを見渡すと、周りには雲が浮かび、足元には柔らかく、つるっとした羽毛が広がっている。そしてそのもっと下には、見えない奥に闇が潜んでいる青い海がどこまでも広がっていた。その光景に未久が足をすくませていると、カエルムが少し躊躇いながら声をかけてきた。


「ねぇ、何の夢見てたの?」


 その言葉に未久はぽかんとした顔で振り向いた。その顔を見ると、カエルムは自身の目元を指しながら言った。


「涙。あなた、ずっと泣いてたわよ」


 そう言われて未久が自身の頬に触れると、確かに濡れていた。それを袖で拭うが、どんなに拭っても頬は濡れたままだ。目尻に指をあてがうと、指を伝って雫が零れ落ちた。そこで未久はやっと今もなお泣いていることに気がついた。未久は袖で目をこすりながら言った。


「なんで泣いてるんだろ……。私が泣いてたわけじゃないのに。それに――」


 話しているうちに未久は何かを思い出し、涙を拭っていた手を止めた。カエルムは心配そうに未久の顔を覗き込んだ。未久はそれに気づく様子もなく、呟くようにして言った。


「あれは、夢だったのかな」


 それを耳にしたカエルムとルクスは目を見開き、息を呑んだ。そしてカエルムは恐る恐る未久に訊ねた。


「見た、の……?」


 しかし未久は何について訊かれているのかわからず、小首を傾げた。


「何を?」

「……いや、何でもないわ」


 ルクスが方向転換すると、微かに優しい鈴の音が聞こえた。それは風の音に遮られながらも、未久にははっきりと聞こえた。未久は身を乗り出し、ルクスに訊ねた。


「ねぇ、ルクス。ずっと気になっていたんだけど、時々聞こえてくる鈴はどこにあるの? オラティオに入った時からずっと聞こえているんだけど」


 ルクスは振り返らずにクスリと笑った。


「その鈴はオレのところにありますが、決して誰にも見えませんよ。いや、もしかしたら死者になら見えるかもしれません」


 ケタケタと笑うルクスに未久はより一層顔をしかめた。ひとしきり笑った後、ルクスは真顔になって言った。


「我々オーミエは今やこの世の存在ではないと言ったことを覚えておいでですか?」


 その言葉に未久はゆっくりと頷いた。カエルムは目を伏せ、静かにしゃがみこんだ。ルクスはそれぞれを見やると、前に向き直り、遠くを見据えた。


「オーミエは皆、絶滅種なんです。だからこの世に存在しないもの、存在し得ないものなんです。そんな存在をこの世に留めさせるのが、この鈴」


 ルクスが首を振ると、微かに鈴の音が聞こえた。それを追うようにして、ルクスの話は続く。


「デウスに言われたんです。『人からだけでなく、あなた方から見た世界も知りたい』と。そしてこの鈴が渡されました。その時誰にもそれは見えませんでしたが、代々それが受け継がれていきました。そしてその数百年後、オレたちハーストイーグルは絶滅しました」


 その言葉に未久は小さく声を上げた。雲をかすめた翼は冷たい風を起こした。風はうるさくマントをはためかせる。未久は小さくもはっきりとした声で訊ねた。


「どう、して……?」


 ルクスは目を細め、一度大きく羽を動かした。上からは日が照り、下からはその光が照り返してくる。ルクスは雲の下へと移動しながら言った。


「ヒトが、移住してきたんです。今までそこにヒトが住んでいたことなんてなかったもんですから、その時初めてヒトを見ました。そしてヒトはオレたちの餌を乱獲してその種が絶滅し、餌がなくなったオレたちはあいつらを追うようにして絶滅しました。その時からですよ、オレがこの鈴を見聞きできるようになったのは」


 風の中に鈴の音が微かに混ざる。雲の合間から時折光が差し、目の前がチカチカした。未久は目を細めて前を見るが、ルクスの表情は全く見えなかった。


「あの方は知っていたのかもしれませんね、オレたちが絶滅するってこと。だからあんなことを言った」


 ルクスの声色は悲しく、何かを諦めているようにも感じた。声をかけようにも、何と声をかけたらいいものか未久にはわからなかった。話が終わったと思っていたら、ルクスは再び口を開いた。


「それまでも先代はカエルムに出会ったことはありましたが、仕えることまではしませんでした。しかし絶滅後、目の前にカエルムが現れて訊ねてきたのです。『そなたは私の相棒(オーミエ)ルクスとして傍にいてくれるか?』と。その言葉に頷くと、カエルムはある力をオレに授けてくださいました」


 突然の話に未久の心臓が大きく脈を打った。知らないはずなのに、どこか懐かしいと感じてしまう。この感覚は一体何なのかわからずにいた。そんな思いを抱きながら、未久は恐る恐るルクスに訊ねた。


「一体どんな……?」

「光よ」


 今まで口を閉ざしていたカエルムの声に、未久は反射的に振り返った。カエルムは静かな瞳をして、未久を真っ直ぐと見た。


「光を自在に操ることができる力。それが『ルクス』の名前の由来」


 それを聞いた瞬間、未久は衛次が言いかけていた言葉を思い出した。


『そのデウスは異名通り、それを自由に操ることができる。それで、またオーミエの話に戻すが、オーミエのそれぞれの名前は――』


 そこで終わった話の続きは今すぐ目の前にあった。


「デウスの異名とオーミエの名は、共に自由に操ることができる力のこと」


 雲は途切れ、再び光が差した。日はいつの間にか傾き、横から彼らを照らす。遠く下に広がる海には白く浮かぶサンゴ礁が点々と見えた。未久が呆然としていると、ルクスが遠くを見ながら言った。


「さて、そろそろ着くぞ」


 雪国のイーチェを出てからどこに向かっているのか知らされていなかった未久は、突然のことに声が裏返った。


「え、どこにですか?」


 目を見開く未久にカエルムは後ろから肩を抱き、顔を近づけて言った。


「私が初めて国外に出たもんだから、前回は私のわがままに付き合ってもらったけど、今回はデウスを探すわよ」

「探すって、どうやって?」


 カエルムは未久の瞳を覗き込み、耳を指差しながら答えた。


「未久にも聞こえているはずだよ。言ってたでしょ、オーミエは鈴を持ってるって。その鈴の音はデウスとオーミエにしか聞こえない。だからその音を頼りに、オーミエを探す」


 ルクスはいつの間にか高度を下げ、ある島に足をつけようとしていた。白い砂浜の後ろには背丈の高い木々がそびえ立ち、そこに人気はなかった。未久たちも恐る恐るその地に降り立ち、カエルムに小声で話しかけた。


「カエルム、前回のことでわかってはいると思うけど、初めは絶対にデウスだってバレないようにしてね!」

「わ、わかってるわよ」


 タジタジになりながら頭を隠していると、後ろから砂を踏みしめる足音が聞こえた。二人が慌てて振り返ると、そこには小さな少女が立っていた。少女は短い髪を一つの三つ編みにして、小さなぬいぐるみを抱きしめている。心の準備ができていなかった二人は冷汗を流して何を言おうか慌てていると、少女はすごい勢いで近寄ってきた。


「この島の人じゃないですよね?」


 イーチェの時の二の舞になると思った矢先、少女は顔を歪めて言った。


「逃げてください、今すぐ!」


 今までに見たことのない反応に、混乱と感じたことのない不安の波に未久は呑まれそうになった。

次話「恵み」は2018/10/20(土)に更新します。

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