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第12話 大雅

 木々がざわめき、いくつもの影が俺の足元で揺れていた。その影の間から覗く日差しは強く俺の首筋を照りつけ、一筋の雫が静かに伝った。一本の木の後ろから一つの人影がゆっくりとこちらに歩みを進めてきた。俺は視線をその影の足元から恐る恐る上へと移していった。その人影の腰には口餌籠(くちえかご)が吊るしてあり、左手には餌掛(えが)けをつけ、そこに先程襲い掛かってきた鳥が留まっていた。そしてその人の大きな目の上の頭には帯状にしたバンダナが巻かれていた。そこまでを見て俺はどこか拍子抜けした。彼は想像以上に幼く、かわいい見た目だったのだ。


 彼はずかずかと俺に近寄り、睨みをきかせてきた。


「君、今なんだ、子どもかと思ったろ。言っとくがな、俺は子どもじゃない、大人だ」


 俺の目の前まで来た彼は右手の人差し指で俺を指した。それを俺は見下ろし気味に見た。そう、彼は俺より小さかったのだ。俺が困惑しながら彼をじっと見ていると、彼は顔を赤くして怒鳴った。


「俺を見下ろすんじゃない!」


 そう言って彼は一歩後退り、再び俺を指差してきた。


「とにかく、君はどこのコロニーの者なんだ! 場合によっては連盟から除外するぞ!」

「連盟?」


 彼のその言葉に俺が疑問を抱いていると、彼は顔をしかめた。


「君、鷹匠(たかじょう)だろ? なんで連盟も知らないんだ?」


 怪訝な顔をして俺を見つめる彼に、俺は説明を始めた。


「実は俺、正式な鷹匠じゃないんだ。旅をしたいって言ったら、こいつを連れてけって本物の鷹匠からハヤブサを渡されて、鷹狩(たかがり)の方法も何も知らないままここにいるってわけ」


 後ろに視線を移すとギラリと鋭い視線とぶつかり、俺は小さく肩をすくめた。それを見た彼は目をぱちくりさせ、片眉を下げて言った。


「ってことは、鷹匠でもなければ、ましてや狩場荒らしでもないってことか?」


 その言葉に俺が頷くと彼は大きく肩を落とし、ため息を吐いた。


「なんだよ、こんな気を張って損した……」


 うなだれる彼を気まずそうに見ていると、後ろから冷たい視線を感じた。後ろを振り返ると、ハヤブサの目が冷ややかに俺を見ているような気がしたので、慌てて口を開いた。


「驚かせて悪かった! 俺はアフロディの衛次だ。よろしくな」


 無理矢理笑顔を作り、彼に手を差し出すと、彼はピクリと何かに反応した。それに驚いた俺は一瞬手を引っ込めてしまった。しかし彼はそれを気にする様子もなく、ゆらりと顔を上げた。


「アフロディ? 鷹匠にハヤブサ? 君、もしかして……」


 不気味に近づく手に肩を掴まれ、俺はビクリと体を震わせた。顔から血の気が引いていくことを感じていると、目の前まで近づいてきた瞳がキラキラと輝き出した。


「君のハヤブサって佐那江様のハヤブサなのか!」


 彼の反応に呆気にとられていると、彼はそんな俺に構わずハヤブサを凝視し始めた。そんな状況にハヤブサも彼の鳥も迷惑そうに身をよじっている。俺はこの状況の訳がわからず、彼に訊ねた。


「佐那江〝様〟ってどういうことだ?」


 それを聞いた彼はぐるりと顔を俺に向け、詰め寄ってきた。


「君、佐那江様の尊さを知らないのか!」

「尊い……?」


 未だに怪訝そうな顔をする俺に、彼は熱弁し出した。


「佐那江様は『森一の鷹匠』と呼ばれるほど、素晴らしい鷹匠なんだ! 鷹狩の腕前はもちろんのこと、森にいるすべての猛禽類(もうきんるい)を扱うことができ、場所もパートナーも選ばない敵なしの鷹匠なんだぞ!」


 彼の力説に後退りながらも、彼女が言っていたことは自称ではなかったのだと、この時初めて知った。心の中で彼女に平謝りしながら、身近にそんなすごい人がいたことに俺は驚いた。


 彼はフゥとため息を吐くと、俺の前に手を差し出してきた。


「俺はエレクトの大雅(たいが)。二十二だ。よろしくな」


 ニッと笑う彼の手を握るも、俺は驚きを隠せずにいた。


「え、一二二……?」

「ちげぇよ! 二十二歳だ! 身長は一六四センチ。そこまで小さくねぇよ!」


 俺より五つ上であるのに、約十センチも違うことに、これまた俺は驚きを隠せずにいた。


「ちっ……」


 俺は出かけた言葉を手で押さえ、必死に平静を装った。しかし彼の耳にその言葉が届いており、ゆらりと彼の体が傾いだ。


「今『小さい』って言おうとしたか? ん?」


 俺の顔は青ざめ、背には冷汗が流れていた。俺は何度も首を横に振るが、握られた右手に力が加わるだけで、彼の淀んだオーラは消えない。このままだとヤバいと感じた俺は、空いている左手をバタバタとさせながら嘆願した。


「すいません、『小さい』と言いかけました。ごめんなさい。もう二度とそのようなことを口にしません」


 それを聞いた彼はパッと手を離して、俺にすごんできた。


「二度目はねぇからな」


 彼の恐ろしい眼差しに、この先の旅は色々と用心しようと俺は心に誓ったのだった。




 日は俺たちの真上まで昇ってきていたため、共に昼食を摂ることにした。近くの木に背を預けると、大雅はおもむろに頭のバンダナを外し、そのまま首にかけた。すると、彼の左目に前髪がかかり、先程までの幼くも凛々しい雰囲気から一変して陰湿な雰囲気になった。その様子に驚いていると、彼はそれに気づいて「これか」と確かめるように前髪をかき上げた。


「髪な。俺も短くしてぇんだけど、コロニーの女どもが髪をいじらせろって短くさせてくれねぇんだ。このままだと鷹狩中に邪魔だから、これで邪魔にならないようにしてるんだ」


 大雅は首にかかったバンダナを軽く上げて見せた。それから彼が言うには、何か物を持ち帰ることになった時に包んで持ち帰りやすいと、使用用途が豊富だからバンダナを使っているらしい。


 そんな世間話をしながら、先程訊けなかったことを大雅に訊ねた。


「ずっと訊きたかったんだけど、さっき言っていた連盟って何なんだ?」


 大雅は干物をむしりながら答えた。


「ああ、鷹匠連盟な。素人とはいえ、君も知っといた方がいいな」


 彼は残りの干物を口に咥え、近くにあった枝を手に取った。そしてそれで地面に何かを描き始めた。


「鷹匠連盟には、争いを起こさないためにいくつか条約がある。まず一つ、『鷹狩はコロニーから半径二十キロ圏内までとする。但し、伝達についてはその限りではない』。俺が君に会った時、君を敵対視した理由がこれだ。森にいる鷹匠は全員この連盟に加盟しているから、これを破ると全鷹匠を敵に回すことになるから気をつけた方がいい」


 俺は全鷹匠を敵に回すところだったと知り、背筋が凍りついた。彼はまたもそんな俺を気にすることなく続けた。


「次に、『人の傷害、殺害に猛禽類を用いてはならない』。これは言わずもがなな気がするけど、念のためだろうな」

「念のため?」


 俺が首を傾げると、大雅は間を置いてからため息を吐き、乱暴に前髪をかき上げた。


「もしも戦争が起こった時のためだろうよ。戦争が起こったらそんなこと言ってられないだろうが、これで少しでも踏み止まってくれる人がいたらってことだろうな」


 彼の手からゆっくりと髪が零れ落ちる。寂しげな瞳が静かに隠れていくところを俺はじっと見ていた。そして不意に持っていた枝を放り投げ、手の砂を払った。


「ま、他にも条約がつらつらとつづられているが、この二つ以外は気が向いた時にでも頭に入れればいい」


 彼は立ち上がり、大きく伸びをした。口の端に残った干物をすべて口に含み、彼は「よし!」と言った。


「そんじゃ、始めますか!」


 彼の急な言動に驚いていると、睨むように目を細めて俺を見てきた。


「何ぼさっとしてんだよ。さっさと始めるぞ」

「始めるって何を?」


 怪訝そうな顔で彼を見つめると、大雅はバンダナで前髪を上げながら片眉を上げて言った。


「何って鷹狩の練習だよ」

「誰の」

「君の」


 一つの間の後、大きな声が森中に木霊した。近くにいた小鳥は飛び立ち、木々を揺らした。濃い青に浮かぶ真夏の太陽はまだまだ沈みそうになかった。

次話「報せ」は2018/6/16(土)に更新します。

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