17 魔剣と別れ
幸福な日々を続けていたのだが、冒険者ギルドでアイテムの買取をしてもらう時に、
「ライムさん、最近顔色が悪くない?
あまりムリしないほうがいいですよ」
ミランダさんが心配そうに言ってきた。
「え、そう? まったく元気なんだけどな」
「もしかしたら悪い病気かもしれないから、一度診てもらったほうがいいかもしれませんよ」
「ありがとう。でも大丈夫だと思うよ」
変なこと言われるよなぁ。
こんな元気なのにな。
(……らいむ)
家に帰ったのに、アンジェが魔剣のまま人化してこない。
アンジェ、どうしたんだ?
(わたしもなんとなく思ってたの。
らいむから精気がなくなっていってる気がする。
きっとわたしが吸い取ってしまってるの。
生命力とか精力とかいろいろ)
そんなことないって、大丈夫だよ、俺は。
(ダメだよ、このままじゃ、らいむがどうにかなっちゃうよ。
わたしはもう人化しない)
嫌だよ、アンジェ。
(だって人化したらわたしは、血を吸わないと壊れちゃう。
でも、血を吸い続けたら、らいむが)
嫌だよ、もうアンジェの笑顔を見られないなんて嫌だよ。
(わかってよ、らいむ。
わたしだってつらい)
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
(らいむ……)
一晩中苦しみ続けて、一睡もできなかった。
食欲もまったく出ない。
このままじゃいけない。
俺が死んだらアンジェはまたひとりぼっちになっちまう。
そんなことはわかってるんだ。
アンジェの言うことはわかってる。
すべてアンジェが正しいってことはわかってるんだ。
俺の言ってることがすべてわがままで、どうしようもないってことだってわからないはずがない。
でも、俺は会いたいんだ、人としてのアンジェに。
もうアンジェなしの生活とか俺には考えられないんだ。
俺は魔剣の姿のアンジェを抱きしめる。
アンジェ。
(なーに)
ごめんな。
(なにを謝ってるの?)
魔剣のアンジェも女の子のアンジェもどっちも同じアンジェだってわかってるんだ。
でもさ……
(らいむの気持ちくらいわかってるよ)
もう会えないのかな、人としての姿をしたアンジェに。
(いつか、なんかの拍子に人化のスキルの壊れたのが治るかもしれない。
そうしたら、また会えるかも)
つらいな。
(つらいよね)
わかった。
最後にもう一度だけ会いたい。
それですべて諦めることにする。
俺の血を吸わなくてもいいように一瞬だけでいいから。
(うん、最後にギュッと抱きしめて欲しい)
アンジェはそう言うと、人の姿に。
一糸まとわぬ姿で俺の腕の中に現れた。
俺は思いっきりアンジェを抱きしめる。
(ほわぁぁぁ。
ねぇ、らいむ)
なんだ、アンジェ。
(まだ二時間くらいは大丈夫のはず。
最後だから、してほしいの。
忘れないようにわたしの体にすべてを解き放ってほしいの)
バカだな、アンジェは。
俺たちはもうひとつになってる。
そんな肉欲とかはもう俺にはないよ。
一時間くらいこうしていよう。
それでしばしの別れにしよう。
二人がそうやって交わるのは、また将来のことでいいじゃないか。
きっとまた会える。
そうだろう。
(うん……
思いっきり強く抱きしめて)
そのまま一時間俺はアンジェを抱きしめた。
この時間が永遠に続けばいい……
☆
そろそろにしようか。
(うん)
最後に近くで顔を見せてくれないか?
俺は抱きしめていたアンジェと少し離れて、アンジェの泣きじゃくる顔をじっと見つめる。
最後なんだからアンジェの笑顔が見たいな。
(頑張る)
アンジェは必死で笑顔を作ろうとする。
でも、頬が強張ってなかなか笑顔にはならない。
そんなアンジェが愛おしくて愛おしくて。
俺はアンジェに唇をそっと重ねた。
アンジェの頬が染まる。
そして、満面の笑みを見せてくれた。
ありがとう、アンジェ。
アンジェは魔剣の姿に戻った。
俺は永遠に忘れない。
アンジェの最高の笑顔を。
俺は魔剣の姿のアンジェを抱きしめながら眠った。
そして吐きそうになりながらも食べた。
約束だからな、どんなになっても生きていく。
生きていくために、食べる。
そして狩り続ける。
いつか必ずまた、人の姿をしたアンジェと会える。
その日が来ることを信じて。