第五話 彼女は偽装と共に
紅葉が深まりもうすぐ御月見、学園祭が二か月後に近づいていた。
もちろんクラス単位での参加となり、全国最高クラスの高校と言う事もあり、毎年多くの人でにぎわっている。今年も例外ではなかった。
「我がクラス3-Sでは毎年、劇を執り行うのが仕来りとなっている。勿論今年も例外ではない!」
と大きな声でホームルームを始めたのは学級委員の今田だった。それに答えるようにブーイングやら賛同の声が教室に響き渡る。
「さて、今年の題材を決めるにあたって、案のある奴は挙手しろ!」
とても女子とは思えない、荒い口調で僕らに案を求めてきた。しかし手を挙げる者はいるはずもない……。
「おっ! 花咲、何かいい案があるのか? 言ってみろ!」
立ち上がったのは僕の席の隣、花咲加奈子だった。
「ろ……」
「ろ……なんだ?」
二人の声が静かな教室中に響く。
「ロミオとジュリエットで!」
その声と同時に教室前方のドアが開いた。
「はーい、みんな席に着けー……ってもう着いてるな」
姿を見せたのはこれまた真っ赤なジャージ姿の肌の焼けた女だ。
「せんせーい、まだ学園祭の出し物が決まってないのですが……」
席に付いた今田が言う。
「それは私の用事が済んでからな」
と気色悪いウィンクをお見舞いしてから言った。
「今日、新しい仲間がこの教室にやってきたぞ!」
その声と同時に教室のドアが開き、皆の注目が集まる中、入ってきたのは見覚えのある顔の少女だった。
「じゃあ、自己紹介してくれー」
担任が指示するとゆっくりとした手つきで黒板に名前を書いていく。皆のざわつきがさらに勢いを増した。僕は動揺が隠せない中、さらにクラスメートの視線の集中放火を浴びる事となる。
「比企絵理……よろしく」
数少ない男子生徒から可愛いだの、お淑やかだの声が聴こえる。
彼女がこうして学校に来ることは全く考えていなかったことではない。あの様子では無理やりにでもこの学園に侵入してくるだろうとふんではいたが、まさか転校生とは……。
「絵理は比企の親戚らしいな! 絵理もここらに来たばっかりらしいし、知り合いのお前が暫くの面倒はみとけよー」
僕の苗字を使用し、勝手に親戚になって……何がしたいんだ、こいつは。
僕はいつの間にか拳をきつく握っていた。
すると誰からか馬鹿な質問が飛び交う。
「雄大とはどんな関係ですかー?」
面白がりやがって……。だから子供は嫌いだ!
僕は心の中で悪態を吐きながら、エリが変な回答をしないことを祈っていた。
「ご主人様とは……契りを交わした仲……」
と小さく素っ気なく答えた。一部のひょうきん者の生徒が囃し立てる。女子からも黄色い声が飛び交う。
「契りとは……これいかに!?」
エリへの質問攻めは続く。
「……それは企業秘密」
馬鹿だ! こいつ、自分がどんな災厄を招いているのか分かってない!
「おほん! えと……そういう話は先生のいない所で、頼むな?」
すっかり担任まで勘違いしている。僕の残りの高校生活の終わりを告げる鐘の音が聞こえた気がした。
「取り敢えず、比企の隣、座っとくか?」
担任の発言にまた馬鹿どもが騒ぎ立てる。
エリはこくりと頷いて、僕の空いていた隣の席に座った。なぜかすまし顔で。
「さて……じゃ、文化祭の話し合いを続けてくれー」
僕はそれと同時にエリの細い手首を握って、教室を出た。
僕らの出た教室が途端に騒がしくなったのは言うまでもない。
僕らは廊下の端にある談話室の一角に座っていた。
彼女は無表情のままで、僕の方を見る。彼女に自動販売機で買った缶コーヒーを渡して、向かい合わせに座る。
「……なんで学校にきた」
「私は貴方を守る」
……これは不毛な質問だった。
「家に帰れといっただろう」
「私の家もない」
彼女はきっぱりとそういった。
「じゃあ、いままでどこで寝泊まりしてたんだよ」
「野宿とか」
「…………」
想像はできる、な……。
「貯金したお金で高級マンションの一つや二つ、買えるだろう? なぜ、買わない?」
「殺し屋が一つの場所にとどまるのは危険」
「な、なるほど……」
なんとなく、彼女の口調には説得力があった。
「じゃあ、これからも野宿か」
「いや……」
「今回の任務は貴方を守る事。常に貴方のそばにいるのが仕事」
彼女の人間味のないロボットのような、説明は続く。
「だから、あの家で寝泊まりする」
「あの家って、僕のマンションでか?」
「そう」
「…………」
あのマンションは全て会社の財産であり、会社の社員たちとその家族の家でもある。だから別に泊まる事は構わないが、もう部屋が空いているかどうか……。とここまで話すと彼女は唐突に
「貴方の部屋に泊まる」
と言った。
「いや、それは……」
確かにあんなに広いゲストルームが三部屋あるので、一部屋ぐらい貸してやっても何の痛手にもならないが……。
「泊まる」
「…………」
意外と彼女は強情だ。
「……分かったよ。なんとかする。そんな事より、どうやってこの学園に転校してきた? しかも学校トップの3-Sに」
あの教室は学年で上位三十人しか入れないクラスで、全国トップの学力の持ち主の集団だ。
「なんで高校にすら、まともに行ってなかったおま……、エリが入れたんだよ?」
「実力行使」
うん。予想は出来てたよ。
「大丈夫。学園長の口から我々の情報が漏れだす心配はない」
なんなんだよ、その異様な自信は!
「少しでも私たちの情報を漏らそうとすれば、体内に仕掛けた爆弾が爆発する」
「マジかよ……」
エリが嘘をついているようには見えなかった。
「まぁ、いいや。とにかくさっきの自己紹介じゃ、まずい。あれではとんだ勘違いをされる危険性がある」
「どんな?」
「どんなってそりゃあ……」
その瞬間、3-Sのドアが開いて一気に人がなだれこんできた。
「ロミオと……ジュリエット……」
雪崩に飲み込まれた学級委員が僕たちに向かって叫んだ。
「絵理ちゃんと雄大に決まったからね!」
「……は?」
頭の思考が止まって、何も考えられなくなった。僕が誰なのか、なんでこんなところでクラスメートのにやけ顔を見ているのか、ここがどこなのか……一切の思考能力が失われた。
暫くして頭の中で学級委員の言葉がぐちゃぐちゃと混ざり合って、僕は事の重大さに気づいてしまった。底知れぬ絶望感と、怒りが湧いて、思わずエリの方を睨み返すと、エリは無表情で缶コーヒーを両手で支え、ちびちびと飲んでいた。




