第九話 彼女たちは憎しみ合う
「ふぅ……」
この家の風呂は少なくともうちの五倍はある。ホテルの大浴場並みの大きさの浴槽が三つとサウナ、オーシャンビューの露天風呂付き。お金持ち丸出しだ……僕が言えた口じゃないが。
「あの……雄大君?」
僕が湯船で緊張から身体をほぐしていると、ふと脱衣所から女の人の声がした。流石に浴槽まで男女で分かれていなかったので、脱衣所から女の声がしても可笑しくはないだろう。
「なんだよ、可奈子」
「あの、その……湯加減とか、どう?」
「ん、ああ、いい感じだよ。可奈子んちの風呂は大きくていいなー」
風呂は大きさが全てじゃないと思うけど。それでも自分では一切の努力をせず、親の後光のみによってこんな上流階級の生活を送っている彼女への皮肉を込めた言葉だった。
「そうだね……あの、雄大君?」
なんだか声が小さい上にこもっているため、何を言っているのか聞き取りずらい。僕は少しむすっとして応えた。
「だからなんだよ?」
「お背中……流しましょうか?」
「ああ、頼む……って、えっ?」
僕が聞き直した時には遅かった。浴室のドアが開いて、振り返るとそこには、あられもない姿の黒髪の少女が俯きがちで立っていた。どこかで見たような光景だ。
「ちょっ、おまえ……いいのかよ!?」
他人の心配をしている場合ではなかった。内心、胸の高鳴りが止まらない。どんなに好意のない女性相手でも裸体を目の前にすると、流石に冷静を装うのが精いっぱいだった。
「うん……お父さん公認だから……その、事が起こっても大丈夫だよ?」
その事を起こしそうになる衝動を無理やり抑えていると、さらに後ろから誰かが入ってきた。
「…………」
言うまでもなく、エリだった。
「エリ……なんでお前まで入って来てんだ……?」
口で言う程、嫌じゃないが。
「まずかった、やっぱり二人じゃないと……? 私も――――」
一瞬、全身に悪寒が走ってやっぱりエリに入ってもらおうと決めた。
可奈子が僕からちょっと離れた位置から浴槽に入るのに対してエリは何の考えもなく僕の真横に入ってきた。もちろん、浴槽にタオルを入れるのはルール違反なので巻いていない。目が勝手に局部へ向おうとするのを瞼を閉じて堪える。何となく、僕には二人の裸を見る権利があるような気がしたけれど、どうやってもその権利を正当化できそうにないので、僕は持ち前の謙虚さをいかんなく発揮した。なんて紳士なんだ、僕は!
「ちょっと、比企さん! 貴女、何を考えているの!?」
それを見て花咲は僕たちににじり寄って異議を唱える。
「何って、お風呂に……」
「じゃなくて、なんでそんなに雄大くんに近い位置から入るのよ!?」
その花咲からは親の前で猫をかぶっていた時の女の鱗片も窺えなかった。
「だってお風呂はどこから入るのも自由……」
「婚約者の私を差し置いて雄大くんを誘惑する気なんですね? 私を敵に回して勝てると思って!?」
おいおい完全にキャラが崩壊しているぞ、花咲。さすがの僕もそれにはドン引きだ。
しかも目の前で女子高校生が全裸で口げんかしているのだから、目の当てようがない。どこまでも女と言う生き物は身体で生きているな。男も同じようなものだが。
「別にそんな気はない」
エリは淡々と花咲の尋問に応える。そもそもエリに“そんなこと”という概念がある事自体に驚きだ。彼女にも年相応の男女交際の知識があるらしい。
まぁ、あっても誘惑に乗る気はない……あぁ、ないとも。
「じゃあ、貴女はどっか遠くで入っててくれる?」
もしこの状況を学校の男子にでも見られたら、彼女の不動の人気も一気に地に落ちる事だろう。
「それは出来ない。私は彼のボディーガードだから」
「またそれ? ふんっ、あんなの冗談でしょ? ねぇ、雄大くんからもなんか言ってやってよ! ……ってあれ?」
こんな痴話喧嘩は放っておいて、露天風呂にでもいこう……。
「あっ! 雄大君、おいていかないで下さいよ! ちょっと、アンタはついてこないでよ」
後ろから追ってくる水しぶきを聴きながら、この女はいつか痛い目に合う、そんな気がした。




