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第1話 別れの先に


    触れれば見える世界

    触れなくては知らぬ世界

    三千の時が見しものは

    望んだ世界か






 茶色い砂の大地にいくつもの足跡が交わっていた。小さな風が吹けば数え切れぬほどの粒が舞い、微かに残された木々に降り注がれた。子どもの声が微かに聞こえるそこでは土でできた小さな家が数個だけ建てられていた。窓枠はあっても窓ガラスはなく、部屋はいつも砂だらけだった。老人は本にかかった砂を払い、男に差し出した。


「我々が知り得ているのはこれのみです。あまり力になれなくて申し訳ない」


 男はゆっくりとそれを開き、少し眺めた。しかし彼はそれから目を離し、小さくため息を吐いた。


「そうでしたか。いや、貴重な情報を提供してくださってありがとうございます。また他をあたってみます」


 男は寂しそうに微笑んだ。老人は心なしか胸に痛みを覚え、言葉を口にしようとした時だった。


「失礼します。お話、私も入ってよろしいですか?」


 彼らが振り向くと、入口に少女が顔だけを覗かせて微笑んでいた。それを見た男は大きくため息を吐いた。


「また立ち聞きしていたのか」


 それを聞いた彼女は腰に手を当てて、頬を膨らませた。


「人聞きの悪いこと言わないでください! 今回は遊んでたみんなが仕事の時間だからといなくなったから、今さっき来たところです」


 男の言葉を結局否定していない彼女の言いぶりに老人はクスリと笑った。それを見た彼女は彼らに近づいて笑った。


「やっぱり笑った顔の方が私好きですよ」


 それを耳にした老人は顔を上げ、彼女を見つめた。彼女はマントを老人の横でなびかせ、軽やかな足取りで男の後ろに回り、両手を彼の肩に置いた。


「それにそんなに気に病むことじゃないですよ。私が生まれる前からこの人は旅を続けているんですから、未知の情報を得ることの方が困難であることは確かなんですから」


 満面の笑みを浮かべる少女の下では、男がきまり悪そうに苦笑いしていた。強い日差しに当たった砂は宙を舞い、彼らのいる部屋に微かに入り込んできた。男はおもむろに膝に手をつき、立ち上がった。


「それでは我々はそろそろ……」

「そうか、行くか」


 彼らはゆっくりと歩み出し、横殴りするかのように強い日差しの下に出た。目の前は開け、青白い広大な空が広がっていた。雲など一つもなく、ただ大きな白い太陽が煌々と浮かんでいた。男と少女はマントのフードを被り、老人に振り返った。


「短い間でしたが、大変お世話になりました。村の皆にもよろしくお伝えください。では――」

「少し待ちなされ」


 早々に発とうとする彼らを老人は引き留めた。不思議そうな目をする彼らを横目に老人は後ろに声をかけた。


「おい、子どもたち。持ってきておくれ」


 すると、先ほどまで少女と遊んでいた子どもたちが何やら様々なものを持ちながらやってきた。彼らはそれぞれ少女や男に群がり、色々なものを手渡してきた。それらを見た男は驚き、顔を上げて老人を見た。


「こんなにもたくさんの食料と水を? そんな貴重ものこんなにも受け取れません」


 申し訳なさそうにする彼を前に、老人は優しく微笑んだ。


「何を遠慮なさるんです。この地域ではそう簡単に特に水は手に入りません。これからもまだ長い旅が待っているのでしょう? そんな遠慮せずに持っていきなされ」


 老人の優しい言葉が彼の胸を少し締めつけた。そんな彼の横で少女は子どもに手を取られ、腕に何かをつけられていた。


「これね、『アンク』っていう幸運のお守りなの。お父さんに手伝ってもらって作ったんだよ」


 少女は腕を目の前まで上げ、それを眺めた。藁でよった細い縄に金属の十字架が上に付いた輪を通って煌めいていた。その先には照れくさく笑う小さな顔があった。


「ありがとう。大切にするね」


 幸せそうな少女の顔を男は寂しそうに見ていた。そこに老人は彼に声をかけた。


「そなたたちはもう次の行く先を決めておられるのか?」


 我に返った男は少し慌てながらも老人を見た。


「いえ、まだ正確には決めておりません」

「それなら西へ向かってみてはどうだろうか」


 老人は空に浮かぶ太陽よりも右を指差した。そこには広大な平地が広がり、その先には小さな山が見えた。


「遠く西の方にオラティオという街があります。この辺りでは一番大きな街で、神を祀っているという噂を耳にしたことがあります。そこになら詳しい情報があるかもしれません」


 彼らの目の前に広がる広大な地には、数えるほどしか草木がなかった。その先に何があるかなど彼には一切わからなかった。しかし彼は広大な平地の先にある小さな山を見つめた。


「そうですか、ありがとうございます。ではそちらに向かってみます」


 その言葉が少女の耳をかすめ、振り返らせた。それを見た男は彼女に小さく微笑んだ。


「次に目指す先は西だ、未久(みく)


 それを聞いた彼女は西を向き、広大な平地を見つめた。灼熱の太陽の下、彼女の身に(まと)うマントが大きく揺れた。そこは何もないように見えて未知なるものが潜んでいる、そう思わせるものであった。


「この先には一体何があるんでしょうね」

「それを今から見に行くんだ」


 二人は顔を見合わせ、ニッと笑った。男は不意に空を見上げ、この広大な地に指笛を響かせた。するとどこからともなく赤褐色の頭をしたラナーハヤブサが現れ、彼の左肩に止まった。


「お前も待たせたな、出発だ」


 彼らは村の人々に別れを告げ、その場を後にした。少女は後ろを振り返りながら大きく手を振り、マントを大きくなびかせた。それを見つめる小さな瞳を男は横目に、乾き切った大地を踏みしめた。いくつもの人の声が遠ざかり、寂しい音が耳に残る。遠のいていく人々の優しさばかりが肩にのしかかり、いつもより歩みが遅くなっていた。そんな彼の横で少女は不意に口を開いた。


「今回はみんなとても優しかったですね」


 彼が振り返ると、そこには少し寂しげな瞳で遠くを見つめる少女がいた。


 彼らは今まで世界を旅し続け、様々な人に出会ってきた。今回の村のように優しい者もいれば、愛想のない者、彼らを除け者にする者もいた。それが今まで彼らの見てきた〝世界〟だった。


 男は少女の頭に手を置き、彼女と共に遠くを見つめた。


「そうだな。とても、優しかった」


 彼らに灼熱の太陽の光が注がれる。足元に落ちる影は何かに遮られることなく、濃くはっきりと映し出されていた。


 彼らの周りでは布がはためき、その下にある少女の腕で小さな金属が何度も揺れながら光っていた。その光が突然彼女の瞳の中に入り込み、なぜか彼女を振り返させた。彼女は空を仰ぎ、耳を澄ませた。


(あの日の〝声〟は一体何だったんだろう?)


 立ち止まり、呆然とする彼女に声がかけられた。


「どうした、未久?」


 彼女が我に返ると、男とハヤブサの視線が彼女に向けられていた。彼女はクスリと笑い、彼らに駆け寄った。


「いえ、何でもありません。先へ行きましょう、(えい)()さん」


 彼らはまた一歩踏み出し、知らぬ地へその歩みを向けた。この先にどのような世界があるのか彼らにはわからない。楽園なのか地獄なのか、そんなことは知りもしなかった。しかし、だからこそ彼らは旅を続けた。知らぬ世界があるからこそ彼らはそれを追い求め続けた。


 彼らの目の前には未だに広大な地が広がっていた。すべて見えているようで何かが潜んでいるその地を彼らは歩み始めたばかりであった。

ご覧いただきありがとうございます。

次話「砂漠越え」は2018/1/28(日)に更新します。

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